Monster! Monster!

第13話『バッテン狸の大冒険』

かいた人:しあえが










爽やかな風が1つの奇跡を


踊る踊る彼女は踊る。
風を巻いて山を駆けて粉雪のように。 
雪の結晶のように儚くて、
水のように捕らえどころが無くて、
氷柱のように冷たく鋭く見えるけど、
心は雲のように大らかだ。

なぜって彼女は雪の娘、氷の娘、冬の愛し子。
だから彼女は気まぐれだ。
美しさに心を奪われないように。
人がどんなに慕っても、決して報われることはない。
人を助けることもあれば、戯れに凍らせることもある。
心を射止めたように思えても、それは一晩の夢。
忘れるな忘れるな。
水を捉えることは、自然を支配することは、
人には決してできないのだから。

人間には。


〜 北の狩人達の諫め歌 〜















 山羊の鳴き声がのどかに響き、青草の清涼な匂いが清々しさを感じさせる、天を支えるとも讃えられた雄大なるスカイドン山脈。その山裾のとある牧場…。

 雪解け水の匂いと草花、針葉樹林特有のどこかきつい松脂の匂いが混じった風が吹き、人の膝より少し下辺りまで伸びた牧草を大きく揺らがせる。耳を澄ませば、遠くの沢のせせらぎが聞こえてきそうだ。一転して目を山裾に向ければ、緑の海のように広がる草原の草花がザザー、ザザーと擦れ揺れる音が響き、透明な巨人が転がったように大きく波打つ。
 まだ肌寒いが、もう春はそこまで来ていた。

(花の季節…私がいらなくなる季節)

 寂しそうな顔をして、彼女は手に持っていた小さな花束をそっと手放した。ライオンの爪のような形をした花弁が集まった白い花が風に巻かれ、遠く遠く、地平線の彼方にまで行きそうな勢いで飛んでいく。

「…………」

 場違いな、水色に染められた薄衣のドレスを着た一人の少女が、なんともやるせない表情で立っていた。傍目から見ると、そのまま踊りながら歌でも歌って踊りそうだが、花でつくった冠をかぶって直立不動のままである。すぐ近くで山羊の親子が草をはみ、子山羊がドレスの裾を食べ物の一種かと思ってはむはむしていた。とりあえずぺちっと頭を叩いてドレスを引っ張る。
 驚いたのか顔を上げると、恨めしそうに『め〜』と子山羊は泣き声を上げた。

「はむはむとしたらめーなの」
『メェ〜』

 初めて見る山羊なる生き物はどことなく愛嬌があって、頭を撫で撫でしてやると喜ぶので気分がいいが、やっぱり不安な気持ちと焦燥感はどうにもならない。強い風に乱れる髪を押さえながら、少女は過去に意識を飛ばす。

 思い出すのは2日前からの記憶。

 困って泣いていた自分を(ぶっきらぼうに)慰めて、食えと、山羊乳製のチーズを串に刺して焼いた物をくれたおじいさん…。チーズをくれただけだけじゃなく、屋根裏部屋に泊めてもくれた。無表情で、ぶっきらぼうで口は悪いけど、悪い人じゃないようだ。
 泣いたらメーなのよと、山羊みたいな事を言った女の子。黒髪をセミショートにした、ほっぺたが真っ赤なとても元気な女の子だ。年の頃は10歳くらい。そんな小さな子に説教されるのは噴飯物だったが、わがままと(彼女達にとって)訳の分からないことを言う自分に辛抱強く接して、あれこれと世話を焼いてくれた…。今思い出すと、どっちが年上かわからない。

(私…)

 暖炉の前でおじいさんと話したとき、彼女が親に捨てられたも同然だと聞いて、自分がいかに自分本位で自己中心的な人間だったか。それを思い知らされ、打ちのめされた。自分が自分で情けなく思う。溢れんばかりに恵まれた彼女のような存在がいる一方で、不幸だけどよかった探しを決して諦めない人々もいるのだ。
 遊びにやってくる羊飼いの男の子にも世話になった。私を見て最初、ぽや〜として女の子にお尻つねられていた。微笑ましかった。

 ごめんなさい、こんな時どんな顔をすればいいかわからないの。

 とにかくみんなに精一杯の感謝。
 なぜ感謝をするのか。
 それは彼女が生まれ変わったから。
 塵に同じ、目から鱗が落ちた。一皮剥けたと言っても良い。苦労することを覚えて、彼女は変わった。人間でも魔物でも生きていくことは大変なこと…それを知って。

(目から鱗が落ちるって言い回し、それは本当のことだと思う)

 これからは爺や、妹、国民のみんなのことをまずちょっとは考えて行動するようにしよう。確かに北の魔物から守る姫将軍みたいなことをしたけれど、だからこその王位なのだけれど、でも、それにしても自分はわがまますぎたと思う。次…もし機会があったらだけれど、わがままを言わないようにしよう。それがせめてもの私の謝意…。


 それはそうと。


「ここ、どこ…?」

 吸い込まれそうに青い空を見上げながら、だーと音をたててレイは涙を流した。

















 その場の勢いで国を離れたけど、よくよく考えたらレイは第三新東京市がどこか知らなかった。
 途中で、飛び出した直後どうしようかと途方にくれたけれども、南に行けばいいだろうと適当ぶっこいて季節風に乗って飛んでいた。確かに、間違いではないが、城からろくに出たことのない彼女は世界の広さを知らなかった。漠然と南に向かって気流に乗って飛んでいたが、途中、どでかい山にぶつかって、そのままそこに雪となって降る結果になってしまった。
 だってしょうがない。雲より高い山だったんだから。
 ジェット気流に乗れるくらい高度に昇ることができれば良かったのだが、そこまではさしもの彼女でも無理だった。
 言い訳にもなっていないが、仕方なく雪となって降った場所で人型を取り戻した。そして、戻ったところで改めて途方に暮れた。自分がどこにいるのかさっぱり分からなかったからだ。見える範囲は全部雪で真っ白。現在地がどこかわからない。
 そのうち吹雪いてきて、おまけに夜になって何も見えなくなった。青い空がすぐに夜藍色になり、そして漆黒に変わる。星も見えず月も見えず、吹雪く雪が蛾か何かのようにまとわりつく。初めての経験は恐ろしかった。寒くて死ぬと言うことはないけれど、彼女は夜の闇に一人でいると言うことは初めての経験だ。しかも山の中。

