『ボルカスは……女、だったのか』
 エルフ達に連行されてその姿を現した苔穴の山賊達の頭領、そしてドリゴン奪還の指導者ボルカス。荒くれ者の集団を束ねる男とは一体どんな人物なのか────相当な切れ者なのか、それとも百戦錬磨の戦士なのか、ゾルグは緊張を覚えながら想像していたのだが、まさか女だとは考えなかった。
 闇夜と、離れているために顔はよく見えなかったが、裾の長い麻の服をまとっているだけの体の線からして、年齢も随分若いのだろう。ハザ達よりは上だろうが、そう思わせた。
 ブレイムが茶化すように言った。
『男だとは、誰も言ってないぜ。────本当の名はボルカシアだ。でも俺たちにはボルカスと呼ばせてる』
『本当に……反乱軍を?…あんな……どう見ても』
 ゾルグが呆然としていると、ブレイムは微笑みを貼り付けた顔をゾルグに向け、細めていた眼を見開いた。その瞬間、ゾルグは顔の皮膚がぞくりと粟立つのを感じた。
『お前、味方じゃない人間のために命を捨てられるか?』
『どういうことだ』
『……戦の時、俺たち獣使いの住む森は戦場になった。南の民は俺たちを東の間者だと疑って捕らえ、獣を殺した。俺達がそれに抵抗すると、今度は俺達のことを殺しだした』ブレイムは目を伏せ、遠くのボルカスに目をやる。堪えるような表情だった。ゾルグは黙っていた。『俺は爺様に逃がされて、命拾いした。でも、大勢の追っ手の中をひとりでは逃げ切れなかった。あの時の奴らの顔…まるで俺を誰が嬲り殺しにするか、競っているようだった…。そして俺はついに逃げ道を塞がれた。奴らの矢に当たって、狼も死にかけて…逃げ疲れて、一歩も動けなくなって…もう駄目だと思った────そこに飛び出してきたのが、ボルカスだったんだ。ボルカスはたったひとりで俺と狼を守って、六人の南の兵士全員を斬り倒した』
『……』
『その後、ボルカスは傷ついた狼と俺を苔穴に連れ帰って、手当てしてくれた。何日もかけて、自分はいっときも休まず、俺と狼を回復させてくれた。────それから俺は、ボルカスにずっとついていくと決めた。南のやつらのことは、もう誰も信じない。俺は、ボルカスと、ハザ達…みんなと運命を共にする』
 ゾルグは再びボルカスの方に目をやった。─────とても大の男を六人一度に倒す手練には見えない。緑の連合軍にも女兵士は居たが、実戦で活躍した者など覚えはなかった。
 ゾルグはドリゴンの領地の村で生まれ育ち、十代の頃に召集を受けて戦場に向かっていたため、ドリゴンの都には殆どといっていいほど近づいたことがなかったが、ドリゴンの王宮には、もしかするとボルカスのような女騎士が何人も存在していたのかもしれない。ゾルグは東の荒野で別れたロクサネのことを思い出した。彼女も二刀流の剣を使う様子だった。兄のロボスとボルカスが仲間だと言っていたが、ロクサネ自身が、実はドリゴンの女騎士だったのではないのだろうか─────
 思いを巡らせていると、ハザ達に動きが起こった。
 ボルカスの身柄が、いよいよハザ達に引き渡されるのだ。

 王の墓には、独特の空気が流れていた。
 元々、南の地は森林が密集しているせいで空気は濃く、水分を含んでいるのだが、王の墓には加えて生者を拒絶するような威圧があった。ハザはグレイとヨルンを連れて、神妙な面持ちで王の墓の神殿に入った。不気味なほど静まかえった神殿の内部は、ウィル・オー・ウィスプと呼ばれる人魂のような低俗な精霊が巣食い、空間を漂いながら発光して、あたりを不気味に照らしている。
 入り口から正面の奥へ大理石の柱が立ち並んでいる回廊を進み、たどりついた霊廟の前に、五人のエルフが待ち構えていた。ローブを纏った彼等はハザ達よりだいぶ小柄だったが、宝石のような瞳には感情というものがまるで存在しないように思える。ハザは前に進み出た。エルフ達の顔を見る。その面々に、ハザは問うた。
『…あいつは?』
 ハザの口調に、エルフ達は一様に蔑む眼差しを向けた。皆、尖った耳に長く伸ばした金髪を背中に垂らしているので、同じ人物が並んでいるように錯覚する。
『誰のことを言っているのかわからぬな』
 目の前のエルフ─────見た目は青年そのものだったが、威厳に満ちた声で答えた。
『お前たちの首領だ。今から釈放だというのに顔を見せないとは、いかにも裏に腹積もりがあるように見受けるが?』
『我らを貴様ら人間と同視すべきではない』
 エルフは声を張り上げた。すると空気が凍りついたようになり、ぴりぴりとした冷気が肌を突き刺した。────魔法だと、ハザは察した。何かというとすぐに魔法を使う。エルフのこうした習性は、ハザを度々呆れさせた。
『案じるな。人質の身柄は無事に返してやる』
 そして彼等は促すように、神殿の入り口に向かって歩き始めた。
 ハザ達もその後に続く。
『何の前触れもなく、釈放とはな。エルフ殿のお頭は人智を超えているようだ』
 グレイが皮肉を込めて言い放った。
 ボルカスが囚われとなっておよそひと月あまりの間、ハザ達は五日に一度だけ、この王の墓で半時だけ、エルフ達の立会いのもと面会を許可されていた。その度に、ハザはボルカスの釈放を交渉し続けてきたのだが、エルフ達は一向に承諾しなかったばかりか、新たに何かを要求するということもなく、保留の状態が続いていた。いたずらな時間の浪費は、彼らばかりでなく、先にダーイェンで待つ大勢の仲間の士気を鈍らせることが懸念された。
 エルフ族の内輪揉めなど、ハザ達には本来なら無関係で然るべきだった。事情を明かそうとしない秘密主義のエルフに振り回され、ハザ達はこのひと月、ダーイェンの仲間達の非難を浴び続けてきたのだった。
 今夜は海市館に現れた二人の訪問者をボルカスに引き合わせようと、グレイとヨルンがエルフ達に面会を申し込みに出掛けたのだが、まさかその場で釈放を言い渡されるとは、誰も予想していなかった。