さて、時間は少しさかのぼる。加持がマユミと戦いを始める数分ほど前にだ。 2人が運命的な出会いをする碇邸から幾ばくか離れた別の場所では、それに優るとも劣らない激戦が始まろうとしていた。アレだけど。 刺激的なスパイスの匂いが混じった、砂埃混じりの乾いた風が吹く中、彼女は不敵な笑みを浮かべながら道の真ん中に立つ。第三新東京市の人間から見れば、ずいぶんと異国情緒漂う姿をした彼女は、じっと石造りの建物を見つめた。造られてから何度太陽の光に焼かれたかは判然としないが、しっかりしたつくりの建物は、鉄を食らう黒竜の背骨のように頑丈であった。 しかし、物理的な強度がなんだというのか。彼女にとっては石の城壁も砂の壁も同じ様な物だ。 「はーい、少年達ー♪ お姉さんと一緒に遊ばなーい?」 むやみやたらと胸をぶいんぶいんと揺さぶりながら、黒髪の女性 ── 言うまでもなく加持達と共に第三新東京市に戦争を仕掛けたミサト ── はそう宣わった。 口調だけだと、まるで気さくな、生徒と友達みたいに接する女教師という感じである。 だが、そう声をかけられてる少年達…すなわち、建物の中に籠もる少年達は誰一人として応えない。脅えたような目で、あるいはサーカスが連れて歩く異国の動物を見るような目で、黒髪の女性を見つめていた。風が彼女の髪をもつれさせるだけで、ビクリとしながら。 「無視…か」 不機嫌そうにその女の額にしわが寄った。 彼女の想像では『わぁー♪』と歓声を上げながら美少年達が駆け寄ってくるはずだったのに。随分と自分勝手な考えだが、そうはならなかったわけで腹立たしいことこの上ないのだろう。その目に些か凶悪な光が火打ち石の火花のように灯る。だが、少年達に当たるのは酷と言うものだろう。彼らだって、原因は彼らでなく、彼女にあるのだから。 「なんで…なんでこの私のお誘いに乗ってこないのかしら?」 眉をひそめて彼女は疑問で心を満たす。こう言っては何だが、彼女は非常に魅力的な女性だ。 無駄な贅肉のない引き締まった体は鹿のよう、それでいて水蜜桃と言うにはいささか大きい胸と腰がこれでもかと少年達を誘惑してるのだが、一向に少年達に動きは見られない。しかも色々、そう、色々お姉さまに教えてもらっても後腐れなさそうだというのに。 (なぜ、誰も?) 彼女の疑問にずばり答える。 一言で言うなら、青臭いリビドー全開の少年であっても躊躇せずにはいられないほど、彼女は怪しかったからだ。どう怪しいかは後述するとして、10人中10人が今の彼女を見たら、驚愕に顔を歪めて一瞬動きを止めることだろう。 もちろん、彼女はその事実に気付いてはいない。 もしかしたら、自分のアピールが足りないのかも知れない。もしくは、性的に抑圧されている地域の少年達だから、どうにも一歩を踏み出す勇気がないのかも知れない。この地では女性に処女を求めると同時に、男性にも童貞を求める。 都合良く彼女はそう判断すると、無意味に胸を反らしてより暖かみのある笑みを浮かべた。 「あ、そうか。あんまり私が美人だから躊躇しちゃってるのね。 しゃーないかー。こーんな干からびた砂漠みたいな女の子と私を比べるんだからねー♪ おーい、15歳以下の男の子には特にサービスしちゃうわよん!」 勘違いしてるミサトはひとまず置いといて、彼女の格好を改めて説明しよう。 まず上着についてだが、材質不明の黒いシャツを着て、その上から少々大きめの赤い長袖ジャケットを羽織っている。赤色…血を連想させるその色を身につけるのは、普通死と最も身近な軍人達だけ。この時点で彼女は近寄りがたい雰囲気を持っていることになる。 「サービスするって言ってるでしょー!? どしたー元気がなーい!」 そう叫びながらミサトが軽くジャンプすると胸が揺れる。ボタンを留めているわけでなく、羽織っているだけのため、加えて手をぶんぶん振るだけでもこれでもかとばかりに胸が揺れる。整った形、盛り上がり具合から、ブラジャー等を付けているはずだが、それでもこれでもかとばかりに彼女の胸は揺れ狂った。こう、ブルルンと。 そう、彼女の胸は、スタイルは布切れ一枚二枚じゃ隠せないくらいにダイナマイトだ! そして砂漠の女性には珍しいスカートをはいているのだが、これが膝から少し上までしかない、お尻の形がハッキリ分かるタイトなミニスカートだった。艶めかしい足は太股からふくらはぎまでが剥き出しで、その白い、産毛も生えていないような生足は青臭い少年達の熱いパトスをいたく刺激する。 彼らがドワーフに腹を殴られたように、苦痛(?)の悲鳴をあげて前屈みになることは誰にも責めることはできない。至極当然の事柄なのだから。 しかしながらよその地域なら諸手をあげて歓声を上げるんだが、彼女の姿は少々ストイックで現実的な人間の暮らす第三新東京市では歓声を上げる前に、不自然すぎて怪しすぎた。美味しい話には裏がある。ミサトのサービス満点の色気が匂い立つような肢体もまず疑う。それが彼らの考え方だ。 胸の谷間に挟まれて窮屈そうに揺れる、異教のシンボルである十字架のペンダントも見逃せない。 だが、以上のことは全て些細なことだ。本当に問題な事柄に比べれば。喩えるなら鯨と蟻くらいも大きさが違う。 そう、本当に問題なのは、興奮して変化が一部解けたのか彼女の頭から生える一対の湾曲した角。 小ぶりで小さいが角は角だ。 これさえなければ、ちょっと変なお姉さんですんで彼らも近寄ったかも知れないのに。 シンジ達がなんてナイスバディのお姉さんなんだ! そう思いながらも、近寄る気になれない理由が分かって貰えただろうか。 そわそわとしながら、トウジがシンジ達の方を振り返る。もう何度目かわからない。 「シンジ……まだ手を振っとるが、本気でワシらと遊ぶだけなんかな? せやったら、ワシちょっと」 「馬鹿言うなよトウジ。どっから見てもミノタウロスのお姉さんじゃないか。近寄ったら食われるぞ」 色んな意味でな。 怪しい怪しいと思いながらも、ミサトの扇情的な体とお誘いにトウジは思いっきり揺れた。なんか心情的に抵抗できない声なのだ。それに、シンジのさりげない自慢話に辟易していた彼だが、そのおかげで多少は男女の営みという物に興味を持っている。腰が風の精霊のように軽くなるのも当然か。 ワシ、お近づきになり行ってもエエか? とばかりにふらふら〜と腰を浮かせそうになるが、すぐさまケンスケが止めにはいった。腰に肩から当たるタックルをお見舞いし、トウジを残飯とかがそこらにこぼれている汚い床に転がし、素早く馬乗りになると、誘いに乗りたいのは俺もだよ、馬鹿野郎!と首筋を掴み、顔をしかめて血の涙を流しながら必死に親友を押さえ込む。 やるときは2人一緒だろぉっ!! お前だけ捨てるなよ!! とは言うものの、それでもやっぱり誘いに乗りたい。それはシンジもだ。マユミのサイズもなかなか…いや、かなり良いと言えるのだが、ピンク色の声で誘いを掛けるミサトはもっとスタイルが良かった。単に体が大きいから相対的に大きく見えるだけかも知れないけれど、ともかく初めて見るタイプの女性の誘いにシンジの決意もぐらぐらしていた。 「早くぅん」 「「「…………っ!!!!」」」 小さい「ぅ」の部分でトウジ達の体の一部が激しく硬くなる。痛いくらいに。 だが、遺伝子を後世に伝えることより、生命保存という最大の欲求に従い、理性は欲望を強く押さえつけた。彼らは博学とは言えないがそれでもメジャーな魔物は、初見であってもだいたいのところ名前くらいは分かる。 ミサトの頭から生えた白い角は砂漠では珍しい生き物だが、牛の角だと言うことはハッキリ見てとれた。半人半牛の魔物。古今東西、牛の角を持ったヒューマノイドと言ったら、真っ先に思い浮かぶのは海を挟んだ向こうの国に生息すると言われるミノタウロスだ。 曰く、人と神の牛との禁じられた交わりによって生まれた身の丈4丈(約3.2m)に及ぶ牛頭牛足の巨人なり。両手斧をよく武器として用いる。その情、暴虐にして冷酷。少年少女の肉を好み闘争を愛す。 要約:人を食う ここまで分かっていて、近寄るわけがない。 「……なんで誘いに乗ってこないのかしら? 私に魅力が足らないわけないし」 問題は魅力云々ではないことが分からない頭が暖かいミサトは、困った顔をしながらどうしようかと腕を組んだ。頭の中でこれからどうしようかと脳味噌絞って考える。 出てこないなら、無理矢理にでも出させてみようか。無理矢理って言葉がなんかそそるわ〜。 いやいや、でもやっぱり。でも、昔誰かが言ってたような。 鳴かぬなら、殺してしまえ…じゃなくて鳴かぬなら、鳴かせてみせようなんとかかんとか。 というわけでミサトは何とかすることに決めた。 彼らが籠もる家を壊すことは簡単だ。 だが、それで目当ての少年が傷ついたら…いや、最悪死にでもしたらまったく意味がない。さすがに死体と遊ぶ趣味はないのだ。 鳴くまで待つか…つまり、痺れを切らして出てくるのを待つか。そうしたらだいぶ時間がかかることだろう。