王の墓の決闘
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『お前達が望めば、最後に真実を話せと言われている』
 白い顔に残忍な影を浮かべ、エルフは言った。
『エンデニールが今後どうなるかだが───彼は海市館を去る。金輪際は人間との関わりを絶って、我らの故郷、エルフ国で暮らす』
『何だと…』
『現在、この地上全てのエルフがエルフ国へ戻っている。アルヴァロンの例をとるまでもなく、世界が余りにも人に汚されすぎたためだ。そしてもはや地上に残るエルフはエンデニールただ一人。…その彼を説得し祖国へ戻すため、我らはエルフ王に遣わされたのだ』
 代表のエルフは事務的な口調でやけに早口に、ハザ達の反応が潜り込む隙を与えないように話し続けた。
『エンデニールはエルフでありながら、人間との共存に浅はかな夢をみていた。同族の我々の説得でも、頑として了承しない。そこで、お前達を使った。彼が愛する人間達に裏切らせ、体面を汚すことで、彼の目を覚まそうと』
『ふざけるな』
 それを聞いて、ヨルンとグレイの二人も非難の声を上げた。
『己の手を汚さぬために、俺達を使ったのか』
『お前達は適任だった。難民でありながら、南の地を略奪して回る小悪党。そして仲間の為ならどんな悪事でもやり遂げる単純さを兼ねている。…今、レムディン様が海市館に向かっておられるところだ。お前達の働きぶりが功を奏すと良いが』
 エルフが話し終えた途端、ハザの中に抑えがたい感情の波が起こっていた。体を覆う皮膚が、ピリピリと強張る。
 目の前には、エルフ達が表情一切を変えることなく佇んでいる。その翡翠色の眼は確かにハザを見ていたが、何の感情も込められていない。仲間達には動揺が走っていた。ヨルンとグレイはただハザを見詰め、ボルカシアも無言だった。
 ハザの目は次第に意識から遠ざかり、耳は音を伝えていなかった。頭の中が、凍っていくようだった。
『貴様らは最低の種族だ』
 ハザは呪いを込めて言い放った。
『それは我らに対する罵りか?我らから見れば、最低の種族とはお前達人間の方だが。考えてみるがいい。エンデニールがこのままこの地に放任されたとして───それを全ての人間が穏便に見過ごすことができるだろうか?エルフの魔力は常に人の恐怖心を煽ってきた。多くの争いは、得体の知れぬものに支配されることを危惧して起こる暴発がきっかけで、始まる。欲の氾濫、嫉妬、憎悪。それらを捨てることが出来ないのがお前達人間だ。支配するか、されるか。全ての関係をそうやって分けようとする。お前達は人間の立場で屈辱を感じているのだろうが結果はいずれ同じこと。お前達がエンデニールに行った行為は、遅かれ早かれ必ず、何者かが行う。我らは、それを早めただけに過ぎぬ。お前達がそれをふまえているというのならば、果たして何が不服か理解しかねる………お前達の時間とやらも我らは配慮してやった。ちょうどひと月だ。お前達のいう都奪還の実行期日に遅れを取らぬようにとな』

 南の民にとって、ハザ達苔穴の山賊は、確かに脅威の存在ではあった。が、そこには彼らなりの理由があった。彼らが略奪するのは、かつて自分達が南の民から受けた屈辱の報復のため、そして過酷な環境を生き延びるためだった。武器は持ったが、積極的に暴行をしてきたことは皆無だった。そしてその理由のすべては、一刻も早く氏族を南の地から連れ出すためにあった。
 とにかく、何をしてでも生き延びて、自分達の故郷を取り戻す戦いに赴かねばならぬ、という思いが強くあったのだ。
 山賊は彼らにとって仮の姿であり、本来は全員が、かつてのドリゴン王家に仕えた家の子息たちだった。であるから、命を繋ぐためとはいえ、略奪行為を重ねることに対しては、仲間の誰もが罪の意識を持っていた。
 しかし、そんな中でもボルカシアが気力を失った苔穴の人々を奮い立たせ、反乱軍を統制し、ダーイェンまで進軍するまでに至った。

 運命の日、四週間後にハザ達8人のダーイェン行きを取り決め、ボルカシア、ハザ、グレイ、ヨルンの四人は、連絡場所となっているダーイェンとアルヴァロンの境界にある谷を後にし、いつものように南の樹海の道を徒歩で進んでいた。
 森は黒々とした闇が口を開け、荒波の海のように樹木が茂り、南の地の民であっても、近寄る者は皆無に近かった。
 けれどもハザ達には仲間の獣使い、ブレイムの手助けがあり、苔穴までの確かな道を進むことが出来た。ところがその日は、森の中がいつになく明るく感じられた。まだ日は高い時間ではあったが、鬱蒼とした森の天蓋はいつも日の光を遮り、視界は暗く翳っていたのだったが、よくよく見れば、どうやら森の木々がそれぞれに光を帯びているのだった。
 その光に一同が気づいて足を止めた瞬間、辺りがいっそう明るくなり、眩しいほどに輝いた。
 眼がくらみ、思わず手を翳す。
 すると光が消え、いつもの暗い森が戻っていたが、ハザ達の周囲を殺気が取り巻いていた。弓弦を引き締める音がした。ハザは自分の胸元を見て、身が竦んだ。目前一歩の距離から、するどい矢の先がハザの心臓を狙っている。
 そして弓の主は、ハザの頭ひとつ半ほども小柄で、長く尖った耳を持ち、透けるように白い肌と絹糸のような金髪を垂らしていた。エルフ族だと、ハザはすぐに悟った。伝説でしかなかった存在を目の当たりにして、畏怖の念が奥底から湧き上がった。圧倒され、金縛りになった体に歯軋りし、視線を周囲に走らせると、他の二人も自分と同じように抵抗を封じられていた。包囲はハザの視点からでも七人はおり、脱出は困難というより、むしろ不可能だった。
 そしてボルカシアは、二人のエルフに両側から拘束され、正面に引き据えられた。腕を捻られながら喉元に剣の刃が当てられ、ボルカシアは苦しそうに眉を寄せた。