「あなた達、何者なの!?」

 激闘を終えたアスカ達の目の前に、凛とした誰何の声と共にあらわれた謎の少女。
 果たして彼女は何者なのか!?











Monster! Monster!

第25話『カレイジアス・ペルセウス』

かいた人:しあえが






 凛とした目をつり上げ、少女はアスカ達を睨み付けた。左右でお下げにした髪の毛を揺らしながら、アスカ達に油断無く近づいていく。その動作は蛇のように密やかだが素早い。波打つように軽く肩が上下しているが、それは走ってきた所為で息が切れていると言うより、冷血な蛇が獲物を捕らえるときのようにごく自然な動作だと言える。
 僅かに踵を浮かせ、腰だめしたその動きは寸分の無駄がない。
 一言で言えば、一流の武道家の身ごなしだ。

(……魔法使いタイプ? いえ、私と同じ武道家タイプ? 弓を持ってるから接近戦は苦手かしら?
 よくわからないわね。妙な動き方だわ)

 ゴクリと唾を飲み込みつつ、アスカは10歩ほどの距離で足を止めた少女の観察を続けた。マユミ達の意見も聞きたいところだが、後を振り向いた瞬間、飛びかかってこられそうでそれもできない。
 年の頃は15〜16。いや、もう少し上かも知れない。若い少女とは思えない不思議と疲れた瞳をしていることが印象的だ。もっとも、これはアスカ達にも言えることだから人のことは言えないが。
 実際はどうあれ、見た目は彼女達とほぼ同年代に見える。背の高さも低からず、高からずの中肉中背だ。そして服装がやたらと古くさく、いつの時代の物なのか体の線があまりでない白いゆったりとした貫頭衣を着ている。そして、それだけ奇妙に立派な大きな弓を背中に背負っていた。
 なかなかにプロポーションは良いみたいだ、とアスカは思う。まあ、手の平にすっぽり収まる感じと言えば、喩えが非常に悪いがわかりやすいかも知れない。
 鼻の周りに少しそばかすが残っているところがあか抜けない感じにも見えるが、それは少女の愛嬌になってもいた。アスカやレイとは違う、側にいるとなんだかホッとする優しさ…彼女はそうゆうタイプの少女に見えた。

 だが残念ながらその少女は、「お茶でもどう?」とか誘いに来たわけではない。戦い疲れたアスカ達を和ませるためにいるのではないのだ。

「侵入者…それもとても強い力を持った。敵ね」

 少しこめかみと頬が引きつるのをアスカ達は感じた。たらっと冷や汗まで滴り落ちる。
 いきなり敵呼ばわりである。彼女達の気持ちは、多少は分からないでもない。

(味方とは思っていなかったですけど…)
(それにしたって、いきなり敵!?)
(敵…。敵…。はっ、彼女も碇君を!?)

 少女の言葉を振り返って考えるまでもなく、彼女が臨戦態勢に入ってることは、僅かにつり上がった眉と瞬きしない目、おちつかなげに繰り返し唇を舐める動作、そして意志を持つ生物であるかのように逆立った彼女の髪の毛を見れば、誰にもでもわかることだ。
 鍛え抜かれた純鉄のような視線が突き刺さる。僅かにマユミやレイのみならず、アスカまでも身震いする。向けられる敵意は灼熱の火箸のように鮮烈だ。気を抜いていたらば、見えない手で胸を突かれたみたいに尻餅をついたかも知れない。あるいは気圧されて、飛びかかられても行動できなかったかも知れない。それこそまさに少女がただ者ではない証明と言えた。見た目こそただの少女だが、それを馬鹿正直に信じるのは愚か者の所行と言える。

(…強い魔力だわ)

 戦いになるかどうかはわからない。今の状況が状況だけに、戦いを避けたいのだが、少女の様子から鑑みてもそれは難しいだろう。敵意のないことを示すため、両手をあげるとか考えることもできない。
 腕に抱えたシンジを庇いつつ、アスカは冷静に目の前の少女の戦力を分析した。がむしゃらに突っ込むだけなら馬鹿でもできる。だが彼女は最下級とは言え悪魔の一人。悪魔の脳細胞はどんなに熱くなっても、こと戦闘においては冷静さを持ち続ける。

