僕って本当に主人公なの?
〜 とある少年の呟き 〜 光が星のように瞬く暗い通路にて。 時折、流れ星のように大きく強い光が後方に飛んでいく。さながら宇宙の中心から世界を見渡したような、幻想的で壮大な光景がたゆとうようにさざめく。もしかなうのなら、全財産を払ってでも見てみようかと思うくらいに美しい。ただし、時折馬のような足をはやした魚とか、口や目が身体中についた綿菓子みたいにモコモコした生物(?)らしきものが、泳ぐように飛んでいくのが見えたりもした。 喩え美しくても、まともな人間が見れば発狂しかねない。 そう、ここは異界だ。人間が属する世界とは違う。時間の流れと空間の関係から異なる、異次元空間…正しくは空間と空間を繋ぐ次元回廊だ。 水のような空気のような租にして濃密な物質…エーテルで満たされた中を、2つの人影が靴音を響かせながら歩いていく。 「ユイ様、こちらです」 品の良い銀髪を一筋の乱れも許さずにまとめ、負けないくらいにノリの効いたシャツの上から燕尾服に身を包んだ老人にエスコートされ、ユイは無言で次元回廊を歩いている。周囲を駆けめぐる、奇妙奇天烈な光景もまるで気にとめずに。 剛胆だから…ではない。 彼女には、ある意味見慣れた光景だから。 周囲の光景はもちろん、エスコートする老人も見ていない。ただとある考えに千々と心を乱され、その事だけを考えていた。夢見るよりもどこか頼りない足取りで通路を進んでいる。ただこれから先に待ち受けることで心が一杯だった。他の何も考えられないくらいに。 カツリ、コツリと、時間神のもつ時計の音のように足音が響く。刻一刻と、運命が定めた出会いの時が迫っている。 張り詰めた糸のような厳しい顔で考え込むユイを誤解したのか、彼女を案内する老人、大樹妖のジュランが人間のように眉をひそめ、ユイが怒っているのかと怪訝な顔をした。 「いかがなされました? まさか、なにか私にいたらぬ事でも…。 違う…のでありますか? されば確かに、先ほどのことは叱責ではすまされない失態でした。ですが平に、平にご容赦を。あやつらまだ若いため、何とか姫様の覚え目出度くしようと必死なのです」 ジュランの頭の中(?)に、つい先ほど、ユイを敵意持つ侵入者と勘違いして攻撃を仕掛けた年若い部下達のことが思い出された。皆、若く未熟ではあるがこれからを担う有望な者達。多少の叱責で済ませるつもりだったが、ユイの言葉次第では、叱責ではすまされないかも知れない。今度はジュランの顔が深刻になった。 ジュランの様子から、自分がどう見えるか考え、ユイは少し慌てながら彼の懸念を否定した。 「あー、違うわ。そうじゃなくて、レイ達と会うのも久しぶりだから。 ちょっとね、最初にどう言おうかなとか考えてたのよ。何も言わずに抱きしめてあげたいけど、もう恥ずかしがる年頃かな、なんてね」 「おお、そうでありますか。ユイ様の心遣い、きっと姫様もお喜びになることでしょう。無論、私達も同様です」 あからさまにホッとした顔をしながらも、ジュランはユイの言葉にさもありなんと深く頷いた。やはりこの方は何よりもユイのことを大事に思ってくれている。だからこそ、自分たちはこの人も敬愛しているのだ。 ジュランは以前と変わらずレイのことを心配するユイの言葉に、一安心した証の笑みを好々爺とした顔に浮かべ、肩の荷が下りたようなため息をついた。ユイも先ほどまでの自分を思いだして苦笑する。 ふとジュランは考える。 (やはり、やはり姫様にはこの方が必要だ) ユイがいてくれて本当に良かった。彼女がいなければ、レイ達は愚れてしまい、手のつけられない暴君となっていたかも知れない。 これで常にユイが彼女達の側にいてくれたら…。 世の理(ことわり)の無常さよ! 運命に呪いあれ。 ジュランは運命を司る3人の女神を恨んだ。 本来なら、ユイと彼らの主人レイは実の家族同然に暮らすべきだというのに。しかし、とある理由からそれは敵わず、レイは幽閉同然にハーリーフォックスの城内に暮らし、一歩も外に出ることができない。家族が一緒に暮らせない。…なんという悲しい運命か。彼女のことを思うとジュランは胸が張り裂けそうだ。 不自由な生活をしているわけではないが、友達の一人もできず、妹のリナが外を出歩いた土産話を聞いて心慰める毎日。最大の楽しみが、時折ユイが会いに来ることだとは。それなのに少しも挫けた様子を見せない。彼はレイを人間だったら実の孫のように思っている。忠実な家臣のジュランが心を痛めるのは、至極当然のことだった。 そんな彼の態度と口調、そしてかわらぬ忠誠心に少しだけ心が和んだのかユイも表情を和らげた。いらない気遣いをさせたことを少し申し訳なく思い、ここで肩肘ばってもしょうがないと少し緊張をゆるめる。 (愛されてるのね、あの子は……) 自分はレイにとって良き親ではないかも知れないが、それに優るとも劣らない良い家族がいた幸運に感謝する。 ちょっとだけ彼女の顔に笑みが浮かんだ。 「変わらないわね、ジュランさん達」 そうですかな? と肩をすくめ、目を細めてジュランは笑う。変わらないのは自分だけでなく、ユイもそうだろうと言いたげに。もっとも、変わらないのではなく、変われないのだ。寿命が長い魔物は、死や時間がどんどん過ぎていくことに対する恐怖が人間よりも少なく、感情の起伏や変化という物に乏しい。故に極めて変化のない、毎日が繰り返しような生活を送っている。はたしてそんな環境の中で変われるものだろうか? 安定した日々を過ごす者にとって、変化は時として死よりも恐ろしい恐怖なのだ。 実のところ、彼は変わっている。レイに比べれば、人間に比べれば実に微々たる物だけれど。 人間という生物は、短命であるが故に性急で、日ごと、時間ごとに変化していく。