「………この、屋敷で?いえ、この世界――ハートの国とはどういう意味です?」


わからないことばかり多くて、質問ですらとめどなく、質問に対して質問をしなければきちんとした答えを投げかけることができないようなくらいに滅茶苦茶な文章だということは承知でしたが、とにかくわからないことだらけだったせいで、私はただ思うことを思ったままに口に出しました。
取り方によっては失礼にもあたるだろう私の態度について、帽子屋さんはむしろ予期していたようで、いたって落ち着いている様子でした。それは彼が冗談を言っているのではないということも同時に表しているのだとわかりました。


「この国は、お前が暮らしていた世界ではない。ハートの国、とそう呼ばれている」
「それは、御伽噺か民話の話ということではなく?」
「信じる信じないはお前の自由だ、しかし私は嘘を言わないと誓おう。そうだな、この心臓をかけてもいい」


仰々しく、帽子屋さんは大きなその右手を左胸にあて、私の顔を見上げて、暗く、笑いました。その目は、私に乞うていました。私がもしも拒絶をすれば、彼はもしかしたら絶望のあまり死んでしまうかもしれない、そんなことすら類推させるような、切迫さがそこにはありました。そこまでにも激しく願うことを私は知りません。ごくり、と私の喉が鳴りました。


「それは、命をかけるということですか。そこまでなさらなくても、私はあなたのおっしゃることを嘘だとは思いません」


嘘だと思えない、というのが本当ではありました。虚実に人はこんなにも逼迫できるものではないと思うのです。
ありがとう、と帽子屋さんはおっしゃりました。その『ありがとう』はかすかに私の言葉を疑い嘲笑うような匂いを含んでいるような気がしました。私が自分を心から信用しているはずがないという自虐的なものからくるようなものでしたが、気づかない振りをすることにしました。
帽子屋さんはさらに話を続けます。


「――簡潔に言えば、この世界は、この世界の住人でない者を必要としている」


淡々と、まるで自分には関係のないことのように帽子屋さんはおっしゃっていますが、この方もおそらくは『この世界の住人』であるはずです。そうだとすれば、本当に、必要とされているのでしょう。なければ絶望に突き落とされるくらいに。そうだとすれば私はこの世界から逃れられないと思いました。すがる手を振り払うことはもう私には出来なくなってしまったのです。


「理由は――そのうちわかる。とにかく、この世界に居てくれ、どうか」


そういってみせた帽子屋さんは、今にも泣き出しそうだったんですよ。
だから、私はただ、頷くしか、できなかったのです。












(2007/07/26)