Monster! Monster!

第4話『太陽の神殿』

かいた人:しあえが










「はわわ、もうあかーん!」

「いやだぁ!
 金持ちの可愛い幼女と×××する前にこんな魔物と一つになるなんて嫌だー!」


「ゴメン、母さん。こんなところで…」

 壁に描かれた人物像が冷ややかに見下ろす中、3人は背中をつきあわせて前後から迫るゼラチナス・キューブからできる限り下がろうと虚しく身を捩った。
 遂に距離5m、あらゆる方向に逃げ場無し!
 前後をゼラチナス・キューブに挟まれ、3人は絶望の声を上げた。
 無理もない。どこにも逃げられない環境の中、じっくり、ゆっくりと死の影が迫る…。これが恐ろしくないはずがない。

「く! もって3分くらいか!?」

 震える自分を叱咤しながらシンジは舌打ちした。生殺与奪の権利を握られ、相手の良いようにされる死がこれほど腹立たしく、歯がゆく、納得できない物だとは思いもよらなかった。
 自分がそんなに大物だとは思っていない。だから死ぬときは…もっと平和なものになると思っていた。
 生きていたって仕方ない、いつ死んでも良いと考えたことさえある彼だったが、そんな彼でもこんな死に方は納得できない。

「死ぬもんか! こんなところで死ぬもんか!
 こんなところで…死にたくないよ」

 恐怖で流れる汗は瞬時に冷え、心も体も凍り付く。
 あれほどゆっくりに感じていたその動きも、今は倍速回しの映像のように彼らには早く感じる。



「ぎゃっ!」



 突然、トウジが叫び声を上げてとびさがった。体当たりするように壁にぶつかり、呻きながら座り込む。奇妙に籠もったシューッと水蒸気がやかんの口から漏れるような音が左肩から聞こえる。音と共に激しい痛みが左肩から始まり、全身を駆けめぐった。

「ぐぅっ…な、なんやちゅうねん」

 ヒンヤリとした床に片膝をつき、苦痛を堪えながら彼は激痛が走った左肩をおそるおそる見る。次いで彼の目が驚愕に見開かれた。

「と、溶けとる!」

 ワックスを染み込ませて硬くした水牛皮製の肩当て…それがぐずぐずに溶けて、その下に着込んでいた厚手の服も溶け、鎧と衣服の黒ずんだ欠片をまとわりつかせて左肩が露出していた。
 花火の出来損ないのように白い煙が立ち上る。
 見ている間にも強酸性の粘液が浸食を続ける。突然皮膚が爆ぜてピンク色の筋肉が露出し、黒ずんだケロイド状の皮膚に激痛を走らせていた。
 ほんの数秒ほどの出来事。
 当然、誰しもが驚くだろう。だが彼を驚かせたのはそれだけでない。それを作った原因にだ。

「なんやこの鼻水みたいなんは…」

 何物にもうろたえないトウジの瞳が恐怖に揺れる。
 喩えは些か汚いが彼の言葉どおり、彼がさっきまで立っていた空間に獲物を求めて揺れ動く半透明の触手があった。

「んな、アホなことが」
「トウジ、危ないから後ろに下がれ!」

 あの奇妙な物につかまれていたという事実。
 汚物を素手でいじるような嫌悪が内蔵を刺激する。溶岩のような吐き気が胸を焼き、トウジは瞬間的にパニックに陥った。ゼラチナス・キューブが触手状の偽足を伸ばして獲物を捉えるという話を聞いたことはあったが、ここまで長い触手を伸ばすことができるとは思いもよらなかった。
 このゼラチナス・キューブは彼が聞き知っていた以上に触手を伸ばせ、そして強力なのだ。

「うおおおっ、近寄るんやないわ! いね!!」


 こんな下等生物に…!

 脳どころか、知恵とかそう言うものが欠片もないような生物に良いようにからかわれた。その事実にトウジは激しい怒りにかられた。そしてシンジ達の制止の言葉も聞かず、やたら滅多らにハンマーを振り回しながら、ゼラチナス・キューブの本体に全力の一撃を振り下ろした。

 ぐにゃり


「なんやと!?」


 泥をまさぐるような不気味な手応えがあったかと思った瞬間、トウジは胴体から感じる熱に顔をしかめる。苦痛に震えながらも素早く身を伏せ、床を転がった。直後彼の上半身があったところを数本の触手が凪いでいく。

「く、はぁ」

 何とか安全圏に戻り、立ち上がった彼の体の所々から青白い煙が立ち上っている。
 ワックスと革の焦げる臭いと白い煙が目にしみる。
 ハンマーで殴った際、飛び散ったキューブの体組織が付着したところだ。鎧を着ていたことと、付着した量が少なかったから熱かっただけで実質的な被害はなかったが、もし生身だったら…。
 なんとも物凄まじい溶解能力とそこから予想される惨事に、鈍いと言われる彼も冷や汗が流れるのを止められない。

(勝てん。勝てるわけあらへん)

 状況は最悪だ。
 パニックになりながらも何とかしようと思っての突撃だったのだが、何とかするどころかめり込んだハンマーはそのままキューブの体内に呑み込まれてしまった。ハンマーは元の持ち主のトウジを誘うように、あざ笑うようにキューブの体内で不気味に光る。
 武器を取られるとは最悪の結果だ。

(なんちゅう間抜けな)

 心と体、両方の苦痛に転げ回りたいところだが、この狭い空間でそんなことをしようものなら頭からキューブに呑み込まれ、ゆっくりとした苦痛に満ちた死を迎える結果となってしまうだろう。
 そしてピンチに陥っているのは彼だけではないのだ。

『し、シンジさん!』
「…え、うわっ!」

 M嬢の焦った声で、驚きながらトウジとキューブのやり取りを見ていたシンジは反射的に屈み込んだ。上方を見上げた瞳はキューブの偽足に気が付く。
 慌てて短刀で切り裂くと、キューブは声にならない悲鳴をあげてその身をブルブルと大きく震わせた。表面にある気泡をブクブクと沸騰でもしてるみたいに作っては消し、作っては消しして、さらに薄紫色に全身を発光させる。本体と繋がっていた偽足は忌々しそうに体内に戻っていき、切断されて床に落ちた義足は哀れっぽく身を捩った後、急激に萎びていった。

「効いた?」

 シンジの持つ短刀は魔法がかかっており、使用者が念を込めると超振動すると言う代物だ。この時に触れた紙が燃えるほどの熱を発するため、多少はキューブにダメージを与えることができる。
 だが、この状況では抵抗の意味は全くないだろう。
 2,3本の偽足を切ったからと言ってどうなるというのか。
 事実、僅かに鈍ったキューブの進行速度はすぐに回復した。

「だめだ! こいつら、全然怯まないよ!」
「多少の痛い目は我慢する気になったみたいやな」
「くそっ、松明も効果が無くなったぞ!」

 トウジとケンスケの言葉どおり、キューブは多少の被害にこだわらなくなっている。火であぶられてもその部分を竦ませるが、決してその歩みを止めようとしない。ついに呪われし半透明の皮膜は、獲物であるシンジ達から2mほどの距離になった。無数の偽足が悪魔の髪の毛のように伸び、シンジ達を捕まえて呑み込もうと蠢いていた。

