人生という名の物語は苦難に満ちている。
そして物語は始まったばかり。
物語がどういう結末を迎えるのか。
全ては彼ら次第。

























 色々あって落ち着いて。
 窓を閉め切られて陽光を遮断され、かわりのランプの光が瞬く室内に2つの人影があった。豪奢なクッションの上でだらしなく、弛んだ所のない健康的で若々しい体を投げ出していたユイが満足そうにため息をついた。
 一糸纏わぬ裸身を、申し訳程度にシーツをかぶせて隠しただけという刺激的な格好のまま、衣擦れの音をさせながら右手を伸ばすと、隣に横たわるレイの髪の毛を撫でた。
 早春の草花の香りがするレイの髪の感触を楽しみながら、ユイは先ほどのめくるめく一時を回想する。今思いだしても、思い出しただけでも体が震える。

『あああっ! はあ…はあ…ぁ。
 はぁぁぁ〜〜〜〜』


 レイの処女地に唾液の痕を付けていくとき、レイが漏らした哀切の悲鳴。普段強い口調で喋ることのない彼女が、悲鳴じみた強い声を漏らす。
 彼女の下で、雪のように白い肌を桜のような薄桃色にさせたレイの瞳。

「可愛いわ。そして妬けちゃうくらい綺麗。
 …若いって本当に良いわね」

 ユイはここに来て初めてレイを誉めてあげたのだが…。だがレイはその言葉に喜ぶことなく、怖い犬に突然吠えられたみたいに体を震わせた。

「いや…」

 ひっくひっくと、ユイ同様、一糸纏わぬ裸身を申し訳程度にシーツで隠して、レイがしゃくりあげていた。硬くぎゅっとシーツを握りしめ、閉じられた瞼の隙間から途切れることなく銀の滴がこぼれ落ちる。その白く、染み一つないはずの彼女の体の所々に、赤く鮮やかな花びら模様がついていた。自分で自分をぎゅっと抱きしめながら、今あったことは全て悪い夢であればいいのにと、悲しみと悔しさで満ちた涙を流す。彼女の横で気怠げな表情だが、満足そうにタバコをくゆらせるユイが、可愛い子猫に向けるような流し目でレイの肩を見つめていた……って展開ではない。

 期待した人、一歩前。















 謁見室の奥の間、いわゆる控え室にあたる所にユイ、レイ、リナ、ジュランの4人が真面目な顔をして集まっていた。もちろん、ユイもレイもきちんと服を着ている。レイは先ほど着ていた純白のドレスではなく、それよりも装飾は少ないが、襟刳りがかなり大胆で胸の谷間が刺激的な水色のパーティドレスを着、ユイは普段しているのと同じ、ピンク色のセーターと紺のスカート、その上から白衣を纏っていた。レイの双子の妹であるリナは寝る前に着るような大きめの服…って、ぶっちゃけ寝間着を着ており、ジュランはいつもと変わらぬ糊の利いた燕尾服だ。
 軽く首をそらし、窓の外に目を向けながらユイが口を開いた。

「馬鹿なことに時間潰してる間に夜になっちゃったわね。
 手っ取り早く説明するわよ」

 窓の外には、黒い絵の具をこぼしたように真っ黒な空が広がっていた。その闇の中に、赤、青、黄色、白と色とりどりの星が天の物語を描いている。天の川で泳ぐ海蠍座、それに投げ槍の狙いを付ける巨竜座。別の一角では、死竜座と雷神座が真北を示す星座でもある盾獅子座を中心にグルグル回って永遠の闘争を続けている。そして大地をぐるりと囲む血の架け橋の上を、幾つかの流れ星が横切っていった。

 輝ける街といえどやはり夜はあり、室内は蝋燭の光だけでは少々薄暗くなっていた。夜の11時くらいだが、今と違って光を放つ物が少ないハーリーフォックスの街は、一部を除いてほぼ全てが闇に包まれていた。
 美容の大敵、夜更かしが嫌いな彼女は既に寝ている時間なのだが…。あくびを堪えながら、ユイは言葉を考える。

(さて…どう切り出そうか)

 下手なことを言ったら、彼女であっても命取りだ。特に一同が真面目な顔をしているときは。

(…ってまじめな顔してるのレイだけじゃない)

 先ほど真面目な顔をしていると書いたが、実のところ真面目な顔をしているのはユイとレイだけで、ジュランは今日一日の仕事がほぼ終わったせいか、つまりは太陽が沈んだ所為かもの凄く眠そうな顔をしており、リナはどうせ自分の事じゃないしと、はじめから聞く耳持ってなかった。今だって、芋を薄く切って油で上げたお菓子を食べながら聞いてるくらいだ。寝る前にそんなの食べると肥るぞ。

(う〜ん、事はレイだけに関係する事じゃないのになぁ)

 当然、リナも関係することなのだが、あまりにもノホホンとしすぎている。いざその時になって慌てても知らないから。深刻になったのが馬鹿みたいだ。
 考えすぎたのかなぁ。とユイは思う。
 そしてあっさり結論を言ってしまうことに決めた。

