 瞳孔が狭まり、じっとアスカの目が少女を観察する。そう、戦いはまず敵を知ることから始まる。

 …上からトップが89E、60、86だろうか?
 ちらっと自分を見下ろす。
 にやぁっと口元を歪め、

 …………ふっ。

(って違うでしょ)ビシッ

 器用に1人ボケ突っ込みするアスカ。突然の動作にマユミ達の視線が一斉に集中するが気にしない。気にしたら恥ずかしさの余り自滅する。それはともかく分かった事実がある。
 少女の実力は自分達に匹敵する。
 戦いになるのだとしたら、先の見つめるもの同様、いやもっと気を抜けない戦いとなることだろう。実力だけで見れば、見つめるものの方が強そうだが、アスカ達は疲労しているし負傷もしている。それに、美形同士の戦いはどちらが勝つか誰にも予想できない。

(でも)

 ふっとアスカは髪をかき上げながら鼻で笑った。馬鹿にされたと受け取ったのか、少女の眉がひそめられる。
 構わずアスカは続ける。その眼はどこまでも真っ直ぐだ。


「私ほどじゃないけど」←これが言いたかった。


「なっ?」

 勝ち誇ったアスカの目が、それはもう哀れむように少女の胸元を見つめる。
 一瞬アスカが何を言ってるのかわからなかったが、すぐに見当がついたのか胸を隠した少女の頬が赤く染まっていく。アスカ同様自分の胸を見下ろし、ついでアスカに、ついでにマユミに目を向ける。

(くぅっ! なによなによ!)

 ああもう悔しいったらありゃしない。そう言わんばかりに少女は顔を赤くして憤る。戦いの後の残る石床を踏み割らんばかりに地団駄を踏む。見た目に反して結構勝ち気な性格らしい。同時に戦いの後も生々しい室内の惨状に気がついたのか、ただでさえ険悪だった視線はドンドン強烈になり、それと同時に彼女が放つ敵意は物理的質量さえ持ったかのようになる。
 胸を突かれて尻餅どころか、ボクサーの拳か力士の体当たりのような衝撃だ。
 少女はアスカの言葉を宣戦布告と受け取った。髪の毛が猫の毛のように逆立ち、ふーっとうなり声のような息を吐く。

「敵ね。あなた達、敵なのね!」
「だったらなんだってのよ!
 どうせこんな所に居るんだから、あんただってまともな奴じゃないんでしょ!」

 決めつけるような、どこか優等生的な発言にアスカは不敵に応えた。完全に戦う方向に話を持っていったアスカに、話し合いを考えていたマユミが恨みがましい目を向ける。マユミの視線の意味に気付き、内心おやおやと思いつつアスカは肩をすくめた。そしてまだ保持していたシンジを右手で抱きなおし、アスカは少女から距離を取ってマユミ達と同じ場所に並ぶ。すぐ隣で眼鏡越しに自分を見る、というより睨むマユミにすまなく思う反面、有能でそこそこ戦いの経験を積んでいるのに、駆け引きの経験はさほど積んでいないとはと驚いていた。話し合いでどうかなると思ってたようだが、相手は端から喧嘩腰で決めつけるような態度の少女である。それも自分の正当性に一片の疑いも抱いていないと来ている。どう足掻いても戦うことになっただろうことがわからないとは、正直意外だった。

(ま、何千年も岩室に閉じこめられてたんだから無理ないか。それはともかく!)