そこまで彼女は気が長い方ではないし、そもそもそんな時間を掛けていられない。 ミサトは炎天下の中悩んだ。 考えてる間にも、他方では加持とリツコも活動を始めている。爆音や悲鳴、鋼鉄の足が地面を踏みしめる地鳴りが耳に響く。天空高くに昇った太陽は予定時間が過ぎている事をはっきりと物語っている。いつまでもぼんやりしていたら加持はともかく、リツコがやんなるくらい嫌味をいうだろう。 これでもか、もっとか!? もっとかぁ!?とばかりに。 リツコの嫌味は常に正論で一言も言い返せない類であるため、とても精神的にきつく勘弁願いたい。それはまだいい。だが任務をほったらかして美少年を漁ってたとかキールのおいちゃんに知られでもしたら、給料カット…は罰としては軽い方だろう。間違いなく、禁酒1、いや3ヶ月とか言われてしまう! 美少年や無精髭のにやけた男、戦いを愛する彼女がそれ以上に愛しているのが酒だ。 彼女にとって、禁酒とは死ねと言われたのと同義だ。 ミサト好みの美少年 VS リツコの嫌味+禁酒3ヶ月 激しくミサトの心の天秤が揺れ動く。 動かないで下さい、頼むから。 (妄想) なぜか素っ裸のミサトがこれまた素っ裸の美少年(実はシンジ)を優しく抱きしめている。 不安げに、そして恥ずかしげに彼女の腕の中のシンジはミサトの顔を見上げた。体にピッタリと押しつけられたミサトの胸の感触に頬を上気させシンジが潤んだ目をしてミサトの顔を見つめる。ミサトも彼の不安げな、自信のなさそうな愛撫に応えるようにそっと彼の額に口づけする。お互いの吐く息が2人の肌を撫で、彼の柔らかい産毛が揺れた。 「ぼ、僕…初めてだから何もわかんなくて…」 「うふふ、全部お姉さんに任せて君はここだけ硬くしてればいいのよん。 ほら、柔らかいでしょ?」 何をしてるのかは謎だが、シンジの顔が真っ赤に染まる。 「あああ、そ、そんなお姉さんの胸でそんな…こと…あぅ」 「くす、女の子みたいな声ね…。もっとお姉さんに聞かせて」 急に場面が変わり、真っ暗な空間に一人ミサトは立っていた。 これぞ無意味に人を不安に陥れる、ゼーレ弾劾裁判だ! 暗闇におののく彼女の前に、突然白衣を纏った金髪理科教師……じゃなくてリツコが軽蔑しきった表情で現れた。その眼差しには親友としての思いやり、優しさなどは微塵も見られず、ただ汚物でも見るような冷たい光が浮かんでいた。 「ショタ、クズ、アル中。 生活無能者のくせに甘い夢見てるんじゃないわ。無様ね」 リツコが消え、かわってしかめっ面のキールの姿が現れた。猫背気味の小さな体を精一杯に伸ばし、その姿形からは裏腹に強大な圧力を伴った怒りがミサトに向けられる。怯んだミサトが後方に蹌踉ける中、バイザーが不敵に光る。 「禁酒3ヶ月」 遠くで魔法の物らしい爆音が聞こえた瞬間、ミサトは腹を決めた。 もう考えていられない。今の爆発音はリツコか加持か、どっちかが交戦状態になった証拠だからだ。音の感じからして魔法らしいから恐らくリツコだろう。 シンジを確実にモノにしたいのなら普通に突撃して、ゆっくり攻略するのが正解だろうが、そうすると抵抗もかなり激しい物となるだろうし時間もかかる。最悪、攻撃している間にユイがやってきたりしたら…。 それだけは何がなんでも避けなくては。 今時間の砂時計の砂一粒はダイアモンドの粉一粒より貴重だ。 もの凄く惜しい。もの凄く惜しいことになるかも知れないが…。 「やむを得ないわ…」 やむを得なくないって天の声が聞こえた気がするが、もちろんミサトは無視だ。 ミサトは緊張した面もちで胸のペンダントをぎゅっと握り、魔力を掌に集中させて偽りの姿をとっていた武器に本当の姿を取り戻させた。ミサトの手から発せられる魔力を、血を吸う蛭のように吸収して、小さな十字架は見る見るうちに大きくなり、同時に形と材質が変化していく。 数秒後、ミサトがぎゅっと握りしめているもの…それはもう十字架ではない。 石突きから先端までの長さが3mはありそうな巨大な戦斧、ミノタウロス一族に伝わる必殺兵器ムーンアックスに変わっていた。 山をも砕くと称された破壊兵器だ。 「お願い、死なないでよ…」 自分の身長を超える巨大な武器を大きく振りかぶりながら、ミサトはそう呟く。 ミサト好みの美少年…彼は死ぬかも知れない。 だが、この程度のことで死ぬような奴は、いくら美少年であっても私の胸で甘える権利はない。でも、やっぱり死なないで欲しいなー、みたいな。どこぞのコギャルみたいなことを呟きながらミサトは意識を斧に集中させる。 振りかぶった斧の刃が白く、眩く輝き始めた。 ビロードの夜空に浮かぶ三日月のようなムーンアックスの刃が、微かに震える。 主であるミサトの魔力に呼応し、彼女の甚大な力を吸い取り、それを刃の内に溜め込み始めえう。過剰なまでに集められたエネルギーが僅かにもれ、刃を発光させ、そして不気味に唸る。吸血鬼のようにミサトの力を吸い取り、破壊の力に変換する恐ろしの武具ムーンアックス。普通なら、握っただけで普通の人間は立つことができないほど疲労してしまうだろう。 だがミサトの力は斧のキャパシティをも越えていた。 常人なら5,6人まとめてミイラになるほどの力を吸い込まれても、ミサトはしっかりと自分の両足で立っている。だからこその主と言うべきか。 唇を噛み締め、真剣な目でじっと目標を見つめるミサト。 形(なり)こそ人間のようにも見えるが、やはり彼女は人とはまったく違う存在と言えよう。 だが故にこそ、近接戦闘にしか使えないはずの斧で、彼女は遠距離戦を行うことができるのだ。 限界まで魔力が斧に貯められていく。 刃部分が固体であることができなくなり、かといって気体にも液体にもなれず不気味に踊り狂う炎のような形状となった。もっと科学、物理学が発達すればそれがプラズマと呼ばれる状態に酷似していることがわかるだろう。最大数十万℃にも達する高熱の霧となっていることが。 触れた物を老若男女、無機物有機物の違いなく爆ぜ飛ばす純粋なエネルギーの炎だ。喩え魔獣の代名詞、無敵の生物ドラゴンであっても、中途半端な若竜なら一撃のもとに討ち滅ぼされるだろう。 壁を壊すだけにしてはいささかエネルギー量が多すぎるようだが、それには訳がある。ともあれ、準備はできた。 斧を体の中心線に対し垂直に構えると、ミサトは大きく息を吸い、吐いた。 (目標、前方の家屋) そして、ミサトはすっと目を閉じると、微塵の迷いもなく斧を振り下ろした。 「月震!ムーンクリスタルパワー!」 両手を真っ直ぐに肩まで伸ばし、大きく頭上に振りかぶった瞬間、刃部分から陽炎のように立ち上っていた破壊のエネルギーが解き放たれた。無形のエネルギーが大きく彼女の頭上で渦を巻き、声にならない無音の叫びをあげて空間を引き裂く。魔力の気圧差とでも言うべきもので空気が雷のように轟き、大地さえものが戦くように激しく震える。 「必殺ルナチクス・ブレイカ───!!」 そしてミサトは斧を振り下ろす。既に原形をとどめてない刃部分が地面に激突した瞬間、純白の光が洪水のように周囲を染め上げた。目の眩む光の中を、解放されたエネルギーが竜の咆吼のように空間を揺るがせた。 三日月形をした破壊エネルギーは上半分を地上に出し、下半分は地面にめり込み、さながら陸を泳ぐ鮫の背ビレのように、扇形のエネルギーの塊となって大地を駆けた。 「な、なんて非常識な!」 「みんな逃げぇ!」 トウジとケンスケが地面をぶち砕きながら突き進む衝撃波に悲鳴をあげた。数秒後の素晴らしすぎる自分達の未来予想図に、半べそをかきながら両手で頭を覆ってへたり込む。あるいは無秩序に駆け出そうとするが…。 その時、それまで黙って何事か考えていたシンジが大声で叫んだ。 「だめだ、みんな左右に散って机の下に隠れるんだ!」 良く通る鋼のように鋭い一言だった。 普段、とても他者に命令を言うような少年ではなく、周囲にいた他の人間達も従ういわれはない。だが、その言葉は絶対的で、有無を言わせぬ強い何かがあった。 助かりたかったら従えと言う何かが。腰を抜かしていた者ですら、我知らず机の下に飛び込み隠れるほど強い何かが。つき合いの長いトウジ達はこんな時は逆らってもそんだと言うことがわかっているため、腰が抜けた幾人かを抱えて大急ぎで机の下に潜り込む。 シンジを含め、全員が机の下に避難したとき、衝撃波と伴った閃光は石壁に激突した。この前に分厚い城壁をも破壊したミサトの一撃だ。いかに頑丈とは言っても、家屋の石壁が耐えられるはずもない。熱したナイフでバターでも切るように、抵抗した気配もなく、一瞬で紙のように引き裂かれていた。 「ひっ!」 「なんやとぉっ!?」 「に、逃げちゃダメだ! 逃げたらもっとひどい目に遭う! 石壁を赤熱した液体に変えつつ、破壊の力はその勢いを殺すことなく壁の内側に突入した。 三者三様の叫びをあげつつ、隠れた場所すれすれにかすめていく閃光に、トウジ達はいやいやと首を振って泣き叫ぶ。 