(夜は怖いの。お化けが出るの、碇君助けて…。)



 いや、君がお化けなんだけど。



 しばらく指を加えて空を見上げていたが、啄木鳥のようにきょろきょろと周囲を見渡した後、身を絞るようにため息をもらした。
 ぺたりとしゃがみ込んで、心配してついてきてるに違いない爺かリナ、優しいユイお義母様の助けを待ったが、10分たっても誰も来ない。萌が足りないのかと、両手を胸元で祈るように組んでウルウルと涙目になってみたけど、やっぱり誰も来ない。もちろん救援があるとかは彼女の都合のいい思いこみ…なのだが、レイは不機嫌そうに眉をひそめた。
 こんなに困ってるのに誰も助けてくれない。酷い、みんな大嫌い。…とレイは逆恨みする始末だ。
 結局暖かい雪の中に座り込み、とにかく待つこと1時間。降り続ける雪に頭まで埋もれたところで仕方なく、麓に向かって歩き始めた。
 雪を振り落とし、新雪の上に足跡を残しつつゆっくりと、ただ麓に向かって歩く。


(きついの)


 10分ほどでまたぶーぶー文句を言いながら座り込んじゃったけど。

(碇君…)

 こねえって。
 怖くて寂しいのでまた歩き出すレイ。

 以後10回繰り返し。

 で、翼ある魔物か精霊を呼び出して、空を飛べば良いんだと気付いた時には、雪もやんで東の空が白みかけていた。

「…朝日。もう、朝。…私、寝てない」

 眠さときつさに腹を立て、時間を無駄にしすぎたことと、すぐに思いつかなかったことに恥じ入りつつ、レイは右手を真っ直ぐ頭上に伸ばし、意識を集中させつつ目前の雪原を睨み付ける。指でなぞっているわけではないのに、勝手に雪の上に筋が走り、複雑な紋様で飾られた五芒星形の魔法陣が描かれていく。

「綾波レイの名において、僕たる雪の子らを呼びださん」

 血の気のない唇を動かし、静かにレイは召還の言葉を唱えていく。
 雪の魔法陣が輝き、紋様と、四方を守る4大精霊の名前などの魔法の言葉が揺らぎ、ミミズがのたくるように光の中で踊り始める。

「来たれ来たれ、降り来たれ。翼を持った竜の眷属降り来たれ。
 私は命じる、祖霊の名にかけて。
 苦役の契約に従い、降り来たれ。
 汝が名前はアロン。
 翼もちし竜の一族。
 私の呼び声が聞こえたなら、来たれ来たれ、銀月の盟約、血の滴る腸で縛られし汝、集い来たれ!」

 そしてレイが腕を一振りしたとき、魔法陣の中心から煙がわき出すように巨大な飛竜が姿を現したのだった。

【ギャオオオオ────ッ!!】

 数度翼を羽ばたき、空中で旋回した後、アロンと呼ばれた飛竜はレイの目の前に着地した。自分に影をかける竜をじっとレイは見上げる。身の丈3m、翼を広げたら翼長8mほどか。後ろ足で直立歩行して、物をつかめる手を持つ最も一般的な姿をした竜である。
 確かに…ユイが会話していたライディーンと比べればあまりにも小さく、弱々しく見えるが人間にしか見えないレイが気軽に使役できる存在ではない。
 生意気な奴めと言わんばかりに、アロンはじろっと睨め付け、レイを見下ろすが、彼女は些かも怯むことなく、真っ直ぐにアロンをにらみ返した。レイの目が、怪しく闇に輝く松明のように光る。

【…ぐぅ】

 勝てない。

 慌てて目を逸らし、体を震わせながらアロンは恐怖におののいた。
 小柄で、軽く握っただけで血にまみれて弾けそうに見えるが、レイの力は自分を遙かに超えている。そのことを痛いほどに感じ、アロンは使役される不快感ではなく、ただ畏怖の感情を浮かべた目をしてレイの眼前に平伏した。
 背中の翼を小さく小さく折り畳み、鼻を擦り付けるようにレイの手にすり寄せる。

「わかったみたいね。力の差を。別に先人の契約なんか無くても、あなたくらいは簡単に従わせることはできるの」

 鼻で笑うレイの言葉に、アロンは頷くように何度も地面に頭を擦り付ける。
 さながら暴君の飼い主に平伏する犬のように。

「…命令するわ」

 それはもうなんでもどうぞ。犬と呼んで下さい女王様。

 卑屈に身を縮めながらアロンはレイの言葉を待った。一体、どんな命令を下されるのか。街を破壊するのか、乙女達をさらい人々を嘆かせるのか。それとも光の戦士の力を計るだけの目的で使われるのか。最後のはかなり嫌だが、アロンはレイが何を言おうと素直に従う気だった。

「どっかお休みできるところに連れていって。ご飯が食べられるともっと良いと思う」

 はい?