そんなレイに仕え、少しずつとは言え変わらないわけにはいかないのだけれど…。人の変化の多様さは少し羨ましいかも知れない。 と、ここでジュランの表情が悲しげなものに変わった。 その変化は『変わらない』と言う一言がもたらしたのだろうか? 目を伏せたまま、絞り出すように呟いた。 「じつはここだけの話ですが、ユイ様の訪問はちょうどよろしいことです。実は姫様は…」 「レイに何かあったの?」 ジュランの言葉とその声音に隠された雰囲気に気がついたユイは、和んだ表情を一転させると厳しい目を向けた。問いつめるような厳しい視線に晒され、ジュランは身を竦ませた。剣呑な臭いを敏感に感じ取り、慌てながら頭を振ってユイの懸念を否定する。 「姫様に何かあったというか、またやったと言うか何というか…。 とにかく、一見すれば分かります。ただ、その、あまり姫様を怒らないで下さい。姫様は姫様なりに、ユイ様の言葉を守ろうと一生懸命なのです」 「あー、なんかまた馬鹿やったのね、あの子…」 体から力を抜き、ふしゅーと音がする勢いでユイは嘆息した。 疲れた顔をしながらふとこんな事を考える。 まったく親の顔見たいわ。 あんただ。 急に会いに行くのが嫌になった。 面倒に巻き込まれるのは凄く疲れるから。 ジュランの困った態度、物言い、そして肩身狭そうに小走りになるその動作。 何があったか全部分かった。 レイに最初想像したような、悪いことがあったわけではない。その逆だ。 (今度は何をしたのかしら。死人が出てないと良いけど…) レイがまぁた馬鹿なことをしてくれたのだ。 おもわず、 「ユイちゃん情けなくって、涙が出てくらぁっ!」 と宣いたくなる何かを。 絶句したユイを見て同じ思いにかられたのか、ジュランがさめざめと泣きながら手で顔を覆った。手が小刻みに震えている。 「苦労かけるわね…」 「まったく。いえ、そのゲフン」 その後、無言で次元回廊を歩く2人だったが、5分ほど歩いて急にユイは足を止めた。右手を庇にあて、じっと目を細める。暗い虚無のような空間の先に、針先で突いたような小さな小さな瞬きが見える。 見ている間にその穴は引き裂くように大きくなっていく。やがてそれは小さな穴と言うより、闇の中で輝く松明のようにユイ達を照らした。 「次元回廊の終点が見えてきましたな。もうまもなくです」 闇を切り裂く刃のように出口からの光は2人を照らし、いやんなるくらいに滅入った心をちょっとだけ回復させた。焼け石に水だが。 「遂にあの子と…」 何度目になるかわからないためいき。 だが、めげているわけにはいかない。 覚悟を決めてユイは真っ直ぐに前を見た。ここが最後の正念場だ。頑張らないで、ここまで来て会わないでどうするというのか。 さっきジュランの言ったことの所為で、滅入ってるけどこれくらいで。 (しっかりしなさい、私!) 何度も無言で気合いを入れ直し、その覚悟を感じ取った足が、手が、胴体が、体全体が震える。その勢いのまま光の門をくぐり抜けていく。 刹那、世界を焼き尽くす光のように、純白の意識がユイの全てを包んだ。 細胞の隙間をすり抜けていく光…。 脳が焼け付くような、神経が痺れるような混濁。 鼻先の自分の指が見えないほど強い光が周囲に満ちた。だが、眩しいとは思わない。峻烈だが網膜に残像を残さない不思議な光の中、ユイは海の底に沈んでいくような不思議な浮遊感を感じていた。 ふと、今までふわふわした物を踏んで歩いていたのだが、急に足下にしっかりとした感触を感じる。現実を認識して、ユイはゆっくりと目を開けた。 最初はなにも見えなかった。隣にいるはずのジュランも何もかも。 いつもこの時、盲いたかと思ってしまう。 「見えてきた…」 徐々に目が慣れていき、自分が今までいた場所とは違うところにいることがわかる。どこか高い場所にいるらしく、視線を少し下にすると何か大きな物があるのが見えた。建物だろうか。来るたびに町並みが変わるため、確信は持てない。 更に視覚が戻るが、まだ何があるかはわからない。ただ、何もかもが真っ白で、所々がキラキラと輝いていることがわかった。白い闇に浮かぶ星のように、大地に抱かれ、岩の中で人目に触れることを待っている宝石のように。 目を数回瞬きさせ、少しずつ光に慣らしていく。直に、自分はテラスのような所からどこかの街を見下ろしていることに気がついた。大きな、白い象牙で作られた塔や、白い意志の結晶…銀澪石を切り出して作った建物が建ち並ぶ。先ほど星と思ったのは、建物についている水晶の窓ガラスだ。 ユイはじっと目前の巨大建造物を見つめた。 彼女の視線の先。 くぐり抜けた次元回廊の終着点にそれはあった。白く輝く神秘の世界が。 それはそこにあった。 神秘の王国、ハーリーフォックス。 かつて神々が住んだと言われる、世界で最も美しき街。通常なら加工することも難しい花崗岩と象牙で建物は造られ、人の技の奇跡とも讃えられた失われた古代遺跡都市だ。全ての街道は純白の花崗岩と磨かれた石煉瓦で舗装され、全ての建物は象牙と水晶、そして宝石で飾られて輝きに満ちている。また、物理法則を無視したような作りの橋や塔が陽光を受けて輝き、優美な曲線の集合体のような背の高い塔が幾本も建ち並ぶ。エルフの芸術家、ドワーフの建築家が、いや芸術を追求する全ての種族がこの街を見たとしたら、きっと全財産を支払ってでもこの街に住み、その業の一端を得ようと努力をすることだろう。 街道を歩く人々も種族は様々だが一様に明るい顔をし、不幸という言葉をどこかに置き忘れたかのように満ち足りていた。 (皮肉な物ね) ふとそう思う。 美しく、満ち足りた理想郷と言うべき街だが、なぜか彼女には唾棄すべき汚物の街のように見えた。 苦しいと思うことの無くなった彼らは、幸せなのだろうか? この世に、絵に描いたような理想郷などあるはずがない。 たとえ生きることそれ自体が戦いの連続であったとしても、外の世界で懸命に生きる人間達の方が、よっぽど幸せなのではないだろうか。たとえ、1秒後に無惨に死ぬ定めだったとしても。彼らは生きているのだから。 だからこそ自分は人の世界に惹かれ、そして……。 (益体もないことを) ユイは首を軽く振って、気を取り直すと改めて視線を町の中心部に向けた。 今は過去のことを思い出すときではないのだから。 街の中心は王城であり、太陽に負けじとばかりに輝く、全ての魔法の源である幾つもの巨大な塔で構成された城が見えた。普通の人間では、見ただけで時を忘れると讃えられた象牙と真珠、水晶でできた城が。 (いつ見ても変わらぬ美し…さ?) そしてユイの笑顔が凍り付いた。ぴきって音をたてて。 |
