「シンジ、いきなりお嫁さん連れて来ちゃったのよー!」

 ユイの絶叫にキョウコは目を丸くしたその時、

バーン!!

 屋敷全体がビリビリと揺れそうなくらいの勢いで扉が開かれた。勢い余って壁に叩きつけられた扉の蝶番が壊れ、ガクンと歪む。

 誰!?

 とばかりにユイ、キョウコが大仰な動作で光が射し込んでくる扉に目を向けると…。
 廊下の明かりを逆光にした、少女…いや美女のシルエットが浮かび上がっていた。
 キラキラと髪の毛が光り、すらりと長い足とがやけに印象的だ。シルエットだけなのに美人とわかるのかって?
 わかるに決まってる。
 美人とかに限らず、本物は漂わせるオーラそれ自体が凡人とは違うのだ!
 そして彼女は絶叫する。怒りを、憤りをぶつけるように。

「ぬわぁんですってー!?」


 はたして少女の正体は!?











Monster! Monster!

第17話『ダークセラフィム』

かいた人:しあえが













 この時間、激しい自己トレーニングをしているはずなのに。だから彼女にストレートに聞かせてはまずいことを話しても、大丈夫のはずだったのだが…。
 考えても見れば、自分が遊びに来たことを知れば、トレーニングなんて中断して会いに来るだろう。こう言っては何だが、とっても懐かれているから。
 読みが甘かったことを悟り、ユイは嘆息した。嘆息しつつ、ちらりと上目遣いに様子を伺ってみるが、途端に目を伏せて脅えた犬みたいに体を縮めるユイ。
 健康的な汗を浮かべたこめかみに、青い蛇のようにも見える血管が浮かんでいる。もうちょっと血圧が上がったら、血がピューと吹き出そうだ。なまじ肌が白いからこうなるとよく目立つ。目の端もピクピクと寝不足の人間のように痙攣しており、肩幅より大きく開かれた、足の力の入れ方からも判断して、彼女が形容しがたい感情で高ぶっていることは、改めて確認するまでもないことだった。

「あ、アスカちゃん。…まずぅ、あの子切れちゃってるわ」
「てことはなに? 私達の話(?)聞いてたの。まっずいわね」

 直前のアスカの大声にまず驚き、さらにこの激しい怒りを感じ、つかみ合いを一時中断したユイとキョウコは、いやーんな顔をして冷や汗を流す。ひしっと抱き合い、顔を簾をかけたみたいに暗くしながら。状況が敗戦一歩手前の状態になったことをひしひしと感じ、ユイとキョウコは少し切ない胃の当たりを気にしながら、さてどうしようかと顔を見合わせた。敗戦確実、助けて助けて。神風よ、吹くなら吹けって感じに。もっとも某世界大戦2じゃ吹いたけど負けたんだけどもさ。

「馬鹿シンジが…結魂? くくっくくくっ」
「親を目の前にして馬鹿って」
「聞いてないみたいよ、ユイ。本格的に怒ってるみたい…だけど様子が」

 そう、女性…キョウコの娘であるアスカはこれ以上ないくらいに怒っていた。母親達の言葉も聞こえていないくらいに。彼女の怒りを数値にすれば、水であっても燃え上がる温度となることだろう。直前までしていた激しいトレーニング、つまりは自分の体いじめの所為もあって、怒りのボルテージは上がることはあっても下がることはない。

(ん…気温が上がってる?)

 ちらりと横目で、読書机の脇にさりげなく置かれた気温計を見ると、その温度が急激に上昇しているのが目に入った。元は20℃前後だったはずだが、今は25℃を超えている。この調子だと、30℃を超えるのではないだろうか。
 それも当然と言えば当然だろう。
 彼女は炎を友とし、兵士として使役する炎熱の申し子なのだから。

 ユイの目前の光景が、一瞬激しく揺らいだ。

(熱で空気が歪んでる。…陽炎が発生してるのね)
(ああもう。耐熱使用なのに絨毯焦げてる。また張り直し…しくしく)

 色んな事を考えつつ、額に浮かぶ汗を袖でふき取るユイとキョウコ。

「おばさま、どういうこと!?」

 ユイ達に迫る赤き炎のオーラを纏った一つの影。
 猫の背中みたいに逆立った赤みを帯びた金色の髪、怒りか屈辱で真っ赤に染まった顔、白目部分は血走った鋭い瞳、その色は青。力が込められ、白く筋の浮いた手が空気を握りつぶそうとするように軋みながら動く。
 パタパタとせわしくなく動く羽と、ぴょこぴょこ動く逆又の尻尾は、やたらアンバランスで可愛いけれど。
 いやそれはともかく、他人の心の機微がわからない鈍感な少年であっても、少女が怒り狂ってることは簡単にわかったはずだ。
 彼女が怒り狂ってることは。
 もう、某少年だったら『僕が何したって言うのさ!』とか言いつつ、頭を押さえてうずくまることだろう。そして飼い主に怒られた子犬みたいに、上目遣いに許しを請うのだ。気が弱すぎ。


「馬鹿シンジが結魂〜〜〜!?」


 確かめるように再び少女の声が室内に響く。声の大きさにビクッとママさんズの二人は身をすくめた。お互いの顔を見たり、ふしゅふしゅと怒りの湯気を漫画みたいに吹き上げるアスカの顔を見る。
 こうなることを覚悟していたとは言え、ユイは嫌そうに顔を引きつらせて一歩後ずさり、キョウコは我が娘の、いや娘だからこそわかるのか、激しい怒りを感じて複雑な表情をした。

(や〜ん、アスカちゃん怒っちゃイヤ〜ン)
(似合わないわよ、ユイ。いやそれにしてもここまで怒るとは…アスカちゃん、本気ね)
 なんの本気なのかは知らんけど。

 ともかく。足音も荒く、魔界の怪鳥のようにけたたましく叫んだ彼女は、流れる汗もそのままに部屋の中に駆け込んできた。
 彼女の鬼気がガスバーナーのように空気を揺らがせ、室内の気温と気圧を変える。まるで重力さえも強くなったような息苦しさが、ユイ達を襲う。汗を吸い、肌に張り付く服が気持ち悪い。

 きつっ…!

 鬼気を感じ取り、苦虫を噛みつぶしたような、あとついでに多少腹立ち混じりの顔をしてユイは胃の辺りを押さえる。

(反応してしまいそう)

 頭ではわかっていても、属性の違いと敵意に体が条件反射で反応してしまいそうだ。
 今はまだ押さえていられるが、ユイが今より弱くなったとき、そしてアスカが今より強くなったときにはどうなるか…。
 ふっと…楽しげにどこか寂しげに笑うと、ユイは目を輝かせて自分に迫るアスカを見つめた。

 シュウ〜〜〜ッ

 空気が唸り声をあげている。
 一歩一歩彼女が歩くたびに、炎の紅さを持った、気性の激しさを物語る髪の毛がサラサラと揺れる。すらりと伸びたカモシカのような脚が前後するたびに、カツカツとハイヒールの硬い爪先が床を叩く音が聞こえる。なだらかな曲線を描く、男ならむしゃぶりつきたくなるような胴体を、傷一つない堅めの皮ベスト…つーか、ビスチェつーか黒皮ボンデージが包み、威嚇するように鈍く光を反射している。上着を着ていると言っても、胸の谷間とか乳房の形が丸見えで、あまり隠してる感じがしないが別に問題なし。ああ、ノープロブレムだ。
 彼女が何か言うたびに結構大きい…でもまだ発展途上中の胸が揺れた。あとハイレグ気味の皮パンツを履いたお尻とかも。これで鞭を持って仮面を付けていたら、まんまSの女王様(ただしプチ)。
 なんて事を考え、複雑な思いにかられてイヤリングを玩びつつユイは内心苦笑する。

(まーやらしー格好。昔のキョウコを思い出すわ)

 どういう人だったんでしょう?

