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真
Monster! Monster! 第1話『ファンタジーナイト』
かいた人:しあえが
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始まりはいつも突然に
どこなのか、いつのことなのか。 そもそも私達の住む地球と同じ星なのか、それとも同じ次元に属する世界なのか。 それは誰にもわからない。今はまだ…。 とりあえずわずかばかりの情報を求めて、少し視点を変えてみよう。目に映るのは荒涼とした、心を逆立たせるような風の吹く、地平線の見えるほどに広大な砂漠。気違いじみた巨大さの砂漠の中、なにか輝く物が見えた。 それは石造りの城壁。差し渡し数キロ四方はありそうな城壁の中に、陽光に輝く白亜の尖塔や、建物がひしめいている。そして通りを忙しなく行き交う人々の姿が。 巨大な城壁に周囲を囲まれた街。大きさから判断して、それ自体が一つの国家である、都市国家という物だろう。 それにしても、一体いつ頃に誕生した街なのだろう。古めかしく、木の年輪のように表面を風と砂に削られた城壁が、無言で自らの歴史を物語る。 見てる間にも、埃っぽい砂漠の風が堅牢な石の城壁に吹き付けた。 完成当初はなめらかだったであろう壁も、長い悠久の時の果てに、今はざらざらで穴だらけの岩の塊と化していた。しかし、いつかは崩れ去るとしても、それでも長い歴史と人の生きた証の重みは、そう容易くは崩れないと激しく主張していた。 太陽はギラギラと輝き、砂の海は広がり続ける。 大きな、だが砂漠から、世界から見たら小さな街の中で、人々は静かに逞しく暮らしている。厳しい環境にめげることなく、愚痴るわけでも神を呪うわけでもなく。住民達は知っているのだ。嘆いているだけでは前に進めないことを。 時折起こる災害、飢饉、天災、魔物や野盗の襲撃があったとしても人々はめげることはない。凶事が過ぎたあるいはくぐり抜けた後、住人達は少し首をすくめ、水タバコを吸いながら、せめて自分とその子の代は平穏無事に過ぎるようにと祈りを捧げる。 でも彼らは、彼らの子供達は知っている。 自分達の住んでいるこの街が、いつかきっと砂の中に埋もれてしまうだろう事を。 だがそれこそ世の定め。永遠なんて物は存在しない。だから今を精一杯生きるのだ。醜く足掻きながらも。 そんないつか砂漠に呑み込まれてしまう………だが今は砂漠の宝石と呼ばれる街。 物語は街の一角にある大きな邸宅の一室から始まる。 世界を揺るがす、後の世で大冒険時代とも英雄戦記とも呼ばれた時代の、幕開けとなる物語が。 元は刺繍も細やかで上等だったが、今では日に焼けて真っ白になったカーテンの隙間を抜けた日の光が、一人の少年の瞼の上にさしかかった。強い強い光に少年の鼻に皺が寄り、不快そうに顔がひきつった。 まともに見ると、瞼越しでも残像が残りそうな強い日の光に少年は身じろぎする。う〜う〜唸るところが、年齢より下に思えてなんとなく子犬みたいだ。いや、子犬と言うより乳離れをした直後の、やんちゃな幼犬と言う方が正しいか。 少年はしばらくブツブツ寝言を言っていたが、唐突にぷいと顔を背けた。瞼が影の中に入って落ち着いたのか、少年の顔に安堵が戻る。 さあ、まだまだこれから惰眠を貪ろう。なぜなら私は眠りの神に愛されているのだから。そう言わんばかりの少年の寝顔は中性的で、どこか可愛らしい。 だが、太陽はまるで意志でも持っているかのように、逃げる少年の瞼めがけて光の触手を伸ばすのだった。 そして遂に睡魔も、大いなる太陽の攻め手に自らの敗北を悟ったようだ。白旗を揚げてケツ巻くって逃げる。 もっとも戦術的勝利は頂いたって感じではあるが。 