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真
Monster! Monster! 第9話『ハーリーフォックス』
かいた人:しあえが
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目を見開き、馬鹿みたいに言葉にならない息を漏らす。 ただ一点を指さし、目の前の光景が夢であるように祈りながら。 「…………あ、あ、あ、ああああ」 今ユイの動きが止まったのは、都市の美しさに魅せられたからではない。 それはすぐ横でさめざめと泣くジュランを見るまでもなくわかる。 ショックを受けすぎた人間は何も考えられなくなると言う。それはユイとて同様。つまり、なんというかショックを受けすぎたのだ。 ジュランの説明を聞くまでもなかった。 確かに泣きたくもなるわ、これ。 ユイの眼前に広がる光景を見れば…。あんまりと言えば、あんまりすぎる。 どっかの誰かが奥歯を噛み締めたみたいに、時間の流れを遅く感じる。ギリギリとなる歯ぎしりがまるで夢の中の出来事のようだ。本当に自分はここにいて、こんな激しい音をたてて歯ぎしりをしているのだろうか。こめかみが震え、無数の縦線が顔を真っ黒にせんばかりに走る。 間違いなく、今の私は般若みたいな顔になってるわ。そう考えるユイさん。 はい、大正解。 なんだか涙と一緒に、ぐつぐつとマグマのように煮え立つ怒りが心の内に溢れてきた。 どうしようもない怒りと共に、彼女のことが目に浮かぶ。 どうしてあのおぽんち娘は人の言うことを曲解して、しかも増幅させるかしらね!? まったく、幸せになりなさいって言ったことあるけど、頭の中、幸せにしてどうするのよ!? 確かシンジの友達、相田君の言葉を借りれば、 『イヤーンな感じぃ!』ね。 それとも私、そこまでアレと思われてるのかしら!? 街中を駆けめぐる色とりどりの模様…。 風が吹くと宝石のような空に紙吹雪が舞い、花火がぽんぽんと軽快な音をたてて、空に大輪の花を咲かせる。赤、青、緑、オレンジ…。万華鏡のように様々な模様が街中を彩る。 とっても綺麗で、華やかなんだけど、華やかなんだけど…。 (なぜか涙が溢れるのを止められないわ) そして、聞こえてくる国民一同が歌う、うんざりした喜びの歌。 偉大なる首領様こと女王綾波レイを讃える歌。そしてレイの義母となる(予定)ユイを、ここぞとばかりに持ち上げるなげやりな大合唱。 「素晴らしき姫様、あなた様のご尊顔に私達はもう感動に打ち震えんばかりです〜♪」 「ユイ様、ユイ様、ユイ様〜♪ 世界の王と女王の母にして偉大なる皇太后陛下♪ 私達を犬とお呼び下さい〜♪」 歌に完璧なタイミングを合わせ、一斉に町並みの色が変わった。今まで水色だったところが一斉に赤に、緑色だったところが赤や黄色と様々に。 壁や屋根に取り憑いていた人間や妖精、小妖魔達が、一斉に持っていたボードを裏返したのだ。 近くで見たら何がなにやらサッパリだっただろうが、遠くから見ていたユイはそれが何かはっきりとわかった。ハーリーフォックスの街中にうかぶ、レイとシンジ、そしてユイの美化された笑顔。 ユイでなくともビックリだ。 真っ青な顔をしてぷるぷる震えるユイに、やっぱりな。と諦め顔をするジュラン。 これからのことを思うと、なんて言うか生きていくのが辛くなった。そして6本の樹妖達を怒るのをヤメにしようと考える。彼らもこの光景を見られたくないから一生懸命だったんだろうなぁ。そう思うと怒る事なんてとてもできない。いやマジで。 そして心労の余り、無いはずの胃痛を感じるジュランを、更に絶望のずんどこに叩き落とす出来事が起こった。 「あ」 「出たわね…」 ジュランは顔を押さえてうずくまり、ユイは口元に笑いと言うには些か殺気がこもった笑みを浮かべた。 彼らのいるところからまだかなり遠いが、どっとざわめきが聞こえ、それと共に城の最上階バルコニーに複数の人影が姿を現した。 遠眼鏡とかが無くても、今のユイには間近で見てるように、そこにいる人物達の様子が分かる。 複数の女性達…。どの人物も美しい顔立ちをしている。お付きの侍女らしい者ですら、ちょっとした国一番の器量の持ち主と言っていい。樹妖であるジュランにはいまいち人間の趣味が理解できないが。それはまた別の話だ。 今ユイ達が注目しているのは、彼女達の真ん中にいる女性である。 美女達の中心に、周囲の美女達が引き立て役にしか思えないような美しい女性がいた。 透き通るように白い真冬の雪のような肌。かすかに金属、いや水晶の光沢を持つ水色の髪。優しさを湖のように湛え、それでいて炎の強さを持った紅き瞳。ほっそりとした手足はカモシカも項垂れんばかりにたおやかでしなやか、そして愛おしい。髪型は銀のハサミで丁寧に刈られたショートシャギーにまとめられ、見ようによっては下賤の者のするような髪型と言えた。