「ま、まだ俺は死ぬわけにはいかない───!! トウジの妹と(禁)するまではぁ!!!…がはぁっ!!」 条件反射的な動きでケンスケを殴り倒しながら、すぐ近くで輝く死の光にシンジ達は息を飲んだ。閃光は当初の予想を裏切り、反対側の壁を突き抜いて消え去ったりすることなく、室内に今だ存在し続けていた。部屋の中央でコマのようにグルグルと回転を続け、そのまま光に焼き尽くされるのかと、シンジ達は身を固くする。 いったいなぜだ? とトウジ達が怪訝に思ったとき、彼らの周囲から不吉な軋み音が聞こえた。驚きながら四方に目を向けると、建物の至る所が軋み、柱や梁がめきめきと悲鳴をあげている。壁という重要な支えを失い、自らの重さを支えきれずに崩れ始めているのだ。彼らが隠れている机は、飛び散った瓦礫ならまだ防いでくれたが、何トンもありそうな天井の崩落に耐えられるほど頑丈ではない。 シンジ達が崩れ始めた家屋の中で死を色濃く感じたとき、再び斧を頭上に掲げ、瞳を輝かせながらミサトが叫んだ。 ここが彼女の正念場! 「どおりゃ───!!!」 彼女の声に呼応し、室内で渦を巻いていたエネルギーの塊がいっそう眩く輝いた。ぐにゃりと形を変え、ただの球形からまるでウニのように光の棘を無数に生えさせた形状となる。室内にいた者はその棘の一本一本から、剣呑な空気をばらまかれているのが手に取るようにわかった。 見る者が見たら、それはウニなどではなくもっと恐ろしい……砲台だと言うことがわかっただろう。 月の光を撃ち出す、破壊の砲台だと。 「1つ残らず撃ち落とす! 月の精霊モチロンよ、私にちぃかぁらぁをををぉぉぉ───!!」 光がほとばしる! 呆けたような目をして、シンジ達はじっと目前の光景を見つめていた。タイトルを付けるのも馬鹿らしくなるくらい、なんとも信じがたい演目だ。 幾つかの冒険を行い、マユミと知り合った今の自分達であってもこれは刺激的な光景だった。 自分達の常識を凌駕した出来事が眼前にて行われる。その認めたくない現実に、シンジ達の耳に聞こえないはずの荒涼とした風の音が聞こえた。 光の棘が次々と連続発射され、落下する石の天井を粉々にうち砕いていく。喩え総重量が数トンに達しようと、ここまで粉々に砕かれれば小石の雨が降っているのと同じ事だ。岩だと堪らないが、石なら頑丈な机は支えてくれる。 「空に降る…光の雨だ」 シンジは心底驚き、呼吸を忘れて呟いた。 さながら光の雨が地面から空に向かって飛び立っているかのように見えた。光の雨は落ちてくる瓦礫を粉々にうち砕いていく。唖然とした顔でシンジ達がそれを見つめている間に、落ちてくる瓦礫はドンドン少なくなり、それに反比例して彼らの頭上に青い空が見えてきた。 「これでぇ──ラストぉ───!!」 ちゃっかり誰かのセリフを奪い取り、とどめとばかりにミサトは絶叫した。 その言葉を最後に、最後の瓦礫がうち砕かれる! うち砕かれた家の持ち主は堪ったものじゃないが、とにかく凄い。 さすがは某世界ではくさっても作戦部長。この抜け目の無さは(一応)メインヒロインだっただけのことはある。 「な、なんて無茶なお人や」 「助かったのか? 取りあえず」 「…ど、どうなるんだろ僕達」 光が消えた後には、呆然とした顔で頭上を、そして肩で荒い息をつくミサトを見るトウジ達が残っていた。名前のない連中は素晴らしい逃げ足の早さで逃げ去ってしまったらしい。悲しいかな、主人公であるシンジ達はここで退場…とはいかなかった。とりあえず、石の下敷きになる運命を回避できたようだが、もう一つの危険からは全然逃げられてない。 「ああ、さすが私…。怪我人一つなく、あの子を囲っていた石壁をうち砕けるなんて…。 しかもラッキーなことにあの子、腰を抜かして逃げてない? うふふ、じゅる。待ってなさいよ、お姉さんが色々教えて、あときっちり筆も下ろしてあげるから♪」 逃げろ! シンジ、逃げるんだ! 悲しいかな、シンジの腰は完全に抜けてしまっている。動け動け、今動かないと食べられちゃうんだよぉっ!と涙目になって必死になるが、理屈では一度抜けてしまった腰はどっかで拾って入れ直さないと元に戻りそうにない。つまり、足掻くだけ無駄。 とてもじゃないがミサトからは逃げられないように思える。今考えるに、それを見越した上での、ミサトの攻撃だったのだろう。 圧倒的な力を見せつけ、既に逃げる気力もなくした少年達……もといシンジに向かって一歩、また一歩とえっへっへと涎垂らさんばかりの表情で歩み寄ってくるミサト。 シンジの貞操は風前の灯火だ! ってそんなもん初めからなかったかもな。 とにかく、今のミサトの姿はどこから見ても、誰に聞いても間違いなく痴女。 親が見たら泣くこと間違いなし。 もちろん、彼女の視線はシンジに激!固定だ。 視線の先とその意味に気付き、トウジ達はちょっと距離を置きながらもなんでお前ばっかりと複雑な視線を向けた。恐怖の所為かシンジの耳で耳鳴りがした。 |
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真
Monster! Monster! 第12話『アークスロード』
かいた人:しあえが
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「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」 「はーい」 リツコがそう声をかけて数瞬後、踏み固められ、機械油が何度もこぼれて独特の臭いのする空気の震わせ、薄暗い店の奥の方からまだ幼い子供の物らしい声が聞こえてきた。次いでトテトテと床を駆けてくる足音が聞こえてくる。 (え、子供しか居ないの?) とリツコが困った顔をしたとき、ポニーテールにした髪の毛を文字通り馬の尻尾みたいに揺らし、ぴょこんと擬音を響かせながら快活そうな女の子が、奥の間の柱の影から顔をのぞかせた。年の感じは10〜12歳前後、瞳がクリクリと大きく、薄暗い石油ランプの照明の加減でよく分からないが、きめ細かいが日に焼けた健康的な肌をしている。そしてよく観察しないとわからないが、耳が少し尖ってるようだ。耳が尖っていると言っても、どこか腺病質の森エルフというより、エルフの野蛮人とも呼ばれる山エルフのように思えた。 (あ…可愛い) ちょっと場違いな嫉妬をする。尻尾を振ってじゃれつく犬を想像し、昔は自分もこうだったのに。と過ぎ去った過去を思ってちょっとだけブルーになる。急にしかめっ面したリツコにはにゃ?と声に出して怪訝に思いながらも、少女は (……金髪。外人さんだぁ) 困惑したリツコをよそに、キラキラと少女の目が輝いている。 薄闇の中でもはっきりとわかるリツコの金髪が珍しかったのだ。もちろん、リツコは外人とかそんなもんじゃないのだけれど。 第三新東京市は大河の河口付近であり、貿易の要所である。様々な人種だけでなくエルフ、ドワーフ、ノーム、ハーフリングといった他の街で結構よく見る種族の他に、リザードマンや半オーク、鬼の傭兵などが跋扈している。だが基本的に集まってくるのは陸路をたどってくる人間が多い。人口の9割以上は実のところ彼女と同人種の人間だ。必然的に、彼女達が出会うのは、会話するのは同人種の人間が多くなる。実はこの街に生を受けて12年の彼女は、外人さんと会話することはこれが初めてだった。珍しいと言えば珍しいかも知れない。 とにかく。人は見慣れない物事や人に遭遇したとき、物怖じして逃げようとするか、興味を惹かれるて積極的に近寄るかのどちらかなのだが。…彼女は後者だった。 ぴょこ、ぴょこと尻尾を振り振り少女はじっとリツコを見つめた。 「あ、あの何のご用ですか?」 「え……ああ、お父さんかお母さんいないのかしら? ちょっと聞きたいことが」 じっと見つめられて、可愛いと思いながらリツコはそう告げた。 ふりふりフリルの服を着せたらどうかしら? とかなんとか考えるじつは結構少女趣味のリツコさん。 それはともかく、リツコは会話する一方で意識を集中させて、特異点反応がどこにあるか軽く探りを入れてみた。微かに耳が高鳴り、それと共に幾つも力の反応が周囲にあることがわかる。後に一つ、右に2つ、正面に…よくわからないくらい。 特異点反応はこの店の中にある。それは間違いないが、その正体が何かまではわからない。反応がアダムの予想値より小さいことから恐らく、反応しているのはアダムではなく魔法の武具か何かなのだろう。だが万が一と言うこともある。無視しても良いところだが一応確認しなければ。もちろん、アダムだった場合、確実に確保しないといけない。 その場合、最終的に実力行使することになるとしても、できるだけ穏便に彼女は済ませたかった。 名前も知らない少女に情が移ったことを驚きながら、急に黙り込んだ少女に向かって、つとめて冷静にリツコは話しかけた。 