 世にも珍しい、困惑し、呆気にとられた竜が見られたとか。



 ぶつぶつとなにか呟くアロンに跨り、空を30分ほど飛んだ頃。
 かなり麓におり、既に辺りに雪はなくなり青々とした牧草が生える酪農農家の牧場らしきところで、レイは一軒の小屋を見つけた。長い風雨にさらされたのか結構ボロボロで、風車の軋み音が気に入らないがとりあえず、一休みできそうだ。

「着地して」

【……あぎゃ】

 不承不承、レイに従い着地する。雪山を飛んだことでかなり強ばった翼をいたわりつつ、アロンはなんとか小屋の前の広場に着陸する。だがやはり夜の雪山を飛ぶのはきつかったのか、途中でバランスを崩し、草を蹴散らして、土を抉りながら滑るように急停止する。
 完全に止まるのも待たず、レイはヒラリと身を躍らせた。アロンは翼がレイに当たらないように、慌てながら翼の羽ばたきを小さくする。なんとか激突はしなかったが、風に煽られて髪が乱れ、少しレイは不機嫌そうな顔をした。

「もう良いわ。帰って」

 それだけ言うと、レイは後ろも見ずにアロンを使役から解放した。慣れない雪国を延々飛ばされたのに、言うことはそれだけなのかと、泣きそうな、情けないような顔をしたままアロンは空気に溶けるように消えた。どうにも、主に恵まれない自分の不運に泣きたい気持ちらしい。




 アロンが消えたことを確認もせず、レイはじっと石組みの隙間から草が生える頑固な老ドワーフのような小屋を見つめた。

(ボロいの)

 失礼なことをしれっと言い放ちながら、レイはトコトコと草を踏みしだきつつ小屋に向かう。

(足が棒になったの。一休みなの)

 いや、途中から全然君歩いてないけど。

 温度差で内側に水滴がついた窓を見ると、暖かな光が瞬いているのが見える。
 時間にすると午前4時でまだまだ暗いと言うところだが、牧場は早くから起きて家畜の世話をしないといけないため、実のところこれで普通なのだ。もちろん、レイにとっては知った事じゃない。

(たたき起こす手間が省けたの)

 ニコニコ笑いながら、これまた老エントのように干からびた樫の扉をリズミカルに叩くレイ。

 とんとん♪

「ん、誰じゃ?」

 小屋の中から、深いバリトンの声で誰かが誰何してくる。レイはそれに応えず、人がいたことを喜びながら何度も何度も扉を叩いた。

「私。この扉を開けて」
「いや、だから誰…」
「あーけーてー」

 ドンドンドンドン

 全然説明になってない気もするが、色々あって今はペーターさん(70)の家にお世話になっている綾波レイなのだった。











「あうう、しくしく。帰りたくても方向も何もわからないの。
 第三新東京市に行こうにも、やっぱり場所がわからないの。
 長距離飛行ができる妖魔とは契約してないし…。
 お姉ちゃんがこんなに困ってるのに、リナは捜索隊もよこしてくれない。これじゃ、おじいさんに恩返しができないの。それダメなの」

 ……前文、ちょっと訂正。
 まだだいぶわがままのようだ。

「碇君のお家、お爺さんに聞いたけど、知らないだって。
 ……使えないの。爺さんは用済みなの」

 爺さんが聞いたら目を回しそうな理不尽な文句を言いつつ、草の上にぽふっと座り込んで空を流れる雲を見上げる。青い空の中で、大きな雲、小さな雲が動き、千切れ、あるいはくっついたりして刻一刻と形を変えていく。
 あの雲は、シンジの家の上を通った雲なのだろうか。

「誰か、碇君の家の場所を教えて…」

 ああ、空はこんなに青いのに、風はこんなに暖かいのに太陽はとっても眩しいのに…。
 どうしてこんなに不幸なの。










 ん?

 目を見開き、レイは目を凝らした。何かがいるのを感じる。

(空を飛ぶアレは…?)

 レイの深紅の瞳の瞳孔が猫の瞳のように小さくなり、精密機械のような雰囲気と共に空の一点を見つめた。青空をバックに、気持ちよく風に乗っている大きな影が見える。

 目を細めつつよくそれを観察する。
 姿を消す魔法を使ってるみたいで薄ぼんやりしているけれど、空気の揺らぎまでは隠せない。空気の乱れ、即ち風の精霊を見ることができるレイには、何かが空を飛んでいる事がハッキリと確認できた。それも渦と風の精霊の数から判断して、かなり大きいことが見て取れた。だからこそ、気がついたとも言えるのだが…。

「汝が正体見たり、形無しのもの。正体晒せ、風の影」

 おもむろに『透明物感知』の呪文を唱え、何が飛んでいるのかその正体を確認しようとする。アロンによく似ているが、それよりも大きい。また、翼も典型的な蝙蝠型の翼ではなく、魚の背鰭のような翼が背中から生えている。よくアレで飛べる物だ。
 ともかく、レイにはその影の正体が分かった。

 ぱ〜っとレイの顔に明るい笑みが浮かんだ。
 今にも踊り出しそうなくらいに顔を輝かせ、空を掴むように両手を天に伸ばした。

(体より大きな翼、赤い一つ目、アレはどう見ても大緑竜のガ……くちゅん。
 本名で呼ぶと怒るの。
 あの竜(ひと)は大空魔竜『ガイキング』さん。
 やったわ。良い子にしてるレイちゃんに神様のプレゼントなの。ご都合主義? なにそれ、私知らない。
 ガイキングさんならきっと第三新東京市がどこか知ってるの。
 やったの。これで碇君を泥棒猫から取り返すことができるの)



 だが、ふとレイの表情に翳りが浮かんだ。



 あ…。

 お爺さん達にお別れを言う暇がないの。
 ガイキングさん、とってもせっかちな性格だから…。
 でも、今を逃したらいつまたチャンスがあるか。

 ごめんなさい。
 何も言わないで姿を消す私を許して…なんて言えないけど。
 でも、今まで本当にありがとう。
 いつか、いつかきっと恩返しするの。そう、たとえば1年365日、毎日雪が降るようにとか。雹が良いかしら?
 とにかく、絶対恩返しはするの。

 だから、今は私の旅立ちを…。



 しばしうつむき、最後の想い出と親子の山羊をぎゅっと抱きしめた後、レイは強い光をたたえた紅い瞳を天空に向けた。そこには、透明化の魔法をかけた緑竜が、まだのんびりと空を飛んでいる。
 ちょっと気むずかしくて怖い竜だが、知らない仲じゃない。

 すぅと胸一杯に息を吸い込むと、レイは精霊にも聞こえるように言霊を交えながら竜に呼びかけた。



「おーいなの。ガイキングさーん!」

 異世界にも聞こえるはずの呼びかけだが、竜は聞こえていないのか降りてくる様子は全くない。もしかしたら、寝ているのかも。
 だが、聞こえてないで済ませるわけには行かないレイは露骨に顔をしかめて呻くように呟いた。

「……聞こえてない。
 ………………………………耳遠くなったのねガイガンさん


『その名で呼ぶのは誰だぁっ!!!!!』



 ヒュン!