だが、不思議とそれがよく似合っている。あるいは、彼女にはどんな髪型も似合うと言うことか。 また、発展途上ではあるが出るところはそこそこ出て、引っ込むところは引っ込んでいるという年齢相応の女性らしい体を包む純白のドレスもまた、彼女の混じりけのない純粋な美しさを強調し、よく似合っていた。 そう、男でなくとも、誰しもが一目見た途端に一瞬我を忘れるような、そんな神秘的な美しさを持った少女だった。いや、神秘的と言うより幽玄の美、異界の美と言った方が良いだろう。現に某地獄の某赤毛の悪魔娘にはファンクラブがあるが、彼女にはそんな物は存在しない。さながら汚すことができない、崇拝の対象と感じさせる美しさを彼女は持っていた。 もう分かったと思うが、彼女こそユイが『なんかシンジ結魂しちゃいました〜♪ てへっ』と言いに来た少女にして、この王国の女王『綾波レイ』その人だ。 ユイが硬直してみていることに気付かず、レイは国民の歓呼の声に右手を挙げて応えると、そっと薄桃色の唇を開いて鈴のような声で国民に話しかけた。 「愛すべき国民の皆さん、私、綾波レイからあなた達に言うことはただ一つ…。 私と碇君のために生き、私と碇君のために死になさい。 世界を私達二人の物に!そう、二人のため世界はあるの!! ジーク、アヤナミン!」 「「「「「「「ジーク、アヤナミン(なげやり)」」」」」」 コメントに困るレイの演説に、ユイは石の手すりがひび割れそうな勢いで額を打ち付けてしまった。 気持ちわからんでもない。 数年ぶりの再会だというのに。 それなのにあの娘はぁ…。 ユイの怒りゲージがズンドコドコドコとマックスボルテージめがけて急上昇。 高地にいるからか沸点が低い…ってわけじゃないだろうけれど。 本当なら、久しぶりにあったレイに飛びつくようにして抱きつきに行きたい。だが、それはできない。してはいけない。お互いの立場というものがある。たとえ、碇ユイという謎の主婦であっても、その事を無視することはできない。 だからこそ、ユイはにこやかに笑いながら空中に凄まじい勢いで飛び出した。 ユイが直前まで立っていた石畳が、ぼっこぉっ!といい感じの音をたてて割れ、一瞬遅れてドヒュンという空気が渦巻く音がジュランの耳に届く。飛び出したユイの背中が光り輝き、一対の翼が飛び出るのが見えた。 「はぁ〜。やはりこうなりましたか…」 この後の惨劇を想像して、ジュランはあらためて目を覆った。 「こおおおおおおおおおおんのぉっ!!!!」 薄青色の空にユイの叫びが響く。 ジュランを除いた全ての存在の視線が、一斉に空をかける光の矢を見つめた。 「!? …ユイお義母様!」 声に気付いたレイがハッと顔を上げ、目前に迫るユイに顔を向けた。なんとも嬉しそうにちょっと頬を赤く染めるが、すぐにユイの顔が笑ってないことに気付いてやな感じに顔色を悪くする。 (あうううう。 また…。 ユイお義母様、来るたびに怒るの。頭ぐりぐりするの。いやなの。 どうして? ユイお義母様、本気で怒ってるの。 私何かしたの? ううん、なにもしてない。お義母様の言いつけを守って、国民がみんな私達を愛してくれる国造りをしてたもの。そう、きっと爺が怒らせたの。後で折檻) ほんの僅かの間にそれだけ考えると、レイはニヤリと凄惨な含み笑い。ジュラン合掌。 だが笑っていたのも束の間、とりあえずユイの怒りの矛先をかわすことを考えた。どういうわけか今のユイのは怒りに燃え、その怒りを自分に向けている。逃げないといけない。テロ対策として、事あらば肉の盾となるはずの忠実な侍女達の方を振り返るが…。 「いないの…。人情紙風船なの」 背後に控えていた侍女達は、慣れた物でいつの間にか姿を消していた。 ひゅ〜と木枯らしみたいな風が吹く。 とある侍女の言葉。 『や、確かにテロとかだったらこの身なげうってでもレイ様を庇いますけど、でも相手がアレにベタ惚れして結婚してしまったばかりか尻に敷いてしまった変態、もといユイさんぢゃねぇ…』 凄く納得。 だが姿を消していたで、笑ってすませたりしたら命が危険だ。打開策2をこうじながら、再び目をユイに向けるレイ。魔法障壁でも張って、時間稼ぎをするつもりだったのだが、 「レ〜〜イ〜〜〜〜」 もう遅かった。 <女王の私室> 「あううううう、痛いの痛いの。頭ぐりぐりされると痛いの。反省するからユイお義母様やめて(涙)」 「聞こえないわね〜」 場所が変わって、レイが唯一くつろげる場所…彼女の私室である。 そこではレイのこめかみを両手のげんこつでぐりぐりしてるユイ、涙目になって必死にユイに謝っているレイ、それを部屋着らしい水色のシャツと超ミニのスカートをはき、ポテトチップスをポリポリ食べながら眺めている、レイにそっくりな美少女の姿が見られた。 不思議なことに、この3人は恐ろしいほどよく似ていた。 違っているところと言えば、少女達は肌の色が恐ろしく白く、髪の毛が水色をしていて眼が赤いこと、対するユイは茶色がかった黒髪をしていて、緑に光る瞳を持っていることか。あと、少女達が14歳前後で、ユイが20代後半に見えるくらいだろう。 「いたいのいたいの」 「罰だから当然ね」 3人はどこか三竦みにも似た光景を延々続けていたが、レイの泣き声というやなBGMの中、他人の顔をしていた少女が、持っていたお菓子を全て食べ終わったときそれは終わりを告げた。 「あれ? なくなっちゃった」 意地汚く空の袋をひっくり返しながら少女はそう呟く。その言葉に折檻を受けていたレイは、線香花火みたいな涙を流して悲しがる。 (またユイお義母様のお土産食べられなかったの。シクシク…リナ、容赦ないの。残すなって言われたら、本当に残さないの。2人っきりの姉妹なのに酷いの) その悲しがる様子に満足したのか、ユイはレイを解放するとふぅとため息をつく。