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バレンタイン小話





「お前、何見てんの?」
久し振りにレンと仕事が一緒になったある日、用意された楽屋に入るとやたらと真剣な顔でレンが雑誌を見ていた。
「あぁ、おチビちゃん、いたんだ」
「『いたんだ』じゃなくて、来たばっかだけどな。それ、台本か?」
台本にしちゃ表紙が色付きでツヤツヤしてるから、インタビューなりグラビアが載った雑誌か?
上着をコートハンガーに掛けて、近くにあったイスを引き寄せる。
「いや、レシピだよ。シノミーに借りたんだ」
「はぁ?」
レンの手元を覗き込んでみると、表紙にはケーキの写真の上に大きく『チョコレートのお菓子』と書かれていた。
「そういう時期だな、そういや……って、おかしいだろ!」
「何がだい?」
「何がって、お前が読む必要は全くないだろ!」
何で、俺の言ってることが理解できないって顔で首傾げてんだよ。
そりゃ、もう直ぐバレンタインだけどな。お前は貰う側であって、作る側じゃねーだろ!
「オレ、考えたんだよね。ハニーからチョコが貰えるかわからないから、オレが作ってハニーにプレゼントしようって」
「何で貰えるかわからないからって、作って渡すになるんだよ!」
本閉じてドレッサーに凭れながら遠くを見るような姿は確かにいつものレンだけどな。
言ってることが滅茶苦茶すぎんだよ。
春歌と付き合い始めてからキャラの崩れっぷりがハンパないっつーか。
それがいいか悪いかっていうのは置いておくとして、ツッコミどころが多すぎて疲れるんだよな……
ほとんどノロケだし。
「日本じゃレディが愛を告げる日だけど、海外だと恋人同士が愛を確かめ合う日なんだよ?」
「それくらい俺だって知ってるっつーの。だいたい、お前誕生日じゃん」
そうだよ。レン、誕生日じゃねーか。
春歌もプレゼントとか準備してるだろうし大人しく祝われてればいいのに、
何で自分でチョコ作るとか言い出してるんだ?
「そう、それなんだよ!」
「はぁ?」
あー、スイッチ入っちまったかな?
レンがこうなると、真顔で支離滅裂なノロケを言い出すんだよな。
「誕生日とバレンタイン、ハニーがどっちを優先させるかっていったら、
 間違いなく誕生日だろ? 誕生日はオレだけのイベントなんだし」
「あー、あいつならそうだろうな」
“オレだけ”ねぇ……
要所要所にノロケを挟んでくるからたち悪いんだよな〜。しかも自覚ねーし。
「しかも、オレがチョコが苦手だってこと、ハニー知ってるんだよね」
「バレンタインに貰いすぎて嫌いになったんだっけか。貰ったことのない身からすると、腹立つ理由だな」
「“嫌い”ってほどでもないし、レディたちの気持ちは嬉しいんだけどね」
俺なんか、バレンタインチョコなんて貰ったことねーんだぞ!
こうなったら話は長くなるし、ありがたいことに小上がりがある楽屋だしな。
ストレッチでもしながら聞いてやるか。
「でも、それとこれとは話が別なんだよ」
握った拳を悩ましげに額に押し当てたレンは、苦悶の表情を浮かべる。
「誕生日を祝ってくれるのはもちろん嬉しいよ。でも、バレンタインも大事っていうか、
 オレはハニーからのチョコが欲しいんだよ!」
「あぁ……そう」
あー、やっぱ適当なとこで話切り上げりゃよかった。
でも、こいつこのまま放置して被害に遭うのは春歌だしな……
せめて“手作り”だけはやめさせねーと。
「誕生日ケーキをチョコケーキにしてくれるとかでいいんだけど、
 ハニーの場合、気を使ってチョコを避けそうなんだよね」
「あいつならそれはありそうだな」
春歌が用意したものなら何を渡したってレンは喜ぶっつーのに、
あいつ、その辺解ってねーっつーか、気を使いすぎるっつーか……
まぁ、苦手だって知ってるものをあえて用意するヤツもいねーよな。
「だから、オレがチョコ用意しようかなって」
「そこで『だから』になる理由がわかんねーよ!」
貰いたいのに、あげてどうすんだよ。
百歩譲ってレンから渡すのはいい。海外だとそんな感じの行事だしな。
でも、だったら渡すのは花とかのはずだし、チョコである必要はないだろ。
「いや、この辺で一度『オレはチョコレートが苦手』ってイメージを壊さないとダメだと思って」
「あ〜、なるほど。それにしても、お前が作る必要なくね?」
確かに、レンからチョコ渡して一緒に食えば、次からは春歌もちゃんと用意するだろうけど。
でも、だからって“手作り”する必要はねーだろ?