 突然レイの前に緑色の鱗に覆われたドラゴンが出現!
 地面を抉り、爆風で山羊の親子ごと吹きとばしつつレイの眼前に急停止する。
 ちょっと遅れてドゴン!と轟音が響いた。
 遠くで『キャーおじいさーん』とか『雪崩がー!』とか『家がのみこまれるー!』とか悲鳴が聞こえてるが、あうあうと声にならない悲鳴をあげてるレイにとっては些細なことだった。って恩返しするんじゃ…。

「あうあうあう」

『てめぇか、こら!?
 人の本名をあげな大声で喋りくさったんはっ!?
 ああ、コラ! ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわせたろか!?』


 某国、某所のヤのつく素敵なご職業の方みたいな事を、巨大な緑竜は言いまくる。もちろん、レイ言うところの怖い竜こと、大空魔竜ガイキングだ。器用にでっかい鈎爪のついた手でレイの胸ぐらを掴みあげ、宙ぶらりんの状態にして脅しを入れるその姿はとてつもなく人間くさい。
 レイはあまりの恐怖にガタガタ震えて言葉が出ないようだ。下手すれば下半身が緩んでジョジョーとかなりそう。それぐらい怖いらしい。
 と、蒼白になってあさっての方向を見てるレイが気に入らなかったのか、ガイキングは三日月形の一つ目をクワッと見開きながら、竜王ゴ●ラでも怯むようなメンチを切って見せた。

『人が喋ってるときはちゃんと相手の目ぇ見んかい!
 ってこら!
 なにガン飛ばしとんじゃ!!!
 えぐり取ってスープにすんぞ!!!』


 なおも続く罵声の嵐にレイは気絶寸前だ。首を絞められてるような状態なので、そっちの意味でも気絶寸前。いったいどこの出身なのかいたく興味がわく。とまれ、そこまで言ったところで、ようやく彼は掴みあげてる相手が誰なのか気がついた。
 青い髪、紅い瞳、雪のように白い肌…。そして高い魔力。
 なにより忘れようったって忘れられない誰かにそっくりの顔…。

(レイ?)

 目を丸くしたガイキングが慌ててレイを離すと、当然重力に引っ張られてレイはお尻から地面に激突した。

「きゃいっ!」

 痛かったのだろう、涙目になってお尻を押さえながら『う〜』とレイは唸る。レイの唸りを無視し、ガイキングは珍しい虫でも見るようにじっと彼女の顔をのぞき込んだ。
 もふーと生暖かい鼻息がレイの服やら髪やらにかかり、さっきのこともあってますますムッとするレイ。でもとっても怖い竜なのでやっぱり黙りんぼ。
 やがて落ち着いたのか、ガイキングは草の上に腰を下ろし、優しげにレイに話しかけた。

『なんで君がここにいる?』
「うううっ、良くぞ聞いてくれたの」

 目を回していた山羊の親子をなだめつつ、レイは懐からハンカチを取りだした。
 ハンカチで出てもいない涙を押さえ、レイが芝居がかった口調で語りだす。

「……話せば長い事ながら」
『ふむ?』
「碇君に会いに行こうとしたけど、迷ったの」


『全然長くねぇ』


 レイの言葉にがくっとずっこけるガイキング。つき合い良いなぁ。

『……ま、それはそれとして。碇君とは…アレのことか?』

 そう言いつつガイキングはちょっと顔をしかめた。目がぐにゃりと歪み、口…ではなく嘴も歪めながら嘆息する。アレの顔を思い出して、凄く気分が悪くなった。竜ではあるが…彼は人間の美醜とかがわかる。多少特殊な趣味をしてるとかそう言った要因があったとしても…。うげぇとガイキングは舌を出して呻いた。

 まったくアレのどこが良いんだろう?

 人間、もとい…の趣味ってそんなに悪いのか。それともそれはユイだけなんだろうかと考えてしまう。
 緑竜はひたすらに知識を溜め込み思索に耽るという習性があるのだが、ご多分に漏れず彼もそうだ。会話の途中でもついつい考え込んでしまうという、対人関係でマイナスにしかならない悪い癖が彼にはあった。もちろん、レイはそう言ったことも良く知っていたので、即座に掌の中に冷たい息を吹きかけて巨大な氷柱を生み出し、その氷柱…と言うより氷の槍をぶすっとガイキングの柔らかそうなお腹に突き刺した。実はタイヤのような弾力と固さを持った腹の皮は槍をはじき返すが、それでも相当に痛かったのだろう。意識を現世に復帰させ、恨みがましい涙目でじっとレイを睨んだ。もうちょっとやり方があるだろうと言うガイキングの視線をレイは無視だ。

「違うの。私の言う碇君は、ユイお義母様の息子の……シンジ君」
『ああ……なるほど。あっちの方ね』
「そうなの。今彼にとっても悪い虫がついてるの。それを何とかしないといけないの!
 お願い、ガイガ……ガイキングさん。私を第三新東京市まで連れていって!」

 言ってる間に感情が高ぶり、涙を流しながらレイは言った。ガイキングが言ったとおり、じっと相手の目を見つめながら。

(さて…どうしたものか)

