おかしい。それが私がそのとき最初に感じた感覚でした。おかしい。何がおかしいのかはよくわかりません。ただ、何か違和感のようなものを感じていました。違和感というからには何かと今を比べていることになりますが、今との比較対象である『何か』が何であるのかもわかりませんでした。ただ、何もわからないままでも歩くことは出来ます。このまま立ち止まっているよりは歩いた方がいい、そんな気がしたので、ふらりと足を進めました。
そこは広い屋敷の廊下のようでした。窓からはいりこむのは黒い闇だったので、廊下全体が薄暗く感じましたが、私はその廊下に何処となく親しみを覚えました。しかし、この場所を私は知りません、知らないはずです。ただ何かに似ているような気はしました。何に?さあそれもわかりませんでした。
何故私は知らない屋敷の廊下に座り込んでいたのでしょうか、そもそも私は今まで何をしていたのでしょうか。それもよくわかりません。
とりあえず誰か、誰かいないものかと私は足を進めました。古ぼけていてあまり手入れされていない様子の廊下をわざと足音をたてて歩き、ドアというドアを開けて廻りました。しかし、どの扉をあけてもその部屋のなかには灯すらともされておりませんでした。人の気配すらも感じられませんでした。しばらくそうやっておりましたが、生き物という生き物にも会えませんでした。私は、この屋敷は命ある者から見捨てられてしまったのではないか、とそんな馬鹿な感傷に浸っておりました。
またしばらく歩き、どれほどの角を曲がったのでしょうか、また、どれくらい歩いたのでしょうか。それはもうわかりません。しかし、これだけ歩いてもまだ果てが見えません。どれだけこの屋敷は広大なのでしょうか。
また角がありました。右に折れることにします。その廊下は今までのものとは違っており、左側が全面ガラス張りで、庭が見えるつくりになっておりました。私はガラスのほうに駆け寄って、庭を眺めてみました。
庭は限りがあり、壁かなにかで敷地と敷地外とが区別されているという、そんな常識が軽く吹き飛ばされてしまいそうでした。どんなに広い庭であろうと、私の知っている『屋敷の庭』というのは、屋敷内から少なくとも、その果ての存在を確認できるものでした。しかし、その場所から見える場所はどこまでも緑で、それ以上でもそれ以下でもなく、水平線までが緑なのです。これはどういうことなのでしょうか。本当に此処は、何処なのでしょう。この屋敷は野原にぽつんと建っているのでしょうか。
あれやこれやと推し量ってみたところでどうなるものでもありません、まずは誰か、この屋敷を住居としている者に出会わなければ。本来の目的を思い出し、私はまた歩き始めるために正面を向きました。
目の前にはようやく階段が現れました。が、その廊下はまだ先まで続いているようでした。とりあえず、この階を全て確認してから上の階へ行こう、そう決めて、階段を素通りし、しばらく歩きました。部屋を3つほど確認したでしょうか。それからまたしばらく行って、そして私は今までとは違う扉の前に立ちました。
その扉の何が違うかといえば、大きさに始まり、装飾の施し具合など、隅から隅までが違っていました。何よりも、その扉のもっている空気が違うのです。私の胸がなぜか騒ぎ出しましたので深呼吸を1つしてから、控えめに扉をノックしました。そういえば今まではノックもせずに無遠慮に部屋に入っていたことに気がつきました。礼儀に欠く行為をしてしまったと今更反省します。
深呼吸をもう1つするくらい待ちましたが、何も返事はありませんでした。もう一度、先ほどより強く扉を叩きました。鈍い音がしんと静まり返った廊下に響きました。その音が私を通り過ぎて何処か遠くへ小さくなりながら行ってしまうまで、待ちました。それでも何もありませんので、私はドアをそ、っと開けました。
まずその扉の重さに驚き、それから、扉を開けた隙間から光が零れてくることに驚きました。もう今までで、他の部屋とどれだけ違いがあったことでしょう。私は今度は思い切り、扉を開け放ちました。


「――誰だ、…………あぁ、ようやく来たのか」


人の声がしました。それがこんなにも嬉しいと感じたのは人生で初めてでしたし、きっとこれから先も、知らない方にめぐり合えたことをこんなにも嬉しいを感じるなんてないだろうと思いました。











(2007/07/26)