「ふぁあああ…」 既に日も高くなって、午前どころかもうすぐ夕方かという時間になっているのだから。半分しか開いてない目をパチパチと数回瞬きさせながら、少年は上半身をおこすとベッドの上で大きな欠伸をした。首を後方に傾け、右手で形ばかり隠しながら、喉チンコが見えるくらいに大きく口を開いて新鮮な空気を貪る。部屋を閉め切っていたから余り新鮮とは言えないけれど。 やっぱり眠い。 欠伸に続いて背伸びをした後、目の端に涙を浮かべてう〜と不機嫌そうに唸った。 まだあっちの世界に意識を置いているに違いない。 一体いつの間に室内に入ってきたのかはわからないが、彼の様子に側に立っていた女性は顔を曇らせた。 曇らせもするだろう。ちょっと人としてダメな感じの我が子を前にすれば。 年齢がわからない…と言うより感じさせない顔をした美しい女性は、はあっと腹の底から絞り出すような深いため息をつく。その動作で揺れて、うなじが隠れる程度のショートカットでまとめられた髪の毛が、キラリと日の光を反射した。 憂いた顔も美しい。 少し悲しそうで、物憂げな彼女の横顔を見れば、年上好みの若い男子は間違いなくファンになるだろう。あと踏まれたいと願う趣味の諸兄とかも。当の女性はあまり嬉しくはないだろうけれど。 それにしても…実際、幾つなのだろう? 失礼を承知してあえて詮索すれば、贔屓目に見て20代後半から30代前半と言ったところだろうか? だが真実、彼女はここに暮らしてもう17年をすぎていたりする。その時既に、彼女は目の前で寝ぼけている少年 ─── 当時はまだ赤子 ─── を連れていた。その時すでに20から25くらいの年齢だったわけであるからつまり…。 と、彼女の心のイライラを象徴するように彼女の左耳で揺れていた、派手すぎない上品な金のイアリングがチャラチャラと音をたてた。ぴくんと少年はその音に反応するが、すぐにまたぼんやりとした表情で部屋の隅を見つめた。別にそこに何かあるわけではない、タダ動くのが面倒なのだ。埃の舞い散る室内の様子もどうでも良い。ただ、眠かった。動きたくなかった。少年はそんな風に考えてるようにも見えた。実際そう考えていた。 (この馬鹿息子…っ!) いい気なもんね、このクソ馬鹿息子っ! 少年の態度に女性の顔が引きつる。おまけに目の端がちょっとピクピクしているが、鈍感な少年はまったく気がつかない。それがまた女性の癇に障る。 遂に女性は重たい口を開いた。なよやかで、どこか人を引き寄せる声が空気を震わせた。 「シンジ…」 のろのろと少年の目が動き、腰に手を当てて自分を睨む母親を捉える。少し驚いたような顔をしたのは、今頃になって彼女の存在に気づいたから。 少年は粘つく口内を舐めて湿り気を戻しつつ、気怠げに口を開いた。男性と女性の声が理想的に混ざったようにも感じる、中音域の声が空気を震わせ、女性の鼓膜を震わせる。 「なに、母さん。用がないならもう少し寝かせてよ」 うわ、最悪。 命知らずにこんな事を言う薄幸の美少年、碇シンジ。 そしてその自殺志願とでも言うべき一言で、怒髪天モードになった妙齢の美女こと、彼の母親、碇ユイ。 永遠に寝かせてやろうかこんにゃろめ。 てな事を考えてるみたいに、見た目はたおやかで白魚のような彼女の指が、コキリと不吉に、どっかの世紀末覇者のように鳴った。 間髪入れずその口から怒声が溢れる。 「一体今何時だと思ってるの!? 昼よ、昼の3時よ!? いくら今日が休日とは言え、18時間も寝てるなんて…。あんた病気なの!? まったく親の顔が見たいわ!」 キョトンとした顔しながらも、無言でシンジは手鏡を差し出した。 顔が見たいなら存分にどうぞ。って感じで。 毎度の事ながらまだ寝ぼけている。 ユイの顔が引きつった。きょとんと首を傾げて、シンジは困惑する。 (顔を見たいって言うから顔を見られるようにしたのに、どうして固まるんだろ?) 