「どうしたの? あなたの保護者に用があるんだけど」 「あ……お父さん、おじいちゃんと一緒に仕入れで街を離れていて。 …お母さんは…その」 少女は表情を暗くして俯いた。もう慣れてるから今更涙は出てこないけど、初対面の外人さんに言われるのはやっぱりちょっと悲しい。 「あ…ごめんなさい」 リツコもまた、少女が何故急に落ち込んだのかその理由に思い当たって顔を曇らせた。なにか適当なことを言って謝りたかったが、どうにも上手い言葉が浮かばない。少女の母親は恐らく、他界してしまってるのだろう。彼女を残して。残された家族の悲しみ…それはリツコにはわかるようで実際の所わからない。リツコの母はまだ生きているのだから。しぶとく。 父親も生きてるようだが、実のところ彼女は父親の顔を見たことがない。彼女が物心ついたときには、既に母と父は別れていたから。風の噂でどこか遠くの山の頂に巣を作って、別れた女房…つまりリツコの母親を想って泣き暮らしているらしい。正直、そんな情けない父親には会いたくもない。泣くくらいなら別れなければいいのに。 要するに、しっかり二親が生きているリツコには、少女の悲しさがわかるはずがない。ある意味片親で育てられたようなリツコだが、彼女とは立場が全然違うのだ。彼女の側に立った言葉が言えるはずがなかった。 (どうしよう。この子の心に、いらない傷を与えてしまうなんて!) いつもは『実験が愛、研究がデート、私の恋人は仕事よ。結婚、まして子供なんて冗談じゃない!』が口癖の彼女だが、見かけによらず彼女は子供好きなのだった。猫のみならず、可愛い物は何でも好きなのだ。決して認めないけれど。 口では嫌がっても、子供に甘えられるととっても暖かい気持ちになって嬉しかったりする。 弱く、親の庇護がないと生きていけない不完全な生物なのに。でも、嫌いじゃない。そのことでミサトにからかわれるのは嫌いだけど。 余談だが、研究一筋で白衣が普段着という人ほど、案外良いお母さんになれるのかも知れない。なれないかも知れない。 と、それはともかくリツコは何とかこの場を取り繕う言葉を錬るが、頭に浮かぶのは陳腐な慰めの言葉。それでいいのだが、完璧を求め、どうにも考え込んでしまったリツコはそれを言って良いのかと考えあぐねてしまった。 「……」 「……」 結局、お互い顔を見合わせて何も言えなくなってしまう。 (なんか凄く困ったわ) 少女は少女で困っていた。 ついうっかり、母親のことを思いだして俯いてしまったが、お客さんの前でそんな態度をとるなんて商人の娘失格だ。客を不快に思わせるのは商人にあらず…だ。心で泣いても顔は笑っていなければ。 (こんなことじゃ、先が思いやられる。しっかりせな、あかん) そう決意すると彼女はグッと拳を握りしめる。 「お姉さん、あの……」 「え、なに?」 恐る恐る少女は顔を上げてリツコの顔を見た。 呼ばれたリツコの目がキョトキョトと周囲を彷徨っている。自分を真っ直ぐ見られないでいるらしい。 案の定、とっても困ってしまっておろおろしてるらしいことが見て取れた。じつはお姉さんなんて呼ばれたのがとっても久しぶりで嬉しくて、風に吹かれたタンポポの種みたいに舞い上がってるなんてわかるまい。 ……お客様に不快な思いをさせるなんて、ますます商人の娘失格だ。これは商品の値段に鼻血もののサービスサービス!をしないといけないかも知れない。ああ、笑いのために体はったお母さんに比べ、私はダメダメちゃんです…。 蜂蜜のような金髪を持った優しい笑顔の母親を思い浮かべながら、少女は母親の形見の指輪を撫でさすりながら内罰的に考えた。 (あれ…?) その時少女はあることに気がつき、怪訝な顔をした。 右手の薬指に付けている形見の指輪が、とても熱くなっていることに気が付いた。熱いと言っても、火傷するほどの熱さではない。少し暖かいという程度だ。さらに注意深く触ってみると微かに震えていることがわかった。そして内から灯る淡い光で輝いている。まるでけたたましく叫び声をあげる梟熊のようだ。 (え? え? え? 一体どうして…) 指輪が熱を持って振動するなんて、今まで一度もなかったことに少女は面食らってしまった。苦痛を感じるわけではないが、胸がドキドキして追いつめられているような気がしてたまらない。さながら肉食獣に睨まれているような、そんな不安が心を占める。 まさか、これは普通の指輪でなくて魔法の指輪か何かなのかと、神様であらせられるお客様のリツコのことも忘れて、少女はまじまじと指輪を見つめた。何の飾りのない、曇りのない金の指輪にしか見えないが、やはり変わらず熱を持ち振動を続けていた。 そう言えばと、彼女は死んだ母親から聞いた話を思い出していた。 『この指輪は黄昏の指輪と言って、持ち主の近くに危険が来たときそれを警告してくれるの。 そして守護者を呼びだして守ってくれるのよ。 ついでに変身リングとしての機能もあるわ。まったくこの指輪の所為で何度酷い目にあったことか…』 遠い目をする母の顔と、隣で大爆笑する父親の顔が忘れられない。美女と野獣…と思ったのは父には絶対に秘密である。しかし、話半分としても、母親は救いがたい間抜けだったんぢゃあなかろうか。父は母のどういうところが好きになったんだろう? そして母は、父のどーいう所が好きになったのだろうか。 いや、冷静に考えると父も相当にアレだ。似たもの同士、お似合いだわ。 それはともかく、あの時はまだ幼いこともあって母親の言っている意味がわからなかった。冗談だとばかり思っていた。なぜって母親はとっても思慮深くて優しくかったから。 だが、やっぱり母親の言葉は真実だったのだろうか? 本当に指輪の力で犬とか鳥に変身したところで、元に戻れなくなったりしたのだろうか。何度も何度も。だとしたらなんと学ばない人なのか…。 そして真実だったとしたら、今彼女の近くに危険が迫っていると言うことになるのだろうか。 危険……。 ハッとした顔で少女……鈴原アオイが顔を上げたとき、彼女の目前にいたのはちょっとつり上がった目をした金髪のお姉さんではなかった。 影になった顔の中、爛々と光る一対の…目。 「あな…たが……持ってる…それは、その指輪は!」 「い、いやあああああ─────!!!」 爆発音と悲鳴が響き、鈴原武器店のガラス戸が粉々に砕け散った。 「さあ、邪魔っけな服を脱いで! 楽しい事しましょう♪」 シンジの服を引っ剥がして発禁な事を企み迫る、ショタコンミノタウロス『ミサト』。 シンジはなおも抜けてしまった腰に必死に叱咤激励をしながら逃げようとするが、欲望に狂ったミサト相手では儚い抵抗と言うしかない。腰が抜けてなくとも逃げ切れたかどうか。さながら業火の前の蝋燭。 ミサトはあっと言う間もなくシンジが振り回した腕をしっかりと掴むと、軽く引き寄せてシンジのバランスを崩して足払いをかけ、そのまま流れるような動きで見事な上四方固めを仕掛けた。 ただの上四方固めではない。動けないようにホールドしつつ、腰砕けになるようにその豊満な胸で顔を隙間なく覆い、窒息させて天国と地獄を同時に味合わせる複合技だ! 「わあああっ!! い、息ができない!」 ぽよんぽよんとした胸と、少し強い大人の女性の体臭に俺って最低だ…となりながらも、涙目になってシンジは泣き叫ぶ。ああ、極楽…じゃなくて。気持ち良いのかも知れないけど、マユミと違って本当に食べられそうな感じがして気が気じゃない。食べるのはあっちだけかも知れないけど、この調子だと確実にミイラになるまでさせられてしまう! 形容しがたい感触に頬を染めながらも、シンジは必死になってケンスケ達に顔を向け、助けを求める熱視線を浴びせかけ…。 ひゅる〜 人影なし。 砂塵一吹き、脊梁とした風。もうひとっこ一人居ませんでした。 涙が溢れて溢れて。 お、おかしいね。涙が止まりませんよ…。 「裏切ったな! 裏切ったなケンスケ、トウジ! 母さんと同じで裏切ったんだっ!!!」 「あ〜らとってもよく気がつくお友達ねん♪」 違う。 器用に上四方の体勢で押さえ込みながら、シンジの服を脱がせていく。 脳内物質が耳から溢れんばかりに分泌されて、ミサトの興奮は絶好調だ。 ブヒヒヒヒ〜〜〜ン!! シンジの体を間近で感じているだけでこれだ。ミサトは自分がシンジに溺れそうになっていることにとまどいを覚えていた。 不細工とか平凡というわけでなく、美少年は間違いないが近々ゼーレ最高幹部になる予定の某氏のように、絶世の美少年というわけでない。 捕まえてみて初めて分かる事実ってヤツなのだが、抵抗の仕方も声も意外に引き締まった体つきも何もかもがとにかくいい。とにかくシンジが良いのだ。 何というか、シンジはミサトの趣味にことごとくど真ん中ストライクだった。これは夢。見果てぬ夢。前世から彼の存在を求めていたような気がしてならない。 興奮で鼻息を荒くしたミサトの口元から、ねっとりとしたよだれが垂れた。今のミサトの姿を何かにたとえるなら、 もう我慢できませんよ奥さん! ああ、私には主人がっ! …そら、シンジも全身全霊で逃げるわ。 