 今度はアスカがにらみ返す番だ。
 彼女の眼が蒼く光り輝き、ぴったりととじられていた背中の翼が、ブワッと空気を裂いて広がった。
 同時に髪の毛からちょっとのぞく程度の大きさだった角が、髪の毛をすり抜けながら差し渡し10cmほどの長さに伸び、唇の中に隠れていた犬歯が少し口元からはみ出る程度の長さに伸びる。
 その姿は美しさと相まってなお恐ろしい。
 彼女の身長より巨大な翼が影を投げかけ、その少女は気を呑まれたのか威嚇されたのか動きが一瞬止まった。


「先手必勝ー!」


 無論、好戦的もとい戦いの申し子であるアスカが見逃すはずがない。
 たとえ左手を失っていても彼女は根っからの戦士なのだ。
 全裸の意識を失ったシンジを手放すのはメッチャ悔しく心残りだが、マユミ達も自分に続いている。バックアップは任せて大丈夫だろう。

 当人は決して認めないが、ほのかに愛を込めつつ無造作にシンジをぽいっと放り出し、軽やかに跳び上がると空中でクラウチングスタートのような体勢をアスカは取る。魔法で浮いているわけでもない不安定な状態だというのに、器用と言うか。
 と、空中に浮いていたアスカの体が、右手を前に突き出した姿勢のまま弾丸のように飛んだ。先手必勝の言葉に恥じない敏速な動作だ。相手の正体はまだ分からないが、その身のこなしと彼女が手にしていた弓から、格闘などの肉弾戦はそんなに得意でないと見て取った。もちろんその分魔法に長けているとか考えられるが、アスカには少々の魔法の盾なら、障壁ごとぶち抜く自信がある。
 もっとも、背後でマユミが対抗魔法(カウンターマジック)を唱えているから、お下げの少女は魔法障壁を張ることはできないだろう。対抗魔法を使うと、魔法が非常に使いづらくなる。もちろん、当の対抗魔法を使っている当人も魔法を使いにくくなると言う欠点はあるが。しかしながら、より強い力の持ち主は自分の魔法はある程度制限されても、格下の相手の魔法を完全に封じ込めることができる。魔法使いが実力を比べるとき、もっとも力の差を知らしめる魔法と言える。そしてマユミは、悔しいけれどアスカの知る限りでは地上最強の魔法使いだ。
 …ユイとかは?

(ユイさん達は例外)

 アスカの中ではユイ達は魔法使いとかそういう括りができない存在らしい。
 魔物に魔物呼ばわりされてる、と。



「もらったー!」
「くっ、不意打ちなんて卑怯だわ、汚いわ!不潔よ!」

 とかなんとか言ってる間にアスカは少女の眼前にまで迫る。対する少女は素早く持っていた弓を構える。敵宣言したとは言え、いきなり飛びかかってきたアスカの行動に度肝を抜かれはしたが、部屋に入る前から警戒していた少女の行動は非常に素早かった。
 優美な曲線で構成された、磨き抜かれた光沢を持つ木の芸術品と言って良い、そして見るからにただの道具とは思えない雰囲気を宿した弓。
 それもそのはず、彼女の持つ弓は普通の弓ではない。少女が幼いころより種から育てた木を、弓作りの匠が丁寧に削って仕上げた彼女のための、彼女だけの弓なのだ。所々にミスリル銀の補強と飾りがあり、弦は鯨神の櫛髭から作っている。
 少女は弓の弦をぴしゃりと鳴らすと、確かめるように指をはわせる。

「撃ち落とすわ!」

 腰の物入れから小さな種を取り出すと、少女はそっとそれに息を吹きかけた。瞬く間に種は一本の矢と変わる。少女は素早くそれをつがえ…、その優美で滑らかな外見から想像もつかない鋭い必殺の矢を放った。
 どこに? 勿論、アスカの額めがけてだ。


「甘い!」

 並の魔物なら額に向かって飛んでくる矢をかわすどころか、矢が飛んできたことに気がつくこともなく、岩をも射抜く矢に脳を射抜かれて終わっていた。だが脳内物質が全身を駆け回り、精神が星の高みにまで高揚したアスカには、はっきりと矢を確認することが出来た。
 勢いをゆるめることなくアスカが右手を一閃すると、同時に矢がはたき落とされた。
 そのまま二の矢をつがえるまも与えず、アスカは少女に殴りかかる。