「え?」

 今ユイはなんと言ったのだろう?
 決して耳が悪いわけでも、ユイの発音が悪かったわけではない。でも、声が聞こえなかった。外で吹雪く雪の所為ね。何とかしないと。
 今日の天気は晴れだ。

 違う。現実を見なさい。

 そう冷静に言う声がする。冷たく、容赦ない声がする。目だけ動かして確認するが、ジュランもリナも口を開いた様子はない。ただ呆けたようにユイを見つめていた。

 空耳だわ。

 本当はわかってるけど、そう決めつけた。
 心臓がうるさい。象が地面を歩くときのような振動を全身で感じる。手で胸を押さえるまでもなく、鼓動のタイミングが正確にわかる。ショックを感じた。心臓が張り裂けそう、なんてユイの言葉はそんな言葉では言い表せない。信じていた人に裏切られることが、こんなに悲しく辛いことだなんて。大地も、雪も、空の星も月も、みんな自分の敵になってしまったような気がする。なんて自分は不幸なんだろう。


 先ほど、ユイが頭を掻きながらもの凄く申し訳なさそうに喋るのを、レイはただでさえ白い顔をもっと白くしながら聞いていた。無言で、途中で口を挟むこともせず。ユイが全てのことを語り終えても何も言わなかった。ただ、こんなにもユイのことを憎々しいと思ったことはない。彼女の話す内容はわかりやすすぎ、何かの間違いではないかと期待することもできない。

「シンジね、マユミちゃんて言う女の子と結魂しちゃったの。うん、先日ね」

 このような言葉に、他にどんな意味があるというのか。どう受け止めろと言うのか。
 いくら思いこみの激しいレイと言え、他の意味に取ることなど出来ない。


(暗号。そう、これは早くお嫁に来なさいと言うとても複雑な暗号なの)


 甘かった。


「それが毎日のようにお風呂を先に、それとも私? てくらいにエロエロでって…。
 もしもし〜レイちゃん正気〜?」

 虚ろな視線であさってを見るレイの目の前で、ユイが手をヒラヒラするが反応はない。最初はショックで気絶したのかと思ったが、目はしっかり開いていたし、なにより後ずさりしたくなるような微笑みを浮かべていたから、そうでないことはわかった。少し潤んだ目から判断するに、幸せの国にイってしまったこと確実だ。
 ユイの言葉はもうレイに届かない。否、届かせてたまるもんですか。
 彼女の心の中で、情報は混じり合い、段々と彼女にとって都合がよいことを構築し始めていた。

 レイの脳内で再構成される目眩く薔薇色の世界…。

(碇君と私の結婚…。長かったわ、そこに至るまで。
 最初はお互いドキドキしながらお子さまのキスをするの。そして、頬を赤くした碇君が、私の名前を呼びながらグッと抱き寄せて、そして言うの。愛してるって。
 そうなるまでの間に、何人かお邪魔虫が出てくるけど、結局私達の深い愛の前に敗北を悟って、すごすごと引き下がるの。でもダメ、一度でも私の碇君にふしだらな目を向けた存在は生かしておけないの。そう、氷菓子にして雪男の餌)




「イっちゃってるわこの子…」
「誰の所為よぉ」

 ユイは深々とため息をつき、リナはお菓子を取る手を止めて嫌そうに顔をしかめた。長いつき合いから、レイが何考えてるのかだいたい分かってしまったのだ。双子とは言え、なんとも嫌すぎなスキルだ。
 リナはあっちゃ〜と額に手を当てて考え込みながらも、これから起こる事態を想像して年齢からは考えられないくらいに苦悶に満ちた表情を浮かべた。こうなったレイはトラブルメーカーとなり、その結果最も被害を被るのはリナなのだ。こう言うとき、ユイは頼りになりそうであんまり頼りにならないことは経験からよぉくわかっている。眉根をしかめて歯を噛み締めることが癖になっているようだが、存外苦労性らしい。
 14才とは思えない重いため息を吐いた。

「荒れるよ、きっと…」
「やっぱり?」

 あったり前じゃん、ユイお母さん何言ってるの?

 ユイのむいむいした言葉に、リナはそう心の中で呟きコクコク頷きながらじっと姉の様子を見た。
 一見して目を閉じて考え事をしてるようにも、神に祈る修道女のようにも見えるが、ちょっと歪んだ唇の端に涎の後があるのが目に入った。どっかに意識を飛ばして、いけない妄想に耽っていることは明白である。それも相当危険な妄想に。先日、寝ぼけた姉が自分のベッドに潜り込み…それだけならまだしも、彼女をシンジと勘違いして抱きついて×××しようとしたことを思いだす。泣きたくなるような情けなさを感じてリナの頬が引きつった。





 うわ、やべぇ。





 一言で言うとそんな感じ。
 よく観察してみれば、レイの頬は雪女とは思えないほど赤らみ、口元には何とも言えない艶っぽい笑みが浮かんでいた。腰をモジモジとさせ、足をすりあわせてる理由が知りたいような知りたくないような。寒いわけではないだろうが自分で自分の肩を抱きしめ、その所為できわどいデザインのドレスの胸元から、レイの柔らかそうな双丘がこぼれそうになっていた。