「や、やだ───! 食べられるのはやだ───!!!」 「失礼ね。食べたりしないわよ。 …ってあら?」 どうしてシンジがこんなに抵抗するんだろうと内心、不思議に思っていたミサトだったが今の言葉でようやく納得した。あっちゃ〜と汗を流しながらよくよく地面を見れば、いつの間にやら角が生えた自分の影がハッキリと確認できた。 「やーねー。貴方のことを食べるとか思ってたの? そんなことしないわよ」 「ひっく、えっぐ……え、本当、ですか? でも、あなたミノタウロスなんじゃ」 「本当だってば。そんな野蛮なことワタシしないわよ。まあ、確かにミノタウロスは人食いの怪物って昔から怖がられてたけど…ね」 気さくに笑うミサトに、シンジの動きがちょっと止まった。 食べないの? 僕食べられないの? じゃあ、僕死なないの…? 希望を持つと言うことは、人生という大航海において最も重要なことの1つだ。だが、希望こそ人類に残された最悪の災厄という説もある。希望があるから無駄な努力をするというように。つまり、助かったと思うのは早計だ。特にこういう場合は。 「ただちょっとね…」 「え?」 「わっかいんだし、抜かずの100くらい、あなたの青臭いエネルギーを感じてみたいのよ。ああ、やっぱ若い子は良いわ〜」 そう言いつつシンジの匂いを楽しむミサトの表情は眩しかった。 洒落になってません。大ピンチです。 「え゛?」 「あ、そう言えば自己紹介がまだだったわね。私、葛城ミサト。ピッチピチの20代よん。 君、名前は?」 「し、シンジ。碇シンジです。あのその、もの凄く洒落にならないことをいま言いませんでした…?」 「…………若いから大丈夫よ」 戸惑うシンジの顔を見ていられなくなって、好色な笑みを浮かべる顔を見せたくなくて、ついっとミサトは顔を逸らした。 シンジの全身から、これでもかとばかりに汗が流れ落ちる。 ひぃぃぃっ! まじだよ! この人言ってること、洒落じゃないよ! 本気で僕を絞り尽くす気だ!!凄い気持ち良いだろうけど冗談じゃない! 逃げなきゃ、逃げないと!逃げねば!て言うか逃げれ〜〜〜〜!! 「いやだ〜〜〜〜〜〜! 年上のお姉さんもいいかなって思うけど、年上過ぎたおばさんはイヤだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!! 抜かずの100とか言うイっちゃったお姉さんは絶対にイヤだ〜〜〜!!!」 じたばたじたばた 罠にかかったゴキブリみたいに暴れるシンジの言葉に、特に 『おばさん』という言葉にぴくぴくっとミサトの血管が反応した。ほとんどト○コよばわりされたどっかの刑事。 「誰がおばさんよ、誰が!!!! 私はまだよんひゃく…げふん、まだ29よ!!!」 「今400って言いかけませんでした!? ……いくら胸が大きくて柔らかくて気持ちよくても、僕はマユミさんの方がいい〜〜〜!!!! 400過ぎたおばさんはやだ───!!!」
地獄開始。 ミミズのようにのたくるこめかみの血管が破裂した! さっきとは違った意味の興奮にミサトの顔が紅潮した。 いくら最高の美少年でも、こいつは許し難いことを言いやがりました。 よりにもよって私におば、おば、おばさん!? それはリツコ。私はお姉さん。それなのにこいつはぁ…。 これはもう、私に対する宣戦布告間違いなしッスね。抜かずの100回なんて温いものじゃなく、抜かずの1000回で確実な死をプレゼント決定ですわ。 ってやっぱりすることはするんですか。 元のキャラクターも何もかもぶちこわして、ミサトは凄惨な笑いを浮かべた。 とは言うものの…。 この場で抜かずの1000回は萌えるものがあるが、途中で時間切れになることは間違いない。目先の快楽に耽って怒られるのはやっぱりやだ。誉められた上で、じっくりたっぷり邪魔のないところでシンジを楽しみたい。 となれば、シンジを持ち帰ってゆっくりお楽しみしなければ。意識を失わせて持って帰るのが一番確実だが、殴って気絶させる方法は少々問題がある。さっきあれだけの大破壊を起こしておきながら、彼女は少年少女に対して直接的暴力を振るうことが嫌いなのだ。おばさんと1度ならず2度、3度と言ったこいつは5,6回殴ってやりたいけど。 上手いこと本拠地に帰るまで、意識を失ったままにするには…やはりアレしかないだろう。 (さて、そうと決まったら…まずは軽く一発) そうミサトが判断し、シンジの意識を失わせる前の手付けの一発に及ぼうとしたとき。 ヒュヒュン!! 空気を切り裂く音がし、直後シンジを突き放してミサトは大きく後ろに飛び下がった。 ほんの少し遅れて、直前まで彼女がいたところに、シンジをかすめて鉄製の矢が突き刺ささる。 「誰!?」 誰何の声に応えず、シンジを守るようにミサトの前に立ちはだかる二つの影! 「大丈夫か、シンジ!?」 「裸になってしもうて。手遅れか、手遅れやったんか!?」 「ギリギリなんとか…」 鋲を打って補強された皮鎧を着て、連射ボウガンを構えたケンスケ。そしてゼラチナス・キューブに破壊された物に代わり、魔法の力が付与された新しいスレッジハンマーを構えて、これまた防御力を重視して鉄鎧を着た戦士…トウジだ。2人は逃げたわけではなかった。すぐ近くにあったケンスケの家まで駆け戻り、武器を持って戻ってきたのだ。 「感謝せえよ。なにしろ、シンジになんかあったら後でワイらが山岸の姉さんに殺されかねんからな…」 「あとでおごれよな」 ミサトを牽制しつつキラリと歯を輝かせて2人は笑う。 それに対しミサトは面白くなさそうに顔をしかめた。 お仕置きを、なにより青空の下での健康的なお楽しみ中断させられたこともむかつくが、それよりも武器さえ持てば自分に多少は抵抗できると思っているらしい彼らの考えが気にいらない。確かに、並のミノタウロスならそうかもしれない。 だが、某国で牛頭神バアール、更に別の国ではガグリーバ、また別の国では神農、はるか東の小国では牛頭天皇(ごずてんのう)と呼ばれた、ミノタウロス最強戦士の血をひく葛城ミサトに、多少であっても抵抗できると思うとは!! 極めて不遜な考えだ! 怒り狂ったミサトは閃光の速さでその怒りを3人に叩きつけた。 「不遜なことを…。自分の力量と敵の力量をはかることもできない未熟者達! 命までは取らないわ。でも、一生苦しみなさい!」 両腕を高々と掲げ、ミサトは瞳を不気味な白色に輝かせる。 その鈍純な見かけにより、動きが鈍いとか魔法と縁遠いと思われてるミノタウロスだが、最強位のミノタウロスは並の人間を遙かに凌駕する魔法の力を持っているのだ。 「なんだ!?」 「地面に光が走ってる!魔法か!」 「に、逃げぇ!」 変異に気付いて逃げようとした3人を中心として、不可思議な文様が地面に描かれた。正六角形を2つ互い違いに組み合わせた、いわば12芒星とでも言うべき紋様だ。だが、この場合は12芒星ではなく、こう呼ぶべきだろう。 『茅の輪』と。 茅の輪…古代、疫病や毒を封じ込める力があると信じられた結界のことである。 「遅いわ! 喰らいなさい、使徒をも殺すMカレーガス! あらため、ギジェラの甘い息吹!」 ミサトが叫んだ瞬間、茅の輪の結界の中に薄茶色のガスが充満した。 「…………ポイズンっ!!!!!!!」 「けむらーっ!?」 「がふぁ!?」 びくんっ! たった一回体を痙攣させ、3人はその場に倒れ伏した。今まで嗅いだことのない臭い、気体だというのに味覚にすら影響する凄まじさ。彼らの意識は一秒ともたなかった。もつはずがなかった。限界を遙かに超える致命的な気体を肺一杯に吸い込み、痙攣しながら糸の切れた操り人形のようにその場に倒れ込む。 数秒後、ガスが消えた後もピクリとも動かない。それを満足げに……半分不満そうに見ながらミサトはホッとため息をついた。 3人ともえれえれと(描写不可)を吐き戻して白目をむいているが死んではいない。 普段、その圧倒的なパワーに隠されて目立たないが、ミサトの本領は魔法、それも破壊ではなく状態変化系の魔法だ。特に毒物系の魔法の冴えは目を見張る。 牛頭天皇は疫病、神農は薬の神。 彼ら先祖の名に恥じないミラクルっぷりと言えよう。いや、草葉の陰で泣いてるかもしれんが。 だが、見事シンジに『おっしおきよ♪』したというのにミサトの心は晴れない。 とにかく納得できない。 なぜ自分のつくる料理、特にカレーを食べたり、匂いをかいだ者はみんな同じ様な反応をするんだろう? 親友のリツコは匂いをかいだ瞬間皿を投げ捨て、『ブラックドラゴンの息より猛毒だわ!』と吐き捨てるように言い放ち、不死身のはずの加持は一皿全部食べ終わった後死んだ。ちなみにブラックドラゴンは口から強酸を吐く。ミサト達の上司、キールですらもミサトが台所に立った瞬間走って逃げる。 あげく、リツコは彼女の自信作に向かって『最強の毒ができるわね。