「悪からの防御!(プロテクションフロムエビル)」

 必殺の矢が効果無かったことに愕然としながらも、少女はならばとすぐさま邪悪な存在から身を守る魔法障壁を作る。彼女を中心にした直径2m程度の、微かに白く燐光を発する壁と言うよりシャボンの泡のようなものが周囲を包み込む。見た目こそ蜻蛉の羽か水の泡のように頼りないが、ゾンビなどのアンデッド、インプやグレムリンなどの闇に生を受けた生物はこの壁を越えることは決してできないのだ。
 が、それをあっさりとアスカの右拳はぶち抜いた。それはもうきっちりがっちり。デ○ジエンドをぶち込んだガラスみたいに粉々だ。魔法障壁の欠片がキラキラと輝きながら空中に溶け込んでいく。

(うそ!? 少なくともサッキュバスレベルの悪魔には触るだけで苦痛のはずなのに!)

 そして、アスカもまた驚きに目を見開いていた。


(壁を作った!?)

 マユミの魔法の影響を受けずに、魔法障壁を作ることができた少女の技にアスカは驚きを隠せない。それはすなわち、少女の力の源がマユミ達のそれとは根本的に異なっていることを証明している。

「この力は神聖力! 忌まわしき光明神の技!
 あんた…女司祭(プリーステス)ね!」
「なによ! 女司祭の何が悪いって言うのよ!」
「ガチガチに固い委員長タイプって見てたけど、まさか本当にそうだったとはね」

 司祭、女司祭…。
 いわゆる神に祈りを、自分の一部を神に捧げることで様々な奇跡を起こす異能者達。地道に勉強を続けて魔法を使えるようになった魔法使い、精霊や魔神を屈服させて使役、あるいは供儀による契約でお願いを聞いてもらう精霊使いと、似ていると言えば似ているかも知れない。どっちも人生の一部(時間だったりお金だったり様々な物)を消費して覚えていくものだから。
 とは言うものの、魔法使いのそれとは実際は似て非なる魔法大系がある。精霊使いのそれとよく似ているが、少々異なるそれは神聖魔法として世間一般に知れている。魔法という呼び名は本来正しくなく、正式には法術と呼ぶのだが、非現実的な物理法則を引き起こす怪しげな手段という意味では一緒だろう。実際、魔法の区別の付かない一般市民はどっちも魔法と呼んでいる。
 言われてる当人には腹立たしいことだが。
 その力の源は、魔法のように(彼ら曰く)不浄の力でなく、超越した存在の助力である。俗に神と呼ばれる存在だ。
 確かに一部の口さがない人物が言うように力の引き出し方はお願いであり、他力本願ではある。だが、魔法使いと異なり長い呪文詠唱や触媒を必要とせず、精霊使いのように自身の力を削ることもなければ、鉄など精霊や魔法が忌み嫌う金属の影響が全くない。
 そこが魔法使いの魔法とは大きく異なっている。

 そして法術の種類、できることなどだが、これは仕える神にもより様々だ。ではあるが、基本的に攻撃より防御、治療術が中心である。攻撃魔法と言われる物も火球をぶつけるなどより、身体機能を強化すると言った種類が多い。前述したとおり戦神とか例外の神もいるが。
 それよりなにより大事なことがある。
 アスカ達にとって決して無視できないことが。

 それは、

「魔族のあなたにはこれが良く効きそうね!
 フラッシュハンド・ザ・エース!」

 猫騙しでもするかのようにアスカの眼前に突き出された少女の手から、突然眩い光が生まれ、周囲を眩く照らし出した。眩い光に照らされたアスカの顔が恐怖に引きつる。

「まずっ……きゃあ─────!」

 彼女達は例外なく、悪魔や不死者などの、暗黒の力を生命の源とする存在に対しやたらと強いことだ。

 少女の手から溢れる光はわずかに緑色がかっており、レイやシンジには眩しいだけで何らダメージを与えることはない。それどころかかえって暖かくて気持ちが良くなるくらいだ。だが地獄の魔物であるアスカと、不死者であるマユミには…そんなのんきなことを言う余裕は全くなかった。
 レイ達と対照的に、油をかけられたみたいに2人の全身が燃え上がった!