(同じ双子なのに…。ほんの数分違いの差なのに…)

 嫌でもそれが目に入ってリナは少し自信喪失。

 色々試せど、色々試せど一向に縮まらぬ距離。じっと胸を見る。

 なんで同じ双子のはずなのに、自分と姉はこうも違うんだろう。と先ほどとはまた違う理由で顔を曇らせる。やっぱり、男の人って胸の大きい人の方が好きなのかなぁ。まあ、姉も小さいとはいわんけど、決して大きいってワケじゃないけどね。
 などと交互に自分と姉、ついでにユイの胸を見ながらリナはそんなことを考えた。

 それはともかく、このままだとレイは何をしでかすかわからない。
 もう自分のことはもちろん周りのことも省みず、レイから見たら泥棒猫にあたるマユミちゃんという人に襲撃をかけるだろう。

 洒落にならねー。

 もしかしたら友達になれたかも知れないマユミちゃんの事を考えるリナ。何者か知らないけど、レイの逆鱗に触れた以上きっと酷い目にあう。ゴメンね。うん、もちろんごめんじゃ済まないと思うけど。せめて死なないでね。たぶん死ぬだろうけど。だから成仏してね。
 普段、呆けてる、あるいは天然に思えてもレイは歴代最強の雪の女王(スノーホワイト)だ。その力は絶大という言葉でも表現しきれない。

 雪どころか雨もろくに降らない第三新東京市を、雹と雪を伴った謎の大寒波が襲う。

 乾いた砂漠の街を襲う大洪水……それくらいは平気でやってのけるだろう。前科もある。混沌の軍勢を滅ぼすため、軍隊が侵攻していた谷間ごと全てを凍り付かせた。今そこは氷河となっている。
 今度はどうなることか。
 その影で死ぬ人間が出てもきっとレイは気にもしない。なぜなら、彼女にとって大事なのは妹であるリナ、そしてユイ、シンジ、一歩遅れてジュランくらいだから。そういう性格なのだ。性根が腐ってるわけではないが、基本的にレイはわがままで視野が狭いとも言えた。

(あのわがままお姉がこんな醜態をさらす…。面白いと言えば面白いけど、周囲に来るとばっちりが洒落にならないって感じなのよね。もう、ユイ母さんももうちょっと考えて言えばいいのに)

 そう思うがユイにそんなことを期待しても無駄だ。今までのことから、ユイの性格を痛いほど知悉してるリナは、またまた思いため息をついた。ユイは自分が面白ければ何でもいいんだから。胃がなんだか痛い。

(なんでこの人がお母さんなのかなぁ)

 母親ならいさめてよ、煽らないでよ。声を大にして言いたかった。
 でも言うだけ無駄。そりゃあ、本当の意味でお母さんじゃないことはわかってるけど。でもやっぱり納得いかない。一応、最後の希望を込めてユイの顔を見るが、真面目な顔をしてるようでどこか面白がってるようにも見える。いさめたり言い聞かせたりする気は全くないようだ。わかっていたがリナはガクンと肩を落とした。
 諦め、被害総額算定、人的被害、損害賠償、そんでもって涙。

(これが涙。何回目かわからない涙。私、泣いてるの?)

 これからイってしまったレイが何を言い出すか、何をしだすかは想像もつかない。きっとユイも目を剥くような凄いことをするだろう。で、自分が嫌な後始末をすることになるだろう。なんで自分はそういうスキルを持ってるんだろ?

(もうやだよぉ、きっとしっちゃかめっちゃか暴れるんだ)

 本格的にお腹が痛くなった。リナには悪いが、彼女の心が安まることは当分ない。









Monster! Monster!

第10話『ヘリコイド』

かいた人:しあえが










 所かわって大騒動の第三新東京市である。
 街の一角、東側の城壁をやぶって突撃するのは50体のレッドスケルトンだ。普通の白い骨だけのスケルトンとは異なり、全身の骨が血を染み込ませたように赤い色をしている。赤き彗星のようにスケルトンが剣を掲げて突撃する。

『イ───ヤッハァ───!』

 奇声を上げながら、スケルトンが警備兵に襲いかかっていた。

 ブンッ!

「ぐああっ!!」

 目にも止まらぬ早さで振り抜かれたシミターの一撃で肩を切り裂かれ、一人の警備兵が血と苦痛の叫びを上げながら地面に転がった。命はあるが苦痛に呻いて暴れるため、邪魔にならないように仲間に後方に引きずられていく。それをスケルトン達は空洞の眼下でじっと見つめる。

「なんだ…馬鹿にしてるのか!?」

 とどめを刺そうと思えばさせたはずなのに、敢えてそれをしない。それがなんだか思いっきり馬鹿にされているようで腹が立つ。砂漠に住む…過酷な地に住む彼らは無意味にプライドが高いのだ。しかし彼らは理性ある生物、人間である。警備兵達は憤慨しながらも1つの疑問を感じていた。

