どうしてこんなことになっているのでしょうか。もう私にはおおよそ手の届かない、口出しもできないことのような気がして、私は部屋のすみに呆然と立っていることしか出来ませんでした。 親友を探しているのだと紅い服の方は私におっしゃいました。そして私が彼を帽子屋さんのところへ連れて行ってみたら、彼は帽子屋さんこそが探していた人なのだとお喜びになりました。だから彼にとって帽子屋さんは親友なのでしょう。それなのに、どうして彼はこんなことを言っているのでしょうか。 「君にしか頼めないんだ。だって、俺、嫌いな奴には殺されたくないんだって」 「戯言も大概にしろ、エース」 「だから、俺、本気だってば」 エースさん(というのがどうやら紅い服の方の名前のようです)が、持っていた剣を、帽子屋さんのほうへと差し出しています。まるで本か何かを貸し出すような簡単な手つきでした。エースさんはにこやかに笑っています。しかしそこには何か怖いものがありました。 「ねえ、殺してよ。俺、もう、こんな世界に、居たくないんだ」 そんな言葉を口にしているのに、エースさんは笑っていました。少なくとも、その口元は笑っているように歪んでいるのでした。 帽子屋さんは興奮した様子でエースさんを見ていました、が、やがて、重くため息をつきました。静かにエースさんを見つめて、そして、言いました。 「…………私は、………世界を、アリスがいた世界を、守りたいと思った」 アリス。その名前を私はよく知っています。私の知っているアリスのことを言っているのでしょうか。アリス、という名前はどちらかといえばありふれていますし、この世界は私の世界ではありませんので、私の知っているアリスである可能性は低いものだと思われます。だけれど私はそれが私の知っているアリスの話であるような気がしてならないのでした。 「役付きがいなくなって壊れていくこの世界をそれでもつなぎとめたかったんだ」 「俺は、……俺は、この世界が嫌いなんだよ。ずっとずっと憎かった。憎らしくてしょうがないんだよ」 取り残された子が必死で笑うような、好かれたくて良く思われたくて必死で微笑んでいるような、そんな顔をして、エースさんは帽子屋さんにその手にしていた剣を差し出します。帽子屋さんは少しためらって、――それからその剣を手にしました。 「……………ねえ、俺の時計、治さないでね」 黙って剣を受け取った帽子屋さんに、エースさんはささやくように言いました。 「安心しろ、――もう、私は、時計が治せないんだ。だから、もう世界は壊れていくに決まっている。新しい役付きが生まれないんだからな」 そうか、とエースさんはふっと表情を崩しました。帽子屋さんは目を閉じました。 エースさんが、言います。 「俺、ユリウスと友達になれて、よかった」 「……………私もだ、エース」 帽子屋さん――ユリウスさんが目をあけました。今度は、涙が流れていないのが不思議な笑顔を浮かべているエースさんが目を閉じました。ユリウスさんがため息を吐き出します。目を伏せて、それから、エースさんを見ました。そのときのユリウスさんが、あんまりにも綺麗な表情をしていて、背筋がぞくりと悲鳴を上げました。 次に起こることがわかってしまった私は、ぎゅっと目をつぶりました。すぐに、何かが飛び散るような音が、私の鼓膜をつんざくように響きました。 |