クリスマスイヴのその後のお話音を立てないよう殊更ゆっくりとドアを閉める。 「こんな時間だし、寝てるよね」 パーティーの後片付けを終え部屋に戻ったレンがベランダに出て確認したときには、 既に春歌の部屋のリビングの電気は消えていた。 先に寝ているよう春歌に伝えていたから当然なのだが、それでも暗い部屋を目の当たりにすると寂しさを感じてしまう。 リビングのソファに春歌が居ないことを確認して、レンは寝室へと足を向けた。 「仕事で一日中拘束されるよりはマシだけど、せっかくのイヴにハニーと過ごせなかったのは残念だな」 オフとは言い難い一日を思い出し、レンは苦笑した。 オフの様子を逐一ツイートするという事務所の企画は多少不自由ではあったが、終わってみれば楽しかった。 しかし、ファンに見られているのだから行動には多少制限がかかる。 CDの宣伝を狙ってカミュを食事に誘ったりもしたが、本音を言えば僅かな時間でも春歌と一緒に過ごしたかった。 レンは暗い廊下を音を立てないよう歩きながら、完全なオフだったらできたであろうことを指を折って数えた。 寝室のドアをゆっくり開けると、暗い室内でも人の形に膨らんだベッドが見える。 「ちゃんとベッドで寝てるね。イイ子イイ子」 レンは寝室に入ると一直線にベッドへ歩み寄る。 小型のクリスマスツリーと紙袋が置かれたナイトテーブルに持っていた小さな箱を置くと、 ベッドの脇に膝をつき、丸まって眠る春歌の髪を撫でた。 「おやすみ、ハニー。夢の中で二人だけのパーティーしよ――っ!?」 マットレスに片手を置いて春歌の額にキスをしようとレンが身を屈めると、胸倉を掴まれ引き寄せられる。 突然のことにレンが体勢を崩してベッドに肘をつくと、春歌はもう片方の腕を布団の中から出してレンの頬に添えた。 「サンタさん、捕まえちゃいました」 「乱暴に求められるのはイヤじゃないけど、寝たフリなんてする悪い子にプレゼントはあげられないな」 レンは頬に添えられた春歌の手に自分のそれを重ね、もう片方で春歌の鼻を軽く摘んだ。 「さっきは“イイ子”って言ってましたよ」 イタズラが成功した子供のように笑いながらそう返してくる春歌の顔を両手で包んで、額をくっつける。 「まったく……何時に行けるか分からないから、先に寝てるように言ったのに」 二十四日限定の企画なら日付が変わればパーティーもお開きになるだろうと予想していたが、 片付けまで含めるとなるとレンにも時間を読むことはできなかった。 それでも春歌にプレゼントを渡したいと、夜半の来訪を春歌に前もって伝えておいたのだった。 「でも『サンタさんしに来る』って、部屋に来てもプレゼント置いたら帰ってしまうんじゃないかと思って……」 至近距離で困ったように笑うレンの視線から目を逸らして「会いたかったから……」と春歌は小さく呟いた。 「オレも、ハニーに会いたかったよ。ごめんね、せっかくのイヴだったのに」 春歌の顔を解放したレンは目を伏せ溜め息を漏らす。 そんなレンの様子に、春歌は苦笑いで返した。 「この企画がなかったら、きっと普通にお仕事でしたよ。イヴを私と過ごしたいと思っていただけるのは嬉しいですが、 神宮寺さんにはこういったときにこそファンに求められるアイドルでいて欲しいです」 体を起こした春歌は、ゆっくりとレンの背に腕を回した。 「お花もいただきましたし、こうして来ていただけただけで十分ですよ」 レンを安心させるように背を叩く春歌の手と優しい言葉、 それとダイニングテーブルに綺麗に生けられていた花を思い出し、レンは顔を綻ばせる。 「気に入ってくれたなら嬉しいな」 春歌に抱き寄せられるまま、緩んでしまう口元を隠しもせず春歌の肩に頬を寄せる。 春歌は首筋にかかるレンの吐息に軽く身を捩らせレンから離れると、枕をずらしヘッドボードにもたれかかった。 「神宮寺さんからの贈り物なんですから、気に入るに決まってます。