最近色々溜まっていたストレスがなくなった気分だ。余裕見せているようで、シンジとマユミの毎日の睦言は結構堪えたらしい。って、溜まってたんすか? 「溜まるわよ、独り寝の夜は結構辛いのよ」 さいで。 ともかく流れる汗が健康的でとってもすがすがしいユイさん。 「とりあえず罰終了。いい汗かいたわ〜♪」 「(酷いの)……終わり?」 「一応ね。でも、あなたなんで私に怒られたか分かってる?」 ちょっと考えた後、レイは当たってる? って感じで不安そうな上目遣いにユイを見た。 妹(?)らしいリナという少女は、ありゃあわかってないなとニヤニヤ笑う。彼女にとっては、姉の苦難も楽しい騒動くらいにしか感じないらしい。 「国民の調教が足りなかった……?」 「あらあ〜、素敵な答えねぇ」 にこりと笑うと、ユイは指をゴキリと鳴らした。口元なんて舌なめずりしてるし。 きゃーと悲鳴をあげながらリナと呼ばれた少女が両手で顔を覆った。もちろん、覆ったまま座り込むなんて命知らずなことはせず、ミニスカートがまくれそうになることも気にせず、もの凄い勢いで出口に向かってダッシュ! 「じ、邪魔みたいだから私部屋戻るから〜。あ、話し終わったら呼んでね〜」 「ま、待って!」 脱兎のごとく逃げ出すリナに、レイは冷や汗やら何やらダラダラ流しながら縋り付くが。 蹴りッ! とあっさりその手を払いのけると、リナは後ろも見ずにドアに体当たりした。 「いや、待たない! だって私好きな人と結婚するまで綺麗な体でいたいし!」 なんか凄まじく聞き捨てならないセリフだなぁ。 ともかくそれだけ言うと、足音をパタパタさせながらリナ退場。ばたんと閉まる扉はレイにとっては死刑宣告同然だ。 「酷い言い方ねぇ。ただちょっと娘同然のあなた達の成長具合を確かめたいだけなのにぃ」 腰の抜けたレイの後ろでユイは不満そうにそう言うと、ぷんぷんと怒った。語尾に小さい『ぃ』を付けてプンプン怒るところが可愛いかも知れない。だがすぐに表情を慈母のごとく優しいものにかえると、そっとレイの両肩に手を乗せた。ひぃっと声にならない悲鳴をあげながらレイが体を硬直させる。クスクスとユイは笑う。こんな初な反応をするなんて、本当に可愛くて仕方がない。 「うふふ、敏感なのね。それとも怯えてるからかしら?」 「や、いやなの…。ユイお義母様、やめて欲しいの。こんなのダメなの、地獄の悪魔でもこんな事しない」 「あら〜?それはわかんないわよ〜」 心当たりでもあるのか、ユイはにやっと笑い、ぷるぷる震えるレイの背中につつーと指を這わせた。魔法の絹糸の服は炎や雷などには高い抵抗力があるが、さすがにこういう事には何の防御効果もない。つーか普通、こういう場合を想定しない。 『はぅ!』と可愛い悲鳴をあげながらレイは上半身を仰け反らせた。 「や、や、だめ。は、こんなこと…いや」 「本当に?」 「…いやなの」 休みなく自分の体をなぞって動き続けるユイの手を払いのけようとするのだが、するりするりと彼女の手は動き、レイの体をまさぐり続ける。妙に執拗なのは、慣れてるからなのか。 イヤなはずなのに、体の内側から暑くなっていくことを感じてレイは戦慄した。知らず知らずの内に口が開き、『ああ』とか細い息が漏れていく。 (はっ、そんなのダメなの。あ!?) 一瞬自分がどういう状況なのか失念したレイが気付いたときには、彼女は背中を押されてバランスを崩し、クッションに抱きつくような格好で床に寝そべっていた。力の入らない体を動かし、なんとか逃れようとするがそれより早く、腹這いになった彼女の背後から抱きつくようにしてユイが覆い被さってくる。背中に感じるユイの胸のぷよんぷよんとした感触に、ハッと振り返るレイの至近距離で妖しく笑うユイの顔。 とっても優しい笑顔だったけれど。 おもわず「お母さん!」と言いたくなるような笑顔だったけれど。 「ああ……ん。そんなっ、あう! 止めて、ひぅ、ん」 慣れた手つきでドレスを脱がせ、その下のコルセットなどもどういう分けか綺麗さっぱりと脇にどけられた日には、そんなことは思えない。つまり、二人とも全裸だ。 そして熟知してるみたいに、――― 実際熟知してるんだろうけど ――― レイの弱いところを攻撃するユイの指とユイの舌。それはぬめつく熱帯のジャングルで、獲物を求めて這い回る鳥取り蜘蛛の足のよう。 「……っ。だ、かはっ! く、ぃあ…。い、碇く…」 「うふ、やっぱりレイちゃんて可愛いわ〜♪ 大丈夫、確かめるだけよ。確かめるだけ。 マユミちゃんやあの子だと、確かめたこっちが自信失いそうになるだろうからまだだけど、レイちゃんはそんなこと無いしね〜♪」 「た、助け…」 言いかけた言葉は途中で止まった。 無防備に開かれたレイの唇にユイは自分の唇を重ねる。舌を絡め、ちゅくちゅくと湿った音をさせながら、ウットリしながらレイの目を見つめる。 「ん…ちゅっ…んぅ」 ガチャリと音をたてて内側から鍵が掛けられる。 扉の外、廊下には何も聞こえなかった。 「なんつーか、忘れられた気分ね」 は? ミサトの呟きに、一体のレッドスケルトンが首を傾げた。レッドスケルトン・キャプテン(隊長)なのだが、ある程度の状況判断及び思考する能力があるらしい。それだけのことで、加持が恐るべき実力を持った降霊術師であることは分かると思う。もっともミサトにはそう言われてもさっぱり意味不明のことだ。 「ま、ともかくあんた達は私が合図したら壁の隙間から突っ込みなさい」 こくんとうなずくと、レッドスケルトンはモグラのように土中にもぐった。 気持ち悪いと思いながらそれを見送った後、ミサトはきっと目前に見える石壁を見つめた。遠く、大河の上流の石切場から切り出してきた巨大な石を積んで作られた頑強な城壁だ。