 凄かったわ、色んな意味で。









〜 回想 〜


 とある仕事も片づき、暖かくなった懐に顔をゆるめながら町中を歩いているときだった。
 なぜか高いところからばさばさと何かがはためく音が聞こえ、体にピッタリとした服を着、黒いマントを纏った典型的な魔導師の姿をした少女が足を止める。微かに茶色を帯びた髪の毛を無造作にはね除け、いぶかしげに周囲を見回す。

(何ごと!?)

 まだ幼さを残した、少女と、女になる中間の年齢の顔…。若かりし頃ののユイが、条件反射で音の方向を見上げる。

(誰かが私に逆恨みして? この間の魔物の生き残りとかぁ─────っ!?)

 そして目を点にして、その場で石になった。

「お〜ほっほっほっほ! 使徒をも倒すと粋がっているらしいわね、碇ユイ!
 私こそは史上最強の魔法使い、白蛇のキョウコよ!」


 どこかの民家のベランダにて。白い洗濯物を背後に、ユイより頭2つぐらい背が高く、そして3割り増しでグラマーな女性が、手を口元に当てて典型的な悪役笑いをしていた。勿論、やたら露出度は高いし、見ていて精神が痛くなるトゲトゲ付きの肩当てとか、趣味の悪すぎるネックレスとかブレスレット、悪役御用達の黒マントも装備していた。
 普通とは少し違い、紫色の反射光を放つ長い黒髪を持ち、切れ長の目に小股のきれあがった美女だというのに…。

(ち、痴女!?)

 そんでもって、水着より露出度高い格好のまま、ぶいんぶいんと体揺すって高笑い。

「お〜ほっほっっほっほ」

 何かの間違いだと思いたかったが…。
 それが…その後、もんの凄い腐れ縁となるキョウコとの出会いだった。

 旅の空で出会うたび、慣れたと思っても、必ず数秒間意識を失っていたことを覚えている。
 特に盛大に意識を失ったのは、彼女が某国の、本物の、嘘偽りのない、パチモノじゃない(しつこい)、お姫様であると知ったときだったか。









 客観的に見て、じぶんもまあ、その、普通とは言えなかったのは認めるけど、でもキョウコに比べれば充分すぎるほど常識人だったと思う。
 それはともかく、今問題なのはアスカだ。
 かつてのキョウコと同じく、やたら露出度の高い格好をしてなにやら頑張っているが…。

 でも背伸びしすぎだなとも思う。

(キョウコに憧れて、追いつきたいって考えるのはわかるけど…)

 まだ固さが残っていて、男性経験の無さをよく物語っているわね!
 とは、大きさで既に負けてるユイが後に述懐した言葉である。

 きぃーむかつくわ、むかつくわ!

 ちょーっとそう言う服を着るのは、早すぎるんじゃないかとも思うけど。アスカが着るような乳とか尻とかを強調させる服は、もっと育ってから…少なくとも、初めてユイがキョウコと出会ったくらいに育ってから着るべきではないだろうか。

 それはともかく、怒りに我を忘れているのか、その少女はつかつかと低めのハイヒール ─── ピンヒールにしようとしたら転んでしまったのは秘密 ─── の音も高らかに、色んな事を考え、思い出して固まっているユイの前まで歩み寄った。
 胸と胸をどんとつき合わせるように向き合い、命知らずにも血走った三白眼でユイを睨み付ける。
 魔力、戦闘能力の実力差は天と地ほどある2人だが、今の少女の気合いの前ではその差はあってないような物だ。もちろん、それでもユイの方が強いのは言うまでもない。気持ち的には負けてるが。

「あ、アスカちゃん。久しぶり〜♪」

 手をにぎにぎとさせながら、サムズアップで場の雰囲気を変えようと、軽く、あくまでかる〜くユイは声を掛ける。んが、返ってきたのは地獄の底…って今ユイがいるところは地獄なんだけど。
 ともあれ、ユイのフレンドリーな仕草に、地獄の底から聞こえてくるような陰々滅々とした声だけが返ってきた。

「お゛は゛さ゛ま゛」

 声は普通だった。
 しかし、その声に込められた怨念と瘴気は、親バカキョウコをさすが私の娘と感動させ、なおかつ壁際に飾られていた著名な画家の手による名画を額縁ことずらし炎上、トドメとばかりに、部屋の角の棚上に飾られていた花瓶を真っ二つにしてしまう。そして飾られていた薔薇の花はたちまち萎び、あっさりには炎上する。こぼれた水はその場で沸騰して空気に溶け込んだ。

(全部の音に濁点が…。洒落にならないわね)

 横目で花瓶達の運命を確認したユイのこめかみから、ヤバイッスこれ逃げないとマズイッス、と言わんばかりに大粒の汗が流れた。鳩尾が辺りが奇妙な焦燥感に襲われて、何とも居心地悪い。横目でキョウコに助けを求めるが、ぷいっと視線を逸らされてしまった。

(あーもう、そんな敵を見るような目で見なくても良いやない)

 その態度が気にさわったのか、人の話をちゃんと聞けコラ、とばかりにアスカはユイの頭を掴んで自分の方を向けさせる。自分が何をしているのか…その自覚は今の彼女にはない。今の彼女は女王様。そこのけそこのけアスカが通る。

「お゛は゛さ゛ま゛」
「な、なにかしら?」

 誤魔化せんかったか。

 アスカが目の前にいなかったら、舌打ちをせんばかりに顔を歪めるユイ。
 真面目にやれーというキョウコからの視線を背中に感じ、諦めというより、むなしい願望がダメになったことを悟りながらも、ユイは虚勢を張りながらアスカに向かって微笑み返した。
 だがアスカはユイの微笑みに射抜くような視線を返した。

「シンジが結魂したって…どぉういうことですっ!?」

 さすがは悪魔。一応とは言え、一回の剣士のシンジとは魔法に関わる時間が違う。
 シンジと違って結婚と結魂の微妙な発音の違いがわかるのか、顔を真っ赤にして憤慨している。話が早くていいや。

「やっぱりシンジのことが気になるのね、アスカちゃんてば」

 普段、単に遊びに来ただけの時に見たら、照れて可愛いと喜び、内心でニヤニヤしているのだが…。

「シンジが、馬鹿シンジが女と!」
「アスカちゃん?」
「なんでそうなるのよ!? おばさま、答えて!」

(聞いてない? どう考えるべきなのかしら?)