「わかってないな〜、おチビちゃんは。“本命チョコ”といったら手作りじゃないか」
「そりゃそーだけどさ。別に買ってもよくね?
 お前の場合、有名な店のスゲー高いチョコ買ってきそうなイメージあるし、
 そういう“本命チョコ”でもいいと思うんだけど」
「それだと、いつもと変わらないしね〜」
つまり、『春歌からバレンタインのチョコが欲しいけど、
誕生日の方に集中してバレンタインを忘れてるかもしれないし、
しかもチョコが苦手と思われてて用意してもらえない可能性が高い。
どうせならいい加減そのイメージも変えたいから、自分で用意しよう。
普通に買ったら芸がないから、手作りで』ってことか。
気持ちはわかるけどな。
「だからって、お前が作ったら大惨事だろ……」
聖川から聞いたから知ってんだよ。
春歌が過労でぶっ倒れたときに、唐辛子だのレモン汁だの入れた粥を作ろうとしてたことを。
「オレが作った料理、ハニーも『美味しい』って言ってくれたから、大丈夫だよ」
「一応聞いてやるけど、何作った?」
「和風納豆コーヒーパスタ」
「お前は春歌に何てモン食わせてんだよ!」
どうしたらそんな料理ができあがんだ?
何で料理でコーヒーが出てくんだか、俺にはさっぱり理解できねえよ。
「ハニーも美味しいって言ってくれたもん!」
俺は実際の料理を食ってないから味については何も言えねぇけど、それがお世辞って発想はないのか……
まぁ、お世辞だとしたらレンだって気付くだろうからホントに美味かったのかもしんねぇけど、チャレンジャーすぎるだろ。
「食えるだけ那月よりマシなのかもしんねーけど、あいつは普通の味覚なんだからな。お前の基準で考えるなよ」
「おチビちゃん、いくらオレでも傷ついちゃうよ……」
あー、小上がりにわざわざ乗って膝抱えちまったよ。大して広くないのに。
こいつ、春歌と付き合いだしてから精神的に幼くなったよな。
感情を表に出すようになっただけなんだろうけど、図体が無駄にデカい分うっとうしいことこの上ねーな。
「悪かったって。でもさ、お前がチョコ用意したとして、春歌が用意してなかったら、逆にあいつ気にするんじゃねぇ?」
春歌の場合「神宮寺さんが用意してくださったのに、私何も用意できてないです……」ってなりそうな気もするんだけど。
「重い、かな?」
「重いっていうか、値段の高いチョコとか、手作りのヤツなんて渡したら、用意できなかったことを気にするんじゃないかなって」
「あ〜! 確かに、ハニーはそういうとこ気にしちゃいそうだよね」
「用意するなら、板チョコとかその程度にしておけばいいんじゃね?」
「板チョコとか、その辺で買えるもので喜んでくれるかな?」
春歌ならお前が渡したものなら何だって喜ぶだろうよ。お前が春歌から何貰っても喜ぶようにな。
レンがいると邪魔だし、椅子に座るか。
って、ドレッサーの上に那月から借りたっつー本出しっ放しかよ。
俺もレンも菓子作るイメージねーし、メイクさんが見たら驚くんじゃないか?
「春歌がチョコ用意してたら何も渡さずにホワイトデーに三倍返ししてやりゃいいし、
 用意してなかったら板チョコ一緒に食べて、春歌からチョコ貰うのはまた後日ってことにすればいいじゃん」
二人で食えば、チョコ渡してもレンはちゃんと受け取るって春歌も思うだろうし、それだけでも渡す価値はあるだろう。
「なるほど……」
「つか、春歌がテンパって誕生日どころじゃなくなったら本末転倒だろ?」
自分がチョコ用意してなかったのにレンから気合い入りまくりのヤツ渡されたら、どう考えても春歌テンパるだろう。
そうなったら、誕生日祝うってことすっ飛ばして、チョコ買いに行きかねないしな。
「あ……」
「いいから、今回は大人しくしとけ」
「ありがとう、おチビちゃん。そうするよ!」
リハーサル始まるまでに何とかなったか。オレにできるのはここまでだな。
後でそれとなく春歌に言っておくか。
『誕生日とバレンタインは別枠』だとでも。



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