まったく全部普通の調味料とかからだけで、どうやったらこんな猛毒を…』とか言いはなち、あれよあれよと言う間に新しい毒雲の呪文をつくられる始末だった。 ゼーレではこう呼ばれている。 泣く子と地頭とミサトカレーには勝てない…と。 「……喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。ま、今は美少年を捕まえることができたと喜ぶことにしましょ」 内心、忸怩たる思いは拭えないが、当初の目的どおり無傷でシンジを捕まえることができた。既に本当の目的は忘れているらしい。実に彼女らしいと言うか、幸せ一杯の顔をしていた。これから行うめくるめく官能の時間に思いを馳せて、ニヤリ笑いがこぼれてしまう。 「くっくっく、え?」 気絶したシンジにゆっくりと歩み寄り、膝をついて彼を抱え上げようとしたとき、ミサトの全身に悪寒が走った。 アレな痴女であっても、ミサトの戦闘能力は高い。その彼女が悪寒を感じる…。つまり、彼女にとって容易ならざる相手が敵意を向けている。だが、いったいどこに? 誰が? 大慌てで後方に飛び下がり、周囲に素早く目を向けるが、野次馬も何もかも全て逃げ、この場にいるのはミサトとシンジ達しか居ない。耳をすませるが遠くで戦うウィンダムと何かの振動らしい音、うなり声しか聞こえない。敵と言えるような存在は皆無だった。 え、うなり声? まさか。とミサトはシンジ達に目を向けた。 トウジは喉を押さえたまま微かに痙攣し、ケンスケは(検閲削除)を口から噴き出しながら力無く横たわっている。そしてシンジは仰向けになって横たわり、力無く目を閉じていた。 3人は間違いなく気絶している。 「ぐるるるうっ!」 …気絶しているのなら、なぜシンジはうなり声をあげているのだろう? ミサトが殺気の主はシンジだと気付いたとき、シンジは上半身だけ起きあがると胸の前で両腕を交差させ、狼が獲物を威嚇するように大きく口を開いた。人間の歯ではなく、肉食獣のそれに酷似した牙が生えそろった口から、シンジは不気味にうなり声をあげる。見開いた目は爛々と赤く光り、彼の唸り声に応えるように組まれた腕の前に光り輝く魔力の塊が生じた。まるで線香花火を逆回しにしたように周囲の空間から光が現れ、人魂のように尾を引いて、シンジの掌中に吸収されていく。 彼の手の平の間に、ドッジボール大の光弾が生じた。 「ぎゃうううぅっ!!!」 そして充分に大きくなった光は、シンジが腕を無造作に振るった瞬間、天空を切り裂く刃のように一直線にミサトに迫った。 「ちっ、なにか変だと思ったらあなたは…!」 舌打ちしながら素早くミサトはムーンアックスを取り出し、目前で振り回した。柄の中心を軸にして扇風機のような大回転をさせる。たちまちのうちにミサトの眼前に光の盾が形成された。ミサトが持つ最大の防御障壁、魔法の力と技を合わせた複合技、光子壁プリズ魔だ。その光はありとあらゆる物質を光に変え、どんな攻撃でも無効化すると言われている。だが、シンジが放った魔力の塊は例外だ。 「ウォオオオ───!」 「ぐ、ぐぐっ!? 受け止め…!?」 光球と光壁がぶつかり合った瞬間、世界は光に包まれた。 街中の建物を震わせる爆音が轟き、まともに見たら目が潰れてしまうほどの閃光が走り、ミサトの体は爆風に飛ばされ、不自然な姿勢で空中を舞った。 「きゃあっ!!」 可愛らしい悲鳴をあげつつ、ミサトは叩きつけられるように地面に激しく激突する。なんとか受け身を取ろうとするがかなわず、まともに地面に接吻して跳ね飛ばされ、2回、3回と地面を転がってしまう。ようやく動きが止まると、地面に腹這いに寝そべったまま、ミサトは苦しげに血反吐を吐く。 「く、っぐぐぅ…。この破壊力、そして疲労感。 …やっぱりアルティメット・プラズマだわ。 まさか先の大戦で使える者が失われたはずの魔法を使えるなんて」 呻きつつもなんとか起きあがろうとするが、腕に、足に、全身に力が入らない。代わりに気が狂いそうな激痛が走りまわり、形容しがたい疲労感が全身を包み込んでいく。ダメージを受けただけでなく、力を吸い取られたらしい。おそらく骨の2,3本は折れて魔力はほとんど尽きかけているだろう。内蔵も破れてるかも知れない。 「わたしが…ただの一撃で…瀕死に。ば、化け物…」 注意深く見てみれば、魔法防御が何重にもかけてあるはずの服がほつれ、所々が焼けこげていることもわかった。永久に付与されたはずの魔力が消滅しているようだ。この服に僅かでもほつれを作るのは、鋼鉄の鎧を指だけで引き裂くよりも大変だというのに。 だがこれくらいで済んで運が良かったのだ。不完全とは言え、あの究極攻撃呪文を喰らって生きているのだから。 究極烈火球(アルティメット・プラズマ) 周囲空間から尋常でない量の魔力、熱、空間電位、静電気、フリーエネルギー、シャドーフォース、マナ、そのほか諸々を吸い取り、それを破壊力に加算させる一撃必殺の攻撃魔法。元○玉ではない。 既に第三新東京市のみならず、世界中で使える者が失われたはずのマウントクリフ王家に伝わる火炎系最大最強魔法。マユミのもつ最大最強の攻撃呪文でもある。だが呪文を使ったのはマユミでなく、シンジである。そして、マユミもまたいつでも使える呪文ではない。長い準備をしてようやく使える魔法なのだ。はたしてどういうことなのか。今は語るときではない。いずれ語るときも来るだろう。 「う、うう…。まさか、使徒また以外にこんな事ができる奴が…」 途中で折れてしまったムーンアックスを杖代わりにして、なんとかミサトは立ち上がった。言いようのない脱力、傷や骨の疼き…。ひどい傷だ…回復まで何日かかるだろう。 額から流れる血を拭おうともせず、用心しながらシンジに目を向けると、上半身を起きあがらせた姿勢のまま、シンジはぴくりともしない。 「やっぱり気絶してる」 それなら先ほどの攻撃は何だったのか? 魔力はほとんど尽きたが、古来牛はどこを見てるかわからない目をしているからか、千里眼を持つと言われている。それはミサトもまた例外ではなかった。目を細め、シンジの正体を見極めようとする。 フィルターを掛けたような無味乾燥とした光景が目に浮かび、その中で生命体の持つ暖かい色が人魂のように浮かぶ。 「ん!? 彼の魂以外に、なにか別の魂が重なっている?」 おそらく、それが気絶したはずの彼の体をつき動かし、今の魔法を使わせた原因だろう。だが、本当にそれだけだろうか?まだ何か秘密があるようだが、ミサトにはそれが分からなかった。そしてこれからどうするべきかも。 (美少年云々を抜きにして捕まえる? それとも、この場は撤退?) 今は動かないが、ミサトが再び敵意を向ければたちまちの内に彼は反応するだろう。 色々と興味深く、ぜひとも捕まえたかったが…。 「…この場は退かせてもらうわ。死ぬわけにはいかないからね!」 閃光が走り、その光が収まったとき、その場に残るのはシンジ達三人だけだった。 「いけ───! JA───!」 『がぉ───!』 肩に乗った時田の叫びに応えるように、JAは奇声を上げるとどすどすと重そうな足音をたてながらウィンダムに突進を開始した。ポットに蛇腹の手足を付けた鈍純そうな体躯に似合わず、意外に動きが速い。 主であるリツコが居ないため、自己判断をしないといけないウィンダムの反応が一瞬遅れた。そこを逃さず、時田は右腕でJAの顔につかまり、左手で握り拳をつくって前に突き出しながら、喉も裂けよとばかりに叫ぶ! 「JA、構えろ!」 『ま゛っ!』 JAの背中から6本の角……魔力炉の活動を押さえ込む魔力制御棒が飛び出し、一時的にJAの魔力炉を暴走させる。危険領域限界にまでエネルギーを発生させ、蒸気を口から噴き出しながらJAが叫んだ。右足を地面にめり込むほどに強く踏み出し、バネを溜め込むように右腕を大きく振りかぶる。 「砕け、JA!」 鈍い音をたてて音速の壁を突き破りながら、JAの拳がウィンダムの顔面に襲いかかった! み──── かわせないと悟ったウィンダムは動くことをやめ、額のレーザー発振器にエネルギーを集中させる。拳が命中寸前、縁日の屋台で売ってる安物のおもちゃみたいな音をたてながら、橙色の破壊光線がJAに襲いかかった! 白い煙が噴き上がり、JAの装甲が焼けるイヤな匂いが立ちこめる。火花が散り、爆音と共に醜い傷がJAの表面を走った。だが、そんなダメージを気にするみんなの守護神、JAではない! 『ま゛っ!』 ドゴンッ! ダメージを委細気にせず、JAは怯むことなく拳を振り抜いた。通常の10倍という凄まじいパワーのパンチが、無防備でいたウィンダムの顔面にヒットした! 地響きのようなもの凄い音が響き、顔面を歪め、慣性の法則で頭部を後方に、胴体をその場に留めたままという状態にされ、ウィンダムの全身が軋み音をたてる。腰の所から後に直角にへし曲げられて、ウィンダムはもんどりうって転がった。人間であれば、間違いなく腰が折れていただろう。 「ぎゃがががががががっ!?」 