 アスカの反応がいつもと違うことに気がつき、ユイは表情に出さないで驚く。からかう気持ちも、喜ぶ気持ちも湧かない。いや多少はある。ただユイが懸念に感じるのは、アスカの顔に浮かんでいるのが、嫉妬ともつかない困惑と怒りの表情であることだ。小学生の女の子が、好きな男の子のことでからかわれ、内心を誤魔化すために喚いているのとは、根本的に異なった物を感じる。
 その余裕のないアスカの目を見て、少し複雑な思いにユイはかられた。
 アスカのプライドが高いことを知っているが、そのプライドが悪い方向に作用していることを感じた。
 シンジのことをどう思ってるかはひとまず置いといて、横から誰かにかっさらわれたという事実を認めない、信じられないのだろう。自分の存在意義に疑問を感じているのだ。どうしてもっと大局的に物事を考えられないのだろう。脆いガラス細工を見ているような錯覚。少々危うく感じた。

「そんなの、それじゃあ私はなんで!」

 言っていることがかなり意味不明になっている。
 このままだと張り詰めた糸が切れるように、いつかアスカは壊れてしまうかも知れない。

(複雑な娘ね…)

 やはり、自らの生い立ちのことで思い悩むことがあるのだろう。悪魔と言っても、彼女は普通に男女間の営みの末に生まれてきたのだから…。父母が何者であろうと。
 おふざけのない、真面目な目でキョウコを肩越しにふりあおぐと、同じように真剣な目をして自分を、アスカを見ているキョウコと目が合った。

(ごめん、ユイ。お願い)
(なにを今更。私達の仲じゃない)

 落ち着いたゆっくりとした動作で、ユイはアスカの剥き出しの両肩に手を置く。アスカはビクリと体を震わせながら、なおも何か言い募ろうとするが、すぐに口に錠を掛けたように黙り込んだ。

「おばさまの裏切…り……あ…」

 無言で自分を見るユイの目は笑っていない。
 黒曜石のように冷たいユイの目で見つめられて、胸が痛いほど締め付けられたように感じる。魔法を使われたと気がつくこともなく、アスカは心の高ぶりが水をかけた火種のように小さくなるのを感じていた。
 静かになると同時に、アスカは今まで自分が何を叫んでいたのかを省み、思い出した。

「その…私…なにを…」

 急におどおどし、ユイが期待していたような反応をするようになるアスカ。
 汚れた血を抜き、清浄油を流し込まれ、底まで見通せそうな、深く美しい湖の潜ったような気分がする。振り上げられていた手が下ろされた。

「落ち着いた?」
「う、うん…いえ、はい」

 じっと自分を見つめるユイの視線が痛くて仕方がない。
 母以外で最も信頼し、尊敬している理想の女性に我を忘れた自分の姿を見せていた…。顔から本当に火が出そうなくらいに赤くする。

「あー、やっといつものアスカちゃんに戻ったわね」

 そんなアスカの姿に、ユイはようやくいつもと同じ様な笑顔を浮かべた。ユイの隣で腕を組んで成り行きを見守っていたキョウコも、ホッと息をはきつつ体から力を抜く。
 ユイは、アスカちゃんなんだかんだ言ってもシンジのことを…とか思って嬉しくなるも、睨み付けるのは減点ねと眉をひそめた。なんかむかつく。怒りに我を忘れてるとは言え、少しこの態度はいただけない。
 かと言ってここで腹を立てるのも大人げないと判断したユイは、あくまで表情を崩さず、普段の彼女からは信じられないくらい、少なくともシンジが見たことがないくらい、穏やかにアスカに話しかけた。

「シンジのことを聞きたいのね?」
「は、はい!」
「話せば長い事ながら」
「できるかぎり、完結にお願いしますっ!」

 気が急いているのか多少元気になると、またまた一歩ユイに詰め寄るアスカ。
 アスカの胸がユイの鎖骨辺りに当たって、むにゅっと擬音が聞こえそうな具合に形を変える。

(む…)

 せっかくシリアスに決めた直後だというのに、今度はユイの内心が沸々と歯がゆい物で煮えたぎる。ユイは結婚してからそこそこ背が高くなっているのだが、それでもユイより高い位置にあるアスカの目は、威圧的にユイを見下ろしている。アスカが自分より背が高い事実に、アスカでなく、背が高くてスーパーモデルが泣いて逃げ出しそうなスタイルのキョウコを憎々しいと思う。戦闘能力、一般常識でキョウコに勝っても、スタイルで負けてるのはメチャクチャ悔しくしてしょうがないのだ。

 女として、女として、女としてぇ〜〜〜〜!

 なんだかんだ言って、キョウコをライバルと認めてるユイであった。

「ちょっと早く説明しなさいよ」

 複雑な思いにかられて黙り込むユイを、アスカでなくキョウコがせっついた。ほれほれ早く言いやがれと、ユイの敏感な背中を、背骨に沿ってツンツンつつく。

(なにしてんのよこいつは。あ、でも…いい。…あん。
 じゃなくて!)

 なにしやがるこの野郎! ナニですか。とか思いつつ、無言で右手の中指だけ突っ立ててキョウコに向けるユイ。人界、魔界、天界共通の侮辱のサインだ。
 文章にできないくらい侮蔑的な意味が込められているのだが、敢えて文章にするとすれば、

「俺のケ*舐めろ」

 とか言った意味になる。
 当然ながら、ひくくっとキョウコのこめかみで蒼い竜がのたくった。口から漏れる言葉も、車井戸のつるべみたいに軋る軋る。

「ユイ、あんた何考えて…」

 うるさし。黙れ。話がすすまん。

 キョウコの抗議を切って捨てると、めんどくさいなぁと表面では思いながらも、心の深い部分では面白くなってきたと、ウキウキしながらユイは説明を始めた。先ほどの状態でアスカが騒いだままだと、とてもそうは考えられないが、今のアスカは充分に落ち着いている。これから自分が話す一言一言で、どういう反応をするか…凄く楽しみ。
 ゴタゴタが起こり、知り合いが巻き込まれるのは確かに嫌だが、正直騒動があるからこそ人生に張りが出る、とかユイは考えるのだ。それをトラブルメイカーとかもっと悪く疫病神という。
 もちろん、自分が被害者と後始末以外の当事者になることが大好きだ。そりゃもう、身震いせんほどに大好きサッ!
 特に、こういう方面は。

「それはそうと…」

 やっと話してくれると、期待に震えたアスカを受け流すと、ユイは無言のままじっとアスカを見つめた。綺麗に爪を切られた彼女の指が、クリスタルグラスを撫でるようにアスカの頬を撫でさする。中指が柔らかい唇の端をこすっていく。
 ビクンと、電気ショックを受けたようにアスカの体が震えた。目が急に潤む。
 それを見ているユイの目に好色な光が浮かんだ。こう、ねっとりと艶を帯びるというか。
 彼女の口から漏れる息が、微妙に熱くなる。泳いでいるとき、人食い鮫の群れに囲まれたようなとしか形容できない、洒落にならないレベルの身の危険を感じ、アスカは思わずユイから離れようとする。
 だが…、ユイはがっちりとアスカの肩を掴んで離さない。

「ま、まさか?」
「結構言いたい放題言うのね、アスカちゃんて」

 お仕置きは忘れるつもり無いんで。

 なんでか糸みたいにユイの目が細くなり、アスカの全身を頭の先からつま先、ついでに逆又の尻尾と羽の先まで舐めるように見た。アスカが飴だったら、5分と保たずに溶けて無くなっている。
 その時になって、アスカは自分がユイに無防備に突っかかっていったことを思いだした。

(しまった、つい我を忘れて…。ま、ママ!
 可愛い娘の大ピンチだもん、助けてくれるわよね!?)