「うあああっ!」
「あう、くっ!」


 アスカとマユミの2人は顔を手で隠しながら、なんとか全身を焼く光から逃れようと物陰に駆け込む。2人の姿に少女はせせら笑っているようだが、とてもそちらに注意を向けるどころではない。それどころではなかった。慌てて見つめるもの…もしくは別の誰かがつくったガレキの影に隠れるマユミとアスカ。
 光が遮られた途端に、彼女達の全身を包んでいた炎が消えた。だが2人は呆然としている。借りてきた猫のように動くこともできず、ただ自分の身体に起こったことを反芻するように考えていた。火は消え、魔力で作られた衣服が回復したが、2人とも生まれて初めての種類の痛みに混乱は隠せない。文字通り、魂を砕く痛みだった。

「なんでこんなところに光明神の司祭が…」
「マユミ、あんたなんとかしなさいよ!」
「な、なんとかって言われても〜。ああ、とは言うものの本当に何とかしないと」

 まだ距離があった上に肌の露出が少ないマユミは被害が少ないが、至近距離から光を浴びたアスカのダメージは深刻だ。目を庇うのがもう少し遅かったら、彼女の目は見えなくなっていたかもしれない。
 そして少女の攻撃はまだ終わらない。

「光明神一族の巫女である私を甘く見ない方が良かったわね!
 ウルトラシャワー!」


 続いて少女が胸元で手を合わせると、そこから無数の小さな光がシャワーの水滴のようにアスカにほとばしった。一つ一つは大した威力ではないが、何しろ数が多い。しかも今度は物理的な破壊能力まで有している。たちまちの内にアスカの隠れていたガレキはうち砕かれはじき飛ばされ、アスカのほとんど剥き出しの体に向かって光の奔流が襲いかかった。

「きゃあああ───っ!」

 とても普段の彼女からは想像もできない悲鳴をあげてアスカが身を捩る。転がって何とか光から体を隠そうとするが、いかんせんアスカの今いる位置は少女に近すぎる。その上、身体を隠せそうな瓦礫も穴もない。狙い撃ち同然の有様だ。
 執拗な集中砲火により、まるでキャンプファイアーのようにアスカの全身が燃え上がった。

「ひぎぃ! た、助けてママ! 熱い、熱いの!
 助けてマユミ、レイ! こ、このままじゃ!」


 橙色の炎の中から助けを求める本物の悲鳴が室内に響く。弱々しいアスカの懇願の声に、加害者である少女の顔が一瞬揺れた。アスカの悲鳴と自分の内なる声に、瞳に浮かんでいた狂気じみた色が薄れ、おぼろげでどこか夢でも見ているよう感じが一瞬消える。だがすぐにその瞳はより強く光り、いっそう強く光をアスカに浴びせかけた。容赦など微塵も見られない。少女は文字通りアスカを消滅させる気なのだ。

「んあああああっ! んあ……ああっ…もう、ダメ…………ママ」

 そのままアスカにとどめが刺されようとしたその時。
 影が少女に向かって飛んだ。

「それ以上はさせない」

 冷たい剃刀のような冷気が迷宮中に広がる。
 友人のピンチに、遂にレイが行動を起こしたのだ。全身に冷気を鎧のようにまとわりつかせ、いつになく冷たい冷徹な眼差しを少女に向けている。確かにアスカは友達…というより嫌な奴という認識なのだが、少なくとも目の前で聖なる光を浴びせる少女よりはずっとずっと身近な存在、友達だ。
 いや、もしかしたらアスカと喧嘩して良いのは自分だけとか、どこかずれたことを考えているのかも知れないけれど。それはともかく、レイは両腕に大気を凍らせて作った氷槍を握りしめ、喧嘩友達でもありライバルでもある少女を助けるために、果敢に少女に挑んだ。アスカほどの格闘戦闘能力はないが、それでもお姫様として育てられたから、王族の嗜みとして護身術の類を身につけている。多少腕に覚えのある程度の戦士では、問題にならないくらいの実力はあるのだ。