「たかがスケルトンが、なんでこんなに強いんだ!?」

 顎をカタカタならしながらスケルトン達はゆっくりと警備兵達を追いつめていく。本来なら、立場は逆になっていたはずなのに。
 彼らは勘違いをしていた。目の前にいるスケルトンは、そこらの魔法使い成り立てのひよっこでも作れるような、下等なスケルトンではない。大きく分けてスケルトンは4ランクに分けられる。素人でも倒せる通常のスケルトン、隊長に当たるスケルトン・キャプテン。数十体単位の指揮官に当たるスケルトン・ヒーロー。そしてスケルトン・メジャーヒーロー。亜種として魔法が使えるスケルトン・メイジとかもいるがそれはまた別の話。
 今彼らの前にいるスケルトンはスケルトン・キャプテンだ。
 その強さは通常のスケルトンの5倍はあり、防御力も格段に増している。雑魚とは違うのだよ、雑魚とは。甘く見ていたら余計な怪我をするだけだ。それでなくとも、主武器が粉砕型の武器でない槍や曲刀である警備兵は思わぬ苦戦を強いられている。奇襲+油断の所為で既に被害は相当な数にのぼっていた。死者がいないのが奇跡だろう。

『キシャ───!』

 身長ほどもある方形盾を構えて防御陣形をとる警備兵の群の中に、右手に持つ曲刀と、左手に持つラウンドシールドをきらめかせて数体のスケルトンが突っ込んだ。強引すぎる突撃。繰り出される槍襖によって、3体のスケルトンが頭を、あるいは腰骨を砕かれて、元の骨の欠片に戻るが、残った数体のスケルトンは手足を失いながらも警備兵達の防衛線を強引に突破した。死を恐れないその行動に警備兵達は悲鳴をあげて後ろに下がり、逆にスケルトンは雄叫びを上げる。
 まだまだ戦いは続きそうだ。















 少し視点を変えてみることにしよう。
 街中心の市役所宮殿を挟んだ反対側でも騒ぎが起こっているが一体どうしたのだろうか?

「ウォオオオオ───ン」

 ズシン、ズシン。

 金属製の足が持ち上がり、杭打ち機のような地響きを立てる。
 一歩歩くだけで窓は枠ごと揺れ、土で出来た壁にヒビが走った。

「うわぁ───! なんだあれは───!」
「魔人じゃぁ! 魔人様のお怒りじゃぁ!」


 市民達が家財道具を持って逃げまどう向こう側で、悪夢のような光景が展開されていた。家の屋根より高いところから見下ろす一対の目が不気味に光る。
 身長が10mはありそうな金属の巨人が大暴れをしていた。その10トンはありそうな腕が唸るたびに建物の屋根が砕け、瓦や石材が飛び散り人の悲鳴が木霊する。やりたい放題とはこのことだろう。
 駆けつけてきた警備兵、民兵達もさすがにこれは手に余った。じっと自分の手の中の武器を見る。刃渡り80cmほどのシミター、長さ2mほどの長槍…。


「逃げよう」
「うむ」


 ひとたび決断すると、第三新東京市の誇る勇敢なる警備兵諸君は先を争って戦場から突撃していく。査定も下がるしチキン野郎と喚く市民の目が果てしなく痛いが命の方が大事だ。勝ち目のない戦いなんかできるかー! だいたい来週の金曜、俺は彼女とデートなんだー!!と捨てぜりふを残して全員消えた。たぶん、まだ勝ち目のありそうなスケルトンの方に向かったのだろう。正解である。無駄に命を奪い、捨てるのは最悪の行いという考え方が徹底している街なのだが、今の状況に置いて最も的確な考え方であろう。
 かわって戦場に現れたのは、このクソ暑い中黒ローブを着た変態さん。もとい、第三新東京市が行くたびかの侵略戦争や魔物の襲撃を跳ね返した理由の一つ、他の都市国家にも知れ渡っている魔法を操る魔法兵団だ。全員が戦士としての訓練を受けており、なおかつ火球を使えるくらいの技量を持つ魔法使いでもある。
 彼らも目前で暴れ狂う巨人を見てさすがにひるむが、ぐっと杖や意匠を彫られた短剣を持つ手に力を込めると、お互いに檄を飛ばし合う。


「行くぞ、ゴーレム一体が何するものぞ!!」
「「「「押忍ッ!」」」」


 彼らは口々に怪しげな言葉を唱えはじめ、精神を集中させる。そうして一種のトランス状態にいたり、神秘なる物理法則に干渉する力を発動させた。彼らの口から漏れる力ある言葉、言霊のもつ不可解な力により現実が揺らぎ始めた。普通の空気が高熱を帯びて火球を生み、高速回転する磁界を生み出して雷撃を指先からほとばしらせる。
 花火大会のような光景が避難する市民の目の前に広がった。

「氷の飛礫よ、ほとばしれ!」

「炎よ、我が剣となれ!」

「雷よ、落ちよ!」

「大地よ、怒りの顎を開け!」


 閃光が走り金属の巨人ことウィンダムの表面に爆発が生じ、あるいは氷の塊が鉄槌のような勢いで轟音とともに命中した。その轟音は街の反対にいた別の警備兵の耳にさえ届く。マユミに比べればずいぶん拙い詠唱だったが、さすがに高い給料を取っているだけある。さらにウィンダムの足を捉えようと地面が激しく波打ち、グワッと牙のような物を剥き出しにして足首にかぶりつき、とどめとばかりに魔法兵リーダーの手から雷撃がほとばしった!