 じつは既に電磁竜ライディーンと氷河竜アイスから詳細を聞いていた彼は、レイの言う悪い虫が誰なのかを知っていた。正直、悪い虫とまで言うかな、と思うのだがレイが言いたいことは良くわかる。
 それに、レイは悪い子ではない。表現が下手で、極端から極端に走るだけだ。それになにより、嫌いじゃない。

 となれば。

 にやっと笑うとガイキングは豪快に毒ガス混じりの息を吐き出した。

『ふっ、みなまで言うな。途中まで連れて行ってやろう』
「ありがとう!」

 感激の余り首に抱きつくレイを可愛く思いながら、ガイキングは目を細めた。
 可愛い女の子が喜ぶ顔はなにものにも代え難い。
 それだというのに超赤竜ゲッターとかライディーンとか鉄城竜カイザーはそれがわからんと言う。そればかりか彼らのリーダーである竜王ガイアー超時空竜マクロス『君が何を言ってるのか、僕にはわからないよ』とか言う始末。
 まったくなっとらんね!




『そうとなったら善は急げだ。乗れ、レイ』

 彼の首にうんしょとしがみつき、鱗や背鰭を足がかりにレイはガイキングの背中によじ登った。少々はしたないが、足を開いて背中に跨りぎゅっと首筋にしがみつく。

「乗ったの」

 手綱がわりとばかりに、レイが自分の腕ごとガイキングの体の一部を凍らせたことを確認すると、ガイキングは後ろの二本足で立ち上がった。影になった山羊の親子が、今度こそ泡を吹く勢いで麓に向かって一目散に変えだしていく。
 小さい物は臆病だと思いつつ、ガイキングは鼻から息を吐き出して嘆息した。

 尤も、山羊が驚くのもある意味無理はない。
 首をぺったり地面に付けて四つん這いになっていたため、さっきは小さく見えていたが、起きあがるとかなりの大きさだ。首はライディーンに比べて短く、すぐ胴体になるため長さは負けているが胴体は太古生きていた恐竜に酷似し、大きく強くしっかりしているため、体重は遙かに勝っているだろう。いわば重量級の元素竜だ。
 ちょっとしたビル並の高さから、レイは周囲を見渡した。
 頂上付近を白く化粧した、空に向かって突き立てられた牙のような山々が連なり、そこから一歩下がって青くなった部分では人間達が家畜を育てて細々と、だが質実剛健に暮らしている。自分は、ほんの数時間前まであそこにいたのだ。

(本当にお世話になりました)






 翼の一振りで空に舞い上がり、ガイキングは風に乗って一路第三新東京市を目指した。首にしがみつくお姫様を王子様の元に届けるために。言ってみれば、彼は竜の宿敵である騎士(ナイト)の役回りをしているわけだ。

(しっかし、本当にユイの言うとおり途中で迷子になってるとは…。大丈夫か、ハーリーフォックスは)

 苦笑しながらガイキングはそう思った。ついでに彼女を送り届けた後の第三新東京市の行く末を考えたりする。

 凄いことになるだろうなぁ。

 もちろんどっちも知ったことじゃぁないが。


























 薄暗いが豪奢な部屋の中で、ブランドものの背広を着た髭の立派な男が、ぷるぷる震えながら報告書を読んでいた。力がかなりはいり、書類がしわくちゃになっているがその事にも気がついていないらしい。
 彼の前にはただでさえ小さい体をもっと縮めた貧相な顔つきの男が、おどおどしながら髭の男の様子をうかがっている。もちろん彼らは言わずと知れた第三新東京市の最高権力者、市長の高橋とその側近兼副市長の「腰・ギンチャク」である。かなり適当な名前だが、出番はこれが最後だから問題ない。

「城壁が2カ所で完全崩壊。しかも片方はJAの流れ弾で…」

 口の端がとにかくひくつくのかまるで笑っているようにも見える。それぐらい、納得できない思いで身を捩っているのだろう。敵にやられたならともかく、味方にやられると余計に痛く感じるのは何故?そんな感じに。
 いや、実際痛いなんでモノじゃない。
 保険が利かないから。

 その様子を見て、腰はますます体を小さくした。

「家屋の崩壊およそ3000棟、避難生活を余儀なくされた市民が1万人だと?
 総人口の20%か。怪我人多数。死者がいないのはまさに奇跡だよ」
「一応、街の広場を解放し、さらに慈善院に出資して救援活動を全力で行わせております。また一部の貴族にお願いして敷地を一時的に開放してもらいました」
「暴動を起こされたくなければ、そして次の選挙に勝ちたければ当然だな。
 で、ざっとでかまわんが……被害総額と復旧にかかる日時はどれくらいだね?」

 そうたずねながらも、半ば予期しているのか忌々しげに高橋は一口吸っただけの葉巻を水晶の灰皿に押しつけた。じりじり、じりじりと彼の苛立ちを現すように煙が一筋立ち上った。
 まるで自分が押しつぶされているように感じ、腰は心の中で悲鳴をあげた。質問に答えたくない、きっと市長は…市長は…。

「早く言いたまえ」

 ゴクリとつばを飲み込み、腰は覚悟を決めた。明らかにイヤなことをさっさと済ませてしまおうと決意したのだ。

「被害総額……約10億GCです。復旧のめどは、いまだ立っておりません。とりあえず、城壁だけはフルピッチで補修中でして2週間、少なくとも今月中には…」
「10億! それだけあれば最新鋭のゴーレムが5台は買えるよ!
 そう、ゴーレムと言えば時田君は!?
 彼はいったいどこにいるのかね!?」

 顔に血管を浮かべ、激高しながら高橋は叫んだ。口からつばが飛び、左手に持っていた報告書が握りつぶされるが彼は気付きもせず、腰に怒りをぶつけた。

 少なくとも時田をスケープゴートにしなくては! でないと次の選挙で!