「どしたの母さん?急に固まって」 「こ、こ、こ(こ、この子は…!)」 一見目が覚めたようだが、彼の頭はまだボケボケとしていて正気でない。 その証拠に、硬直するユイの顔をまじまじと見ていたシンジは、ふと命知らずな言葉を吐いた。 コ、コ、コ。鶏? 否、そんな当たり前の言葉ではない。ユイには何があっても決していってはいけない類の言葉を。あと彼女の師匠筋、妹弟子に当たる女性とかにも。首をきゅーっと締められちゃいますから。 「あのさ、母さん」 「なによ」 彼が口を開いた瞬間、タイミング良く外でユイがまいたパンくずをつついていた小鳥が大きく羽ばたいて遠くに逃げた。 「怒ってばっかりだと早く老けちゃうよ。もう母さんも若くないんだしさ。 …あ、小じわ発見。あと白髪も。 ね? 若い若いって言われるけど、やっぱり母さんも年相応に…」 なんか破壊音と悲鳴が聞こえた気がするが、碇家周囲に済む住人達は、いつものことなので綺麗に無視した。 たわいない世間話をしながら、挨拶を交わす。 「あ、エレクトラさん。今日はいつにも増して暑いですね」 「そうですね、エーコーさん。あら、今日のシンジ君いつにも増して勢いよく飛んでますわね」 「おやおや。新記録かな」 空はとても青く、太陽はとても高く、空をかっとぶ碇シンジ少年と砂漠の宝石『第三新東京市』を照らしていた。 「いててて…。我が母ながら、なんであんなに無茶苦茶なんだよ」 場所は変わって、シンジとその友人達がたまり場にしている喫茶店である。 シンジはいつも使っている席(とはいっても、白い天幕をつくり、その日陰にしかれた葦を編んだ薄い座布団だが)に付き、絆創膏の上から頬を、女の子を扱うように優しく撫でさすりながら愚痴をこぼした。自業自得って気もするけど、そんな言葉は都合良く今の彼の辞書にはない。あったりなかったりする。 よく見れば頬だけでなく、右目や腕にも包帯や絆創膏をまいている。たぶん服の下もそんな感じで傷だらけなのだろう。こっぴどくやられたことは一目瞭然だが、彼の両隣に座る友人達、武器屋のせがれの鈴原トウジと道具屋のせがれの相田ケンスケは、全然同情しない目をしながら椰子の実ジュースを飲んでいた。 いかにも脳まで筋肉と言った感じのトウジは、短く刈られた頭を右手で掻きながら気怠げにシンジを見つめ、また視線を椰子の実に戻し、横目でシンジをつまらなさそうに見ていたケンスケも少年も、また無言のまま手元に視線を戻した。 まあおごってやってるんだから良いだろ。そんな顔だ。 もっともシンジの方も同情されるとは思っていなかったし、仮にされても惨めなだけだから別に落胆はしなかった。下手な同情は、自分は善意のつもりかも知れないけれど、かえって相手を傷つけるだけなのだし。 いつもの光景である。 しばらくして。ジュースを飲み終わり、なんとも手持ちぶさたになったトウジはシンジの顔を見ながら呟いた。ただし、横目で見ながらだけれども。 「なに贅沢なこと言っとるんやシンジは。その年になってまだ親子喧嘩ができるってのは、ある意味羨ましいこっちゃで」 「そうそう。あの若く美しいユイさんと組んずほぐれつ…。 この背徳者め」 「悪徳なんか怖くないってやっちゃな」 それなんか違う。 メッチャ違う。 すぐ横を、ガチャガチャと金属鎧を鳴らしながら通り過ぎる数人の兵士の一団を横目で追いながら、シンジは悪友達の言葉に苦虫を噛みつぶしたような顔をした。 「二人とも誤解招くような言い方止めてよ。 それにトウジ、親子喧嘩って普通父親とするものじゃないの? まあ僕の場合、父さんは12年前から行方知れずなんだけどさ」 特に理由はないが通りを曲がって姿を消す兵士の背中を見送り、シンジは父親のことを思い出そうとする。12年前、行方知れずになった父の顔を。 (父さん…か。