 虹色の閃光が走り、何とも言えない不燃物を燃やすような嫌な臭いが立ちこめた。凄まじいスパークが周囲を眩く照らし、その場にて戦っていた者、野次馬も含めて一時的に視力を奪い去る。野次馬達は目を覆いながらも、おおっと歓声を漏らした。最大最強の一斉攻撃をあび、蒸気を噴きながら巨人の動きが止まっていたからだ。

「やったか?」

 野次馬の歓声に心地よさを感じながら、魔法兵達はじっとゴーレムに視線を集めた。確認するまでもない。たとえ巨大なゴーレムであろうと、10人以上の魔法使いの一斉攻撃をあびたのだから。動けるはずがないのだ。


 普通のゴーレムなら。


「オオオオオォン!」

 煙が晴れたとき、彼らの目前には平然と突っ立つゴーレムの姿があった。傷一つなし。それどころか古いメッキが剥げて、その下からピカピカした新品のボディが見えていた。
 魔法兵のリーダーが杖を取り落とし、愕然とした表情で言葉を漏らす。

「なっ!? 馬鹿なっ!!あの攻撃に傷一つ…。まさか対魔法処理が施され…」

 彼の言葉は途中で遮られた。
 いきなり角の根本から橙色の光線が発射されたからだ。

「そ、そんなんありか!?」

 あり。

 悲鳴をあげて魔法兵達は逃げまどった。
 爆発音をBGMに暴れる傷一つないウィンダムの前に、魔法兵達の驚愕の声がむなしく響き、市民の口から一斉に役立たず、税金泥棒と罵声が飛んだ。









「なかなか上手くいってるようだな。今の内に…」

 街を見渡す白い塔の頂上部に、遠くで起こる騒動を目を細めて見ている男がいる。元が何という動物か不明の黒皮鎧を着て、その上から黒いマントを纏った男だ。精悍だが少ししまりだらけた顔、そり残された無精髭、マント共に風になびく馬の尻尾のような髪を確認するまでもなく、スケルトンを呼びこの混乱を生み出すことに一役買った男、加持リョウジである。

(あの人が出てくる前に急いで特異点の確認をしないとな。ダミーか、あるいはアダムか)

 …そう。
 居ないと思うがあの人が居たら、まかり間違って出会ったりしたら、お互い非常に気まずい思いをすることになる。それどころか、たぶん戦いになる。いくら妹を助けたいからとか言っても、あの人は納得してくれないだろう。自分が不幸だからと、他人を不幸に巻き込むことは良くないと言うに決まっている。弟のような存在の彼であっても、容赦なくお仕置きする。いや、本当の姉さんみたいなあの人は確実にお仕置きする!!

 冗談じゃない。

(今は、目の前の問題にだけ集中しよう)

 軽く目を閉じると、どうやってそこにいたのかさっぱり分からないが、唐突に加持の姿が塔の上から消えた。

 シュン

 軽く空気を裂く音がし、ほんの一瞬遅れて彼が元いた場所からそう遠くない路地の上に姿を現わした。
 移し身の術(テレポート)だろうか?
 否、塔に残るブレーキ跡のような黒い汚れから判断すると、単に高速で移動しただけのようだ。それにしても驚異的な運動能力と言えるだろう。見た目は中肉中背だが、実際の筋力、耐久力はいかばかりか。息一つ乱していない加持は、しばらく通りの先をじっと見つめていたが、やおら一点を目指して走り始めた。豹や馬の走行速度を上回る風のような速さで。疾風とはまさにこの事だろう。
 不死身のリョウジ、別名『韋駄天の加持』。浮気がばれたとき逃げるために鍛えた足は、水の上でも走ることができるという。技術の無駄遣いという気がしなくもない。
 ともあれ、ほんの数分の後には彼は目的の場所に到達していた。軽く服に付いた埃を払いながら、加持は何でもないみたいに目の前の屋敷に目を向けた。

「ここか…」

 そこは一軒の豪奢な屋敷の前だった。貴族街の中心に近いと言うことだけでも、その屋敷が豪華極まる物だと言うことは想像がつくだろう。大理石の柱が並び、金と象牙、青銅細工の飾りがなされた門が堂々と訪問者を出迎えている。見た者が相応の財力を持っていなければ、余計な劣等感を感じずにはいられない。そんな屋敷だった。

「金持ちって奴はどこの世界も一緒だな…」

 じろじろと門を、屋敷を見ていた加持は心当たりでもあるみたいそう呟いた。ちょっと顔が歪んでるのは、不快なことでも思い出したからだろうか。門扉につけられた表札の名前を見て、ぎょっと驚くと同時にやっぱりなと納得した顔をする。しばらく考え込んでいたが、迷っていても仕方がないとばかりに門の内側をのぞき込んだ。
 砂漠の中の街だというのに、庭の中にはちょっとした大きさの噴水があり、今もちょろちょろと水を溢れさせ、樋を伝って流れる水が庭の中の草木に潤いを与え続けている。綺麗に刈られ、計算されて配置された木々の間に彫刻や自然石が飾られ、平べったい石畳が奥の建物の玄関に続いていた。
 門から玄関まで2〜3kmあるというどっかの金持ちほど凄い邸宅ではないが、それでも充分に大きな邸宅だ。門の趣味は悪いが庭の趣味も良い。どこかで見たような作りの庭だったことが気になるが。


「それじゃ、行きますかね」

 呟いた瞬間、加持の姿が消えた。超高速移動で敷地内に侵入したのだろう。
 だが次の瞬間!