 貞操の危機に、アスカは自分で自分の肩を抱きしめ、その上から翼で上半身を包む。
 冷や汗をダラダラ流し、天を向いていた尻尾をだらりと下げ、まるでヘルハウンドが耳を伏せて怯えているような表情でユイを、キョウコを見るアスカ。気のせいかユイより背が高いはずなのに、今ではシンジよりも小さく見える。それくらい、彼女は怯えていた。
 確かに、久しぶりにあった母親の友達にする態度とは思えなかったが、それでもここまで怯えるとは、いったい何があるというのだろうか。

「おばさま、何を!?」
「「ナニよ」」
「なんでママまで!」

 さらっととんでもないことを言いつつ、怯えてゆっくり後ずさりするアスカを、にこやかにユイとキョウコは見つめた。
 まったく、ちょっとお間抜けさんで可愛いんだから。
 そう言ってるかのようにステキな笑顔で。でも吐く息は競技中のマラソン選手のように荒い。

「そうよねぇ。あの口の聞き方はちょっと…。教育の必要ありね。
 うふふ、久しぶりだわ。アスカに性教育するのは」

 なんか爽やかな笑顔で聞き捨てならないことを宣うキョウコさん。全身紅潮させて無駄に色気を増大させている。

「キョウコ、あなた前に私のこと心の友って言ったわよね♪」

 何かを期待するように、ユイが白々しいことを言う。
 普段だったら、軽口の類を吐くキョウコの口から、意外にも普通に言葉が返された。言ってる内容自体は普通なのだが、どういうワケか凄くアレに聞こえる言葉が。

「ふっ、わかってるわ。あの時と同じく、一緒にね。
 懐かしいわ。昔、あの人と出会う以前はすっとあなたと2人一緒だった…」
「ああ、もう想像しただけで体がこんなに熱く」

 キョウコと同じく、無駄に爽やかな笑顔でユイが笑う。

 ひぃぃぃぃ、私はノーマルなのよー!

 と全身でアスカは叫び、逃げだそうと羽を大きく広げる。
 シンジのことを聞きたいのは山々だが、それより自分の体の方が可愛い。違う意味で殺されてしまう。
 迷うことなくアスカはこの場から逃げることを選んだ。アスカの背中から生えるそれは、見た目は鈎爪の大きな蝙蝠の翼にそっくりで、広げると翼長4m近くあるように見える。まだちょっと旋回とかが苦手だが、その気になれば隼並の速度で飛べるのだ。

 だが!

 部屋の暗がりから、数本の触手状の物が音より速く飛んできて、アスカの両手両足をがっちりと拘束した。一瞬、目の端で何かが動いたと思ったときには、アスカは飛び立つどころか、歩くこともできないように四肢を拘束されていた。

「くぅ! は、早くほどかないと!」

 痺れる痛みに腰砕けになりそうだが、アスカは必死になって振り解こうとする。痛いからってここでうずくまろうものなら、この後どんなことに…。しかし、アスカが気が狂ったように触手をかきむしればかきむしるほど、かえって鱗が生えた触手、…もとい蛇の尻尾はしっかりと彼女の手足を縛り上げる。
 あまった蛇の尾の先端が、ガラガラと小馬鹿にするように ─── 威嚇ではない ─── 異様な音をたてた。

 私、逃げ場無しですか!?

 もちろん。

 苦痛に、そしてこれから彼女を待ち受けるだろう、めくるめく快感と官能の渦にアスカは顔をしかめる。

「くっ!
 ママ、実の娘に…冗談よね?」
「ごめんなさい、アスカ。痛い? でもね、こうでもしないとあなたいつも逃げようとするでしょ?」

 当たり前だこのボケなすびー!

 そう叫びたかったが、叫んだが最後、それを口実に3時間以上教育されてしまう。だから言わない。
 言わなくても2時間50分は確実だが。
 たった10分のの違いって言うけど、その10分が大違いなのよ!
 そう思うアスカは、その瞳と同じでやはりまだまだ青かった。
 両こめかみを人差し指で押さえつつ、目を細めていたユイがにっこり笑う。まるで罠にかかったウサギを見る猟師みたいににっこりと。ああもう、その爽やかさがなんか嫌。
 こう言うときに限ってよく当たる自らの予想に、アスカは声を出すことも出来ず、ユイの言葉を待つことしかできない。そして彼女の口から漏れたのは、アスカの予想以上に予想通りだった。

「キョウコ。
 アスカちゃん、私達のことボケなすびですって」
「んまあ、そんなお下品なことを考えるなんて、きちんと教育しないといけないわね」
「手伝うわ」

 棒読みで白々しいことを言う二人に、アスカは全てが無駄だったことを悟った。
 ご丁寧にテレパシー、それも問答無用で心をこじ開ける功撃型テレパシーでアスカの心をユイは読んでいたのだ。もう前門のユイ、後門のキョウコって感じに最悪である。この場合、正しい使い方の意味となる。つまり、前門のユイを倒しても、後門のキョウコが待っていると言うことだ。
 つーかそもそも前門のユイを倒す事なんてできゃしないんだけどもね。
 間違った引用法と同じく、前と後から挟み撃ち。

「ひ、ひぃっ!」

 下半身、いわゆるへそから下の部分を、どこからともなく涌いて出た煙のような闇で覆い隠したキョウコがゆっくりとアスカの方に近づいてきた。なんでまたズリズリという、何か重い物を引きずるような音がするのか興味深いが、縦に割れた金色に光るまばたきしない瞳と、しゅるっと口から一瞬出てきた、先が2つに割れた細い舌と同じく、知らない方が良いだろう。

(─────!? いきなりそのモードなのママッ!?)

 アスカは声にならない悲鳴をあげながら、必死になって手足のいましめをとこうと暴れた。だが敵もさるもの引っ掻く物、蛇の尾は見た目からは考えられない強力でアスカの体を持ち上げた。アスカは鉄柱をねじ曲げ、素手で金属鎧を砕けるほどの腕力の持ち主だが、地面に足がつかない、つまりは力の入れようのない状況ではその力もほとんど発揮できない。そもそも、単純に腕力を比べたところで、キョウコと比べればまさに大人と子供の差だ。喩え束縛しているのが、細い蛇の尾だと言っても相手にはならない。
 なにしろ霜の巨人ですら押さえ込めるという、大地の蛇神(龍神)『ナーガ』の尾の束縛なのだから。淫魔であるアスカが抵抗するなど、人が海を飲み干そうとするようなもの。
 さらに拘束に続き、光り輝く鳥の翼のような物が、ゆっくりとアスカに向かっていく。
 それを目にしたアスカの全身が、ビクビクビククゥッ!と大仰なくらいに引きつった。

「ゆ、ユイおばさま!?
 光の翼はっ! 光の翼はっ!!
 いや────!!! ぱたぱたは、羽は、鳥はイヤ───!!!」

 脇とか足の裏とか、耳の裏にむかう鳥の羽にやんなるほど汗を流すアスカ。なんかトラウマでもあるんだろうか。属性が炎なんだから、鳥とは縁が誓いはずなんだが。
 健康的に玉の汗をまき散らしながら、アスカは必死になって叫んだ。そりゃもう、こんちくしょうってくらいに。

「こちょこちょはイヤ───!」

 でもまあ、イヤと言われたら余計喜ぶのが悪魔ってやつなわけで。
 そう言う意味では、ユイとキョウコは生まれも育ちも魔界の悪魔が、心の底からぞっとするくらい悪魔みたいな性格だった。事実、騒がしいからとうっかり部屋の中をのぞき込んでしまった新米の侍女(悪魔)が、夢でうなされるくらいぞっとする笑顔を浮かべていたらしい。

