<…何百年も昔、後のアルヴァロンとなる土地には、わずかな先住民が暮らしていた。彼らは人間だったが、エルフと同じように精霊と生きていた。素朴だが、皆が助け合い、努力し、争いのない世界を築いていた。
 そこへある時、巨大な船に乗って、アルヴァロン王家の先祖たちが降り立った。
 彼らは新しい金属と文化、そして宗教を連れてきていた。そしてそのすべてを、先住民に与えようとした。
 ところが、先住民は宗教だけは拒否した。それはひとつの神をあがめ、ひとつの神のきまりで生き方を決められ、精霊の存在や自然の助けを否定していた。
 それから、宣教団が大勢やってきた。
 宣教団は人々に対し、今までの生活は汚れていて、間違ったものだと指摘し、“神”の導く正しい生き方へ改めるよう、根気強く説得しついに大半の民を改宗させた。
 ところが改宗した途端、先住の人々の生活は変化した。聖オリビエが唱えた“無欲”と“清貧”と“無抵抗”は、彼らをアルヴァロンの奴隷とするための甘言となって効果をあらわした。
 侵略者たちは先住民を次々に弾圧し、瞬く間に自分たちの国・アルヴァロンを建国した。
 反抗をはじめた先住民の流した血の上に、四本の剣の旗印を掲げた。

 それから三百年余りの時が流れる。
 領土を四つの方位に分けたアルヴァロンは、四つの王家と同じ名のついた都を擁し、国王ダミアロスの統治の下、安泰の世を迎えていた。
 北の領地には、国王の住む宮殿があるヌールの都があり、きびしい気候と花崗岩の城壁に護られていた。アルヴァロンの国王は世襲制であり、その血筋は人々から敬われ、畏れられていた。土地はまずしかったが、厳格で質実剛健なヌールの気風は、北の領民には愛されていた。
 西の領地は、ダミアロスの弟レミオスが領主であった。シャンドランという都と、隣国ロトの境界に巨大なヨギルカス川が流れる。
 アルヴァロン東の領地には、ドリゴンという、王国で最も巨大な都があった。
 王家の先祖がはじめて降り立った土地であり、立派な港が整備されていた。国内でわずかに採れる金を輸出しており、さまざまな文化が繁栄する、全体的に豊かな土地であった。領主はデラヒアスといい、国王とは従兄弟の血筋にあった。都の中央には聖オリビエ教会の大聖堂が建っており、国内のオリビエ教徒が集った。
 南の領地は、代々国王の祖先の兄の血筋が治めていた。樹海のエルフと交流をもち、都であるオエセルは、エルフたちの造詣による優美な建築物に溢れていた。
 エルフの血をひく領主のヴァルミランは、王国の史書の作成と様々な記録を担う一方で、エルフの秘技である魔法の研究に力を入れていた。そして国教ともいえる聖オリビエ教会の勢力が唯一及ばなかった土地であった。
 ヴァルミランの先祖は、かつて聖オリビエ教会の布教が先住の民を弾圧した時に、王家に反発し、先住の民を率いて南の樹海に難を逃れたといわれている。しかしその裏切りは長い年月の中で和解し、いまはこうして王家の一員として認められていた。領民は野性的な生活を好むが、他の土地の人々に対して排他的な性格も併せ持っていた。

 ダミアロス統治下の安泰は、当座はよかった。
 ところがそれも、ある事件が起き、一晩にして状況が変わった。>

 突然、セヴェリエの周りの景色が、揺らいだ。一瞬にして、冷気が流れ込み、暗闇に包まれる。
 そしてセヴェリエは、自分の肉体がそこにないことに気が付いた。
 眼だけが、その空間で自在に動く。
 まるで他人の夢に入り込んだような感覚だった。…アルスの幻術であった。
 闇に視界が慣れてくると、セヴェリエはようやくそこが、どこかの宮殿の中であることを知った。
 広い室内に並んだ大窓の隅のほうに、誰かが倒れていた。絹の衣装に身を包んだ少年だった。
 その近くでもうひとり、やはり絹の衣装を着た少年が床にへたり込んで茫然としている。その隣には、大きな体躯の騎士が並んで立っていた。夜の闇と、灯りが乏しいせいで、彼らの顔はよく見えなかった。しかし、倒れている少年は、胸から血を流して、絶命しているのがわかった。騎士の手には、それを行ったと思しき抜き身の剣が握られていた。血がついている。
 騎士は、マントの裾で剣の血を素早く拭き取り、鞘に納めると、座り込んでいる少年に何事か話しかけた。少年の腕をとると立たせ、亡骸をその場に置いたまま、部屋を出ていった。
 『あれは…』
 立ち去る騎士の後ろ姿を見て、セヴェリエは思い至った。
『ヌールの騎士、マキュージオだ』
 アルスの答えに、セヴェリエは、はっとした。マキュージオ。
『修道院で、お前を犯した男だ。お前がいま見ているのは、今から8年近く前の様子だ。…刺し殺された少年の名は、インガルドという。ヌール家の長男であり、次期国王と目されていた王子。もうひとりの少年の方は、その弟セロドアだ。死んだインガルドに変わり、アルヴァロン王家最後の王となった』
『マキュージオが、インガルド王子を殺した…』
 セヴェリエは茫然と呟いた。セヴェリエが知る限りでは、インガルド王子は、落馬死したということになっていた。
『真実は時として皮肉なもの』




 
アルヴァロン