高さは一番高いところで20m、一番低いところでも15mはあるだろう。厚みは3mはある。塔も無数にあり、鉄壁の防御という言葉はこの街のためにあるかのようだ。第三新東京市は築城マニアの集まりか何かだろうか? 普通なら、このような防御万全の城壁を壊すなど、最新型の攻城兵器と大量の兵士を使っても何日かかるか知れたものではない。たとえ壊せても、壊すそばから直していくだろう。だが直前までの会話を信用するなら、彼女はそれを単独でなそうとしている。それも一瞬で。とても信じられることではない。彼女は虚言癖の持ち主なのだろうか。 しかし、ミサトの目には狂気の色もなければほらを吹いたという形跡もない。 ただまっすぐに、凛とした瞳で城壁を見つめていた。 「ギャラリーがいないのは寂しい…と思ってたらちょうど良いのが来たわねん♪」 そこにたまたま通りかかったのは定期巡回をしているらしい警備兵の一団だ。全員がワックスで硬く煮染めた皮鎧を着、その上から日差しよけのフード付きコートを纏っている。頭には布を巻いた上から皮と板金製の兜をかぶり、腰にシミター、手には鉄の長槍を持つという典型的な兵士のスタイルだ。 彼らは世間話をしながら歩いていたのだが、ふと自分達を睨み付けるミサトに気がついた。 最初思ったのは、なぜこんな所にこんないい女が。という疑念だった。 幾ら街に近いとは言え、武器も何も持たない女がたった一人で砂漠にいるというのは考えられることではない。最初は盗賊に襲われたキャラバンか何かから1人逃げてきたのかと思ったが、自分達を見る彼女の目はとてもそうとは思えない。 もしかして、新手の客引きか何かだろうか? (隊長…あの女性…なんなんですか?) (うむ、なんだか知らんがとにかく良し!) 正解はわからないが、勝手にミサトを娼婦か何かと考えた彼らは改めてミサトのことを上から下まで舐めるように見た。こう、ねっとりたっぶり舐めるように。男って奴はぁ…。 いやはや、刺激の少ない格好をする者の多い砂漠では、彼らがミサトのことを娼婦か何かと勘違いすることも無理はない。膝上15cmほどの赤いタイトスカートをはき、上には黒い乳首の形までわかるほどぴったりしたアンダーウェアを来て、その上からジャケットを羽織っている。お腹の部分は結構サイズに余裕があるように見えて、その実胸は布地が引っ張られてはち切れんばかりという、男なら眼福ものの姿だ。 ゴクリ。 誰かが唾を飲み込んだ。 「ひのふの…5人ね。少なすぎるけど、まぁいいわ! ムーンクリスタルパワー!」 突然、ミサトの恥ずかしいかけ声と共に彼女の手の中に輝きが溢れ、その輝きは瞬く間に胸元に下げられた十字架形のペンダントに集束し始めた。警備兵達が見つめる中、その十字架は奇妙な棒状の物へと形を変えていく。 「槍…いや、斧槍か?」 「なんて奇妙な武器だ」 いいぞー姉ちゃん!脱げー!とか勘違いしていた警備兵が一斉に驚きの声を漏らす。 彼女の足とか、胸とか尻とかに目を奪われていた警備兵達だったが、今はミサトの手の中の物に目を奪われていた。 一見、グレイブ(大鎌)のようにも見えるがそれにしては刃が厚すぎる。ならば斧槍(ハルバード)かとも思われたが、それにしては湾曲したその刃は夜空に浮かぶ三日月のような形状をしていた。明らかに彼らの知っている武器のどれとも異なっている。 警備兵の困惑に気付いたミサトはいたずらっぽく笑うと、先生が生徒に説明するみたいに言った。 「わかんないみたいね。これは月牙斧(ムーンアックス)といってね、私達の一族に代々伝わる魔法の斧よん♪」 「なんだと? 一族? 貴様、一体…」 「はい、話はここまで。 せっかくの質問だけどこのミノタウロス一族のミサト、通称月光牛のミサトにあなた達に名乗る名前はないわ」 「「「「「名乗ってる、名乗ってる」」」」」 全員揃って突っ込み。 ちょっとミサトのこめかみが引きつった。 恥ずかしさ半分、怒り半分で誤魔化すように声を荒げる。ちょっと声が裏返ってるから全然怖くないけど。 「ぃやかましいわ! 死にたくなかったらそこどきなさい。今からあの壁ぶちこわすんだから!」 再び警備兵達は驚愕した。 はじめはできるわけがないというあざけりの感情、次に可哀想にと言う失礼な感情、最後に、この痴女なら本当にできるかもと言う本能の叫びに。 達人でなくとも見えるくらいにミサトの体から煙のようにオーラが立ち上る。 ミサトが振り上げた斧がぶーん、ぶーんと唸るような音をたてる。同時に刃の部分が淡い光を帯びてくるに至って、警備兵達は確信した。 この女は、いや見た目通りの存在かどうかはわからんがこいつは敵だ!…と。 そしてもう一つ。 名前のあるキャラクターに、名無しの俺達が勝てるわけねぇ。 「た、退避ー!」 「ちょっとあんた達いきなり逃げる!? …ってまあ、良いわ。精々お仲間集めてきなさい。こっちに兵力を集中させてもらわないといけないんだし」 いきなり背中を見せて逃げ出した勘のいい警備兵達に内心呆れながらも、ミサトはしょうがないと首をすくめた。派手好きな彼女としては、ギャラリーがあった方が、ギャラリーごと吹っ飛ばすのが色々と楽しいのだが贅沢は言ってられない。あんまりバカするとリツコがキれるし。 「ほんじゃいっちょやりますか」 斧を頭上高くに掲げ、精神を集中させてエネルギーを刃部分に集中させる。極限まで集中されたエネルギーは刃部分を眩く輝かせた。斧とミサトを中心として大気状態が変化し始めたからか不気味な風が吹き、砂を舞い上がった。 ミサトの髪の毛が彼女の気に押され、ふわりと持ち上がった。 右足を力強く踏み出し、全力で斧を振り下ろす! 「いっくわよ───! 奥義ルナチクス・ブレイカー!!」 振り下ろされたミサトの斧から、凄まじい衝撃がほとばしった。