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『神宮寺レンの幸せな休日』 ありがたいことに仕事が順調な二人がなんとかスケジュールをやりくりして合わせた休日。 いつもよりも早く目が覚めたレンが、昨夜伝えておいた時間よりも早く行くことをメールすると、春歌から朝食の誘いが返ってきた。 「おはようございます、神宮寺さん」 レンがチャイムを鳴らすと玄関のドアが開き、笑顔の春歌がレンを出迎える。 レンは軽く屈んで春歌の頬にキスをした。 「先に言われちゃった。おはよう、ハニー。はい、これ」 残念そうな言葉とは裏腹に上機嫌なレンが小さな花束を差し出すと、春歌は「競争してるんじゃないんですから」と笑いながらそれを受け取る。 「昨日は上がりが遅くてね。残ってたのがこのタイプのだけだったんだ。ゴメンね」 「そんな……とっても可愛いです。この大きさならダイニングのテーブルに置いても神宮寺さんのお顔がちゃんと見えますね」 閉店間際の花屋でレンが買えたのは、蕾が完全に開いてしまった花を売るために作られた小さなブーケだった。 レンのスリッパを用意するため屈んだ春歌に赤くなった顔を見られないように手のひらで隠して、レンは心の中で白旗を揚げた。 無自覚でこれなのだから困る。 「お花といえば……」 春歌は何かを思い出したようで、レンの前にスリッパを並べて身体を起こした。 「月宮先生から、面白いものをいただいたんです。お花の香りのするシロップらしいのですが、お茶に入れてみませんか？」 レンは靴からスリッパに履き替えて、春歌と並んでリビングに向かう。 「へぇ……楽しみだね」 リビングに続くドアを開け春歌を先へ促しながら、レンはそう言って微笑んだ。 …To be continued 『神宮寺レンの愉快なハロウィン』 ゆるゆると目が覚めたレンは、隣にあるはずの体温を求めて手を動かす。 顔を枕に埋めたままシーツの上を数度叩くと、小さく呟いた。 「いない……」 半ば寝呆けた状態で春歌を探していた手をサイドテーブルへ伸ばしてまだ鳴る気配のない目覚まし時計を止めると、レンは億劫そうに身体を起こす。 ベッドの上から始めて寝室全体まで見渡して春歌の不在を確認すると、頭を数度掻いてベッドから降りた。 春歌の部屋に泊まった次の日は、仕事の前に春歌と朝食をとってから出れるように起床時間を調整している。 春歌との朝食は自分が望んでのことなのだから苦ではないが、一度自室に戻って着替えなければいけないのは面倒ではある。 何より、せっかくシャワーを浴びたのに、前日着ていた服に袖を通さないといけないのはあまり気分のいい話ではない。 「パジャマだけじゃなくて、オレの服も何着かハニーの部屋に置いておいてもらおうかな」 そんなことを考えながらレンは寝室のドアを開け春歌がいるダイニングへと向かった。 「おはよ、ハニー……あれ？」 階段を下り朝食の準備をしているであろう春歌に声をかける。 しかしその挨拶に返事はなく、キッチンやダイニングに春歌の姿はなかった。 「……パンでも買いに行ったのかな？ だったら外に食べに行くのでもよかったのに」 そういえば春歌もここのところ忙しそうにしていた。 レンは春歌に無理をさせてしまったことを悔やみつつ、シャワーを浴びるためバスルームに足を向ける。 しんと静まり返る廊下を通り洗面所のドアに手をかけると、洗面所から慌てた春歌の声が聞こえてきた。 「あっ！ 入っちゃダメです！」 春歌のその言葉でレンの頭の中には「マズい」と警告が浮かんだが、ドアを開ける手は止まらなかった。 春歌の着替えが見たいわけでは断じてない。絶対にない。 「入っちゃダメって言ったのにぃ……」 謝ろうとしたレンの視線の先には、パジャマ姿で床に座り込む春歌の姿があった。 右腕で後頭部を押さえ、左手でパジャマの裾を引っ張りながら背中を丸める春歌の背後にレンはしゃがみ込んだ。 もがく春歌ににじり寄って左腕で抱えると、肘の辺りで右側頭部を、指先で左側頭部を隠そうとしている春歌の右腕に手をかけた。 「だっ、ダメ！」 無理な体勢だからか、春歌の右肘はレンの手で簡単に動く。 ずれた肘の下から押さえつけられていた耳が飛び出してきた。 「こうきたか……」 「見ないでくださいー」 慌てて両手で塞ぐように両耳を押さえた春歌からレンは左腕を解いて軽く身を引くと、パジャマの裾を摘む。 