通常であっても充分洒落にならない威力だというのに、この一撃は強烈すぎた。リツコがいればド根性で回復することもできたかも知れないが、彼1人で戦わないといけない今の状況では無理だ。しかし、このまま戦うのは危険と言えた。 スペースチタニウム製のウィンダムといえ、この凄まじい一撃は命取りになりかねない。このままでは破壊されてしまう! 負けを悟ったウィンダムは第3のプログラム、自己保存に従いなんとかこの場を離れようとするが、いっちゃった男ことシグナル時田はそれを見逃すほど甘くない。 「逃がすな、JA!奴を捕まえろ!」 『ま゛っ!』 オーケーボス!ってな感じでJAは跳び上がった。 空中に跳び上がると、くるっと一回転してから高角度から地面に横たわるウィンダムに強烈なフットスタンプ! 金属の軋み音が響かせ、口からごぼっと体液を噴き出し、悶え苦しむウィンダム。頭を掴んで無理矢理引き起こすと、JAはウィンダムを肩に担いだ。まさかと驚愕の表情で野次馬達が顔を背ける。 「JA! 叩きつけろ!」 『ま゛っ!』 固い地面でやってはいけない禁断の技、ボディスラムで再び地面に叩きつける。地響きと共に再度ウィンダムの口から体液が泡となってこぼれ出た。 「う゛う゛う゛う゛う゛…」 地面にめり込み、完全にグロッキーになったウィンダムを見下ろしながら時田は快哉を叫んだ。 「ふっ、主のいない魔法騎士など所詮この程度か! だが、手は緩めん! モビルトレースモードで一気に片を付けてやる!」 時田は謎の言葉を残し、JAの背中にあった扉から中に入っていった。 JA体内に設えられた玉座のような座席に座ると、時田は真っ直ぐに前を見たまま少年のように叫ぶ。 「パスワード『希望』 JAモビルトレースモード、セタップ!」 JAの目が輝いた! 直後全身から赤い光を放ち、JAはがちょんがちょんと機械音を響かせながら、セスナ飛行機が人型ロボットになるみたいに、あるいは車が人型ロボットに変わるみたいに大胆変形を行う。元ネタはアレだ、アレ。 説明しよう! 本来、JAやウィンダムといったゴーレムは人工知能による制御が行われている。だがそのままだとあまりにもお馬鹿すぎるため、それを補佐するためにマスターとなる人物が音声による命令を行っているのだ。ただし、あくまで行動が正確になると言うだけで、最終的な判断は全てゴーレムが行っている。 だが、モビルトレースモードはマスターが自らゴーレム内部に乗り込み、その行動を完全にマスターの意のままにすることができる!具体的に言うと、マスターがパンチをすればパンチをし、キックをすればキックを、尻をかけば尻をかくというように! この時、JAは通常の音声制御時の300%という戦闘能力を発揮することができるのだ! JA内部の空間でシグナル時田、改めピチピチタイツの変態さんことマシンガン・時田はボクシングのファイティングポーズを取っていた。カメラ目線でニヒルに笑い、素早いステップで軽やかに舞う。 しゅっしゅっと風切り音も軽快にシャドーボクシングをしながら、その眼はウィンダムにひたと据えられている。その眼光、まさに鷹のごとし。 飛び散る汗を輝かせながら、ふっと鼻で笑う。 「ヘイ! この俺が相手とは、ユーもほとほと運がなかったな! バーット、せめてもの情けというやつさ! 最大の技で葬ってやるぜ───!」 混ざりすぎ。 ウィンダムがいやいやするように首を振る。 ゴーレムと言ってもリツコが愛に愛をそそぎ込んでつくった彼は、命というものを理解していた。春に咲く花が何故美しいのかも、3日しか生きられないカゲロウの儚さも知っている。おとぎ話のような世界を夢見たこともある。 とどのつまり、何が言いたいかというと死にたくない。 必死になって這い進み、天を掴もうとするように腕を伸ばす…だが。 「○×△◆凸凹●!!!!!!」 「にがさん、荷電粒子砲ファイア───!」 背中のオーロラインテークファンから空気中の静電気を吸い取り、それを体内で増幅、高出力の荷電粒子の奔流を吐き出すJA最大の武器、荷電粒子砲!…ってボクシング関係ないやん。 ともかく、灼熱する死こと、荷電粒子の奔流が逃げようとするウィンダムの背後から襲いかかった。背中に感じる高熱に、ウィンダムは死を意識した。 「なんだと!?」 だが、なぜか荷電粒子砲はウィンダムの頭をかすめて、その向こうへとんでいき、城壁を消し飛ばした。 どういうことだ!? 時田は目を剥いて、モニターに映る呆然とするウィンダムを、それからミサトの攻撃の比じゃないくらいにぶち壊れた城壁を見つめる。 「なぜだ!? なぜ外したJA!?」 爆音を背景音にウィンダムはJAを仰ぎ見る。なにがどうなったのかウィンダムにもさっぱり分からない。 時田、いやJAはじっと立ちつくし煙を上げて崩れ落ちる城壁を見つめた。その眼が悲しげに光る。 『形ある物、いつかは壊れる』 「「!?」」 『罪を憎んで人を憎まず』 お互いある程度自我があるゴーレムである。 同じゴーレム同士、何か通じ合う物でもあったのか。 それっきり何も言わずに見つめ合う2体のゴーレム。時田は熱い友情に感じ入ったのか、それとも本当に心を持ったゴーレムを作ったことに感動したのか、男泣きに泣きながら2体の、いや2人のゴーレムの友情に乾杯をしていた。 「そうか! お前は心を持ったんだな、JA!! 私は、私は感動したぞー!!」 やがて2人はガシッと握手した。男、いや漢同士に言葉はいらない。 「く、ああああ!」 「なんや、なんや!? お客さんの腕がなんか変やー!」 リツコが苦痛の声を上げながら、苦痛の源である音から逃げようと身を捩った。 だが次々と自分に襲いかかる衝撃波は冷酷に彼女の身を打ち据え、ついには変化の一部をうち砕き、彼女が嫌悪してやまないその本性を一部さらけ出させていた。リツコ自身が嫌悪する、恐るべき野獣の姿。 そしてリツコの突然の変化に、アオイは恐怖に目を見開きながら身動きもできず、ただのたうち回るリツコを見つめていた。 屋内に肉食獣特有の獣の匂いが濃くなるのと同じく、アオイの手の中で指輪がいっそう輝きを増す。まるで燃えさかる松明のように。アオイにはなんと言うことはないが、その光はリツコに銀紙を噛み締めるような不快感を感じさせる。 リツコの瞳が危険を察知した猫のように縦に割れた。 同時に指輪から機械の共鳴のような、妙に響く音がする。 リツコのうなじの毛が一斉に逆立った。こう言うとき、大抵良くないことが起こるのだ。 でかいのが来る! 「まずい!」 とっさにそう判断したリツコは、変化が解けて巨大な猫のそれに替わった腕を目前で交差させた。 ドゴン! 僅かに遅れて大砲のように鈍い音が響き、肉球に伝わる衝撃にリツコは顔を歪ませる。顔面への一撃は何とか避けられたが、衝撃までは殺せない。極め付きに大きな衝撃波が、台風が瓦を飛ばすようにリツコを店の外にまではじき飛ばした。ショーウィンドゥのガラスを突き破り、破片と共にリツコは往来に転がり出る。そのまま一息つきたいところだが、地面に広がる黒い影に気がつくと、普段の彼女からはとても信じられない素早さでリツコは地面を転がった。 「ちょ、ちょっと待って!」 ガキン! 少し遅れて元リツコの頭のあった場所に巨大な曲刀が撃ち込まれた。石畳が敷き詰められた地面が幅5cm、長さ30cmくらいの幅で断ち割られる。ひんやりとした汗を流してリツコは曲刀の持ち主を見つめた。 曲刀の主がふしゅーと息を吐き出し、リツコに向かって慎重に歩を進めてくる。 「リザードマン…。くっ、なんて過剰反応をする指輪なの! ガーディアンまで召還するなんて!」 口汚く罵るリツコに向かって、全身を緑の鱗に覆われたトカゲ頭の兵士が近寄ってくる。 人間に次いで巨大な勢力圏を持つ人型種族、沼地に住まうトカゲ神がつくったリザードマン。 しかもただのリザードマンではない。2mを遙かに越す身長、逞しく盛り上がった筋肉、左利き、そしてリザードマンには珍しく、金属製の全身鎧を着ているという事柄から予想できることは1つ、ただのリザードマンではなく上位種『トカゲ王』だ! おそらく、最後に指輪を使用していたのはかなりの実力を持った、ちょっと行きすぎた思想を持つサモナー(召還術師)だったのだろう。 『盟約に従い、指輪の主を守る。それが我が務めだ』 シューシューという呼吸音と共にトカゲ王はそう言い放った。 言いながらそれが小さなおもちゃであるかのように、牛切り刀のような曲刀を右に左にと振り回している。剣士としても一流の部類にはいることは間違いない。 『ワーキャット、いやワーライオンか。相手にとって不足はない』 「冗談でしょ! 私は戦うつもりなんて最初から無いわよ!」 慌てて腕を隠しながらリツコは叫んだ。もっとも、叫んだ所で相手が止めるわけがないこともわかっていた。明らかにトカゲ王は戦いを楽しんでいる。しかも、この手の強力な力で縛られた存在は、マスターが命令を下さない限り最初に受けた命令を遂行し続けるものなのだ。