 観念しきれず、まだ身を捩るアスカの脇の下をさわっと羽毛がなぞる。光が物質化したユイの羽根は、ちょっぴり熱を持っているため、普通の羽根で擦られたよりなんかムズムズするのだ。
 堪えきれず、「ヒッ!」とうめきアスカは息を飲んだ。
 続いて足の裏や脇の肋骨が浮き出た部分とか、へその周りとかを嬲るように羽根は撫でる。気持ち悪いくらいに丁寧に丁寧に。
 虫が這い回るようにむず痒い、微妙な感覚に足をつっぱらせてアスカは震えた。唇を噛み締めて、声を漏らすまいと一生懸命に耐える。なぜって声を漏らしたら、全てが崩れていきそうだから。

「っ………ぅ、あ」
「くすっ、可愛い♪」

 アスカの我慢がつまらないのか、手持ちぶさたにしていた蛇の尾が、アスカの背骨の部分を舐めるように撫でさすった。思いもよらぬ冷ややかな感覚に、アスカは首を振り、必死に声を漏らすまいと堪える。だがそれは真夏に氷が溶けないように努力するようなもの。すなわち、無駄な抵抗。

「頑張るわね、アスカ。でもそんな抵抗、無駄無駄無駄無駄無駄───♪」
「や、ちょっと、ああんっ!
 くっ、ぐぐっ、ぎゃははははははははははははははっ!!!!」

 だがアスカの必死の抵抗は、本気になって両の手もくすぐりに追加したキョウコによってうち砕かれた。そして堤防が崩れるように、アスカの喉から笑い声溢れ出る。そんな細っこい体の、どこからこんな大きな声をと思うくらいに。
 笑い声をオーケストラフルバンドのように楽しみながら、ユイとキョウコの2人は、舌なめずりしながらアスカの体を見た。楽しくて楽しくて仕方がない。
 この笑い声が尽きたとき、アスカはぐったりと弱り切って下拵えが完了するのだ…。
 胸の下半分と腰の一部、そしてつま先から膝の少し下以外、全部露出していたアスカは裸同然だ。ようするにハーフブラとパンツ、ブーツだけしか身につけていない。
 もうどっからでもかかってらっしゃい!と煽ってるみたいなモンである。
 ユイ達の喜ぶこと、喜ぶこと。
 アスカが身を捩って羽をパタパタ、尻尾をフリフリして抵抗するが、まったく抵抗の意味がない。喜ばせるだけ。どうしてこうやることなすこと、ユイ達のツボにギュンギュン来る反応を返すのか。

「あだめ、やめて、へへへへぇ〜〜〜!
 くひっ!きゃあああ、あはははははははぁっ!」


 笑いに笑って遂に疲れてくたっと突っ伏したとき、申し訳程度に彼女の体を隠していた、ドラゴンのなめし革で作った、最高級ボンデージの衣装がぬがされていくのをアスカは感じた。思いの外つめたい外気に晒された彼女の敏感な部分が、ひくっと縮こまる。

(まずいまずいまずいわ〜〜〜!!)

 心は焦るが、疲れ切った体はピクリとも動かせそうにない。

「あ、やぁ」

 普段の彼女の知る者には、とうてい信じられない弱々しい声をアスカは漏らした。既に真っ赤になった顔は激しい羞恥と、快感の先走りに震え、もじもじとできる範囲で足を捩る。
 彼女の不安に産毛の一つ一つまでが震え、えもいわれぬ美しさを醸し出していた。伏せられた彼女の瞼から、ぽろりと宝石のように美しい涙が一滴こぼれた。

 ぐびり

 つばを飲み込んだのはどっちだったのか。

 ユイとキョウコは曖昧に顔を見交わし、苦笑した後、


「「そんじゃ、美味しくいただきま〜す♪」」


 心の底から楽しそうにそう言うと、泣き落としが通じなかったことに狼狽えるアスカに向かって、鳥取り蜘蛛の足のように指をワキワキさせた。

「ひあ──!
 勘弁して──!!!」



 するわけないですね。




























 しばらくして。
 ナニをしていたのか不明ながら、やたらげっそりとした表情のアスカと、対照的に艶々とした顔のユイとキョウコがいた。さすがに同じ部屋はまずかろうと言うことで、別の部屋に移った3人だが、さっきまでの雰囲気もどこへやら、妙に真面目な顔をして何事か話し合っていた。今更とか、ナニをしていたとか言ってはいけない。
 その部屋の様子を一言で言うと、学校の教室だろうか。
 なんでか小さな机が幾つも並び、ユイの背後の壁には大きな黒板があって、学校の教室みたいな部屋だ。しかも、黒板には世界地図らしい物が書かれていてますます教室みたいだ。

 軽く咳払いし、キョウコを、次いでアスカを見やったあとユイが口を開く。
 着ている服も先ほどと異なり、タイトな膝上までのスカートをはき、白のブラウスの上から上着を羽織って、眼鏡を装備してどっから見ても先生って感じである。
 左手で眼鏡のズレを直すと、ユイはぱんっと右手に持っていた指示棒の先で地図の一角を指し示した。

「事の起こりは半年ほど前。シンジが友達の鈴原君と…えっと誰だっけ?
 そうそう、相田君って子と一緒に、とある遺跡に冒険の旅に行ったことから始まるのよ。
 色々あって、遭難しかけながらも遺跡を見つけたらしいんだけど。…その時シンジは一人の女の子を見つけたのよ」
「女の子?」

 女という単語に、剣呑な雰囲気を纏いつつ、アスカの目がつり上がる。でもさっきまでの名残か突っかかる気までないようだ。ただ、心の日記帳にはしっかりと書き込んでおく。
 おさえておさえてと目で制しながら、ユイは説明を続けた。

「その女の子、山岸さんの娘さんだったのよ。キョウコは知ってるわよね。そう、あの山岸さん。リョウジ君と結婚したあの。
 私も驚いたわ。まさかアンデッド、ノーライフクイーンになってるとはねぇ。
 でも彼女、遺跡の中心に封じられて消滅寸前だったんですって」
「まさか、シンジ君…」

 なじみの名前が出たことで驚いていたキョウコだったが、ユイの消滅云々という言葉に思い当たることがあるのか、さらに驚いたように目を丸くする。

「ねぇ、山岸って誰?」
「そうなのよ。その子を助けるために…結魂したのよ。
 我が子ながら思い切りの良いことをするというか、なんというか」
「だから山岸って誰?」

 山岸って誰? という顔をするアスカを無視し、全てを察したらしいキョウコの言葉にうんうんとユイは頷いた。息子の無謀さを思い出すと同時に、その行動力が嬉しいのか何とも複雑な表情だ。
 顎に手を当ててしばし考えていたキョウコが口を開いた。

「他に方法はなかったのかしら?」
「あったかも知れない。でも、私がその時のシンジの立場だったとしたら…。
 やっぱり同じ事をしたと思うわ。
 キョウコもでしょ?」
「確かに他に方法があったとは思えないわね。
 それはともかく、消滅寸前の無機王にエネルギーをあげてよくシンジ君干物に…って、シンジ君なら大丈夫か」

 なぜ?