あのお花、ツイッターに上げてたのとは違いますよね?」 夕方、レンは春歌の部屋を訪れイヴを二人で過ごせないことを改めて謝ると、 クリスマスカラーでまとめられた花束を差し出してきた。 その花束はツイッターでレンがファンのためにと用意したものとは違う物だったためか、春歌はレンに問いかける。 「あっちはファンの子たちへのプレゼントだからね。あの後事務所に持っていったよ。 ファンのために用意した物をハニーにプレゼントなんて、どっちにも失礼だしね」 レンらしい言葉に春歌は笑みをこぼす。 レンはベッドに腰をかけると、腕を伸ばし春歌の頭を撫でた。 「ハニーは今日何してたの?」 「特に普段と変わりは……夜は、お仕事帰りの友ちゃんがケーキ持ってきてくれたので一緒に食べました」 「華やかで、羨ましい限りだね。こっちにはリンゴちゃんはいたけど、“花”が足りなくて」 春歌の答えにレンは残念そうに肩を竦める。 「でも、楽しそうでした……」 本心ではないものの唇を尖らせ拗ねたように呟く春歌を宥めようと、レンは額にキスを落とした。 今までに学園や事務所で何かイベントがあったときは春歌も一緒だった。 しかし今日パーティーはツイッターで実況をするためのもの。 いくら文字情報だけだとしても春歌を表に出すわけにもいかず、 そもそも企画に選ばれたアイドルだけで行うものであったので、春歌を伴うことは控えたのだった。 「うん、楽しかったよ。ああいうのもいいよね」 珍しく素直に不満を漏らす春歌の様子に嬉しくなったレンは、楽しそうに言った。 「じゃあ、来年の神宮寺さんのお誕生日には皆さんもお呼びし――」 「ヤダ。ハニーと二人だけがイイ」 随分と楽しそうなレンへのお返しといった感じに春歌がそう言うと、レンはすかさず拒む。 そのあまりの早さに、春歌は苦笑してレンの頬を両手で挟んだ。 「ダーリン、ワガママです〜」 困ったように笑う春歌の手を掴んで顔から離させると、レンは顔を近づけ軽くキスをして楽しそうに笑った。 「そうだよ。オレ、ワガママだよ? 知らなかった?」 得意げに言い放つレンに、春歌は仕方ないと言いたげに微笑んだ。 「知ってます」 「じゃあ、もっとワガママ言ってもイイ?」 甘えた声で囁くレンに応じるように春歌は頷いた。 「いいですよ」 警戒心などまるでない優しい声にレンは春歌に見えないよう苦笑いする。 「このまま、一緒に寝てもイイ?」 「……そうくるとは思いませんでした」 春歌は頬を赤く染めそう言いながらも、身体を少しずらしてレンのために場所を作り、掛け布団をまくった。 「いいですけど、お洋服シワになっちゃいますよ」 ベッドに乗り春歌の隣に横になるレンを見下ろして、春歌が声をかける。 レンはシャツの胸元を摘み上げ何か企んでいるかのように笑うと、春歌を見上げた。 「全部脱ごうか?」 「今度、パジャマ買いに行きましょうね」 春歌はレンの言葉に答えず、布団をレンの肩が隠れるように掛け直す。 「ハニーが脱がせてくれるって期待したのに〜」 思ってもいないことを言いながらうつ伏せになって足先をバタつかせるレンの背中を軽く叩いて、春歌は布団に潜り込む。 「脱がしません。もう寝ますよ」 「は〜い」 レンは仰向けになり春歌を迎えるように腕を伸ばす。 横を向いてレンの腕の中に収まった春歌は、顔を上げてレンと視線を合わせた。 「起きたら一緒にプレゼント開けましょうね、サンタさん」 レンはナイトボード置かれている二人分のプレゼントを一度見てから横向きになると、春歌の頭を抱え込んで髪を撫でる。 「うん。ハニーからのプレゼント、楽しみにしてるね」 春歌は息苦しそうに首を振ってからレンの肩を押し仰向けにすると、その隣に仰向けに寝転がる。 「おやすみなさい、ダーリン」 「おやすみ、ハニー」 夢の中でも会えるよう手を繋いで二人は瞼を閉じた。
:
|