「ひ、ひぃぃっ!」

 シンジ達の住む大陸とは別の大陸に生息する、鞭蛇と呼ばれる生き物のような素早い動きで、数本の触手が一斉にケンスケに襲いかかった。偵察兵としての訓練を受けたケンスケといえど、狭い空間ではそうそう逃げられるはずがない。彼の悲鳴に誘われるように次々に触手が襲いかかる。

「しまった! 腕を、うああああっ!?」
「ケンスケ! 逃げろ!」

 シンジに言われるまでもなく、投げ輪のように腕に絡みついた触手を必死になって振り払おうとケンスケが暴れるが、意外な力を見せた偽足はかえってケンスケに絡みついていく。一本、また一本、少女が指を絡めるように…。

「と、とれない! ちくしょう!」

 ゴムチューブほどの太さしかないはずなのに、この強靱さはどうしたことか。見た目はゼラチナス・キューブだが、もしかしたら似てるだけでまったく別の生物なのかも知れない。
 そしてそんなことを考えている間に、触手から染み出た粘液が服にしみこむ。触れたところから革鎧、衣服、そして肌と順繰りに溶けていく。
 白煙が立ち上り、ケンスケが甲高い悲鳴をあげた。

「ぎ、ぎゃあああっ!
 痛い、痛い! トウジ! シンジ!
 助けてくれぇ!」


 この緊急事態にトウジは躊躇うことなく松明で触手ごと腕をあぶった。炎に晒された触手は水分を失って縮み、木の樹液を火であぶったみたいに白く小さな固まりとなって床に砕け落ちる。
 同時にケンスケは身を捩って触手から逃げ出した。キューブの牽制をシンジに任せ、トウジはケンスケに駆け寄る。火を消して残骸をこそぎ落とし、できるなら薬を塗るためだ。だが、直後変わり果てた親友の腕のむごたらしい傷口から顔を背けてしまう。皮が剥け、黄色いはずの脂肪は焦げて黒くなっている。筋肉は沸騰した肉スープのように茶色っぽい液体に変わっており、その隙間からそこだけ妙に白い骨が露出していた。

 酷すぎる!

 例え助かっても、一生彼の腕は満足に動くことはないだろう。
 死のように純粋な嫌悪と自分の無力さを嫌でも突きつけられる。凄まじい自己嫌悪に嘔吐しそうになるが、トウジはそれを必死になって堪える。
 友のために堪えなくては。

「お、俺の腕が〜。いやだ〜、死ぬのは嫌だ〜」

 引きつった顔のトウジと対照的に、ケンスケは惨めに這い蹲って泣きわめいた。改めて感じるリアルな死と恐怖、そして助かっても右腕は二度と動かないだろう事に絶望して。

「ケンス…ぐわっ!」

 隙だらけのケンスケを庇ったトウジが苦痛の声を上げた。
 胴体に数本の触手が巻き付いたのだ。素早くシンジは短刀を振るい、触手を切断する。幸い鎧をつけていたことと、シンジの素早い対応で被害はあまりなかったが、いずれにせよキューブの本体がのしかかってきたらどうしようもない。

(これが…死?)

 時が満ちるほどに強くなる死の臭い。なんと濃厚なことか。
 本や劇などの創作とは違う、現実の凄まじさ。シンジは自身の感覚が麻痺していくのを、他人事みたいに感じていた。数時間前、砂漠で感じた以上に悲惨極まる状況だというのに、今は何も考えずに機械的に剣を振るい触手を凪ぎはらっていく。

 努力して戦ったからといって、この状況で助かるわけがない。
 本音を言えばうずくまって泣きわめいていたい。どうして自分がこんな目に!? …と。
 それで助かるのなら、絶対そうしていた。
 だが、彼は決してそうしようとはしなかった。
 別に誰かにどうこうと諭されたりしたわけではないし、そう言うきっかけがあったわけでもない。
 ただ彼は怠惰ではあったが、昔から土壇場で逃げるという行為と、なにもせず諦める行為がきらいだった。
 矛盾してると思うかも知れない。
 普段はそんなことを考えたりせず、逃げることもあれば諦めることもよくある。どっちかと言えばすぐ諦めてしまう方だろう。
 なまじ頭が良いため、結果を考えてそれがダメそうならすぐに諦めてしまう。
 シンジはそう言う人間だ。
 ただし、このように人の命がかかった土壇場のときだけは違った。
 この時の彼は鬼神となる。

 もう二度と…。絶対に…。あの時僕が…。助けられたかも知れないのに…。

 彼自身にもよくわからないが、前世で何かあったのかも知れない。













『あ〜ん、どうしようどうしよう! このままじゃシンジさんが〜』


 シンジ達が絶体絶命のピンチに陥ったその時。
 謎の人こと、M嬢はどことも知れない部屋の中、あっちに行ったりこっちに行ったり、冬眠あけの熊みたいにうろうろしながら必死になって考えていた。
 もちろん、彼らをどうやったら助けることができるかをだ。
 なんとしても、彼らにはピラミッドの中心にまで到達してもらわないといけない。
 彼らがピラミッド中心にまでたどり着けなければ、まだ先のことになるだろうが彼女もまた滅びる定めなのだ。
 その為にこそ乏しい魔力を振り絞って、彼女は一縷の望みを託してシンジにコンタクトした。なにしろ200年ぶりに通りがかった人間なのだから。
 奇跡と言うべきか。幸い相性が良かったのかシンジとはあっさりコンタクトできた。相性が良いと言うより、2人はとてもよく似てる精神構造をしているのかも知れない。今までは誰も彼女の声が聞こえていなかったみたいなので、これは非常に幸運だと言える。

 あとは何とかシンジを誘導して、自分を解放してもらうのみ。
 嘘をつくのは元王族として、なにより夢見る乙女として心苦しいが、解放してもらえさえすれば後は何とでもなる。自分の出来る範囲でどんなお礼でもするつもりだ。

 だがいきなりこうなるとは計算外だ。
 今はシンジの超人的な、だが消え去る寸前の蝋燭のような抵抗でなんとか保っている。状況が状況でなければ惚れ惚れするような戦いぶりだ。だが、それでも数分と保たず3人はゼラチナス・キューブの一部と化すことだろう。

(ああ、もう! どうして砂漠の真ん中にゼラチナス・キューブなんて魔物がいるのよ!)