僕には、僕には父さんと何かをしたって記憶はない) だが、どうやっても思い出せない。ただ、大きな背中だったことは覚えている。あとなんか怖くてくにゃくにゃして情けない顔をしていた気がする。厳めしい態度が母にたしなめられた瞬間、ふにゃふにゃとコンニャクみたいになっていたような気がする。 いや、コンニャクというより生まれたばっかりの子犬か子猫みたいなふにゃふにゃさだった。 怖いのか情けないのか、よくわからない。 ただ、一度も甘えたことはないことを覚えている。 その腕に抱きしめられたことは…たぶん、ない。彼はそういう事を、世間一般の愛情表現を恐れていたような気がする。少なくとも、記憶に残る父親は甘えられる存在ではなかった。父の大きな背中は安心できるイメージではなく、いつかは越えないといけない岸壁のように彼の心に記憶されていた。 『シンジ…逃げてはいかん。ユイを頼む』 4才の時、そう言われたのが最後の父の記憶だ。 その後、格好つけてその場を立ち去ろうとし、なぜか落ちてたバナナの皮を踏んで滑って転び、後頭部を漬け物石にしたたかにぶつけ、猪を絞め殺したような声を上げてのたうっていた。 どうしてそこで落とすかなぁ。 ふと、彼は思う。 自分は、父親のことを愛してないのだろう、と。記憶がろくにないことは言い訳にすぎない。そもそも恨みこそすれ、愛してるわけがないのだ。自分を、母を放ってどこかに消えてしまった父親の事なんて。 一方、彼が白昼夢でも見たように物思いに耽る横で、反論がほとんどないのを良いことに2人の友人はヒートアップしていた。 「ユイさんとA…」 「ユイさんとB…」 何を想像したのか肩と頬をくっつきそうなくらい寄せ合わせて、まなじりを下げるトウジとケンスケ。心なしか頬が赤くなって鼻息が荒い。 「「実の母親と、禁断の関係…」」 「変態言う奴やな」 「いやいや、鈴原さん。愛の形は自由です。それに上手く頼めば我々もおこぼれを…」 「おおっ、憧れのユイさんに筆(禁)」 何をしてもらうつもりだ何を。 いや、ナニなんだろうけど。 人が何も言わないからって、宇宙の彼方まで飛躍しすぎたことを言う二人の親友の姿に、シンジはげそっとした顔をした。飛躍しすぎだこの馬鹿。と吐き捨てるように言ってやりたい。 毎度の事ながらなんで自分の友達はこんな奴なんだろうと、自分のことを巨大な棚に上げてシンジは考えた。勿論答えは出ない。彼が己を知ろうとしない限り。つまり、類は友を呼ぶ。 要するに、16歳前後の少年としてはシンジもトウジ達と五十歩百歩だ。 そんな簡単なことに気がつくことなく、シンジはいつもと一緒の返事をした。 「二人とも本気?いい加減にしてよ」 毎度の事ながら、そう言うシンジの言葉に対するトウジ達の返事も一緒だった。 トウジは大げさに肩をすくめ、ケンスケは癖毛になってる髪の毛を掻きながら、おどけたように謝罪の言葉を発する。 「まあ、な。すまん悪のりしたよ」 「堪忍や」 本当のところ、母親がいないトウジとケンスケは綺麗なお母さんがいて、今も仲良く喧嘩できるシンジが羨ましくて仕方ないのだ。それがわかっているシンジは、だからそれ以上何も言わなかった。そう言うシンジはシンジで男らしい父親のいるトウジ達のことを羨ましいとも思っていた。 「ふぅ…。なんだかな」 トウジ達の謝罪の言葉の直後、シンジはぐったりと脱力したように砂の上に寝転がった。細かい砂が服のみならず髪の毛にも付くが、そんなことは気にしない。砂漠に住んでいてそんなことは一々気にしてられない。トウジ達もそれに習って寝転がると、同じように退屈でたまらなさそうなため息をもらした。 空はこんなに青いのに、太陽は今日も眩しいのに。どうしてこんなに無為な日々が続くんだろう。 「はぁ、それにしてもワシらてんぱっとるなぁ…。 