その男はそしてようやく自分が目的としていた場所に辿り着いたようであった。
しかし、目の前にあるそれは壁だった。扉ではなかった。つまりこの壁をつたっていけばこの壁に囲まれた中に入れることになるのだが、その男はそれをしなかった。彼はもう迷うことを無駄だと思ってしまったのだ。あの少女がいない世界にいるということに何か特別なものを見出せなかったのだ。
彼は世界が元々好きではなかった。彼は世界に刃向かいたかった。世界なんて、世界なんて。そんなことを思いながら、世界の決めた役に縛られることしか出来ない自分にも腹が立っていた。反抗はしてみた、だけどどうしても騎士という役からは逃げられなかったままの自分がいた。


(――だから、アリスを失ったんだ)


頭の中をちらついた笑顔はその刹那は彼を慰めたが、その次の瞬間に彼を憎しみに突き落とした。
砕けたガラスに映ったような歪んだ表情をして、男は剣を抜いた。この世界の人間は銃を使うが、彼は剣を好んで使っている。銃が使えないわけではないのだ。ただ、剣のほうが性に合っているというだけで。
そういえば、あの少女にその理由を訊かれたことがあった気がする。なんて応えたんだっけ。少し考えるが、思い出せなかった。
正直、段々と薄れていくのを実感しているのだ。彼女の肌だとか、瞳だとか、そういうものは色濃く残っているけれど、そういった小さな出来事が、泡が弾けるみたいに消えていく。まるで最初からなかったみたいに。いつか、彼女のことも忘れてしまうんじゃないかと男は恐れていた。そもそも、彼女は本当に実在したんだろうか。それを証明出来るものは何もないのだ。
だからこそ彼は焦る。早く死んでしまいたいと思う。せめて彼女をまだしっかりと覚えていられるうちに。
男は剣を握りなおした。真っ直ぐに前を見据えた。そして振りかぶり、目の前の壁に向かって勢いよく振り下ろした。













(2007/07/29)