spice!

ハルちゃんが福引でビニルプールを当てたようです





「昼間から何をしている」
「あ、カミュ先輩おかえりなさい」
「わん!」
予定されていた仕事が急になくなった午後。
久し振りに春歌を連れて出掛けようかと真っ直ぐに家に戻ってきたのだが、これはどういうことだ?
ビニル製の小さなプールの中でなすがままになってるアレキサンダーと、ホースとブラシを手にした春歌。
「庭で、アレキサンダーまで連れだして、何をしているのか聞いているのだが?」
「アレキサンダーのシャンプーです」
それは見ればわかる。
だが、もう少し説明が必要だとは思わんのか?
「そのプールはどうした?」
そんなものを買った覚えも、春歌が持ち込んだ記憶もない。
「これ、午前中お買い物に行ったら福引きで当たったんです。
 お天気もいいし、アレキサンダー洗ってあげようかなって……」
「その格好は?」
「えっ? あぁ、これ水着ですから濡れても大丈夫ですよ」
そういう問題ではない!
いくら滅多に人が訪ねてこない場所だとはいえ、無防備すぎる!
鮮やかな花柄のキャミソールに太股がほぼ全開のショートパンツ。
髪を結っているせいでうなじまでもが丸見えではないか!
「お前にしては随分と派手な柄だな」
春歌なら淡い色味で申し訳程度の装飾が付いた物を好み、そしてビキニは絶対避けるだろう。
こういったものを選ぶとしたら……
「この前買い物に行ったときに友ちゃんが選んでくれたのですが、やっぱり似合わない、ですよね?」
やはり渋谷か。あいつの審美眼は春歌に対しては信頼できる。
大きく、鮮やかな色合いの花柄は白い肌によく映える。
「これベースはビキニなのですが、キャミソールとキュロットスカートもセットだったんです。
 あまり露出が多いのはちょっとと思ったので……」
首に回されたリボンはビキニの物か。
しかし、水着を買ったということはそれが必要な場所に行く予定があるということか?
相手が渋谷だけならまだいいが、余計な者が同行しないよう手をまわさんとな。
「よく似合っているが、俺が言いたいのはそういうことではない」
「あ、あの……ではどういったことでしょう?」
確かに、俺が尋ねたことに対する答えとしては全て問題ない。
しかし、どうして俺がそのような問いをするのか、一切気付きもしないとは。
「……露出が多すぎる」
「へ? ですが、水着ですから当然かと」
「ほう……お前は俺以外の人間に肌を晒しても平気だと?」
見当違いな春歌の言葉に、足を一歩踏み出す。
「え? えぇっ!?」
「ここに誰か訪ねてこないとは限らんだろう。お前はその格好のまま応対するつもりか?
 そもそも、ここは南国のリゾートか?」
「そ、そんなつもりは全く――」

――バシャ

「……おい」
「も、申し訳ございません」
まくし立てるような俺の声に弁明をしようと慌てて手を振る春歌。
その手には当然ホースが握られていたわけだ。
「わぅ〜ん」
アレキサンダーまで揃って情けない声を出すな。
まったく。この後の仕事がなくなって本当によかった。
「解りました。貴女様は私めにも共に濡れよとおっしゃるのですね」
「いえ、そのようなことは……」
「でしたら、そのホースを私にお渡しいただけますね?」
「お、怒ってます……よね?」
無言のまま春歌に歩み寄ると、俺から目を逸らしながらそそくさとホースを後ろ手に持ち変える。
「ひゃうっ!」
抱き締めるように春歌の背に手を回して、片手でキャミソールの裾を引っ張り、
もう片方でホースの先をその隙間に向ける。
「せ、せなっ、背中っ!」
「おや? 水着だから大丈夫なのではありませんか?」
「うぅ……クリスザードは意地悪です」
このタイミングで名前を呼ぶ方が十分意地が悪いと思うがな。
無意識な分、余計たちが悪い。
「そのように無防備な格好をしている方が悪い」
「水着なんですから、仕方ないじゃないですか……」
「バスルームでやればいいだろう。水よりも湯の方が汚れの落ちもいい」
屋内ならば他の奴に見られることもないし、
家まで訪ねてこられてもシャワー音でチャイムが聞こえない可能性もあるからな。
「アレキサンダーが外に出たがってましたし、夏場は外でやった方が早く乾くかと思って」
「それで、シャンプーは終わったのか?」
「はい。シャンプーは終わってるのですが、アレキサンダーが気持ちよさそうだったので、
 そのまま水遊びをしてたんです」
「わん!」
まったく。アレキサンダーも随分と春歌に懐いたものだ。
「それなら少しの間俺の水遊びにも付き合ってもらうか」
「はい?」
ホースを取り上げプールの中に落とす。
「アレキサンダー、そこをどけ」
「わふ?」
不思議そうな顔をしながらも、アレキサンダーは大人しくプールから出てくる。
「く、クリスザード!?」
春歌を抱え、水が浅く溜まるプールの中に縁にもたれるようにして横たえさせる。
春歌を跨ぐようにして膝をつき、ホースを手に取り春歌の胸元に差し込む。
「こ、ここ外ですよ?」
「あぁ、外だな」
「外でするんですが?」
「外でしては困るようなことを期待されているのですか?」
うむ。このようにして過ごすのもたまにはいいかもしれんな。
さて、せっかくの涼だ。堪能させてもらうとするか。



「やっぱり、クリスザードは意地悪です……」



:

Copyright © spice! All Rights Reserved. Script by Petit CMS Designed by info-cache.com