 腰には市長の考えてることが痛いほどわかった。
 その一方、恐れおののきながらも、時田課長の出撃を命じたのはあんただよとも考えていた。もちろん口に出すような無謀なことはしない。代わりに凄く言いたくないが、時田シロウの今現在の様子を口に出した。

「と、時田課長は…」
「彼は!?」
『正義の心による巨大化』とか訳の分からない置き手紙を残して、JAと一緒にどっかに行ってしまいました。
 一応止めたのですが、何分あの混乱の後ですし、しかも彼はJAに乗ったままでしたので…って、あの市長?
 聞いてます?」

 急に殺気がなくなったことに怪訝に思った腰は高橋をじっと見つめ…

「ってダメだ。目を開けたまま気絶してる」

 器用だなぁと思いながらも、腰は案外市長も小心者と評価を書き換えていた。第三新東京市のトップが替わる日もそう遠くない。























 海のように巨大な大河……第三新東京市のすぐ横を流れる彼の街の、そしてこの大陸の半分の生命線でもある大ナース河の中流域に、川幅から見たら玩具のように小さな一艘の筏が浮かんでいた。数本のバルサの木を束ねたオーソドックスな筏で、真ん中にちょっとした小屋のような物が立てられている。今時コンティキ号でもあるまいに。

「ふー、とりあえず怪我は治ったわ。さんきゅー、加持」

 筏の上の小屋の中にて、体に貼られていた絆創膏を引き剥がし、その下にあったはずの傷がなくなったことを確認したミサトは、軽く口笛を吹いて感心したと態度に現していた。ちょっとその態度はいただけないなと思ったが、惚れた弱みで強く言えない加持はやれやれと肩をすくめた。

「しかし、葛城がここまで手ひどくやられるとはね…」
「仕方ないでしょ。まさか究極烈火球を使える魔法使いだなんて思わなかったんだもん!」

 湿布を剥がした後の紅くなった部分を撫でながらの加持の呟きに、顔を赤くし、ぷいっと横を向いてミサトは拗ねた。ああもう、恥ずかしくってまともに加持の顔を見ていられない。あと、少し気持ち良い。あ、そこ…。

 一方、そう言う拗ねるって行動はもっと若いときにやらないと効果ないぞと考えながら、加持は恋人の行いに苦笑した。そもそも彼女の怪我は自業自得だ。

 ちょっと好みの美少年が居たからと、18禁な事を考えることが間違っているんだ。

 …と声を大にして言ってやりたいが、どうせ聞くわけないから止めた。隣にこんないい男が居るというのに。
 そして真顔になってふっと呟く。

「それにしてもロストマジックの使い手か。偶然……じゃないだろうな」
「どういうことよ、それ?」
「いやな。俺もあったんだよ。ロストマジックの使い手に…」
「え?」
「それも俺の妹だったんだ。3010年前に生き別れた、奴に殺されたはずの妹に…」

 驚いた顔をするミサトを無視して、加持は涙を隠すように右手で顔を覆った。左手も使って全体を覆いたかったが、左手は妹であるマユミとの戦いで失われていたためできないでいる。

 ああ…。
 あの可愛く、素直で、『お兄ちゃん♪』と俺に甘えていたあのマユミが……。
 考えてみれば本当にお姫様だったんだから、これがホントのシス(略)
 最後に見たときは6歳だった。可愛くて可愛くて、目に入れても痛くないくらいに可愛い妹。あいつを傷つけた奴は、地の果てまでも追っていって全身の関節を逆に曲げてやるとかたく誓った。
 だが、俺は彼女を守れなかった。自分が父親とケンカして国を離れているとき、大臣の謀略で父と、他の兄弟達と一緒に殺された。

 風の噂でそれを知った俺は国に飛んで帰り、それが事実と知らされ世の中全てに絶望し、神を呪い……。

 その後あったことは思い出したくもない。
 ただ、彼は正当な王位継承者として国を継ぐことはできず、数代遠縁の人間が王位を継いだ後、マウントクリフ王朝は異民族の侵入により滅びた。







 ただ、昨日妹と再会したことだけは忘れたくても忘れられない。
 よりにもよって、自分の敵として出会うなどとは。
 いや、そんなことはまだ良い。

『山…碇マユミです』

 もう一々誰かに説明して貰うまでもない。
 既に誰かと結婚してるらしいことは、血の涙を流さんばかりにショックだ!
 つまり、妹は、妹のマユミは!どこぞの誰とも知れない馬の骨に!!!

 くくぅ、お兄ちゃんは悲しいぞ────!!!!


「へーあんたの妹ねぇ。
 おわっ!?
 なんであんた血の涙流してるのよ!?」
「ほっといてくれ」


 結局、ユイが今居るかどうかの確認及び、アダムの有無の調査はできた。両方とも無かったことははっきりした。加持、リツコ、ミサトの確認したそれぞれの特異点はアダムとは比べ物にならないほど小さなレベルだった。
 アダムはどこにも見あたらなかった。無かったと言い直しても良い。ただ、ミサトが担当した特異点、ロストマジックを使ったという少年の力が少々気がかりだ。アダムにしては小さすぎるがやはり、気になる。こういう場合、最初の直感こそが正解だろう。
 一方、ユイはやはりどこかに移動していた。それが旅行か、それとも陽動かまではわからない。ユイの性格から考えると旅行だろうというのが、3人の間で一致した意見だ。気楽なことだ。

 ため息をつきつつ加持は今後のことを考えた。

 一応任務は果たせたと言えるが、問題がないわけでもない。
 街を壊しすぎたことが1つ。
 あの街はとある存在を封印する要石としての役割があるらしい。いずれ解放するつもりだとは言え、まだそれを制御する方法がない今、そんなことはもちろんできない。それの解放はゼーレの、世界の崩壊と同義らしいからだ。幸い、それが解き放たれるほどの被害はなかったが、帰ったらやんなるほど叱責されるだろう。
 そして問題はもう一つある。
 ミサトが欲望丸出しで男の子を襲ったこと。加持自身はミサトの行動にかなり眉をひそめているのだが、あまり大きな事を言うつもりはない。彼自身、相当に浮気者だから人のことを言えないだけかも知れないが。問題は加持ではなく、キールにある。
 意外なことだが、キール議長はその手の問題には目くじら立てて怒り狂うのだ。過去、少年だった頃に何かあったらしいが。しかし、キールの少年時代っていったい…?