 とアスカは疑問に思う。無機王とはピンからキリまでレベルに差があるだろうが、最低の部類の存在であっても、並の人間の数倍のエネルギー容量があるはずだ。それを満たして平気というのは、簡単に納得できることではない。
 当然、物問といたげな目をしてユイ達を見るアスカだったが、ユイ達はその視線に気がつくことなく、自分達の会話を続けた。

「そういえば、シンジ君て今どういう感じになってるの?
 昔会ったときは、妙にほえほえしてのんびりした馬鹿…げふげふ…のんきな顔をしてる子だと思ったけど」
「馬鹿で良いわよ。似なくて良いところだけあの人に似た、すんごい女好きの馬鹿息子よ」
「でしょうねぇ。彼の息子だもん
 ねぇ。繰り返しになるけど、彼のどこが良かったの?」
「全部♪」
「はいはい、ごちそうさま」

 再び自分達にしかわからないことを言いつつ、うんうんと頷くユイとキョウコ。無視しないでよとユイ、キョウコと交互に顔を見つめるアスカだったがやっぱり最後まで無視された。いいもん、いいもん。
 幼女みたいにむくれるアスカだったが、下手なことを言ってまた2人のおもちゃにされたくないので口はしっかり閉じている。残念そうにユイ達は舌打ちした。

「…ま、と言うわけでね。
 結論だけ言うならシンジはそのマユミちゃんという女の子と結魂したってことね。
 何か質問ない?」

 はいっ! と無駄に元気よく、真っ直ぐ肘まで伸ばして手をあげるアスカ。

「しつもーん!」
「はい、アスカちゃん」
「結魂破棄できますか!?」

 何というか魔獣と戦うときよりも真剣な目である。
 ユイは困ったわね〜と首を傾げた後、はっきりくっきりこう言った。
 問答無用、文句は言わせねぇ。

「できません。はい、他に質問はっ!?」
「はいっ!」
「はい、再びアスカちゃん!」
「このこと、ファースト、もといレイは知ってるんですか!?」

 どうやらレイとアスカは知り合いらしいが、どういう関係なのだろうか。
 言葉の端々から感じる雰囲気では、あまり仲が良いように思えないけれど。

「知ってます。来る途中で教えました。
 はい、またまたアスカちゃん!」
「ふぁ、レイはどうしたんですか!?」

 その質問を待っていた。とばかりにユイは唇の端を歪め、ばしっと黒板を叩いた。
 いつの間にか黒板には大雑把な世界地図の一部が描かれており、混沌の極北から少し南に下った辺り、ハーリーフォックスのある辺りの場所から、山を越え、海を越えた先にある第三新東京市に向かって、くっきりと矢印線が描かれていた。
 よく見れば第三新東京市らしい、デフォルメされた城の絵の周囲に、同じくデフォルメされたシンジらしい顔と、レイの顔、そしてアスカが初めて見る、眼鏡を掛けた女の子らしい顔が描かれていた。よく見ればハーリーフォックスには微妙に感じの違う、レイそっくりの絵が描かれている。たぶん、リナだろう。自分の絵がないことをアスカはちょっと残念に思う。
 ともかく、ユイは言葉を続けた。

「レイは行ったわ」
「行った?」
「そう、シンジの元へ」

 つまり、地図の矢印線の通りにレイは第三新東京市に向かったと言うことなのだろう。

「ええっ!?
 だって、あいつは雪女で、だからあの国の女王だから勝手に国を離れるわけには…。
 え? うそ? ホント?」
「何を言ってるの、アスカちゃん?」

 混乱したのか前後の文脈がおかしな事を言うアスカ。
 大丈夫か、おい。とユイとキョウコは揃って心配した顔をするが、さっきまで自分のしてた事も忘れて、何というか自分の娘にそれはないだろと思わなくもない。
 失礼な話だが、幸い混乱の極みにあるアスカはその事には気付かなかった。

「だって、あいつがいなくなったら。ハーリーフォックス、攻め滅ぼされ。え? 違うの?」

 曖昧な顔で自分を見る二人に、何か間違った事を言ったのかと、きょときょと落ち着かない文鳥みたいに首を振るアスカ。ユイはそんなアスカの頬に軽く手を添えると、優しく、落ち着かせるように微笑んだ。

「落ち着きなさい。キョウコも心配してるじゃない。やりすぎたのかって…。
 あなたの言う通りよ。レイはあの国を離れるに離れられないわ」
「だったら…」
「正確に言うと、離れられなかったわ」
「…今は大丈夫、なんですか?」
「ええ。リナは知ってるわね。
 あの子に燃える男、鉄の城、魔人皇帝とも呼ばれたカイザー君が大特訓を施してるわ。
 彼にかかれば多少のヘタレは数ヶ月で、並以上の実力の持ち主になるわ。元々才能があるならなおさらよ。
 もっとも、そうなる前にレイは飛び出しちゃったんだけどね。国も、妹も、何もかも無くす覚悟で…」

 ユイの言葉に、アスカは馬鹿みたいに口を開けてしまう。
 さらっと言っているが、カイザー君ことブラック…げふげふ。
 とにかくカイザーはライディーンやゲッターと同じく元素竜なのだ。空を飛ぶことは苦手だが、元素竜中最も高い防御能力を誇り、その口から吐き出す強酸のブレス…ルストハリケーンは、物理法則を無視して体積の数倍の物体を問答無用で消滅させてしまう…。
 いや、カイザーにとってブレスとはあくまで補助的な物に過ぎない。その最大の真価とは、格闘戦にこそある!
 伸縮自在の轟腕は岩を砕き、その一噛みでオリハルコンの柱すらもかみ砕くという…。
 つまり、肉弾戦が大好きなドラゴンと言うことだ。

 それの特訓とは…。






 見るからに暑苦しい極太眉毛男が、グラウンドを走る体操服(ブルマ)を着たリナを叱咤激励する。
 しごくのは君が憎いからじゃない、憎いからじゃないサ!
 と全身で言いながら、むやみやたらに元気がいい白い歯を光らせる漢。気合いとか精神とかそう言う言葉が好きそうなことに3千点。あと夜のビールを賭けても良い。
 男、いや漢がニヤリと笑いつつ指をパキンとはじくと、地面の一角に穴が開き、そこから洒落にならない大きさの、鱗だらけの魔獣が顔をのぞかせる。魚の骨の上に薄っぺらい皮を張り付けたような、のっぺりとした顔をしている。ただ口からはみ出る牙は鋭く、頭に小さいが鋭い角をたくさん生やしている。

『よしっ! 次は、100本組み手だ! 一番手、ベムラー行けい!』

 ベムラーと呼ばれた魔獣…いや竜が、その言葉に応じて穴の中から身を乗り出すと、リナを威嚇するように大きな口を開けて物凄い鳴き声を上げた。

【ギャウォオオオオ〜〜〜〜!!!!】

「いや〜無理ぴょ〜〜!!
 助けて欲しいぴょ〜〜〜!!!」

 その鳴き声に脅えたのか、それとも丸太みたいにひょろっとした体に比べて、やたら小さい前足を気味悪いと思ったのか、リナは見た目通りに可愛らしい悲鳴をあげる。だが当然ながら、そんなことで引っ込めるくらいなら最初からこんな事をやらせたりはしない。

