17:かっこいい人(跡部と宍戸) ※「昼寝」の宍戸視点。


 中庭までやってきた宍戸は、植え込みの向こうに広がる光景に、自分の目を疑った。まじまじと見つめ、どうやら幻ではないらしいと宍戸は小さく息を吐く。
「……こりゃあ確かに、おもしろいものだな」
 そもそも何故宍戸がこの場所へ足を運んだかというと、幼なじみの、ある一言が発端だった。綿毛のような髪をした彼は、宍戸の教室までやってくるなりこう言ったのだ。
 中庭でおもしろいものが見られるよ、と。
 いったい何のことかと訊ねても明瞭な答えは返ってこず、おもしろがって一緒について来ようとした関西弁のクラスメートを引き止めながら、彼は宍戸に行ってらっしゃいと手を振った。
 彼がとても嬉しそうに笑っていたので、宍戸は言うとおりにしてやろうと思ったのだ。
 その結果、宍戸は今、大木の根本で眠りについているもう一人の幼なじみを見下ろすことになった。
「たぬき寝入りってんじゃねえよな? なあ跡部」
 声をかけてから、跡部の寝顔がどこかくたびれていることに宍戸は気づく。跡部の少しこけた頬に、宍戸は目を細めた。
 跡部というのはたいそうプライドの高い男で、頑なに他人に弱みを見せようとはしない。一人で限界まで頑張った結果が、今のこの状況なのだろう。
「見かけには人一倍、……や、百倍ぐらい気を遣ってるくせによ。こんなみっともねえ面になっちまって」
 まったく馬鹿な男だと、すっかり眠りに落ちているらしい跡部に語りかける宍戸の表情は、つらそうにゆがんでいる。
 悔しいと、宍戸は思う。この男は、どんな窮地まで追い込まれたって、けっして誰の手も取ろうとはせず、自力でなんとかしようともがくのだ。それはきっと、この先いつまで経っても変わらないだろう。
 せめて自分にぐらい頼ってきてくれたっていいのに。なんの役にも立てないだろうが、愚痴を聞くぐらいはできる。
 けれど、それをしないのが跡部という男で。そして自分は、そんな跡部を誇らしく思っている。それがまた、悔しいのだ。
「……ばかやろう」
 起きているとき口にしたらどんな報復をされるかわからない言葉を吐くと、宍戸は跡部の横に座り込む。
 跡部の寝顔を見るのなんて、果たして何年ぶりだろうか。幼い頃はよく一緒に昼寝をしたり、泊まりに行ったりしたものだが、中等部へあがってからはそれもなくなってしまった。
 あの広く静かな屋敷で、跡部は何を思い、何を考え一人眠るのだろう。
「呼んでくれたら、いつでも行ってやるのに」
 知らず口から漏れた言葉には宍戸自身気づいていない想いが含まれていたが、誰よりそれを欲しているであろう人物は、あいにく眠り込んだままだった。


【完】




2004 12/11 あとがき