 今更ながら、妙な用心深さを発揮した大臣に恨みの念を抱くM嬢だった。普通の魔物ではなく、遙かに強化された魔物を置くとは!
 3000年越しの執念深さに、彼女は音がするほどきつく歯を噛みしめた。
 それほど思いが深かったと言うべきなのか。
 ほんの一瞬、憂いた瞳が後悔するように小さく揺れる。

 ま、それはともかく。




『………方法は、なくもない。でも』

 悩みながらもハッキリ言えば、M嬢には彼らを助けられるかも知れない策はあった。
 ただし、上手くいく可能性はかなり低く、そして上手く行こうが行くまいが大量の魔力を失ってしまう。既に魔力の尽きかけた彼女にとって、これは命取りになる方法だ。彼女にとって魔力=生命力でもあるのだから。魔力が尽きたら、彼女は指一本動かすことができず、肉体の意地もできなくなってそのまま朽ち果てていくだろう。
 もし、その後誰かが彼女を見つけたとしても…萎びてほとんど土に変わった成れの果てを見つけるだけ。
 1人の女として、そんな消滅の仕方は絶対に嫌だ。

『ううっ…シンジさん。私、どうすればいいの?』

 彼女は決断を迫られた。
 このままシンジ達を見殺しにして、いつ来るかわからないが次の人間に賭けるか。
 それとも賭けに出てシンジ達を助けるか。

 元来、賭事が嫌いな彼女は滅多なことでは運任せで物事を解決しようとしない。仮にしたとしても、普通安全と思われる方を取る。実力ならともかく、適当に運に任せるなんてそんな(彼女にとって)恐ろしいことは彼女にはできない。
 丁半博打なら確率が高い丁にしか賭けないという風に。
 彼女の兄弟達は、彼女とトランプとかをしたとしてもつまらなかったことだろう。

 だからこそ。
 普通なら、本来の彼女なら、次の人間に賭けるという手段をとった。
 シンジ達は可哀想だが、彼らが来たことで結界は壊れ、ピラミッドは世界に姿を現している。それに物見高い人間や魔物はどこにでもいる。こんな目立つピラミッドだ。すぐに噂になってたくさんの命知らずの人間が来る。命よりも金という人間は、いつの時代にもいる。そして犠牲者を多数出しながらも、間違いなくピラミッドの奥にある封印を破壊してくれるはずだ。恐らく、10年待つこともない。
 そしてここで何もせずしなければ、まだ彼女は500年以上は生命を保てる。




 ここはシンジ達を見捨てるべき。

 ありとあらゆる事象が、彼女にシンジ達を見捨てるべきだと言っていた。






 だが、彼女のとった行動は。


















『私は大地の愛し子。月に祝福された夜の銀。時の果てに消えた伝説の忘れ形見』

 永遠に尽きせぬ蝋燭の光が照らし出す部屋の中で、彼女は歌う。
 澄んだ声で一心に歌う。

『いつか出会う人のために、私は旅立つ』

 彼女は豊かな胸の前で両手を交差させた。光り輝く玉が自分の中心に生まれ、それが胸、肩、腕と気脈を通って手の平に集まるところをイメージする。東洋風に言えば、チャクラに力を集中させていくと言えばいいだろうか。
 深く記憶に刻まれたとおりに指が複雑な印を組み、描き、空間に魔力の残滓を残しながら美しくもある文様を描いていく。五芒、六芒、12角。たちまちの内に彼女は光り輝く銀のレースで包まれていく。

『心の扉を開き、遠くへ行く』

 流れ星が室内を彩る。目映い光の中心でゆっくりと彼女は両手を左右に開く。魔力が現実世界に干渉するときの世界が虚ろになる感覚と背中をゾクゾクとさせる性的絶頂に似た恍惚感にウットリしながら、意識をシンジに集中させる。
 彼女の閉じられた瞳に代わり、第三の目とも言うべき魔法の目がシンジの姿を克明に捉える。


 黙々と短剣を振るうシンジの顔を魔法の目で見ながら、彼女は自問する。

(私、馬鹿な事してるのかな?)

 昨日までの自分だったら、まず間違いなく自分のことを馬鹿と言っただろう。
 いや、今だって自分は馬鹿だと思う。本当に、どうしてこんな事を。


 自分が自分じゃないみたい。


『地平線の彼方の新しい世界に行こう』


 彼女らしくない行動だが、彼女はシンジ達を助ける道を選んだ。自分でも本当に不思議に思う。相手はタダの人間なのに。

(なぜなの?)

 現実を認めたがらない、彼女の中の最も頑固な心がそうたずねる。

(わからない。でも、彼を放っておけない)



 なぜだろう。

 一目見たときから彼女の心は囚われていた。
 初めて感じる胸の高鳴り。
 耳で聞こえる自分の鼓動。
 足の先から頭の先まで熱くなる体。
 きっとシンジがにっこりと笑うたびに、自分の顔は赤くなっていることだろう。たとえそれが自分に向けられた物でなくとも。
 運命という言葉を信じたことはなかったが、今は信じようと言う気持ちだ。
 直に会ったとき、自分はどんな反応をするか。それを考えるだけで顔から火が出るようだ。

 初めて。
 こんな気持ちになったのは。
 物語の中でよく見る、一目惚れという感情なのかも。いや、心の迷宮の中で断言なんてできないのに、そうではないと言う自分がいる。
 初めて会ったのではないのかも知れない。昔、どこかで彼に出会ったような気もする。その時も、同じ様な気持ちになったような気がする。

 馬鹿馬鹿しい。あったことがあるわけがないのにどうしてこんな事を考えてしまうのか。

 相手は自分と違う、自分と同じ時間を生きていけない人間なのに…。

 父が死んで以来、その最後の言葉にとらわれて決して死ぬものかと考えて。
 その為にこそ、利用できる物は何でも利用して生き延びるつもりだった。人を食らい、魂を啜ってでも。



 だが、シンジを守るという説明できない一念から父の言葉を忘れてしまった。
 自分はどうなっても良い。自分を犠牲にしてでも、シンジさんだけは絶対助けてみせる。

『私の心は風の翼に乗る。彼の心に行くために』

 出し惜しみはしない。
 何も見えないくらいに全てが光り輝いた。

『夢よ踊れ』











『シンジさん! 私を信じて!』


「え!? 何か手があるの!?」

 唐突に聞こえたM嬢の声に、もう心の中で返事する余裕がないシンジは声に出して叫び返した。直後あわてて屈んだ彼の頭の上を触手が行き過ぎる。
 ちらっとトウジ達に目を向けるが、彼らは彼らで自分達のことで精一杯のようだ。シンジの叫びを気にとめた様子は見られない。

『説明する暇はないです。ただ…私は、あなたの体を』
「僕の体がどうなるの!?」

 口ごもられたことで、さすがにちょっと焦ったのかシンジはとまどい顔をする。ひょいと屈み込んだ彼に僅かに遅れて、前髪があったところを触手が薙いでいった。
 その一瞬一瞬ごとに身をすくませながら、一瞬の逡巡の後、M嬢は言葉を続けた。

『一時共有するんです。
 テレパシーとかそんなレベルでなく、もっと高い領域で。
 ある意味、混ざっちゃう…のかしら』


「それってベッドの下の本のこととかもばれちゃうってこと!?」


 おい。


『もちろんばれます…いえ、そう言う事じゃなく。
 私も初めての経験ですし、その実際なってみないと説明できませんけど、とにかくなんて言いうか』

 君たち?
 ちょっと突っ込むところが違うことを言ってしまうシンジ。それに素で返すM嬢もどうだろう?
 似たもの同士というか何というか。君たち余裕があるね。

「それじゃよくわからないよ!」
『そうですよね。ああ、なんて説明すれば…。って、もう間に合わない!』
「え、うわぁっ!」

 すでに1mの距離にまでキューブは迫っていた。
 お互いが邪魔になってもう満足に体を動かすことができる状態ではない。
 まさに絶体絶命のピンチ。
 ケンスケはうずくまって頭を抱え、トウジは悔し涙を流しながら万が一のために持っていたナイフを振り回す。もちろん、どうにもならない。
 キューブはお互いの意志の疎通でも行ったのか、それともシンジの触手を切り落とされたことがよっぽどイヤだったのか触手を伸ばすことなく、全身で呑み込もうとのしかかる。