砂を巻き上げながら通常の衝撃波に加え、なんらかのエネルギーが混じり合った物が一直線に城壁向かって突進する。 毎年、第三新東京市を襲う砂嵐とて、これほど凄まじいわけではない。 今まで城壁が体験したことのない衝撃が、今襲いかかる! 「成敗!」 そしてミサトが会心の笑みを浮かべた瞬間、三日月形の衝撃波は壁を粘土細工のように易々とうち砕き、そして切り裂いた。ドゴゴゴゴ…と重苦しい衝撃音が響き、一部が崩れた事を切欠として、自重を支えきれなくなった城壁が砕けていく。 見守ること数秒で、城壁は崩れ去っていた。 「ふぅ…。ちょっと疲れたけど完璧ね。 行きなさい、スケルトン達。人間達の注意を集めるのよ」 ミサトの周囲の地面がはじけ飛んだ。 合図を受け砂中からスケルトン達が姿をあらわし、奇声を上げながら突進した。 殺戮の奔流となり、恐怖に固まった警備兵達に飛びかかっていく。たちまちの内に数人が切り倒された。ミサトの目から見ても満点をつけられる完全な奇襲だ。基本的に、生者は死者を恐れる。城壁が壊れたことで混乱して士気が落ちているところに、異形の存在が襲いかかるこの攻撃は熾烈を極めた。たちまちの内に警備兵達は負傷者を出し、潮が引くように後退していく。 ゆっくり城壁の隙間へと歩く途中、ふとミサトは倒れて呻いている警備兵に目を向けた。 「とどめを刺してない…。加持の奴、まーだ引きずってるんだ。仕方ない奴ね」 とは言うものの、彼女自身もとどめを刺すつもりはない。 倒れた相手にとどめを刺さないスケルトンを一瞥した後、ミサトの姿が唐突に消えた。 ドゴ〜ン! 「よし、うまく警備兵達はあっちに集まった。俺達も行くぞ」 ミサトとは街の中心を挟んで反対側に加持とリツコはいた。 しばらくなにをするでもなく様子を伺っていた2人だったが、向こうの城壁で土煙と轟音が噴き上がったことで、ミサトが行動を開始したことを悟った。空気と地面の震動が共に鼓膜を疼かせる。かなり派手にやったようだ。 人々の騒ぎから判断して、幾人かの警備兵が持ち場を放棄して騒ぎに近寄っているようだ。思った以上に上手くいったらしい。 相棒が仕事を成し遂げたことを確認し、加持は右手で後方にマントをはためかせると、無言でリツコに目を向ける。軽く頷き返すと、リツコは白衣のポケットに手を入れ、銀色のカプセルを取りだした。そして思いっきり投げようと右手を後方に引き、大きく振りかぶった。 「え〜い!」 へろへろ リツコの投球姿勢は…もう肩の位置とかなんとかそんなレベルでなく、姿勢から何から全部間違っていた。 予定なら20mくらい先の通りに落下するはずのカプセルは、彼女の足下に叩きつけられていた。 コロコロと乾いた音をたててカプセルが転がり、加持の爪先に当たって止まった。 なんとも寒〜い空気が2人の間に流れる。 「……リッちゃん」 「に、人間には得手不得手って物があるわ」 「リッちゃん、人間じゃないじゃないか」 「細かいことをいちいち言わないでよ! 大丈夫、今度は上手くいくわ」 「俺が投げるよ」 転がした方が早いよな、とか思ったりもしたが、リツコのウンチっぷりを熟知している加持は、うんざりした顔のままカプセルを拾い上げた。あわててカプセルを奪おうとするリツコ。手を高くかざして逃れる。 「ちょっと、加持君! 渡して頂戴!」 駄々っ子のようになおもリツコはそれを取ろうとするが、加持はそれを綺麗さっぱりに無視すると、ぽいっと投げ捨てるように街に向かって投げつけた。肩や腕を使わず、手首だけでの投擲だったが、一直線にカプセルは目標地点へと突き進む。 「ああっ! 私がしたかったのに!」 「(無視)…出ろ! 風の魔法騎士『ウィンダーム』!!」 刹那、眩い閃光が走りカプセルを投げたあたりで爆発が起こった。 それを悔しそうに横目で見ながらうーうー唸って加持をポカポカ叩くリツコ。 「お、おいおい。リッちゃんいい加減にしてくれよ」 「酷い、酷いわ! 加持君、なんて事を、なんて事を…」 煙の中で動く巨大な影が見えた。爆発に驚き、道に飛び出した市民が口々に何か叫びながらその影を指さす。それは全身が銀色に輝く金属ででき、頭部には鋭利な角が天に向かって生えていた。頭部は鳥と人を足して割ったような形状をしていた。だがそれは鳥でも人でもない。巨人だ。身の丈10mはありそうな金属の巨人だ。 これこそアルケミスターズリーダー、黄金頭脳のリツコ自慢のゴーレムである。タダでさえ強力な金属製のゴーレムに、更にリツコオリジナルの改造を加えてある。その強さは、単純数値比較で同サイズのアイアンゴーレムの87倍! 本当なら羽を生やさせてあげたかったんだけどね! とは制作者リツコの談である! 銃を突き付けられて両手をあげたような独特の姿勢のまま、ウィンダムはじっと眼下を見下ろしていた。そのままじっと動かない。恐る恐る野次馬達が近寄ったその時。まるで木偶の坊のような有様だったウィンダムだが、突然その眼を輝かせた。 背筋を走る怖気に、集まっていた野次馬達が一斉に身を仰け反らせて逃げ散る。 ビ───ッ! 一瞬遅れて、ウィンダムの角の根本にある窪みが赤く輝き、オレンジ色の怪光線が発射された。破片が飛び散り、漆喰や土煙がもうもうと舞った。光線が当たって家の屋根が吹き飛び、中で外の騒ぎを無視してくつろいでいた家人が、呆気にとられた顔をしてウィンダムを見つめる。 「う、うわぁ────!」 「きゃ───!」 悲鳴が上がり、街路のそこかしこで逃げまどう人々が右往左往した。上を下への大騒ぎだ。後はほうっておいても、街全体が収拾するまで凄い時間がかかるパニック状態に陥るだろう。 現にそこかしこで小さなパニックに駆られた住人達の衝突が発生していた。加持の目には精霊パーンの姿がそこかしこで見える。