『甘えるな! そんなことで故郷に錦を飾れると思っているのか!?』
「そんなの飾る気ないぴょ〜〜〜!!
 カイザーさんいい加減にするぴょ〜〜〜!」

『違う! 俺を呼ぶときは師匠か、教官と呼べぇ!』











 想像しただけで体がぶるっと震える。
 竜の中でもカイザーは、自他共に認める特訓好きで、とにかく暑苦しいヤツだという。赤竜、つまりは炎竜であるゲッターですら、『あいつにはかなわん』と言い放つくらい暑苦しいのだ。その厳しさは、スパルタ教育の語源になった国が裸足で逃げ出すとか何とか。へたれのリナでは、その特訓、もとい拷問に耐えられるとはとても思えない。あまり仲が良いわけではないが、友人の妹の運命を思って僅かながらに黙祷する。

 死んでないって。

 ともかく、アスカはユイの言葉を頭の中で整理した。
 レイ…堅苦しい、真面目ぶってその実、その場の勢いと本能だけで生きているあのお姫様は、国を捨てる覚悟で飛び出したらしい。思い切ったことをすると思う。
 頭を掻きつつ、そこまでシンジのことを思っていたのかと、レイの鉄面皮を思い浮かべる。そこまで行動力があったとは思いもよらなかった。
 それよりも、レイがユイに逆らうほどにシンジのことを思っていたことにショックを受けた。

(人形、って言って…悪い事しちゃったな)

 昔、ささいなことでケンカした時のことを思いだし、その時吐き捨てるように言ってしまった言葉が、ちくちくと心に突き刺さる。そのあと全身凍らされて雪山に捨てられたが。他人のことを気にして心を痛めるなんて、まっこと悪魔らしくない娘である。

 でも。

 でも、そこがこの子の良いところだと、ユイとキョウコは思う。
 もちろん、地獄ではそんな甘い考えだとのし上がることはできない。たとえ実力があっても、辺境に追いやられて日陰の暮らしをすることになる。理屈ではない。そう言う世界なのだ。そのことは、キョウコとその旦那の2人が、地方の田舎貴族でしかない事実が如実に物語っている。

 正直、キョウコは親として子供には出世して欲しいという願望はあるが、その為に欲しい物を奪い、したいことをするだけの、爛れた悪魔にはなって欲しくないとも思っている。と言うより悪魔になって欲しくなかった。
 悪魔になってしまったとは言え、もともと自分は邪悪な存在な訳ではないのだから。なりたくて悪魔になったわけでないのだから。

「…アスカ」
「はい!?」

 ぼんやりと考え込んでいたところに、名前を呼ばれてアスカはビクッとしながらも、いつになく優しげな目で自分を見る母親に向き直った。

「行きたいんでしょ?」
「え?」
「だから、あなたもレイちゃんと同じく、シンジ君の所に行きたいんでしょ?」

 その通りだ。

 友人のレイが全てをなげうってでも、シンジの元にはせ参じたと聞いた瞬間、自分もそうしなければいけないと、特に理由もなくそう考えていたのだ。
 もちろん、今更シンジの童貞を貰えるなんて思っていないが、それでも行かなければならないと、そう考えていた。
 でも、とても許してもらえるとは思えない。
 自分は失敗したのだから…と。

 彼女は淫魔なのに、どうしても不特定多数の少年、少女と結んでその魂を、生気を狩り集めることができなかった。同期の淫魔達はドンドン格を上げて、中にはすでに上位階梯の悪魔にクラスチェンジした者まで居るというのに、彼女は淫魔の中でも最下級の存在のまま。
 自分でもそれではいけないと思い、なんどか青臭い少年達の夢の中に現れたこともあるのだが、夢の中で嫌らしい笑みを浮かべた少年に触られただけで、それどころか髪を撫でられただけで、みっともない悲鳴をあげて何度も逃げ出した。

 原因は分かっている。彼女の体質のせいだ。
 そう、彼女はやたらと敏感なのだ。
 本来ならそれは他に誇って良いことらしいが、異性に手を触られるだけで声を漏らすのは少々異常と言える。本番をやったらどうなることか。その感度はアスカは知らないがマユミ以上だ。
 具体的に書くとこう。

 鈍感 : ────── 平均 <<<<<(超えられない壁)< マユミ <(無理、絶対)< アスカ : 敏感

 そう言うわけでアスカは生気を集めるに集められず、考えに考えた作戦がシンジの童貞を奪うことだった。無理して夢に現れ、そしてされるがままになっていたら、世にも珍しい人間に魂を囚われた淫魔として歴史に名を残すことになる…そう思って。シンジは見た目自体はなよなよした少年でしかないが、ユイと…の息子である。そのシンジの童貞には淫魔から見たら凄まじい価値があった。

 一回で最大級の力を刈り込め、一気に淫魔より上位階梯の悪魔になるための獲物、シンジ。その一回を耐えることが大変なのだが、都合良く彼女は忘れている。

 だがそれも朝日に溶ける雪のように消え去った。
 結魂して、しかもシンジが年頃の男である以上、童貞であるはずがない。実際違うが。
 もうシンジと×××しても、得られる生気は童貞だったときの1000分の1もないだろう。



 今更、人間界に行かせてもらえるはずがない。
 そう思っていたのに、キョウコは全然違うことを言っている。
 アスカならずとも、混乱する事態だった。
 困惑し、瞬きを繰り返しながらアスカはキョウコの顔を見つめる。

「ママ、どういう…こと?
 今更、いまさら人間界に行っても、シンジの童貞は、もう…」
「そう言うこと言ってんじゃないの。あなた、シンジ君の所行きたくないの?」
「な、なんで私があんななよなよしたヤツの所に。
 ユイおばさまの息子じゃなかったら、童貞じゃないんなら誰が…」

 そう言うとアスカは俯いて唇を噛み締めた。
 事実、童貞でないならシンジにはほとんどまったく価値はない。ただし、それは淫魔の視点で見た場合だ。
 惣流アスカ個人から見た視点ではない。
 少し結論を急ぎすぎたことに失敗したと思いながらも、張り詰めた顔でじっと床を見つめるアスカに、キョウコは母親として複雑な思いを向ける。首を傾げながら、俯いたままのアスカを見つめた。

(確かに、今のアスカはシンジ君のこと、好きとは思っていないみたいね。
 でも、シンジ君が成人するのを、一日千秋の思いであなたは待っていたのよ。毎日、毎日、シンジ君のことを知ってから10年間、地上の1日は地獄の1年だから3600年近くも。
 恋じゃないかも知れないけど、あなたがシンジ君のことを思い続けてきたことはまぎれもない事実なの。私に見られてることに気づかず、シンジ君の写真を胸に抱いて、真っ赤な顔してた事はまぎれもない事実!
 アスカ、自分に正直になりなさい!)