「うぎゃああああああああっっっ!!!!!」


 男の聞き苦しい悲鳴が響き、同時に空中に紫色の雷がほとばしり、そしてオゾンのきつい臭いが辺りに立ちこめた。そして黒い影が何もないはずの空中に浮かび上がる。全身からぷすぷすと焦げ臭い煙を立ち上らせ、髪の毛の先端を少しカールさせている男だった。言うまでもなく、格好つけて飛び込んでいった加持だ。

「な、なんでこんな所に魔法の罠が…」

 油断大敵事故の元。
 それもトラックと正面衝突並に凄い事故だ。高レベルの魔法の罠、サンダー・ウェブ(雷の蜘蛛の巣)。いかに最強のアンデッドの一種『デュラハン』の加持でも、これはかなり効いた。本当に涙が出るくらいに。

「ぎゃ、ギャグか? ギャグになってしまうのか…?」

 痺れる口を酷使しながらも、加持はかろうじてそれだけを呟いた。そんな無様な加持の方にパタパタと足音も軽やかに小柄な影が走り寄る。


 ちなみに、門にはこう書かれていた。


「碇」

























「美少年…じゃなくて特異点はどこかしら〜?」

 のんきに鼻歌を歌いながら街路を歩くのは、セクシーダイナマイト! という言葉が似合いすぎる黒髪の女性、乳のでかさに定評のあるゼーレ特殊部隊の一人『月光牛のミサト』だ。実は将来を誓い合ったステディであらせられる、不死身のリョウジこと加持が罠にかかったゴキブリみたいに痙攣して事も知らず、なんとものんきである。まあ、知ったところであまり変わらないかも知れないが。


 そう言う人だから。


 加持と違い、彼女は数歩歩いては手に持ったコンパクト型のレーダーをじっと見つめ、方向を確認してまた数歩歩いては、コンパクトを確認していた。加持やリツコのように魔法に精通していないため、生身で魔力感知ができないからだ。だが彼女はリツコ特製の魔法のコンパクトがある。それで先ほどから始終コンパクトを確認しては周囲を見るということを繰り返しているのだった。しかし歩みは遅くとも堅実な方法がもっとも効果的な方法とも言える。彼女は確実に特異点に近づいていた。

「思ったより簡単にいきそうね。ん〜、これならお持ち帰り用に美少年を漁る暇くらいありそうな…」

 なんかもの凄く、人としても魔物としても間違ったことを言うミサト。警備兵の皆さんはスケルトンよりも、ゴーレムよりもこっちをどうにかするべきじゃなかろうか。いや、マジで。
 実際の所、ただの人間である警備兵諸君が彼女の目の前に立ちふさがろうものなら、遙か背後で粉々になった城壁のようになっているだろう。悪の組織の一員とは言え基本的に善良な彼女だが、敵となった者には容赦はしない。

「おっと、馬鹿言ってる間に特異点に到達!
 さぁて、一体どれが、それとも誰が特異点なのかしら…?」

 てな事を言ってる間に、彼女は目的の場所に着いた。
 彼女もまた加持と同じく目的地…住人の避難場所になっているらしい喫茶店の前にたどり着いた。珍しく、石できっちりと作られた大きな喫茶店である。だからこそ避難場所に指定されているのだろう。
 一回、二回とコンパクトと喫茶店とも何度も確かめる。
 間違いない。
 ミサトは100歩ほど離れたところから、全てを見通すような視線を喫茶店に向けた。目的のブツが人か物かは分からないが、喫茶店の中に存在していることは確かなようだ。薄暗い室内は少し見にくかったが、その障害もミサトが能力に集中した途端に消えてなくなる。それどころか彼女の視線は石壁をもすり抜けていく。

「おっと、結構いるわね。ひのふの…。う〜ん、可愛い男の子はいない…おおぅっ!?」

 特異点が見つからないことより、美少年がいないことにミサトは残念そうな顔をする。任務とか目的という単語が抜け落ちている気がするのは何故だろう。
 と、唐突に彼女は叫び声をあげた。加持のように何かの罠に引っかかったのか?

「嘘!? ホント!? 本当にあんな子実在するなんて!
 犯罪的な素晴らしさだわ!
 あれよ、あの子よ!あの子こそ、私の理想よ!」



 全然違いました。


 気がふれたみたいに鼻息荒くする彼女の目は、一人の少年の顔に激・固定!
 血圧、脈拍、ドーパミン濃度激しく増!
 白目に血管が走って危ない妄想に突き進んでること間違いなし!