 少し怖い想像になった。



 嫌な想像を脳裏から振り払い、改めて加持は今後のことを考えた。
 ミサトはともかく、加持とリツコは望んで戦闘になったわけではないが、帰ったらまず間違いなく叱責されるだろう。いや、まず間違いなく降格される。それもかなり嫌みったらしく。今の地位は戦闘員の隊長のような物で、彼女達本来の実力からすれば不当に低い物だが、それでも相当に苦労して手に入れた地位だ。元ユイの弟・妹弟子に当たることがかなり不利に働いているのだ。
 どんな嫌味を言われて平の戦闘員にされるか…。正直戻りたくない。
 それに加持にはもう、ゼーレに所属するメリットは全くない。妹が見つかったのだから。
 他の兄弟? 男なんて無視。
 ってそれはまあ冗談として。マユミに聞けばいいのだし。

「(辞める)潮時かもしれんな」
「え?」
「いや……なんでもない(どっちにしろ、荷物とかがあるから一旦は帰らないわけにはいかないよな)」

 最後のタバコを取りだし、それに火をつけると加持はすぅっと肺一杯に煙を吸い込んだ。
 サラリーマンにも飽きてきたところだし、ちょうど良いかもなと思っているのだろう。
 彼の顔はとても清々しかった。

 そうなると吸いなれた安物のタバコもなんだか旨い。青いナース河の水面を眺めつつ、横目で水の上にいるから借りてきた猫みたいになってるリツコをチラッと見た。白衣に包んだ体を丸めてしばらく消すことができない猫耳をぺたりと寝かせていて、普段とのギャップが言葉にできないくらい可愛い。

「ふに〜。早く陸に着かにゃいのかしら」
「あにあんた子猫みたいな口調になってるのよ」

 リツコにちょっかいを出すミサトを見つつ、考えてみれば両手に花なんだよなと、頬がゆるむことを考える。天性のスケコマシにして女好きだ。
 四つん這いになって小さくなってるリツコに迫るミサトに鼻の下を伸ばす。こう、胸が重力にひかれてブルルンとなって。

「にゃにゃにゃ。変身を解いた後遺症で帯電体質ににゃってるから、今の私は水がダメにゃのよ…」
「(すげぇ説明口調ね)具体的に水がどうダメなの」
「ビリッときてニャーなの」

 弱々しいリツコの告白に、にんまりとミサトの顔に笑みが浮かんだ。右手を伸ばして水をすくいあげ…。

「よーし、水かけてやるわ!」

「ふぎゃあああああっ!!!」

「ちょ、ちょっとリツコ!ひっかかないでよ!」

「にゃああああっ!!!」

「ちょっ、いい加減にしなさいよ!!」

「フミャア─ッ!!!」



 ズシャッ! ザクッ! ブシャッ!

 ちょっと洒落にならない音と悲鳴が耳を打つ。
 飛び散る血潮に顔を染めながら、ちょっと加持は悲しくなった。


















「アイスさん、ゲッター君呼んでくれた?」

 巨大な洞窟の中、色とりどりのペンギンに囲まれたユイが、目前で嬉しそうな顔をする10歳くらいの女の子に話しかけていた。
 ペンギンをモチーフにしたらしい青い防寒具を着た、茶色でセミロングの髪の、瞳が大きな可愛らしい女の子だ。別名、東北の宝。

 うん、私呼んだよー!

 といった風に顔を輝かせる少女。
 それに合わせて周囲にいたペンギンたちが踊る。らぶりー♪

「ありがと♪
 ゲッター君、人付き合い悪いけど、アイスさんが呼べばすぐだからねー」

 いたずらっぽい顔でユイはくふふと笑った。たとえ相手がドラゴンでも、恋愛沙汰ほど面白い話はないのだ、彼女にとっては。もちろん息子の恋愛を引っかき回すことも彼女にとっては娯楽の一種と言っておこう。酷い親だな、しかし。


 どういうことかわかんない。

 と言う顔をするアイスちゃん(本名ゴアゴ(略))。

 その顔が可愛くて、ついついぎゅっとユイは抱きしめてしまう。できればこのまま持っていきたいが、これから自分が行く場所は彼女には辛いだろう。だから涙を飲んで諦めた。

「うふふ。そのうちわかるわ♪
 はやく素敵な恋をしなさいねー♪」


「?」


 顔一杯に疑問符を浮かべながらもアイスはうんっと元気良く頷いた。ペンギンたちも一斉にそれに合わせてグワッグワッと鳴いた。


























 そして最後に影の薄い主人公は…。



「マユミさん! 汚されちゃった!僕、汚されちゃったよ!」

 朝っぱらから泣きわめいてマユミの腰にしがみついていた。
 いきなり積極的なシンジの行動にちょっと驚くが、シンジが痴女(ミサト)に襲われたという話をトウジ達に聞いていたため、マユミは何も言わなかった。代わりに彼の過剰な反応もしょうがないと考え、そっとシンジを抱きしめる。まあ実のところMカレーガスの衝撃が強すぎて混乱してるだけなんだが。

「大丈夫ですよ。シンジさんは、どこも汚れてなんかいません」
「本当!? 本当に!?」
「ええ。どこも汚れてなんかいませんよ。だから、ね、泣かないで…」

 そう言ってシンジを落ち着かせるため、慈母の笑みを浮かべるマユミ。
 ここら辺、見た目はともかく実年齢の差か。
 シンジは彼女の微笑みに胸をドキドキさせながら、たずねるように呟いた。すっくと立ち上がり、今度は腰ではなくマユミの頭を胸に抱えるように抱きしめる。
 耳にかかるシンジの息と…あとデジャビュのような何かに、マユミの体が一瞬こわばった。

「じゃあさ、確かめてみてよ」
「え?」

 ニヤリと笑うと、シンジはきょとんとして棒立ちのマユミを、流れるような動作で、いつの間にか用意してあったソファーベッドの上に押し倒した。足払いをかけつつ、右手は彼女の腰に、左手は肩を押さえて大外刈りをかける。
 しかも倒れてる途中で服のボタンやバックル、ピンまで外す複合技だ。

 しまった!またまた油断した!