「そ、そっちもだめぇ……」 摘み上げたパジャマの下には、押し込まれたフサフサの尻尾がウエストのゴムを広げて飛び出していた。 レンは春歌の腰の辺りをパジャマの上から撫でる。 羞恥で震える春歌を宥めるように抱き寄せてこめかみにキスをしながら、尾てい骨の辺りまで手を滑らせ尻尾の根本がそこだと確認した。 「そこ、だめ……ひゃうっ！」 レンはいつもよりも大きく、柔らかな毛の生えた春歌の耳に引き寄せられるように顔を近づけると唇で噛む。 「ボスの�爛▲讚瓩里擦い覆鵑世蹐Δ韻鼻▲�レは完全に犬になったのにハニーは部分的なのはどうしてかな？」 人が犬になるという非常識な事態に心当たりがありすぎるレンは、寝起きの頭をフル回転させる。 以前レンが犬になったときは、耳や尻尾だけでなく、身体全体がそっくりそのまま犬の姿になった。 摂取した薬の分量なのか、それ以外に考えられる理由はないか？ 春歌を抱き締めたままレンは首を傾げる。 耳元に顔を埋めながら片手で反対側の耳を、もう片方で尻尾を弄ぶレンに、春歌は身を捩って抵抗した。 「もぅお嫁に行けなぃ……」 「オレ以外のとこにお嫁に行くの!? そうじゃなくて……えっと、ゴメンね」 今にもこぼれ落ちそうなくらいの涙を溜め小さく呟いた春歌に、レンは慌てて離れ正座で謝罪した。 視線を逸らしたまま無言で首を横に振るだけの春歌にレンは苦笑いする。 「原因を考えるにも落ち着かなくちゃね。シャワー使う？」 俯いたままの春歌は、やはり無言で首を振るだけ。 「いえ、顔を洗いに来ただけなので……そうだ、朝ご飯の用意しますね。神宮寺さんお仕事行かなきゃなんですから」 「オレは大丈夫だけど、ハニー平気？」 「はぃ……」 ようやく口を開きヨロヨロと立ち上がった春歌は、鏡に映った自分の姿を見て消え入りそうな声を漏らす。 レンは肩を落とした春歌を抱き締め、落ち着かせるように背中を軽く叩いた。 「気にすることはないよ。耳と尻尾が生えたとしても、ハニーが可愛いことには変わりないから」 許されるなら、今直ぐ自室にカメラを取りに行きたい。 ヒクヒクと動く耳や不安げにゆっくりと揺れる尻尾を、思う存分写真に収めたい。 春歌が泣いてしまうだろうから我慢はしているが、レンはどう春歌を説得しようか頭の片隅でこっそり考えていた。 仕方ない。ハニーが可愛いんだから仕方ない。 「そういう問題じゃないです……」 「オレなんか犬の姿でも、人に戻った後もハニーにフルヌード見られてるんだよ？」 早乙女の作り出した薬は服ごと変身するなんて都合のいいことは一切なく、犬になったときに脱ぎ散らかされた服は人に戻ったときにも脱ぎ散らかされたまま。 犬だろうが人だろうがどんな姿でも春歌に裸を見られてもレンとしては何も困らないが、今回は春歌を宥めるための方便。 春歌の機嫌を直すことを最優先としなければ。 「大型犬に着せる服ってありましたっけ？ でも、犬になった神宮寺さんも素敵でしたよ」 「ありがとう。元に戻るきっかけが何かはよくわかってないけど、戻るってことはオレが保証するから」 「そうですね。今日は外出しなければならない予定もないですから、戻るまで大人しくしてます」 ようやく顔を上げた春歌の頬に両手を沿わせ、レンは額にキスを落とす。 そのまま春歌の顔を覗き込むようにして視線を合わせると、落ち着かせるように頬を優しく撫でた。 「オレも今日は昼過ぎには仕事が終わる予定だから、ランチやディナーの買い物は任せてくれると嬉しいな」 「はい、お願いします」 「じゃあ、オレは自分の部屋でシャワーと仕事の準備済ませてくるから、朝食の用意お願いしていい？」 「もちろんです」 頷く春歌に満足そうな笑みを向け、レンは立ち上がった。 これでもう大丈夫。 レンは手を差し出して春歌を立ち上がらせる。 昨晩入浴前に棚に置いておいた自分の服を取り、洗面所の引き戸に手をかけた。 「あっ、そうそう忘れてた」 急に振り向いたレンに春歌が首を傾げる。 「おはよう、ハニー」 「おはようございます、ダーリン」 おはようのキスをして、今度こそレンは自室に向かった。 …To be continued
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