世界はふたりのために(跡部とジロー)


 なんだ、意外とご機嫌なんじゃん。
 流れてきたピアノの音に、ジローは少しだけ拍子抜けした。


 跡部は嘘つきだけど、跡部のピアノは正直だ。
 跡部がいま何を考えているか、跡部のピアノを聴けばジローは一発でわかってしまう。
 跡部はいま、とってもご機嫌だ。
 楽譜も見ずに、跡部は鍵盤を叩いている。ソファーに転がりながら、ジローは欠伸をした。
 宍戸を鳳に持っていかれ、てっきり跡部は不機嫌なのだとばかり思っていた。ジローが一応誘われた宍戸の誕生日会を蹴り、跡部のそばにいることを選択したのは跡部を一人にしたくなかったからだった。
 広大な屋敷の中、宍戸の誕生日会の間跡部が一人で何をしているかだなんて、想像しただけでジローは泣いてしまいそうだったのだ。
 けれど、とジローは思う。
 この分なら、誕生日会に行ってもよかったかも。
 鳳はともかく、ジローが大好きな忍足や向日達もいたのだ。
 跡部のためだなんて絶対に言わないけれど、参加できなかったのは残念だった。


 跡部のピアノを聴くと、ジローはいつも落ち着かない気分になった。
 普段はひた隠しにしている跡部の気持ちが流れ込んでくるようで、苦しくてたまらなくなる。
 だが、今日に限ってそんなことはなかった。
 跡部は、いつもよりずっと落ち着いているようだ。
「跡部ー」
「なんだ」
 てっきり寝ているとばかり思っていたらしい、声をかけると跡部はびくりと身体を震わせた。手を止め、こちらを見てくる。
「跡部、なんかいいことあったでしょ」
「何の話だ」
「亮ちゃんとなんかあったの〜?」
「ふふん」
 口の端を少しあげる笑い方は、いつもの跡部だった。けれど、同じ表情なのにずっとしあわせそうに映る。
 宍戸と、何があったのだろう? 自分がそれを知らないことに胸は痛んだが、それでいいのだとも思う。


 自分にも言えないような秘密を、二人はこれからもっともっとたくさん作っていくのだ。
 なんて素敵で、なんてしあわせなことだろう。
 ふたりが、ずうっとしあわせで、ずうっと笑っていてくれたらいいな。
 そんでもって、たまに俺も仲間に入れてくれたらもっといいなあ。


 にこにこと笑うジローに、跡部が首を傾げた。


 →その後の跡宍+ジロー