もうすぐ16の誕生日やのに、特にすることなく、親の仕事の手伝いしながらぼそぼそ過ごしとる」 「彼女も作らないでな」 作らない…じゃなくて作れないだろ、このロリコン。とシンジは言いそうになったが言わなかった。友達だから。 「ああ、可愛いおなごが彼女やったら」 「その通りだ。可愛い女の子が」 そんな友達の考えも知らず、トウジの言葉にこの地方では極めて貴重な道具である眼鏡を曇らせながら、ケンスケが相槌を打った。 トウジ、シンジ共に『ああ、お前には無理だ。あとおまえの言う女の子と俺達の言う女の子は別物だ』と考えつつも、彼女を作れないと言う点だけで見れば、自分達もまた同じである事実に何も言えなくなる。 重すぎる沈黙が周囲に立ちこめ、シンジ達の顔は玄武岩よりも、黒竜の鱗よりも黒くなった。 陰々滅々とした気分の3人の脳裏に浮かぶのは将来のこと。 このまま親の仕事を可もなく不可もなく手伝って、成り行きで後を継ぎ、そして親の言うまま見知らぬ女性と見合いして、結婚して、子供作って…。 ちょっとした浮き沈みはあるだろうが、それにしても面白みのなさそうな、それでいて現実味特盛りおしんこ付きの未来予想図だった。安定してると言えば聞こえは良いが、誰かに用意されたレールの中でも最悪の類の物ではないだろうか? そして前世かなんかで何かあったのか、平穏無事を切に愛すシンジにとっても冗談じゃない未来予想図だった。 何気なく砂に指で何ごとか書きながら、トウジが忌々しげに呟いた。 「おまえら、それでええと思うか?」 「やだね、ハッキリ言って。シンジもそうだろ?」 「聞いてるだけで嫌になってくるよ。 あ〜あ、でもどうせそうなるんだろうなぁ」 シンジの言葉をもう少し詳しく訳すと、今の閉塞された生活がどうにかなるのなら、喩え見たことも聞いたこともない巨人に乗って、これまた見たことも聞いたこともない『使徒』とか言う敵と戦えと言われても『超オウケィ』と言うよ、だろうか。 うんざりした表情のシンジをなだめるように、起きあがったトウジは小ぶりの鉈で椰子の実を割り、果肉が食べられるようにしてシンジに渡した。黙ってシンジはそれを受け取る。好きなわけじゃないけど、ありがとうと礼を言いながらもごもごと果肉を貪る。それを横目で見ながら、別の椰子の実をケンスケに渡す。 妙なところで気が利くというか面倒見が良いトウジだった。 これまたいつものことである。 「まあシンジはエエよ。家は大金持ちで三代遊んで暮らせるんやろ? そんで、最下級とは言えアスカリ(騎士)の称号ももっとるんやから。 ワシらと同じく親の後を継ぐんやとしても、ええとこのお嬢さんを嫁にして、そのうちお城に勤めるようになるんや。末は市長に立候補か?」 「いいよな〜、シンジは」 そう少しやっかみ混じりに言いながら、ケンスケはいきなり右手を一閃させる。 キラリと何かが閃き、道行く人々の足下をすり抜け、何かが空間を走った。 トン…。 木の板を棒で叩いたような乾いた音が聞こえた。 音の出所に目を向けると、彼らから30歩(約27m)ほど離れたところにある民家の壁に、小さな投げナイフが突き刺さっていた。そしてそのナイフのすぐ横で、『いきなり何なのだ』とか何とか言ってるみたいに、文字通り鼻先をかすめたナイフに驚いた小さな生き物が、仲間達と一緒に右往左往していた。この街に生息する砂ネズミの一種である。2足歩行を行い、人語を解すとか言われているが、それはこの話にはあんまり関係ない。 慌てふためきながら元来た方に逃げ去っていくネズミを見送りながら、シンジはトウジ達の的はずれな羨望に言い返した。 「別にお城に勤めるとか決まったワケじゃないよ。母さん、お城勤めとかにあんまり賛成じゃないみたいだし。それにそんな風に自分の人生を勝手に決められるのは、僕いやだから…」 じゃあどうしたいのか? それが3人には分からなかった。