 それが幸せに通じているかどうかはわからないけど。

 でもこれだけはわかる。
 自分の想いに、自分に嘘をついている人間は決して幸せにはならない。
 かつてのキョウコのように、家柄、しきたり、その他諸々のために好きでもない男と結婚することになるだろう。そして幸せなふりをしないといけなくなる。
 その時の記憶は悲しみと歓喜に満ちあふれている。望まない結婚の末、偽りの幸せに身を沈める決意をしたあの時。今の夫が、本当に自分が好きな人だった男が自分をさらっていかなかったら、どうなっていたことか。
 キョウコはアスカにそんな思いをあじあわせたくなかった。
 喩え自分のように、神の誓いに背いたからと悪魔へと身を転じることになったとしても。
 もう悪魔だし。


「行かないの? キョウコから許しが出てるのに」

 過保護なキョウコにも困ったこと。
 そう表情に出しつつ、焦れたユイはそう言った。
 予定ではとっくにぶち切れたアスカは地獄を飛び出していたはずなのに。そんでもって煽って煽って望む方向に誘導してたのに。思った以上に引っ込み思案のアスカに、予想と異なり、作者もさぞかし戸惑っていることだろう。

「でも…」

 まだ決心が付かないのかちらちらとユイを、キョウコの顔を見てはモジモジするアスカ。
 普段の気の強い姿と異なり、可愛い姿ではある。可愛いのだが。


ぷち



 ユイの頭のあたりから、そんな音が聞こえた。


「あ」


 カラクリ人形みたいに、きちきちとつっかえつっかえユイの法に首を回し、あいた〜と呻きながら手で顔を覆う。
 せっかくのシリアスな雰囲気も台無し〜。
 呻きつつも、まあいいやと思うところが悪魔ではあったが。


 見ている間に、ユイは顔を強ばらせたままアスカに迫る。

「お、おばさま?」
「アスカちゃ〜ん」

 そして口調は丁寧だがやな感じの笑みを浮かべつつ、ユイはアスカの胸ぐらを掴みあげた。
 その技こそ往年の名プロレスラー、ブルーザ・ブロディを彷彿とさせる片手ネック・ハンギングツリー。ユイ達の世界にあわせるなら、一つ目巨人が竜を倒すときよく使う技と言うべきだろう。
 床に着かなくなったアスカの足がじたばた暴れるがユイは無視。

「な〜にを悲劇のヒロインみたいにうじうじしてるのよ!?
 だいたい、あなたはうじうじするタイプのヒロインじゃないでしょーがっ!!!
 自分をきちんと自覚しなさい!
 別に家に来て、『あ〜ん無敵のシンジ様〜』って、べったり甘えろとは言ってないのよ!!
 レイみたいに子供を作れとか言ってるわけじゃないの!!
 要するに、あなたが人間界に来たいかどうかを聞いてるの!?」

 一気にそう言い終えるとふーふーと荒い息をつきながら、手を離してアスカを解放し、じっとその目を見つめた。
 キョウコにも、父親にも怒られたことは一度もないアスカは、驚き、怯えながらもユイの言葉が岩に水が沁みるように、自分の心に染み渡るのを感じていた。

 そう、自分はどうしたいのか。

 キョウコとは離れたくない。
 大好きな母親だから。

 扉の陰から『パパは?』と、声にならない質問をする父親は無視した。基本的に良いや、どうでも。
 泣くな、アスカパパ。後でキョウコに慰めてもらいな。

 キョウコも、父親も大好きだけど、この世界、地獄はイヤだ。
 格式とか身分とか家柄とか、実力に関係しないことで偉ぶるヤツがいっぱいいる。よどんだ沼の泥みたいなヤツでいっぱいだ。混沌の世界とは思えないくらい、妙な部分は秩序だっている。だからそれが余計に目立つ。
 だが地上は違う。
 家柄やコネとかももちろん評価の内にはなるが、圧倒的な実力の前には、それらは全てひれ伏す世界なのだ。圧倒的でないといけないが、アスカは自分が圧倒的な実力を持っているという、自負があった。少なくとも地上では。

 実力社会。

 戦う女、アスカの本来属する世界。かつて彼女の母親が属していた世界。
 地獄とは違う意味で混沌としている世界、地上こそ彼女に相応しい。

 なにより、レイがいる。
 今まで決して認めたことはなかったけど、レイはアスカのライバルだ。
 レイに負けたくないと言う気持ちがとても激しく、アスカの心を揺さぶっている。
 そして今だ見ぬもう1人のライバル、マユミという存在がいる。

 もう、迷いはなかった。

「…ユイおばさま」
「決めたみたいね」
「ええ。地上に、連れていって下さい。私は、地上にいきます!」









 その頃のシンジ達…。

 街一番の家具屋に色々な調度類を頼み、帰り道にその他色々な物を買いそろえて仲良く並んで家路についているのは、両手一杯に荷物を抱えたシンジと、その後で野菜や果物が入った買い物かごを持っているマユミ、無言だが頬を染めてシンジとマユミ2人に並んで歩くレイ達だった。

「碇君、重くない?」
「大丈夫だよ、これくらい。でも良かったね綾波」

 嘘である。メチャクチャ重いが、最近の彼は強がると言うことを覚えている。故に顔も言葉もいつもと同じだが、内心では悲鳴をあげていたりする。それでなくとも夜は腰を酷使しているというのに。そろそろ危ないかも知れない。

(くすっ。また強がってる)

 でもマユミにはお見通し。もうちょっと歩いたら休憩することを提案しようと考えていた。
 それにしても…。いつの間にか名字とは言え、呼び捨てである。手が早いというか、気を許した相手にはやたら馴れ馴れしいというか。
 まあ、それが今のレイには素直に嬉しい。シンジの言葉に、レイは「ええ」と小さく呟くと、そっとシンジに、続いてマユミに目を向ける。

「自分の部屋が出来る…。少し嬉しい。夫婦の間に秘密はない方が良い。
 でもプライベートは必要なの」
「ははは。この間までお城に住んでたって言うから、満足してくれて僕も嬉しいよ」
「そう? 私には、部屋の大きさなんてどうでも良いの。
 碇君と…マユミちゃんが、一緒にいてくれるなら、それで良いの…」
「そ、そうなんですか?」

 自分も含めて一緒にいることが出来て嬉しいと言われ、少しマユミは驚く。
 仲良くなろうとはしたけれど、こうも懐かれるとは思わなかった。

「そうなの」
「あはは、そう言って貰えると…私、嬉しいです」
「僕も。なんだか…本当に家族になったって…気がするよ」

 互いに顔を見合わせ、夕日の中で3人は小さく笑う。
 遠くの方で彼らを呼ぶ声がする。目を細めると、特徴的な服装、つまりは黒ジャージを着た背の高い少年とその妹が、こちらに向かって手を振っている。気の早い少女は、もうこちらに向かって駆けてきている。

「シンジ先輩、マユミおねえちゃーん」

「トウジにアオイちゃんだ。でもなんで先輩って呼ぶんだろ」
「さあ。でも、仲が良くて良いですね。あの2人…」
「私達みたいなの」

 え? とレイの一言に驚き、互いの顔を見合わせるシンジ達。
 どうしてそんな態度をとるのかわからないのか、レイは首を傾げて2人を見返す。その無垢な目で見られると、なんとも言えない不思議な気分だ。
 そうこうしてる内にアオイは子犬のようにシンジに飛びつき、元気よくキャイキャイと騒ぎ立てる。

 それを羨ましそうに見ていたレイは、ぽつりと、でも聞こえるようにマユミに囁きかけた。

「私の部屋が、できるけど…」
「?」
「でも、マユミちゃん。これからも一緒に寝て欲しいの。時々でも良いから」
「あ、あうー」

 さすがにちょっと困ってコメントに困るマユミだった。
 のんきな物だが、これが今のシンジ達の生活だ。

 アスカ襲来(Asuka Strike!)まで、あと…X日。





続く






初出2002/05/12 更新2004/11/23

[BACK] [INDEX] [NEXT]