それは魔物でも人間でも同じ事だ。もちろん、この場合マスターとはアオイの事を指すのだが、彼女はすっかり狼狽している。腰を抜かしたのかぺたんと座り込み、虚ろな目をして支離滅裂なことを呟いていた。突然の事態から精神の均衡を保つため、思考を停止させたのだろう。 「や、やだ…。お兄ちゃんお兄ちゃん。助けて…」 (こんな時に!) 自分が目の前の怪物のご主人様で貴方の命令に従うはずだなどと、言ったところで信じないし理解できないだろう。 それでもリツコがアオイをなんとか説得しようと目を逸らした瞬間、トカゲ王が跳び上がった。鈍純そうな見た目に反し、軽やかな身のこなしは猫科の動物のようだ。 『隙あり!』 恥も外聞もなく、残飯と鉄錆の匂いのする地面を転がることでかろうじてその一撃をかわす。だがホッとしたのも束の間、凄まじい連続攻撃でトカゲ王が切り込んできた。まな板の上の野菜を切るような気安さで、何度も何度も刃が振り下ろされる。顔のすぐ横をかすめた刃に、リツコはトイレにいっといてよかったと思いつつ肝の縮む思いをする。 時々刃が体をかすめるが、魔法の白衣のおかげで今のところ怪我はない。だが怪我こそ無いが、いつまでもしのげるものでもない。息をすることにも気を抜けないような猛攻だ。当然、アオイに声をかける暇もなければ、魔法を使うために精神集中する暇もない。 遂にかすった刃が頬にうっすらと傷を付けるに至って、リツコは覚悟を決めた。 (やむを得ないわね……。これだけはしたくなかったけど) 悲しげに目を伏せると、リツコは逃げることを止めた。 もちろん、本来血に飢えた種族のトカゲ王が攻撃を止めるわけがない。 『くりゃぁ〜〜〜〜〜!!!』 口の端から泡を噴き、奇声を上げながらリツコの額めがけて剣を振り下ろした。 その時、目の前で人が死ぬ。という現実に直面したアオイはハッと目を見開いた。 (お客さんが、お母さんに似た雰囲気のお姉さんが死んじゃう…) 「やめて〜〜〜!」 泣きながらアオイが叫んだ時、がつっと硬い物同士がぶつかる鈍い音が響き、辺りに鮮血が飛び散った。 飛んできた血飛沫が数滴、彼女の頬にかかる…。 その場にへたり込み、アオイは虚ろに目を見開いて泣き声にも似た呻き声を漏らした。 「あ、あ、ああああ…」 アオイの力無い声が聞こえる中、ぽた、ぽた…と緑色の鮮血が地面にしたたり落ち…。 『がハッ!』 血の混じった泡と鮮血を噴き出しながら、トカゲ王は地面に膝をついた。 致命傷ではないが戦うことはとうてい無理なようだ。苦しげに自分に突き刺さった光り輝く翼を見ながら、震える声を漏らした。 『き、貴様…ワーライオンではなかったのか』 ふふんと鼻で笑い、リツコはトカゲ王の体から刃のように尖った翼を引き抜く。その顔はとても得意そうだ。 「貴方の知ってるワーライオンって、羽が生えてるのかしら?」 服が破けるし、しばらく帯電体質になるため正体をさらけ出すのはイヤだが、やはり周囲が漏らす感嘆の言葉は聞いていて気持ちが良い。賛辞者がトカゲ王というのは気にくわないが、素直にリツコは喜んだ。数秒間、苦痛に呻くトカゲ王を見下した後、いきなり表情を厳しい物にすると冷徹に告げた。 「私はアンドロ・スフィンクスよ。ワーライオンじゃなくて残念だったわね。それともそれがわかってもまだやる気?」 『いや、主は止めろと言った。続ける気はもう無い』 要するにとても敵わない。負けを認める。と態度で言いながらトカゲ王は脱力した。 言い終わると同時に、トカゲ王の体はキラキラした光に包まれ、まるで最初から居なかったかのようにその場から姿が消えた。指輪が彼の元いた世界に送還したのだろう。新しい魔物を召還するのかとリツコは身構えたが、指輪は沈黙したままだ。おそらく、前の持ち主の命令がようやくリセットされ、アオイを新しいマスターに選んだ、あるいは認めたと言うことなのだろう。戦いは終わったのだ。 「はぁ、疲れた」 予定外のことに疲れを隠せないが、それでもなんとか丸く収まってホッとため息をついた。今ごろになって特異点のことを思い出したが、間違いなくアオイが持つ黄昏の指輪に反応したのだろう。 (とんだ無駄骨だったわね) 実際、無駄骨どころじゃないけれど。 ため息をつきつつ鷲の翼によく似た黄金の翼を一振りするリツコを、アオイは呆然としながら見つめていた。いや、どちらかというと魅せられているように陶然としていると言った方が良いだろう。 「あ、あの……」 「ごめんなさいね、迷惑かけて」 「え、迷惑なんて…」 チラッと店を見ると軒先は跡形もなく潰れていた。トウジが命がけで取ってきたお宝も潰れてる。 「迷惑かも」 物語の中でしか知らない存在に感動しながらも、さらっと言いきるあたり正直と言うよりシビアだ。さすがというか…。 ひくっとリツコのほっぺたが引きつる。 「…一応、言い訳するけどわざとじゃないのよ。 まあ、私が不用意に近寄ったことが原因と言えば原因だろうけど。 できる限り弁償するわ。けど、あなた自分の持ってる指輪が何かも知らなかったの?」 「…お母さんの形見としか」 「はぁ? あなたのお母さんって、魔法使いだったの?」 「普通の主婦でしたよぉ」 普通の主婦が黄昏の指輪持ってるわけねーだろ。 と声を大にして言いたかったが、色々と負い目があるリツコは黙っていた。まあ、ミサトのお母さんみたいな例もあるし、そう言うこともあるだろう。 仮面のお母さんはともかく、アオイを見ながらリツコは思った。母親が主婦だったにせよ、魔法使いだったにせよアオイはちゃんと修行する必要があるだろう、と。正直、指輪を研究してみたいという欲求もあるが、形見を研究材料に頂戴とはさすがに言えない。 となると…。 「あなた、将来何になる気?」 唐突な質問にアオイは目をぱちくりとさせた。 (将来はお兄ちゃんのお嫁さん…) ちょっと顔を赤くしてイヤンイヤン。 その妄想の仕方が知り合いの『不潔よ〜〜〜〜!!!!』娘に似ていて、内心こいつもかと思ってしまうリツコ。だいたい、何が不潔、よ。自分にピッタリの男を見定めるために、とっかえひっかえしてるくせに。ぶつぶつ。 「うっ……、何考えてるか知らないけどあなた魔法の勉強する必要があるわ」 「え?」 「いつまた今回みたいに暴走するかわからないから。 言っとくけど、私はあくまできっかけに過ぎないわ。今後も何を原因にして暴走するかわからない。それがイヤなら、あなたは魔法の修行をしないと行けないわ」 なんでここまで世話を焼くんだろうと内心思いながら、リツコは苦笑した。 いいえ、私は子供なんて大嫌い。この子の世話を焼くのは迷惑をかけたからと、才能があるみたいだからよ! マヤみたいな馬鹿とは違う本当の才能が! いじっぱりリツコさん。 「魔法の……修行」 「そう。もし、あなたが本格的に魔法の勉強したいと思うのなら、誰か適当なところに弟子入りしなさい。そして仮に、どの先生も満足できなかったら…」 それだけ言うとリツコは名刺を取りだした。 「ここに来ると良いわ」 「錬金術師…赤木…リツコ?」 「うふふ、じゃあね」 まだきょとんとするアオイに破顔すると、リツコは翼を羽ばたかせた。 もう第三新東京市にいる理由はない。 魔法の目で見たところ、彼女だけでなく、ミサトも加持も、ウィンダムも何かと戦い手ひどい敗北を喫したようだ。加持は片腕を失い、全身を焼けただらせる重傷を負い、ミサトも全身打撲に複雑骨折、しかもショタという病気まで再発している。最悪なのはけったいな友情に目覚めてしまったウィンダムだ。 この想像もしてなかった敗北は、組織内での彼女達の立場を悪くするだろう。 結局アダムも見つからず、ウィンダムとJAの戦いで第三新東京市は見るも無惨な有様となったのだから。 だが、全てが無駄だったわけではない。 得る物もあった。 自分達の弱さ、もろさ、3人揃うとどうしても暴れすぎること。 そして予想もしなかった強い力の発見。 なにより、やはり自分達はユイに逆らえないようだと言うこと。 この失敗で粛正される可能性もあるが、たぶんない。どっちだ。 もとい、ゼーレにいられなくなるだろう。 ふと、彼女の能力『予知』が働き、一瞬漠然とした未来がかいま見えた。 一人の少年を中心に4人の少女が見えた。彼女達が何者かはわからない。 どうやらこの世界の命運を握る何かに関わってるらしいが…。自分達も彼らの運命に僅かに重なっている? わからない…。 ただ言えることは1つ……他人のする喜劇ってさいっこーに面白いわ。 精々楽しませて欲しいわね。 世界が変わる。動き始める。 漠然とそれを感じ取り、リツコは微笑みを浮かべた。 自分もそれに関わりを持つらしいのに、他人事みたいにリツコはそう思った。 続く 初出2002/04/10 更新2004/09/12
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