一方で、それではダメだという事はわかっていたため、ただただイライラする無為な日々を過ごすことにも苦痛を感じている…そんな状態だった。 生きることを退屈に、苦痛に感じる。自分のしたいことがよくわからない若者によくある状態と言える。ご多分に漏れず、彼らもそうだった。だから今みたいに小さな動物をいじめたりすることもある。意味もなく夜の街を歩き、たまに自分達と似たようなチンピラに喧嘩を売ることもある。人に迷惑を掛け、悪く言われることにより、世間が自分に注目してると勘違いすることで自分を慰める…。 一言で言えば、彼らは馬鹿だとも、『悪』だとも言えた。 ただ、救いもあった。彼らは、それじゃいけないと言うことは痛いほどわかっていたから。 果肉も食べ終わり、もうネズミだってどうにもできない状態の椰子の実をネズミに向かって放り捨てて、絶望的なまでに暗い表情をしたシンジは呟いた。 暗い、トウジ達じゃなくたまたま通りがかった第三者すらもダークな気分にする一言を。 「このまま生きていても仕方ないんじゃないのかな…」 暗すぎ。 そして極端すぎ。 あまりの暗さにトウジ達は突っ込みたかったが、言ったところで 『じゃあ、どうすれば良いんだよ?』 と、これまた返答に困ることを言われるだけなので黙っていた。シンジがネガティブなのはいつものことなのだし。 結局、3人共が黙り込んだ。 そして家に帰る子供や、夕飯の買い物をする街の人達をぼんやり見ながら、日が暮れて暗くなる直前まで、また馬鹿な話をして別れる…。あるいはこのまま夜の街に繰り出し、つまらない諍いをおこして朝まで騒ぐ。 そして明日も今日と似たような一日が始まる。歯車が回るだけのような一日が。 それがいつもの彼らの行動パターンだった。 だが、今日は少しばかり違っていた。 「なあ…」 何かをたくらんでる顔をして、ケンスケが眼鏡を光らせた。 まだ夜と言うには早いが、黄昏というに充分な時間だったため、目からビームでも出してるみたいなケンスケを中心に、3人は悪目立ちだ。 道行く人達に、ちょっとどころじゃない危ない目で見られて、さすがに引くケンスケ以外。 「な、なんや(ヤバイでぇ、こいつ)」 「なんだよ?(友達…やめるわけにはいかないよなぁ)」 さりげなく(いつもと同じく)距離を取って他人のふりをする(無駄な努力の)シンジ達にも気付かず、ケンスケは今朝方から言おう言おうと思っていたことを口に出した。 「今、俺を含めて3人はこのままダラダラしてるのは嫌だ。そう判断して良いよな?」 「判断もナニも…。2年ぐらい前から、ずっとそう言ってるじゃないか」 別に今更確認するまでもない事柄である。 何言ってんだこいつ? 本気でそんな目をシンジはした。 だがシンジよりケンスケとのつき合いが長いトウジは、親友が何を言おうとしているのかを悟ったようだ。口元がニヤリと笑い、目と目で通じ合う♪ 「それがわかっとるのにいちいち言うた。ってことは、今の暮らしを打開するおもろいものか、考えがあるって事やな?」 「まあな。さすがはトウジ、心の友だ。実はちょっと見て欲しいものがあるのさ」 フンフン鼻息が荒いトウジを制し、ケンスケは懐から一枚の古ぼけた羊皮紙を取り出した。 この砂漠の街で羊皮紙…。 意外な組み合わせにシンジはちょっと目を丸くし、トウジはそんなことにも気付かす、ただ面白そうな臭いがしてきたことにますます鼻息を荒くする。 「実はな、家の物置を掃除していたときに見つけたんだが…」 「まさかこれは宝の地図とか言うんやないやろな?」 途端にトウジの目つきがきつくなった。直前までの高鳴りが一気にクールダウン。金属だったら粉々になりそうな温度変化。何故って、今までにケンスケが宝の地図とか言って持ち込んだもので、何度酷い目にあったか数え切れないからだ。 今でも時々思い出す…。 