『シンジさん! いや、ダメぇ───!』



「うわっ!?」
「なんや!?」
「お、女の声!?」


 その時、M嬢の声にならない声がトウジ達にも聞こえるレベルで響いた。耳元で鐘を鳴らしたように頭蓋にわんわんと響き、苦痛すら感じさせる声に、シンジは頭を押さえてうずくまり、トウジ達は声の出所はどこだろうときょろきょろと辺りを見回した。
 それだけではない。声の力は凄まじく、キューブですら一瞬動きを止めてしまう。

 本能のみで生きる彼らは瞬間的に悟った。
 自分たちを圧倒的に上回る何かが、今、ここにいる。
 生物の三大欲求である食欲をも押さえ込む恐怖が彼らを縛った。

 その場にいた全ての存在が静かにシンジに注目する。鍵は彼だ。なにかが、彼に起ころうとしている。

「な、なにかが…なにかが僕を」
「シンジ!?」
「何が一体どうなっとるんや!?」

 そして、なにもない空間に輝きを生み出すほど強大な魔力がシンジを中心に荒れ狂い、眩い光が彼の全身から放たれ、闇に包まれた通路を眩く照らし出した。




















「で、できた?やったわっ!」

(なにこれなにこれ!? なんか思いっきり振ったドレッシングみたいに混ざり合ってるって言うか!)
(シンジさん落ち着いて下さい! とりあえずこのモンスターをやっつけるまでは!)
(う、うん)

 光が収まった瞬間、顔つきと腰つきが30%増しで女の子っぽくなったシンジがいた。
 彼のそんな姿に、トウジ達はこんな時にも関わらず呆気にとられてしまう。何か言わないといけないと思うのだが。何を言えばいいのだろう。馬鹿みたいに口を開けたまま何も言うことができない。
 だって、目元とか口元とか、立ち方が全然違っているし。
 シャッターチャンスとか呟くケンスケはもちろん危ないが、トウジに至っては色気が増したシンジに、ワイは変な趣味に目覚めたんやろうかとちょっと頬を染める始末だ。

「やった『わ』?」
「なんや、なんや?(なんでワシの胸ドキドキしとるんや!?)」

 ヤバイ方向に行きかけながらも、突っ込むところはきちんと突っ込む2人。だがシンジ(?)は男らしく、もとい女の子らしく無視だ。
 それどころかトウジ達が初めて聞く単語に関わらず、凄まじいまでに物騒な言葉でなんか言う。
 どれくらいやばそうかというと、2人の髪の毛が一斉に逆立ち、両手を頬に当てて声にならない悲鳴をキャーとあげるくらいにやばそうだ。ギャグ漫画でないと助かりそうもないくらいやばい。
 もちろん、それも無視だ。


 「よくもシンジさんに傷(頬にちょびっと)をつけてくれたわね!
 火球(ファイアボール)なんて生ぬるいのじゃなくて、とっておきので決めてあげる!

 禁呪の一つ!

 超烈火球(ハイプラズマ・ファイアボール)!!!」




 なんてーか病的なまでに素早い手の動きで複雑な印 ─── 喩えるなら両前足が鳥と蝙蝠の翼を足して割ったような形状の、直立歩行する亀 ─── を描き終え、胸の前で組まれたシンジの両掌の間から、太陽よりも眩しく輝く光の玉が生まれた。光の特に強い部分がぐるぐると右に左に激しく渦巻き、周囲の空気が熱で歪んでいるせいか、中心で苦痛と怨嗟で歪む骸骨の顔が見えているような気がする。

 そんな感じの、見るだけで祟られそうな物騒な光の玉が踊り猛る。
 よく見てみれば陽炎ができてるどころか、玉の周囲の空気が微かに発光してプラズマ化している。
 本格的にやばそうだ!
 今度は恐怖の余り髪の毛をハラハラと散らしながら、トウジ達が声にならない叫びをあげた。でも叫ぶだけ無駄。



「「イヤーンな感じぃ!」」



 もちろんシンジは無視だ。



「いっけ───い!」



 シンジの手から、弾丸のような勢いで放たれた光の玉がゼラチナス・キューブに激突し、瞬時に膨張してキューブを飲み込んで蒸発させ、ピラミッドを揺るがせるほど凄まじい爆発を起こしたのは、その直後のことだった。
 そしてため息のようにシンジ達が入り込んだ穴から煙がぽふっと吹き出し、あたりは静寂に包まれた…。


























 爆発が収まり、ゼラチナス・キューブどころか、3000年間で初めての出番を待っていたはずの、それ以外の魔物まで焼き払われた通路の真ん中に立ちながら、シンジは困った顔をしていた。
 見渡す限り焼け野原。右を見ると熔けてかたまって、ガラスみたいになった石の壁が見えた。左を見ると、炭とはお世辞にも言えないような焼け残りがこびりついた元石、現セラミックの壁があった。
 上…固まったマグマ?
 下…真っ黒でがさがさで一体何事?
 凄いことになっているが普通の炎でなく、数万℃に達するプラズマが舐めていってそれくらいですんだのだから、奇跡とも言う。

 自分のやったことにシンジはちょっと決まり悪そうだった。腰のあたりが何とももじもじして気弱な女の子みたいに頼りない。

「や、やりすぎちゃったかしら」
「間違いなくやりすぎやと思うで」
「それより………おまえ本当にシンジか?」

 全身全霊で疑ってます、と両の眼で言いながら焼け残ったゴミ…もとい、トウジとケンスケが立ち上がった。死んだと思ったが無事だったようだ。意外にしぶとい。
 爆炎に呑まれる寸前、シンジの張った結界に守られたからだが、一部焦げているのはたぶん気のせい。気のせいったら気のせい。ドライアード。


 それは木の精


 少なくともシンジとM嬢は気のせいにしてるし。
 2人が気のせいだというならきっとそうだ。
 例え不自然なまでに彼らの焦げた部分と、非常に特徴的な髪型になった頭を見ようとしないとしても。


「ふっ、魔物も倒せてこれにて一件落着♪」


「んなわけあるかい」
「シンジ、ちょっとこっち見ろ」




 ごまかせませんでした。


 あからさまにダメだと思ってましたが、やっぱりダメでしたか。
 空気全体がイヤーンな感じのする中、トウジとケンスケがシンジに迫る。怪我の苦痛も、今のこの雰囲気の前には感じない。
 ケンスケは純粋にその突然の変化の謎を解き明かそうとしているのかもしれないが、トウジはちょっと顔が赤くなっているため微妙に腰が引けている。シンジ?は2人の形相にマジに怖いと思って、三歩ばかり引いてしまう。それを逃がさずに2人は壁際に追いつめた。
 逃げ場無し。

「え、いやで…じゃなくていやだなぁ、2人とも。
 わた、僕は碇シンジ以外の何だっていうのさ」


 誰が信じるか。


妖しい怪しいで…(わ、ワシはノーマルや。ときめくなワシの心臓!たのむから!)」
「シンジが魔法使えたなんて初耳だぞ。しかもあんな高レベル呪文を。初めて耳にした名前だったけど、あれは絶対、上古の大戦で失われたロストマジックだろ?
 ユイさんか!? ユイさんが手取り足取りおまえに教えたのか!?
 なんでおまえがあんな…ずるいぞぉ!」

 欠片も信じていないことは空に三つの月があるのと同じくらいに明白だ。

「あ、えっと、それはその…」

 目を泳がせながらシンジは一生懸命言い訳を考える。
 M嬢は純粋に秘密を知る人間は少ない方が良いと思っている。そしてなんでかシンジもまた、M嬢のことをケンスケ達に話したくない。
 M嬢と心が一部くっついたからか、それとも妙な独占欲みたいなモノでもできたのか。ま、彼も男の子だし。
 だがそう思いながらも、誤魔化せないだろう事はシンジにもわかる。

(少なくともある程度のことは話さないわけにはいかない…よね。どうしよう)
(仕方ないです。話しましょう。じゃ、このままだと色々面倒ですから、体の主導権全部借して下さいね♪)
(え?)