 と思ってももう遅い!

「え? え? ええぇ?」
「汚れてなんかいないって言うなら、ちゃんとチェックしないとね!」
「そ、そんな〜。だいたい、私の方が…あん! …ちぇ、チェックされて…る!
 …じゃないですかぁ」

 なぜか顔を上気させ、マユミは弱々しく震えた。ただでさえ全身急所だというのに、その中でも特に弱いところは全部知られちゃったらしい。こりゃもう、ダメですね。ええ。
 ヨワヨワマユミの剥き出しの首筋を、肩を、場所は下がって仰向けなのに形の崩れない豊満な胸の上を、シンジの舌がゆっくりと唾液の痕を付けていく。舌が胸の膨らみをねぶり、遂に頭頂部に達してそこを啄んだとき、マユミは首筋を引きつらせて手を口元に寄せて声にならない悲鳴をあげた。

「はぁっ……!!」
「くす。いやなの? じゃあ、やめよっか?」
「い、いじわる」

 罠にはまったことを今更ながらに自覚して、マユミはぷいっと顔を背けた。今の自分の顔を見られたくない。恥ずかしがりながらも、どこか期待して紅くなった自分の顔を。はじめはすぐに気絶してしまって、しかも恐ろしいほどの感覚だったから正直怖くして仕方なかった。快感と言うより、感じすぎて苦痛に感じていた。だが、最近は慣れてきたのか気絶するのはかわらないが、そんなに怖くなくなっている。それどころか、期待してる自分がいる。

(ああ。私って、こんなにエッチだったんだ…)

 唾液でヌルヌルになった胸を、形が変わるくらいにきゅっきゅっと揉まれ、マユミはこれからシンジが自分にすることを思いながら、熱い吐息を吐き出した。ハッと気がついたとき、半開きになった口をシンジに奪われている。マユミの口内に舌を入れ、舌と舌を絡め、歯茎をなぞり唾液の交換をしつつ、シンジはマユミの官能をぐいぐいと引き出していく。
 マユミが快感に対し少し抵抗を無くしたのと同じように、シンジもまた女性の体というものを多少は理解するようになっていた。体の下で波打つマユミの体を、全て受け入れようとするように丁寧に愛撫していく。

 いきなりはダメだ。まずはゆっくりじっくり、だがじらしすぎないように高ぶらせていかなくては…。

「んっ…んんっ……む」
「あふ…ふぅ……くちゅ…」

 2人の口がまるで楽器のように淫靡な音を響かせ、それに合わせる太鼓のように、シンジの腕はマユミの胸を愛撫し続けていた。揉みながら人差し指を伸ばして、頂上部で硬くなったピンク色の乳首を右に左にとコロコロと転がすように愛撫する。

「は、ひゃ、はぁん…そこはだめぇ」

 マユミの白い肌はピンク色に染まり、彼女の乳首が硬く、大きくなる。
 それをつまみ、指先で玩びながら、シンジは自分の下で悶える彼女を愛おしく思っていた。よく覚えていないが、痴女(ミサト)に襲われる寸前マユミが助けてくれたような気がする。根拠も何もない思いだ。だがなんとなく、それが正解の気がしてならない。マユミに聞いてみようと思ったこともあるが、なぜか躊躇してしまってそれはできなかった。

(代わりにこっちの方を余計に…ね)

 ようやくキスを止め、唾液の橋を架けつつシンジは唇の狙いを変えた。
 ほんのりとピンク色に染まった彼女の首筋だ。

「ああん! や、だめ! キスしちゃ…。痕が……ついちゃう……恥ずかしい…」

 マユミは悶えながらも止めてと哀願するが、シンジはかえってちゅぱちゅぱと音がするくらいに激しくキスをする。当然、目にも鮮やかに赤く淫靡な印がマユミの首筋に幾つもできた。苦痛と羞恥に涙目になるマユミ。

「ひ、ひどい! やめてって頼んだのにぃ…」
「ごめんごめん。でもさ…」

 上半身を起こし、マユミの足を抱えて両足の間に自分の腰を入れ、そのまま彼女の腰を引き寄せながらシンジはにこやかに言った。
 ああ、やっと……と期待2割、恥ずかしさ3割、あと怒り半分で顔を真っ赤にしていたマユミはシンジの言葉を待った。待ってる間にも、ぴったりと押しつけられたシンジの分身の感覚に、知らず知らずの内に腰が震え、ぬるぬると愛液が滴ってベッドにシミをつくるほどに溢れる。

「で、でも…?(や、やぁ!じらさないで!)」
「でも、僕以外にはどうせ見せない場所でしょ?」

 そう言いながらシンジは腰を







中略








「もう、だめぇ…」
「あれ?もう気絶しちゃったの?いつもより早いじゃないか…。ま、いっか」


 気絶していても知ったこっちゃねぇ。とばかりにシンジは謎の行動を続ける。マユミはマユミで気絶から覚めては、また気絶を繰り返した。何をしてるか知らないけれど、まったくつき合いの良いことだ。
 24時間後、自分を待ち受けている運命を知らずシンジはただ幸せな時間を過ごし続けるのだった。
 そんな碇シンジに天誅を!






第2部

『氷雪の魔姫』












初出2002/04/22 更新2004/09/12

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