酷いときは盗賊として軍に追いかけられたこともあったし、罠が残っていて死にかけ、しかもようやくたどり着いた墓所で見つけたのは、寝床を荒らされて怒りに燃えた墓の主と、天井に開けられた先輩の掘った穴だったこともある。もちろん、必死になって逃げたが、今生きているのは奇跡ではないかとトウジは思っている。あるいは、あの時呪いでもかけられたから、今の暮らしが退屈なんじゃないかとシンジは思っている。トウジのみならず、シンジの目つきが砂漠で感じられる限り最高に冷たくなっても無理ないだろう。 無言の二人の目が闇に光る。刃の色に。 これはまずい。 このままだと袋叩きにされて、明日からまたいつもと同じ日が始まってしまう。 焦りながらケンスケは慌てて地図を広げた。そして黄ばんだ表面に天使の絵が描かれた地図の真ん中を必死に指さしながら、この場でできる限りの大声で言った。 「まあ待てよ。これは今までとは違うんだ。 なんと言っても、あのマウントクリフの墓所の地図なんだからな!」 「マウントクリフ!?」 「この地のみならずこの大陸全土を支配した王にして、史上最強の魔法使いやったと言う!?」 さすがに驚きの隠せないシンジとトウジ。 無理もないだろう。 説明しないといけないが、彼らの言う『マウントクリフ』とは3000年前、一時とは言えシンジ達の住む国だけでなく、国が属する大陸全てを支配した王国の、最も賢明にして強い権勢を持つと言われた国王の名前である。正体バレバレだが気にするな。 彼は生前、有能な王であると同時に歴史上最強の魔法使いと呼ばれた存在で、その技は天の星を地上に降らせ、無から有を生み出すとまで讃えられた。そして魔法の奥義を究め、永遠不滅、不死の王とも言われたが、信頼していた大臣 ─── 彼の親友 ─── の裏切りにあい、息子達は殺され、最も彼が愛し信頼していた第一王女共々墓所に生き埋めにされた悲劇の王である。だから決して、正体を詮索するな。 そして墓所は彼を埋葬後、呪いか恨みか、とにかく魔法によって生まれた砂嵐によって砂に埋まり、その場所を知る者は誰もいないと伝えられる。ここら辺、実は大臣は王女に求愛したが突っぱねられて逆恨みしたとか、王の魔法が暴走し、それを止めるために大臣は敢えて汚名をかぶったとか、色々と諸説紛々なのだが概ねこういうことらしい。 そしてそれ故にこそ盗掘者に荒らされていないその墓所には、莫大な金銀財宝と古代の魔法の技、そして何物にも変えられない世界の宝があると言い伝えられていた。(注:お話の都合により、予告なしに変わることもままあります。…ってやっぱり変わりました) 今までにも、歴代の冒険者達がその墓を見つけたという噂を聞いたことはあった。だが、どれもこれも信憑性に欠けるおとぎ話同然のものだった。 砂に埋もれる、首無し騎士に守られる真鍮のピラミッドがあった…。 一面白骨が転がる中、白骨平原の中に黄金の天馬を見た…。 砂漠の真ん中にオアシスがあり、石のスフィンクスに追い返された、等々。 はっきり言って眉唾である。事実、見つけたという者は気が狂っているか、あるいは色々な理由を付けて宝を欠片も持って帰らなかったのだから。当然、ケンスケの持ってきた地図も眉唾ものなのだが…。 シンジ達は当惑した。 ケンスケが広げる地図は、少なくとも偽物と判断する要素がなかったのだから。 文字は古代語で書かれ、墓所の名前と位置を正確に告げており、ケンスケが呪い師に頼んでかけてもらった来歴感知の魔法によれば、ちょうど3000年前に書かれたものと証明されたらしい。そして地図に示された墓所の位置も、口伝がかろうじて伝える位置と大体同じ所だった。 唯一の懸念は、ケンスケの家の物置で見つかったと言うことくらいだろう。 疑う材料はない。ただもの凄く怪しい。 でも時々ケンスケの父親はワケの分からないお宝を持ってたりする。