 どんなことになったのか不明だが、シンジの体が突然硬直した。爪先だって全身を真っ直ぐにさせたかと思うと、ビクビクッと痙攣しながら目を見開いて、もの凄く苦しそうな、夢に見そうな絶叫をあげる。

「ひぃああああ―――――!! きぃやああああ―――――!!」

 ホンマもんか? と恐れおののきながら逃げるケンスケ達。
 その場に残されたシンジは、ガラスみたいにつるつるになった床の上で、ギャグ漫画のキャラクターのように七転八倒を繰り返した。

(きぃやぁぁぁぁぁ───!!!! めっちゃ苦しいです! なんなのこれ!?)
(私というよく似てるけど、やっぱり異質な存在がシンジさんを浸食してるわけですから、考えてみれば相当苦しいですよね…。あ、我慢して下さい、ほんのちょっとの辛抱だと思うから)

(死ぬ! 本当に死んじゃう!)

(死んでも生き返らせますから大丈夫です。今は我慢して下さい)

(じょ、冗談きついよ。ああんあんあん…

 唐突にシンジは受け身も取らずにぶっ倒れた。ごちっと鈍い音がして後頭部から地面に倒れたが、果たして無事なんだろうか? まるで虫でも見るような目をしながらも、心配そうにトウジ達が近寄る。いつでも後方に逃げられるように、かかとを立てて半腰になっているのは当然の事柄だ。
 3mほど離れたところから冒険者の身だしなみ、10フィート棒をトウジは伸ばしてツンツンつつく。完全に罠扱いだ。

「生きとるかー? 生きてたら返事せー」
「冗談はおいといて、大丈夫かシンジ? って…おまえ、本当にシンジなのか?」
「ん〜、胸が軽い〜」

 2人の行動にちょっと苦笑しながら、瞳がちょっと大きくなったシンジは事の経緯を話し始めた。











「なんやとぉ!? あんた生き埋めにされた王女さんなんか!?」
「そしてシンジにコンタクトしてる!?」


(ええ、そうだったの!?)


(し、シンジさん、気付いてなかったんですか?)

 色気が無駄に増したシンジの言葉に、まずトウジとケンスケ、あとシンジの心も妙に説明的なセリフで絶叫した。
 って、トウジ達はともかくシンジも?
 少しどころでなく、シンジに運命を託して大丈夫なのか疑問に思ってしまう。もしかして、シンジさんって天然なの? あるいは馬(省略)?
 とか自分のことを棚上げしてM嬢は考える。彼女に人のことは言えない。
 とまれ、M嬢とトウジ達の会話は続く。


「はい。王位簒奪を狙うド…大臣に父を謀殺され、私は無理矢理、妃にされそうになったんです。
 既成事実を作ろうとした大臣は父を毒で病にした後、私の寝所に忍び込んで無理矢理手込めに…しようとしました。
 でも…そんなこと絶対嫌だって、魔法全開で拒絶したら、大臣は半分ミイラ男みたいになりながらも生きていて。あの時確実にとどめを刺せていたら」

 急に俯いてぶつぶつ言う。

 さらっと怖いこと言わないで下さい。
 そんな感じでちょっと引くトウジ達に慌てて今の無しと、待ったをかけながらM嬢は言葉を続ける。

「結局、大臣は私の遠縁の娘と結婚して無理矢理理由を作ると、王位についてしまいました。
 そして用済みどころか邪魔なだけの私を、殉死者として生きたまま、父と共にこのピラミッドに閉じこめてしまったんです。表向き死んだことにして…」
「はあ、そらまたごっつい大変なこって」
「そういう問題じゃないだろ。
 あ、それでどういうわけでシンジの体を?
 それにそんな目にあって、なんで今こうして会話できるんです?」

 いつの間にか、なぜか準備していた座布団を床に敷き、これまたなぜかシンジが持っていた湯飲みにお茶を入れてそれを啜りながら、3人は和やかに会話していた。一方的にシンジが喋り、それに対してトウジが相槌を打ち、ケンスケが質問をするという形で。
 なんというか和みすぎ。

「そうですよね、言わないといけませんよね。
 …本当の意味では、私は生きていると言えません。
 ピラミッドに入れられたときには、お父さんはもう死んでいました。でもお父さんは魂だけになりながらもずっと私を見守っていて、泣いて謝りながら私に魔法をかけたんです。
 死ぬなって、言ってました。
 『これから私がすることによって、人としての幸せを二度と得られなくなるだろう。だが、だからといっておまえが無惨に死んでいくなんて私には耐えられない。だから、自分が地獄に堕ちることになったとしても、私はおまえの命を長らえる手段をとる』って」

 うなだれながらシンジは、もといM嬢は黙り込む。
 悲しいことを思い出してとってもつらかったから。

 あまりにも激しい悲しみを感じて、眼前のトウジとケンスケ達は声も出ない。自分達もかなりの修羅場をくぐったつもりだった。でも、彼女の経験したことに比べればどうだろう? そう思うだけで何も言えなくなる。退屈だからと冒険に出るような自分達とは、彼女は根本的に違っている。本来、自分たちは彼女と語り合える人間じゃない。
 静かに時が過ぎていき、お茶が冷えて気温と同じ温度になった頃。
 彼女は小さくだがハッキリと言った。

「そうです。私はアンデッドになったんです。世界によってリッ○とかノーライフキング、ノスフェラトゥとも呼ばれるアンデッドに。
 他の存在から、魔力や生命力を吸収することで生き続ける魔物に…」
「は、はあ」
「それがなんでまたシンジに?」
「私の居るピラミッドの中心部は、厳重にシールドされています。父の力を恐れた大臣は、魔法を一切無効化する虚無石で周囲を囲んでしまいました。父の復活を恐れたんですね…。あながち的はずれの考えでなかったですし。
 だから私は外に出ることができず、いずれ父の保護魔法の効果がなくなったら、滅びなければならないところでした。だって力を補給することが出来ないですから。
 宝物として一緒に納められた魔法石(魔力を貯めてある石)から力を吸い取って、冬眠するということを繰り返してきましたが、それも限界でした。
 でも、運が良かったです。偶然にも私のテレパシーが聞こえるシンジさんが通りかかって、そして私の声を聞いてくれたんです。
 もう私は必死でした。お父さんは私に死ぬなって言っていたから。とにかく滅びたくなかったんです。
 だから、彼を、あなた達を利用するつもりで本当のことを隠して、このピラミッドに誘導しました。私を解放してもらうために」