「くぁああっ! どう見ても16歳前後なのに、10歳前の可愛さを残してる!
 それだけじゃなく、あんな風に怯えてフルフルした不安そうな目…。お姉さん我慢できないわよ!
 なにより、あの女の子と見まがうくらいの綺麗な顔! きっとすね毛とかそう言う類の毛もないわ!
 いいわぁ〜。もう今すぐ抱きしめて、この胸ではさんで色々して、甘えさせてあげたいくらい! アダムなんて後回しよ!」

 そしてとても懐かしい感じがする。
 体の芯から発生する高ぶりと不思議な感情に身悶えしながら、ミサトは本当によだれを垂らして舌なめずりをする。まず肉欲らしいが、その姿はどこに出しても恥ずかしい痴女だ。
 今更言うまでもないが、ミサトがよだれを垂らして見つめる少年とは、

「一体、何がどうなったんだろう。マユミさん、大丈夫かな…」

「姉さんより、ワシらの心配した方がええんとちゃうか?」

「俺もそう思うぞ。でも、オヤジ無事かな…」

 シンジとおまけ達だった。
 そしてミサトは気付かなかったが、彼女のカバンの中で、コンパクトはピコンピコンと電子音をたてながら特異点反応について警告を上げ続けていた。コンパクトは、特異点がまさにシンジであると告げていた。













「ふぅ、ここね」

 加持やミサトのように非常識な運動能力こそ見せなかったが、確実に、堅実にリツコは目的地までたどり着いていた。地味に歩いてきただけに思えるが、実のところ騒動に巻き込まれないよう神秘の霧に身を隠してきたのだ。これの中にはいると、特殊な視覚を持たない生物は方向感覚から何まで、完全に失ってしまう。それはつまり、リツコが普通ではない能力を持っている証明でもあった。

「鈴原武器店……ね。捻りも何もない名前だこと」

 だがこうして傍目から見てると、白衣を纏った金髪黒眉のお姉さまにしか見えない。理知的な光を宿した瞳が素敵♪
 んでも武器屋の名前に捻りを持たせてどうする?って気がして、そこはかとなく天然っぽいかもと思わなくもない。科学者ってのは専門外のことは一般市民よりも抜けてるものだし、それで普通なのかも知れないけれど。





 遠くの喧噪を耳にしながら、リツコはタバコを取り出すと慣れた手でそれをくわえ、指で軽く先端をはじいた。指先から小さな放電が発生し、タバコの先から紫色の煙が立ち上る。フィルター越しに口内に充満する煙を深々と肺まで吸い込みながら、リツコはじっと目前の建物を見つめた。
 築30年は軽くすぎているだろう。壁はヒビだらけで完全に日に焼け、おまけに砂の浸食に削られボロボロになっている。塗装されたり張られたビラ広告の後なども見苦しい。とどのつまり、どこから見てもただのボロ家にしか見えない。

(いったい、この薄ボロな武器屋に何があるのやら)

 住人が聞いたら大きなお世話だと声を大にして叫びそうなことを考える。まった大きなお世話である。
 まあ、外から眺めた限り品揃えは結構良さそうだ。と一応フォローをいれたりした。

(あれはユーツ鋼の剣と鎧ね。まさかまだアレを扱える職人がいるなんて。あの槍は埃をかぶってるけど、間違いなく魔力を帯びた槍…。見た目に反して、ここなかなかの優良店だわ)

 専門外のことだが、ちょっと感心する。
 今の世の中、真面目に大儲けしようとするなら数打ちの大量生産の武器を並べるものなのに、この店は頑固に昔ながらの職人の品を並べている。それにつき合いのあった冒険者か何かが持ち込んだ武器なども。普通ならボッタクリの代名詞と言われる、全国チェーンのなんでも屋に売りそうなものだが、この店はきちんと自分の店で扱っている。普通にそこらの呪い師に魔力を付加してもらった武器とかは一つも並んでいない。それにただ武器を並べてるのではなく、使い手のことを考えて置いてるようにも見えた。

(きっと頑固な一昔前のお父さんが店主ね。べらんめぇ!とか言うのかしら?)

 気が合うかも…。
 益体もなくそんなことを考え、リツコは頭を振って気を取り戻した。だが武器を見てるだけでなんだかウキウキしてくる。すぐ考え込むのは自分の悪い癖だと思うが、今更治そうと思っても治せるものではない。とりあえず、仕事はきちんとしましょう。開き直りながらもリツコはそう決心した。

(まあ、考え込むのはこれくらいにしときましょ。どっちにしろ武器とか防具とかは私の専門外で、しかも使えないものだし)

 前髪をそっとかき上げると、リツコは視線を改めて鈴原武器店に向けた。そしてゆっくり、一歩、二歩と足を進め、入り口から店の奥の暗がりをのぞき込んだ。鉄と錆、錆止めの油の臭いがし、一瞬リツコの鼻が詰まる。敏感すぎる鼻が少し恨めしい。少しひるんだが、リツコは表情を変えることなく叫んだ。

「すみませ〜ん、どなたかいらっしゃいますか〜?」

























『時田課長、内線009番に魔法通話です』

 その放送が流れた瞬間、避難準備を進めていた農業課課員の間に一斉に緊張が走った。その場にいたただ一人を除き、全員の視線がある一点に露骨に集中する。その目に浮かぶのは、疑惑、諦め、うんざり、もう勘弁してよ、はふぅおふぅ、いやーんな感じ…。