昔、冒険者だったという話を聞いたこともあるし、市長や国王にも名前を知られている。正体不明の謎の人だ。 まったく可能性がないわけではない。 迷っているな。 ケンスケは趨勢が自分の方に傾いていることを悟り、知らず知らずの内に唇を舐めた。 言葉にしなくても、二人の顔を見れば疑念はありありと感じられる。痛いほどにそれが分かるケンスケは、敢えて最後の部分に目をつぶりながら、熱っぽくシンジ達を口説き続けた。もちろん理由は色々ある。父親からこの地図を買うためにかなりの金を使った(砂漠の商人はシビアなのだ)し、有名になりたい、金持ちになりたいという欲求もある。 なんと言っても場所は遠いし砂漠の中だ。一人ではたどり着くことはもちろんできないし、よしんばできても幾らも持ち帰れないだろう。 かといって人足を雇っても、人足がいつ盗賊に変わるか知れたものではない。現に毎年、人足が転じた盗賊に有り金どころか命を奪われる隊商は数え切れない。間違っても自分がそうはなりたくない。自爆はしても彼は自殺志願者ではないのだ、 だからこそ、彼は最も信用のおける友人であるトウジとシンジをかき口説いたのだった。 もしダメだったら、諦めるつもりで。 そして…。 爽やかに微笑みつつ、トウジはケンスケに向かって親指を立てて見せた。 シンジもまた、わくわくと表情を輝かせつつ笑いかける。 「もうええ、ケンスケ。一緒に行くわ。臆病で絶対確実なことしかしない自分がそこまで言うとるんや。 ワシらが信じんでどうするっちゅうんや!」 「そうだね。まだ僕は半信半疑だけど、このままここで同じ日常を繰り返していたらいけない気がする。 それに、結局ダメだったとしても、それはそれで笑い話として面白いよ。 あとさ、なんだか行かないといけない気もするんだ」 疑いはまだ残ってはいる。残ってはいるが、爽やかな笑みを浮かべながらシンジとトウジはケンスケの目を見つめた。二人はそれ以上何も言わない。だが瞳は語っている。行こう、友よ!と。 漢と漢の熱い友情を感じ、そして目の前で爽やかな笑みを浮かべる2人を前に、彼ら以外の友人達から嘘つき呼ばわりをされたケンスケは男泣きに泣いた。逆境の時にこそ、本当の友人が見つかると言う。ケンスケはその言葉の正しさを実感した。 3人は丸く肩を組み、うんうん頷きながら友情を確認し合う。 我、我終生の友を得たり! 「ありがとう、シンジ、トウジ! 絶対見つけような!」 「わかっとる!」 「取り分は僕が5でトウジが3でケンスケが2だからね!」 「「ちょっと待て」」 ちょっともめたが、ガシッとお互いの手を握り合う3人。 熱い友情ドラマではあったが、周囲の人間に『ホモ?』と呼ばれていることに気が付かないのはどうだろう? 気付いたからってどうなるもんではないけれど。 そして翌日、3人はホモ疑惑の噂が消えるまでどこかに逃げようとでもするように、色々と旅立ちの準備を始めた。事情を知る者は笑い、あるいは遂にツモったかと哀れみの浮かんだ表情をする。無理ないか。 その一方で、やはり血は争えないか。と訳知り顔で頷く人達もいた。 そして、馬鹿にして笑った彼らは後に心の底から驚くことになる。 訳知り顔で頷いた人々は、若き冒険者の誕生に微笑みを浮かべることになる。 3人が莫大な財宝を持って帰ることに。 そしてシンジがいきなり嫁さん連れて帰ってくることに!その嫁さんの正体に! そんでもって、その後シンジの嫁さんや愛人がもの凄い数…つっても2桁だけどな…になることに! これは、後に絶倫王として神話となった少年が、まだ何も知らない初な童貞の少年だった頃、その伝説の始まりの記録である。 続く 初出2002/03/07 更新2004/04/25
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