 質問の答えをそう締めくくってシンジの、いやM嬢こと古代王国の王女の話は終わった。
 話半分としても、途方もない内容だ。流れる汗を拭うこともせず、ケンスケとトウジは息をのんだ。
 今まで自分達が聞いていた歴史とは、色々な点が異なっている。彼らの歴史ではM嬢の父は偉大であったが故に病に倒れたと伝えられていた。勿論、暗殺云々の話は伝わっていたが、あくまで怪説としてだ。
 今まで見知ってきたこと、知識を否定されたような気がして、ケンスケとトウジは素直に信じることができなかった。
 なにより信じ難かったのは、まさか王女が今もピラミッド内部で生きていて解放の時を待っているなど…。冗談にもならない。
 これにはあらためてケンスケとトウジ、そして彼女と心がくっついたシンジも声が出なかった。想像してみればいいだろう。目の前に、とっくの昔に塵に帰ったはずの人が居て、当人でないと分からないはずのことを微に入り、細に穿って話しているところを。
 だが、本物の歴史を前にしては信じずにいられない。


 しばらくして。
 同情する点は多々あるが、それ以上に気になる点があったのでケンスケは恐る恐る口を開いた。空気の流れを変えてしまうから、本当は聞きたくなかったが、聞かなかったら色々な意味で一緒にいることは勘弁したいから。
 すーっと焦げ臭い空気を深呼吸し、気持ちを落ち着けて。

「あ、あの。アンデッドになったと言いましたが」
「はい」

 首を傾げてケンスケの質問を待つM嬢(in シンジ)

「その…もしかして人を襲っちゃったりしますか?」




笑顔のまま沈黙





 色んな意味でそれ、洒落になってません。

 何か言って下さい、頼むから!
 ケンスケ達の腰が半分持ち上がり、せっかく補給した水分が怒濤の滝のように体中から分泌される。
 あわてて獲物はにがさんとばかりにM嬢は言い訳をする。

「いえ、アンデッドと言っても幾つかの特殊能力(生命吸収、麻痺の視線、不老、他)と弱点(神の御印、他)を持ってしまっただけで、普通の人間と変わりないと思います。
 …たぶん」

「「…………たぶん?」」

「い、いえ! 間違いなく、普通の人と変わりありません!」


 なおもM嬢は言い訳していたが、もうケンスケ達は聞いていなかった。


 本当のところはどうなんだ?



 よくわかってないトウジはともかく、ケンスケは心の底からそう思う。喋っているのがなんて言うか妙に女の子っぽいシンジなので、深いところまで聞くに聞けない。
 それに下手に聞いて、『主食は人間のエナジーでぇーっす♪』とか明るく言われたらどうする?










(………なんでそんなことまで話したの?)

 数分後、珍しくセリフだらけのトウジ達が黙り込み、物理的な力を感じそうなまでに重苦しい空気の中で、シンジは戸惑いながら彼女に尋ねた。
 彼女が必要以上に秘密を話しているから。
 それもとても苦しそうに。

 そう、シンジ達を利用するつもりだったなんて、無理に言わなくても良かったはずだ。人間達のエネルギーを奪うとか、言う必要はなかったはずだ。それなのになぜ?
 どうしてなの? と無垢な瞳でシンジは尋ねる。
 それに対するM嬢の答えは、とてもシンプルで、そして儚いまでに純粋だった。

(耐えられなくなったんです)

(なにに?)

 一瞬の間。自嘲するように彼女は呟いた。

(あなたに嘘をつくことに)

(え?)

(いえ、なんでもないです。なんでもないから。
 ただあなた達をだまして外に出ても、それじゃ父を裏切った大臣と同じなような気がしたんです。だから全てを告白しました)


























 彼女の告白は鮮烈すぎた。
 それはシンジに、改めて彼女という存在を意識させてしまう呼び水だった。お互いを意識しすぎて、何も言えない状態になる。なまじ心が同じ場所にあるため、互いを意識しあってることを痛いほど感じてしまう。詳しいことはわからないが、シンジは彼女が真っ赤な顔をして、膝を抱えてうずくまってるような状態であることを感じていた。

 ほっとけない。

 なにかを決意したのか、心の世界でシンジは唐突に尋ねた。


(ねぇ)


(はい)


(そう言えば聞いてなかったよね)


(何を…ですか?)

 首を傾げるM嬢にシンジは優しく笑いかける。

(君の名前。歴史の教科書に書いてあったかも知れないけど、僕あまり勉強好きじゃなかったから)



 こんな時する質問にしてはかなり変だ。

 変ではあったが、彼女はなんだかとっても嬉しかった。

 ちょっと間をおいて、彼女はずいぶんと久しぶりに笑顔をうかべる。そう、最後に浮かべたのは3000年前ではないだろうか。それ以後はずっと泣いていたか、世を恨み呪っていた記憶しかない。

 父を、私を殺した人間ども…と。

 人間に出会ったら、即殺してやるくらいの気持ちでいたはずなのに。それなのに、雪が春の日差しで溶けていくように、頑なに閉ざされていた心がシンジによって開かれていく。
 ふと瞼が堪えきれないくらいに熱くなって目を擦る。手に何かがついた。

(雨漏り…?)

 そんなわけはない。一瞬、本気でわからなかった。数呼吸後、ようやく彼女は思いだした。これは涙だ。涙がこぼれていたんだ。
 涙は後から後から流れ出て、頬を濡らしていく。

 とても熱くて、なつかしくて、せつなくて。
 自分が魔物に成り下がったと思っていたけど、シンジの体を介してだけど、まだこんなに暖かい涙が流せて嬉しかった。もしかしたら、本当の涙を取り戻すことが出来るかも知れない。


 悲しみの涙じゃないことが嬉しい。
 嬉しかった。とても嬉しかった。
 シンジが彼女のしようとしていたことを、彼女自身の正体を気にしていないことが。それどころか、心の底からちょっとかわってるだけでごく普通の少女だと思っている。
 3000年の時を経て出会ったのが、シンジで本当に良かった。そう思う。
 目の端をもう一度擦ったあと、彼女は少し震えた、でも明るい声で言った。


(私は………マユミ。山岸マユミです)

(よろしくね、山岸さん)

(名前で呼んでくれないの?)

(え?)

