そして、今現在。ペンションうらすぎが誇る、新設の露天温泉。大河内から、そのモニターとしてぜひ、と言われてしぶしぶ受けたわけだ。が。
 経営者の胡散臭さと無理矢理感はさておいて、温泉はかなり、いや相当、心地よい。
 乳白色のお湯なんて初めて見たけど、温度はぬるからず熱からず。とろりとした感触は、男の俺が認めるのも変だが、肌なんかにも良さそうだ。
 経営者はあんな感じだけど、うまく宣伝すれば若い女の客が殺到しそうだ。景色もいいし。
 そこでなぜだか、俺はふと思い出した。去年の秋まで居た、彼女のことだ。
 (そういえば、あいつと旅行なんてしたことなかったな)
 三年も付き合ったのに…。

 バシャ、バシャ、と湯をかきながら黒木がやって来た。
 俺は急いで素っ気無いふりをする。おかしな話だが、男の体でドキドキするとは思わなかった。
 多分、あんなことやこんなことをされまくったせいなんだろうが、最初に全裸の黒木のアレが目に入った途端、俺はあろうことか反応してしまったのだ。
 俺の方が先に湯に浸かっていたから、向こうに気づかれることはなかったが。
 お湯が真っ白で、本当によかった……。
 黒木は俺の隣に来ると、滑らかな岩の縁に後頭部を預けて、っか〜。と息を吐いた。オヤジか、お前は。
「いい湯ですねぇ……」
 言いながら、俺に視線を流す。濡れた前髪は全部後ろに流れていたが、一筋だけ額にかかっていて、それが妙に色っぽかった。
「ああ。まあ…うん」
 俺は横を向いて、なんとか余裕を作ろうとする。やばい。
「御陵君と来たかったなぁ」
 なんだと。…ああそうかい。俺とじゃ不服かい。
俺は言った。
「ていうかさ。あんた今、その御陵君とかいう恋人を探しに来てんだろうがよ?こんなところで温泉とか浸かってる暇、あんの?」
「キフネさんはせっかちですねぇ。あわてないあわてない。」
 ひとやすみひとやすみ。って、違う!
「あんたそれでも恋人なのかよ…まったく。────俺もなんでここまで付き合ってるんだか。…あーあー、いいよ。黒木さん。あんたの恋人、早くみつかるよう俺も協力するわ、この際。でないと、帰してくれなさそうだし…というか、俺、あんたの恋人───御陵君だっけ?そいつのこと、何にも聞いてないんだけど?」
 俺は脱力して、話題を変えた。そして、聞いた。黒木と彼の恋人・御陵ヒズルの馴れ初めを。参照

「………そんな感じで、僕達は離れられない運命になったというわけです。」
 俺はそのまま湯の中に沈没しそうになった。壮絶過ぎる…。変態ホモの世界は、俺が想像した以上だった。
「ところでキフネさんは、恋人は?」
 ふいに黒木が、聞いてきた。
「え?!……や、今は」
「それは…お気の毒ですねぇ。キフネさんほどの好き者に適う男性ってなかなか居ないんでしょうねぇ。ああ、可哀相」
「俺はホモじゃねえ!!あんたらと一緒にするなっつの!」
「失礼だなあ。僕は男が好きなんじゃなくて、御陵君が好き、なんですよ。性別は無関係です」
 その一言は、何故か俺にちくりと刺さった。
「────黒木さんて、今までどんな恋愛してきたんすか」俺は思わず尋ねていた。
 すると黒木は一瞬黙って、言った。
「ま…語るに足りませんけどね。僕の実家は仏具屋なんですよ」
「ぶつ…?」
 な、なんか似合い過ぎるような、意外なような。
「それでかわかりませんけど、子供の時から高校まで、人には馴染めませんでしたねえ。誰も口をきいてくれなかった」
 いやそれ、仏具屋は関係ないと思う…けど。
「いじめ、ですか」
「まあそんなところでしょう。それで大学に進学しまして、生まれて始めて女性に告白されて、付き合ったんですが。…二週間で破局しました」
「なんで?」
「賭けだったんです。彼女の仲間内の。<新入生の中で一番変わっている男と付き合う>というゲームを影で開催していたんです。7人の女性がそれぞれ当てをつけた男性と恋人同士になり、経過を報告しあって、ジャッジして……それで、彼女が優勝しました」