鼻先にぽつりとなにかが触れたのを感じたビバルディは空を仰いだ。そして、その灰色の雲の端から、なにかがぽつぽつと降ってきているのがわかった。もう世界は終わる、この世界は終わるのだ。ビバルディはその場に座り込んだ。
あの少女を思い出した。誰だかが連れてきた少女。顔を見ただけで余所者とわかったのだからビバルディはまだ“女王”なのだろう。きっと、今も。死ぬときまで女王なのだろうと思っていたけれどせめて死ぬその瞬間までは女王でなくビバルディで居たかったと少しだけ願っていた。
空がなくなっていく。空だったものが粉砕されて、きらきらと透明な破片になって降ってくる。それはビバルディの肌に触れた瞬間にじわりと溶けて、ビバルデイを侵食していく。
やっぱり世界の破滅をとめることは出来なかっただろう、とあの余所者の少女を連れてきた誰かを笑った。アリスが余所者だったからといって、同じ余所者であれば誰だっていいわけがないじゃないか。そんな簡単な想いで、ビバルディの弟は狂気に堕ちたわけではないのだ。
世界が終わるまで待っていた臆病者の彼女は、その手で世界の終末を作り上げた男と同じ場所に逝けるのだろうか。
世界は最早原型を忘れ、ぐにゃぐにゃと歪んで、歪んだところから弾け飛んでいく。ビバルディは、まず、自分の足が消えていくのがわかった。中がかき回され、その震動に耐え切れなくなって、指の先から空気に散っていく。
くすりとビバルディの唇が笑みの形をつくった。ああアリス、お前は本当に、愛されていたね。お前を失った世界では、誰も生きていけなかったんだよ。
がらがらと大きく崩れていく音がビバルディの体内をさらに震わせていく。ひときわ大きく空が陥没したその瞬間に、ビバルディだった色んなものが、零れおちて、崩れて、まるで最初からそんなものがこの世界には存在していなかったかのように、消えた。





(ああアリス、私たちの、愛しい  子)






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(2007/07/30)