(ううん、何でもないです。なんでも…)



























 あとはもう凄いと言うかなんと言うか。
 お互いに自己紹介をして一段とお互いを理解し合った後、マユミ(シンジ)を先頭に一同はピラミッド中心をめがけて一直線だ。マユミが言うにはマッピングするほど難しい迷路ではないらしいけれど。

 負傷したケンスケとトウジもあっさり負傷は治療できた。

 治療です♪

 とか言いながら、マユミがどこからか召還した再生蟲(見た目は巨大なウジ虫)が治療してしまったから。あまり大きすぎる傷には効果がないらしいが、肉が一部溶けたり、化膿したり、ケロイド状になったくらいの傷なら簡単に治してしまう。
 傷口をうにょうにょ蠢いて化膿した肉や再生できなくなった組織を食べ、消毒薬であり同時に栄養剤である体液を分泌し、そして口から吐き出す糸で自分ごときっちりと縫合して同化するという、見てるだけで嫌になりそうな方法で。
 重傷だったケンスケの腕が問題なく動くくらいにその効果は高い。


(ケンスケ、気絶しちゃったけど…)
(とっても気持ちよくて、つい居眠りしちゃったんですよ)


 それは絶対に嘘だ。


 ちょっと、いや出来るなら一生遠慮したいあれな手段に違いない。ケンスケが苦痛でなく、その形容しがたい感覚に気絶したくらいだし。ちなみにトウジは部屋の隅で俯いている。


 さらにさらに話は進む。
 マユミは封印されながらも、意識体でうろつき回ったので構造を良く知っているから、ほとんどノンストップアクションで突き進む!
 何かいても蹴倒して、穴があったら飛び越して!

 ラブ&バイオレンス!って、ラブは余計(今のところ)
 ひたすらバイオレンス!
 オンリーバイオレンスで突き進む!


 途中に出てくるモンスター?
 さっきの烈火球の余波でたいがい全滅してる。
 たまたま生き残っていたのが出てきても。








「「「きしゃ────っ!!!」」」

 突然、耳障りな金切り声を上げながら3人の頭上から小柄な人影が襲いかかってきた。鋭い爪から繰り出される必殺の一撃!
 だが、じろっとマユミ(シンジ)が睨んでなにごとか呟いた瞬間、その一撃は見えない壁に跳ね返された。位相空間を目視できるほど強力な魔法障壁に驚きの声を上げながらも、影は空中を飛び回りながら3人を取り囲む。
 ケンスケが持っていた松明の光に闇が追い払われ、隠れていた存在の正体をあらわになった。

 砂を固めたような体、背中でせわしくなく動き続ける蝶のような羽、唐辛子のように尖った鼻、そして人を小馬鹿にしてるような老人の顔…。

「ガーゴイルや! それもこのへんのオリジナル種やで!」
「魔法か魔法の武器でないと倒せない強敵だぞ!」


『赤熱杖(レッドロッド)!』


 シンジの髪の毛が長く伸び、赤熱してガーゴイルに絡みつく!
 驚愕の表情をしたまま、ガーゴイルの首が、手足が、胴体が輪切りにされた。
 一瞬の後には、1ダースセットで八つ裂きだ!
























 なおも通路を進む3人の目前の地面が突然盛り上がり、そこから緩慢な動きで人型をした何かが6体起きあがった。腐敗してなおかつ干からびた体に、砂粒を大量にこびりつかせた腐臭漂う魔。
 ケンスケが本能的な恐怖で全身を硬直させながらも、その怪物の名前を叫んだ。
 すでに蘊蓄解説担当になっているが気にしない。気にしちゃダメだ。

「砂の人だ!」
「石畳のどこにひそんどったんや?」
「何を言ってるんだトウジ。石畳の隙間にだろ!」
「そか」
「2人とも、何もできないんならせめてもう少し静かにしていて下さい」

 砂漠で死に、砂漠の魔力に囚われたアンデッド。
 その爪で引っ掻いた相手がエルフでなければ眠らせるという、グールの亜種のような存在だ。
 それはともかくとして、たとえ本当であってもトウジはこんなことを言うべきではなかった。

「マユミの姉さんの同類やな」

 瞬間、シンジ(マユミ)の詠唱が一瞬止まる。顔を動かさず、目だけを動かすとそれはそれは冷たい視線をトウジに向け―――。

『…旋斬甲(シェル・カッター)!』

 ちょっとこめかみに青筋を浮かべたシンジ(マユミ)が例によって例のごとく印を組み、呪文を唱える!
 空気が激しく動き、凄まじい気圧の変化で鼓膜が圧迫される。次の瞬間、砂の人達の真ん中に巨大な竜巻が発生した。激しい風圧に手足を軋ませ、声にならない悲鳴をあげてのたうち、右に左に竜巻の中で振り回される。もし洗濯機が動いてる様子を外から見ることができるとしたら、こんな感じに見えるのかも知れない。

「すげぇ…ってトウジー!?」
「なんやそれー!?」
(マユミさん…怒ってる?)

 ひょいって感じに見えない手で引っ張られ、シンジより、ケンスケより後方にいたトウジが竜巻に呑み込まれた。彼の悲鳴が室内に響き、直後ガムを吐き出すみたいにトウジの体があさっての方に飛んでいく。

 ごち、ぐぇっ。
 とか悲鳴とか音が聞こえたが生きてるみたいだから当面良し。

 もちろん手加減してない砂の人の方はクォークレベルでバラバラだ!
























「なんやあの虫の化けモンはっ!?」
「砂の王だ! 初めて見たぜ」

 カマキリと蜘蛛と蠍とカブトムシと、スズメバチの恐ろしいところを100倍増しに抽出して、人間と一体化させたような巨大な節足動物がそこにいた。
 第一層と第二層を結ぶ通路の番人、砂の王だ。
 全身を覆う外骨格は鉄より固く、口から吐く粘体は巨人ですらふりほどけず、尻から噴き出す高熱の毒ガスは人間を即死させる。そればかりか高レベルの魔法すら操るのだ。
 その強さと恐ろしさは、砂漠でならドラゴンにも匹敵すると言われる。
 部屋の中に飛び込んできた3人にその凶悪な顎を向け、大木のような6本の足を巨体からは想像もできないような素早さで動かして迫る来る。その恐るべき顎の一撃で鉄の鎧を着た人間であっても、簡単に真っ二つとしてしまう。甲冑を纏った人間に酷似した上半身から生える腕は鉄の鎧ごと人間を握りつぶす!

 んでも。


【ギル…?】

 砂の王が何かを呟いた瞬間勝負は決まっていた。

『轟け、大気の叫び!
 超音波直進光線刀(ハイパーソニックウェーブレーザーメス)!』





すぱっ








 ヒールキックかなんかしらんけど、何かをしようとしたらしい。
 しかし、一瞬の後には驚愕に顔を歪ませたまま、彼(彼女?)の体は股間から頭頂部にかけて真っ二つになっていた。マユミの放った超高周波振動する空気の刃によって。



以下略!

















 それから少しして。

 さすがに大技を連発しすぎて肩で荒い息を付くマユミ(シンジ)。
 壁により掛かり、誤算に顔をしかめながらも、なんとか体力を回復させようとゆっくり大きく呼吸を繰り返す。深呼吸を繰り返しながら、マユミは自分の間抜けさに泣きたい気分だった。
 いくら浮かれていて久しぶりの魔法だったとはいえ、限界を考えずに魔法を使ってしまうとは間抜けにもほどがある。もちろん、手加減できるような弱い魔物が敵だったわけではない。だが、無意味に大技を使ってしまったことは間違いない。

 ちらりと背後を振り返る。
 彼女達の背後はなんて言うか、死屍累々。
 血の臭いと言うより、鉄の臭いが凄くてなんかアレだ。
 トウジ達は後ろを見るに見られない状態だった。

 そこまで派手にやる必要はなかったのに!

