spice!

summer rain






「不破先輩!」
 学校へと続く道。
 背後から俺を呼ぶ声に足を止め振り向くと、俺に向かって駆けてくる彼女がいた。制服に身を包んでいるということは彼女もこれから学校へ行くのだろう。
 会えると思っていなかっただけに嬉しい。
「ああ、君か。こんなところで会うとは、君も学校へ行くのか?」
「はい。家にいるとどうしても気が散ってしまうので、図書室で課題をしようかと」
 俺の隣に並んだ彼女に尋ねると、少し照れたように笑ってそう答えた。
「先輩は部活、ですか?」
 弓を持った俺を見て彼女はそう聞いてくるが自分でもいまいち確証が持てないのか納得できていないといった表情をしている。確かに部活に行くには遅い時間なのだからそれも無理はない。
「大会も終わったし三年は引退なのだが、少し弓が引きたくてな」
 総合体育大会直後の今日、部活は休み。しかし、休みが明けたとして俺たち三年生が弓道場に立つことはない。
「引退……そうですよね、三年生なんですもんね」
「どうかしたか?」
「いえ、これからは弓道場に行っても不破先輩はいらっしゃらないんだなって思って」
 思いがけない彼女の言葉に心臓が飛び跳ねたような衝撃を受ける。
 頻繁にではないが弓道部に見学に来てくれていた彼女にこんなにも切なそうな顔で俺の不在を惜しむようなことを言われてしまったら、俺を見に来ていてくれていたのかと期待したくもなる。
「俺自身、未だいまいち実感がないのだがな。たまに後輩の指導に行こうとは思っているが、引き継いだ二年生がやりにくいだろうからなるべく控えようと三年の部員間で決めたところだ」
 新部長を始めとして二年生には自分たちが部を盛り立てていかなければならないという自覚を持ってもらわないといけない。暫くの間は二年生の自覚を促すため顔を出さず、秋季大会が終わり文化祭の準備が始まる頃になったら様子を見に行くくらいで十分だろう。
 文化祭のときには絶対に来るよう強く念を押してきたのは些か心配ではあるが……
「先輩方が頻繁にいらしてたら引退されたってことに慣れないかもしれないですもんね。それじゃあ、今日はその指導ですか?」
「いや、大会も終わったばかりだから部活動自体は休みなんだが、少し弓を引きたくて鍵だけ借りておいた」
 名残惜しいというわけではないが今まで習慣としていたものが途端になくなってしまうとどうしても調子が狂う。
 無論、後輩たちの邪魔になるわけにもいかないからこうして休みの日を選んだのだが。
「それじゃあ、不破先輩も慣れないとですね」
「ああ、そうだな。今までは少し体が動かしたかったり集中したいときに弓を引いていたが、これからはそうはいかなくなるわけなのだから、俺自身も慣れないといけないな」
 彼女の言葉に自然と笑みが零れる。
 こうしていつも彼女は俺自身気付かなかったことを察してくれる。人の心を推し量ることのできる女性だからなのだろう。
 いつもと少し違った学校までの道を彼女と二人きりで歩いていると、このままどこか別のところに行きたいという気持ちになる。彼女の課題の邪魔をするつもりはないが、帰りにどこか誘ってみようか。
 そんなことを考えていると、不意に辺りの気配が変わる。
「あれ? 何か急に雲が出てきましたね」
「そうだな。通り雨が来るかもしれないから少し急ごう。傘はあるか?」
 そういえば折り畳み傘は少し前夕立に降られたとき使ったまま玄関に置いてきてしまった。ここから学校までなら問題ないだろうが、この様子では早く校舎内に入った方がよさそうだ。
「いえ、今日は折り畳み傘を置いて――えっ?」
 俺と同じように空を見上げていた彼女に声をかけると、困った顔で首を横に振る。肩にかけた鞄に視線を移した彼女は驚いた声を上げ首筋に手を当てた。
「きゃっ!」
「急ごう」
 まさかこんなにも直ぐに降り出すとは。
 鞄を胸の前で抱えた彼女を勢いよく落ちてきた雨粒から庇う様に肩を抱いて学校までの少しの距離を急ぐ。
 それでも昇降口に着く頃には髪やシャツが肌に張り付くくらいに濡れてしまっていた。
「すごい雨ですね」
「向こうの空は明るいから、局所的なゲリラ豪雨なのだろう。降り始めからこれ程とは」
 ポツポツと降り始めたかと思ったら突如として激しさを増していく雨脚にただただ驚く。
 彼女が鞄を肩にかけ直し何かを探しているのを見て、自分の鞄の中身を思い出した。
「ハンカチでは無理だろう。タオルを出すから使うとい……」
 雨に濡れた彼女の姿に思わず言葉を失う。



…To be continued.

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