「あー、みんなすまんが各自の持ち場を頑張ってくれたまえ。私は急用でちょっと席を外す」

 視線に耐えきれなくなったように、みんなの視線を独り占めしていた男は立ち上がった。少し苦労性のような、それでいて理系特有のねちっこさを持った、まあ平凡と言えば平凡な中間管理職の男。オールバックにした頭もちょっと薄くなって、そっちの方の視線も痛い。
 しかし、その声は渋いことこの上ない。

「は、はい課長。お気をつけて」

 一人の女子課員の熱い視線を背中に受けながら、男…農業課課長、時田シロウは靴音も高く部屋を飛び出していった。そのステップ、腰や手足の動き…。さながら歌手のように軽やかだ。

「ああ〜ん、課長、素敵…」

 ただ普通に走って出ていった風にしか見えなかったが、その女子課員にはたまらなかったのだろう。真っ赤な顔を更に赤くしながら、膝から床にくずおれた。あわてて彼女の横にいた別の女子課員が背中を支えるが、すぐにうぇっと顔をしかめた。


「ちょっとハーディンさん、あああ、またイってる…」

 イってしまった同僚の顔というのは、なんとも見ていて辛いです。勘弁して下さい。

 あっちに行きかけながらも、その女子課員はそれだけ思い、なんて趣味悪いのと、とどめに付け加え、満足したのか完膚無きまで完全にあっちの世界に飛び立っていった。






 一方、そんなことになってるとは露も知らない……と言うか知ってたら嫌すぎ。とにかく、時田はひたすらに廊下を走っていた。途中、すれ違う職員達はいつになく真面目な時田の顔と、先ほどの館内放送から全てを理解し、黙って道を開ける。関わり合いになりたくないし。

 そのまま時田は誰も知らない通路の秘密扉を押し開け、さらにその奥の秘密の通路をひた走る。やがて、彼の目の前に鉄の扉が見えてきた。だが彼はなおも走る。そして彼の目の前に、言葉では表しきれないような威圧感をもった扉が現れた。

「私こそ、第三新東京市を守るために組織された、秘密戦隊隊長兼隊員!
 シグナル時田! トゥッ!」

 普通の人間なら数人がかりで押し開けないと行けないような扉を、軽々と片手で押し開け、そのまま勢いを殺すことなく扉の向こうの空間にダイビングする時田課長、あらためシグナル時田!
 時田が落ちていく暗闇の中…。
 闇の底には、にぃっと歯を剥きだして笑う巨大な鉄の顔があった。

「待っていろレッドアローン! じゃなくてJA!!」




















「ふっ、彼が出撃したようだ」

 市長室から街を見下ろしながら、髭が立派な市長はそう呟いた。ぷっはぁと満足そうに葉巻の煙を吐き出しながら、謎の地震で揺れる市民公園を見る。彼の背後で、骨の髄から太鼓持ちといった感じの副市長が追従する。

「はい、市長。たった今、直接以外で確認しました」
「ふっ、そんなものここから見れば一目瞭然だよ」
「かつての最強のバウンサーとして世に名を馳せた、シグナルマン、またの名をマシンガン時田のバトルを見ることが出来るとは、私達は運がいいですね」

 この日何本目の葉巻かはわからないが、まだほとんど吸ってない葉巻を灰皿に押しつけると、市長はただでさえ妙な顔を、陰謀をたくらむ悪代官のように歪めた。

「だが彼が戦えば街の被害もウナギ登りだろうな。もっとも、すでに対策は考じているがね」
「さすがは市長。完璧ですね」
「当然だよ、君。でなくては、あんな無茶な女がいるこの街で市長など続けていられんよ」

 対策…つまり、別の市の保険業者に街が魔物などに襲われたときの被害に対する保険を掛けているのだ。
 だが彼は後に自分の見通しの甘さに顔を青くすることになるが、今はただ満足げな笑みを浮かべていた。
 そうこうするうちに地震はドンドン大きくなり、遂に謎の地震は公園全体を揺るがし、それによって生じた亀裂が公園の中心部を縦に切り裂いていく。
 そしてその地割れの中から、ウィンダムと比べても遜色のない大きさの巨人がゆっくりと地上へと迫り出していくのが見えた。

「ふっ、第三新東京市の守護神JA。私も動くところを見るのは初めてだよ。果たしてどの程度の力を持っているのか…」

 市長はにやりと唇を歪めると、起動するJAとその進む先にいるウィンダムを舐めるように見つめた。かつては厄介者だったJAだが、こうなると頼もしい。
 彼がニヤリと笑ったのを合図に、第三新東京市の4カ所に変化が起こった。
 炎が、雷が、光が、鋼と鋼の火花が激しく渦巻く。

 いまここに、4っつの戦いが起ころうとしている。

 加持 VS 謎!
 シンジ&おまけ達 VS ミサト!
 リツコ VS 謎2!
 ウィンダム VS ジェットジャガー…じゃなくてJA!


 はたしてどうなる!?



続く






初出2002/04/04 更新2004/09/12

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