 死屍累々と書いたが、実際はそんな言葉では追いつけない惨状だ。
 そこを歩いて戻らないといけないんだよな〜、なんて考えるだけで俯いてケロケロと蛙の真似をしてしまう。

 情けないと言うなかれ。

 なんて言うか凄いんだこれが。両断された魔物の内蔵がタラリと垂れて、白子そっくりで二度と食べられないななんて思ったり、卵か何か知らないけどぶつぶつした丸いものが血に混じっていて、イクラや筋子も二度と食べられないなとも思ったり。
 それよりなにより、イクラもどきの上を歩いたときの感覚がマイガッ! だったり。



(はあ、はあ…。変だわ、ちっとも楽にならない)

 それはともかくとして、マユミ(シンジ)は体力が回復するどころか、どんどん失われていくことに恐慌を来たしかけていた。

(まさか、もう力が完全に尽きてしまったの?)


 だが、彼女はまだ最終目的地にたどり着いていない。


 今彼女達が居るのは最終目的地の直前。
 あと一歩の所だ。
 マユミは悔しそうに目前の扉の奥、10m四方の正方形の部屋の中に立つ一体の異形を見つめていた。

 人間と蛸を足して2で割ったような怪物、トウジ達は知らないが遠く東の海に生息する大海魔、海の守護神『ガイロス』をモデルにしたゴーレムである。


 今のところゴーレムは、薄青い青銅のボディに埃を積もらせたままピクリとも動かない。
 だが、彼女達が部屋の中に一歩でも踏み込めばどんな反応をするか、鈍感公爵の異名を持つトウジにだってわかることだ。

「なんで山岸の姉さん、中にはいらんのや?」
「と、トウジ…。おまえそこまで、そこまでアレなのかぁ」
「な、なんや?なんでそんな目しとるんや!? ワシはケンスケに哀れみのこもった目で見られる覚えはないでッ!」




 …わかってねえよ、こいつ。

 心の底から溢れんばかりの可哀想だね、な瞳でケンスケはトウジを見る。

「トウジ」
「なんや?」
「それでも俺は友達だ」



 一方、マユミはいちいち突っ込むのも相手するのも疲れるのか、振り返ることなくガイロスに視線を固定したままだった。
 と言うより、もう振り返る事すら大儀なことになっていた。

 意識がともすれば途切れそうになる。
 体が重い。指を動かすのも億劫だ。
 はじめ感じていた生身の体の、男の子の体の躍動感も今はまったく感じない。
 眠気にも似た意識のとぎれを、頭を強くふってこらえようとするが、瞼は強力磁石になったようにくっつこうとする。

 だが、正確に言えば眠くなっているわけではない。
 その逆に、意識は空気の流れさえ見えるんじゃないかと思うくらいハッキリしているが、体がそれについていかない。目を開けても何も見えない暗黒の中に放り込まれたように。

 どこまでもどこまでも。
 底のない闇の中に、暗黒の淵に堕ちていく。地獄の重力に囚われて。
 もう逃げようとしても逃れられない。

 目の前でちらつく、骸骨の指。
 幻とわかっていても、おいでおいでと揺れているそれが、彼女には現実に思えた。

 自分が暗黒に堕ちていく。消えてしまう。

 これは3000年の間に、部分的な悟りを開いたマユミにとっても恐ろしい現象だった。
 想像してみると良いだろう。
 精神世界の事とは言え、自分がゆっくりと消えていくのだから。あるいは見えない小さな虫に、急速にむさぼり食われているところを。

 恐怖で心が萎えそうになる中、必死になって事態を打開する方法を考える。

(どうしよう。もう魔力は残り少ないわ。生命維持に問題が発生するくらい…。
 あと30分。いいえ10分以内に魔力の補給ができないと、私の体は、体は)
(山岸さん、そんな無理してたの!?)

 だが恐怖に心がとらわれて、良い考えが出るはずない。
 なんとか落ち着こうと、今の状況と関係のない計算問題などを考えるが、まるで効果がない。それどころか2桁の足し算にさえ、焦って答えを間違えてしまった。本当に危ないかもしれない。

(私、私…もう、もうダメ)
(山岸さん、ちょっと気をしっかり持って!)

 マユミが泣きそうになっていることにシンジは気付いて、なんとか落ち着かせようと励ました。
 なんと言っても、今のマユミは彼にとても近しい存在になっている。
 その心の不安は手に取るようにわかった。

 だが間近に迫った滅びの気配に、実際年齢はともなく精神年齢はほとんど16歳のままのマユミを恐怖という名の闇は逃さない。

 今、彼女は完全なパニック状態に陥っていた。
 緩慢な生に疲れ、膿み、あれほど願った滅びが、今となってはひたすらに恐ろしい。

(シンジさん! 私、怖い! 助けて!)
(山岸さん! 落ち着いて!)

 急速に周囲が暗くなっていく。明かりはついているはずなのに、そもそもノーライフクィーンである彼女は暗闇でも物が見えるはずなのに。体が石になったみたいに重くなっていく。

(いやぁ、イヤぁ───!)

 思い出したようにマユミはシンジの存在に必死にすがりつこうとするが、彼女の魂はまるでセメントの池に叩き込まれたように粘つき、重くなっていく。シンジの精神にすがりついた側から、亡者にひかれて下へ下へと引きずられていく…。
 もう既に死んでしまっている彼女が、本来属すべき世界へと。

(し、シンジさん。助けて!)

 シンジもまた、マユミの様子が先の比でないくらいに尋常でないことに気付いた。
 よくわからないながらも心の中で手を伸ばし、必死にマユミの意識をつなぎ止めようとする。

 だが…!

 シンジの意識の腕がマユミを掴む。
 一瞬、マユミの魂はそれに触れ、ぎゅっと掴むことができたが。

 一呼吸の後、つかんだ彼女の腕が石膏細工の人形のように砕け散った。二人して目を見開き見つめ合う中、引きずり込まれるようにマユミの体は引っ張られ、闇の底へと沈んでいった。

(いやぁっ! 消えたくない! シンジさん、シンジさん!)


















「山岸さ────ん!」


「な、なんやなんや!?」
「シンジ? 今はシンジなのか!?
 一体何が?」


 唐突に立ち上がって絶叫をあげるシンジに、トウジとケンスケは驚きの声を上げる。
 だが、マユミが泣きながら消えていくイメージを見てしまったシンジは、何か声をかけるトウジ達に気を止めることなく、魂の命じるまま目前の部屋、すなわちマユミの居るはずの部屋に向かって突進していた。

「うおおおっ、あいつ動いとるぞ! 化けモンや! 見れ、ケンスケ!」
「うるさい黙れ。
 待てシンジ! ゴーレムが!」

 ケンスケの制止の言葉も耳に入らない。
 シンジが部屋に飛び込むと同時に、ゴーレムはその6本の触手をもたげ、両の眼に黄色の光をともした。
 永きに渡る眠りから、今目覚めたのだ。
 たった一つの使命、玄室への侵入者を抹殺せんが為に。

「どけぇ───っ!」


『キュェエエエエッ!』


 シンジは構うことなく、扉を守るゴーレムに突進する。
 どうなったかわからないが、きっと危険な状態にあるマユミを助けるために。








続く






初出2002/03/16 更新2004/05/23

[BACK] [INDEX] [NEXT]