あとはアレが合流して大きくなるだけだ。 「よし、リッちゃん。特異点を探してくれ」 「(ぶつぶつ)……特に大きいのが3つあったわ」 「3つ?どれかはダミーか、それとも強い力を持った誰かがいるのか」 加持は怪訝な顔をし、リツコもそれに習う。 「可能性は充分にあるわ。ただ使徒また、もといユイさんの可能性は小さいわね」 「本当かい?」 「ええ。この3つ、確かに高い数値だけどユイさんの物とは思えないレベルね。ダミーか、偶然強い力を持った誰かが、あるいは何かが存在するのか…ってところよ。ただ、ちょっと変なのよ」 「変とは?」 手元の携帯魔法端末の、水晶画面に映る情報を見ていたリツコは言い淀んだ。科学者でもある彼女は推論しか言えないことを嫌う。確実でない、推論を口にするのはかなりいやなのだが…。 「この中で一番弱い反応なんだけど、なにか別の物が重なって、もう一つの何かを隠してるみたいなのよ」 「アダム?」 「わからないわ」 じっと互いの顔を見つめ合って、加持とリツコは考え込んだ。街は大混乱だが、それも本格的に警備兵、民兵、もしくは魔法兵が出てきて誘導するとか、沈静化の魔法なりなんなりを使えばその混乱も収まるだろう。もちろん、そのどれに遭遇したとしても負けない自信は2人ともある。だが、騒ぎを起こした結果、ユイが出てきたとしたら…。自分達の腕前に自信がないわけではないが、3人揃っていない状態でユイと戦っても、勝てるとは思えない。となると…。 やがて考えがまとまったのか、加持は暴れるウィンダムの背中を見ながら素早く言った。 「ちょうど3つあるというなら、3方向に分かれよう」 少し考え、リツコも頷きかえした。 「わかったわ。すぐミサトにも伝えるわ。 でも、ユイさんがいる可能性は少ないことは分かったけど、それでもゼロじゃないわ。気をつけてね」 「わかってるさ。だが、忘れたのかい?俺は死なない男だぜ」 「そうだったわね。じゃ、私は一番近いこれの調査に行くわ」 そう言うとリツコは2番目に強い反応を見せる特異点の方向に目を向けた。彼女が腕をポケットに入れたと同時に、彼女の姿が薄れていく。ポケットの中の小箱に収められた謎の薬品を合成し、再び自分を透明にする薬を作成したのだ。金髪、目元の泣き黒子、愁いを帯びた瞳が薄れ、ついには何も見えなくなった。 「気をつけてな」 「子供扱いしないでよ。じゃ、行ってくるわ」 霊体の姿をも見通す加持の目からリツコの姿が消え去り、ただ耳に駆け抜けていく足音が聞こえたが、それも聞こえなくなった。 それを初めてのお使いをする子供を見る母親みたいな目で見送った後、加持はじっとウィンダムが暴れているのとは違う方向、豪奢な建物が建ち並ぶ、いわゆる貴族街の方を見つめた。 「じゃあ、俺はこの一番強いのを調べに行くか」 じっとスケルトンと警備兵達の戦いを眺めていたミサトは、リツコからのテレパシーを聞き終わると、ため息をつきながら立ち上がった。スカートに付いた砂と埃をパンパンと手で叩いて落とし、つまらなさそうに自分の行くべき方向を見る。いわゆる、喫茶店とか飲食店が建ち並ぶ飲食店街だ。 「はぁ〜、結構退屈な任務になっちゃったわね。まあ、ユイさんに遭遇しないだけ良かったかも知れないけど。 しかしこんだけ大きい街なのにこれは!て言う美少年がいないところねぇ。 どいつもこいつも日に焼けた精悍な感じだから、どうもつぼに直撃しないのよね〜」 なんかかなり間違ったことを呟きながら、ミサトもまた姿を消した。 そのころ。 薄暗い一室、見るだに立派なヒゲをはやした男が、高級品と一目で分かる葉巻をくわえた。すかさず、側に立っていた見るだに中間管理職といった感じの男が、ナイフで葉巻の先端を切り落とし、魔法の火口箱を近づける。敢えて葉巻切りのような道具を使わない。人を使ってこその贅沢であり、権力の確認なのだ。 男は胸一杯に煙を吸い込むと、ぷっはぁ〜とまずそうにそれを吐き出した。そして贅沢にも一口吸っただけでアダマンタイト製の灰皿に押しつけてもみ消してしまう。室内に紫色の煙が充満し、傍らに控えていた男はせき込まないように四苦八苦する。 「敵…か。間違いないかね?」 「はい、市民に死者こそ出ていませんが、すでに負傷者はかなりの数です。警備兵の被害も馬鹿になりません。それに、ゴーレム相手では警備兵が何人かかろうと…」 「ふん、役にたたん兵士といえど一票は一票だからな。見殺しにするわけにもいくまい。 仕方ない、彼を出撃させたまえ」 髭の男の言葉に、側近は心底驚いた顔をした。 簡単に言うが、それは火に油を注ぐ結果になりはしないか。そう如実に彼の顔は語っていた。男もそれが分かったのだろう。理解のない部下を不甲斐なく思う反面、自分に取って代わろうとか考えることさえない愚直すぎる思考に満足を覚える。 ふっ、それでいい。 彼が幼少のみぎりに習い覚えた帝王学。自分の心を悟られないように、他人を自分より馬鹿だと見下し、常に冷徹で強い自分を見せつける。 「たしかに余計な混乱を呼ぶだけかもしれん。だが、今の我々で体長10mのゴーレムを止められるだけの力を持つのは彼だけだ。 それに君、これはチャンスだよ」 「は?」 「どういうわけか、あの女は今この街にいないらしい。ならばこそ、外敵を我ら市役所職員が追い払い、その力を示す必要があると言うことだ。貴様の恩着せがましい協力などいらん!とね」 「なるほど…」 賞賛の目を心地よく感じながら、髭の男、第三新東京市市長高橋氏は満足げに顔をゆがめた。 「時田君を呼びたまえ。そうだ、農業課課長の時田君だ」 続く 初出2002/04/02 更新2004/09/11
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