十五分ほど前から、桜並木をくぐってちらほらと生徒がやってきていた。彼らはそれぞれに輝いた顔をして笑い合い、不知火の前を通り過ぎていく。不知火はそれを同じくらい嬉しそうな顔をして見つめていた。と、
「あ、」不意に一人の生徒が不知火を見て、声をあげた。「不知火先輩、いらしてたんですか」
彼のその言葉でほかの二人も周りの二人の生徒もなんだなんだと不知火のほうを見て、それから、あっ、という顔をした。
「おおっ、我らが元・会長様!」
「俺たちの卒業、祝いにきてくれたんすか!?」
「おう!」顔をほころばせ、不知火は三人に手を振る。「卒業おめでとう!」
「む……ありがとうございます」一人は軽く会釈をし、
「ありがとうございます、会長」と一人はおどけるように笑って、
「ありがとうございまーす!」もう一人は不知火に負けじという勢いで手を振り返した。
そしてまた笑いあってバス停へと歩いていった三人の背中を、見えなくなるまで不知火はずっと見つめていた。
有り難うと言いたいのは不知火の方だった。彼らとはただ部活の予算会議等で顔を合わせたくらいなのに、不知火のことをちゃんと覚えてくれて、しかもそうやって声をかけてくれる、なんて。
 彼らが不知火に向けてくれた表情が瞼の裏に焼き付いている。少し目を赤い目、頬に残る涙のあと、でも唇には清々しいまでの微笑み。
 これ以上の幸せはそうそうないだろう。既に卒業してしまっているとはいえ、星月学園を思う気持ちはちっとも変わらないし、生徒たちが幸せそうなのが不知火の幸せでもあるのだ。
 そう遠くない未来、不知火一樹という男が生徒会長をやっていたということを生徒の誰もが知らなくなってしまったとしてもそれはきっと変わらないだろう。いつまでも、星月学園は彼にとって大切なものであり続ける。この学園で過ごした日々の一瞬一瞬が宝物みたいに、今もこの胸で輝いているから。
 不意に目頭から温かいモノがこぼれそうになる。年をとるとどうにも涙もろくていけないなと苦笑しながら、涙がこぼれてしまわぬよう、満開の桜を眺めているふりをしてしばらくの間不知火は天を仰いでいた。



(in Spring,2010)
(「春にして君を離れ」ボツ部分)