「ちっ、邪魔を」

 突然の乱入者に少女はアスカにとどめを刺すことを諦め、術を中断するとレイに向き直った。その場に崩れ落ちるように倒れるアスカだったが、攻撃が途切れた隙にマユミがテレキネシスでアスカを安全圏へと移動させる。そして改めてシンジだけを後方、戦いの影響がないだろう場所へと短距離テレポートさせる。

 一方、少女はレイに向かって聖なる光…少女曰く、フォトンシャワーを浴びせるが、レイの全身を包む氷の粒が、その悉くを虹色のきらめきと共に跳ね返してしまった。

「聖なる光が効かない?
 なるほど、地獄の妖魔以外もいたってことなのね」

 手の届かないところに動くアスカを横目で追いながら、少女はそれよりも目前に迫った危険について考えた。

(悪魔でも不死でもない…。妖精…かしら)

 見たところ、悪魔と言うより妖精に近い存在だ。妖精…つまりは神になれなかった、あるいはかつて神だった存在と言っても良い。レイに対し効果のある魔法を、少女はすぐに思いつけない。それでなくともレイには超然とした力と決意を感じる。さっきみたいに生半可な攻撃では意味を成さないだろう。

 レイのような相手が一等苦手だ。防御の術ならふんだんにあるが、魔法自体は防御できても魔法に伴って発生する冷気までは防げないだろう。神聖術はその特性上、高速で使用するとかいったことができない。魔法のように長々とした呪文が必要ない代わりに、祈りの言葉だけは正確にハッキリ唱えなければならないのだ。少女は部屋に入る前に、あらかじめ幾つか防御法術を使っておかなかった自分の不明を呪った。
 彼女は殊更寒さに弱いのだ。氷点下にでもなろうものなら、すぐに身動き一つできなくなるだろう。

(神聖術じゃどうにもできないわね)

 もちろん、冷気も防ぐことができるレジスト魔法を知らないわけではないが、連続で術を使うことは前述したとおりできない。シールドにしろレジストにしろ、どちらか一方を使う間に動けなくなることは間違いない。

 となれば…。

「正体を晒すのはあまり好きじゃないんだけど」

 そう呟く少女の目がキラリと光った。
 一度閉じられ、再度見開かれた瞳は人間の白目に黒目ではなく、蛇かワニのように縦に瞳孔の割れた金色に光る瞳だ。
 同時にお下げの髪の毛が紐で引っ張った操り人形のようにひよっこりと動いた。今までも彼女の動きや感情に合わせてひょこひょこ動いて可愛らしかったが、今度の動きはそれとは全然異なっていた。まるで蛇が鎌首をもたげるように重力を無視して滑らかに動くと、長さまで変えてレイの右手と左手にそれぞれが絡みついた。

「え?」

 マユミがレイを怒るときのように髪の毛が蠢いたことと、手首に走る鋭い痛みにレイの体が一瞬硬直した。
 そして少女のピンク色の唇の口が耳元まで開き、シャーと蛇のような呼吸音と共に緑色の蒸気混じりの息をレイに向かって吹きかけた。

「!!!」

 とっさに呼吸を止め、目を硬く閉じる。それ故に致命的な効果はなかったが、息が吹きかけられた素肌がヒリヒリする。恐らく、少女の吐息には毒が混じっていたのだろう。その痛みはすぐに消えて行くが、レイは愕然とした。彼女が着ている純白のドレスは麻痺、毒、睡眠などに抵抗力を持っている。だのに着ていてさえも、一時とはいえ毒の効果があるとは!
 そして念入りに顔に噴きかけられた毒の息は、なおしばらく効果を保つだろう。つまり、迂闊に目を開けることができない!

(視覚を封じられた)

 次の攻撃に備え、無意識の内に身体を硬くして両手で顔と胸を庇うレイ。その隙を逃さず、彼女の腕に絡みつく髪の毛が大きく波打った。まるで一流の柔道家に一本背負いをされた様に彼女の小柄な体が背後の壁に向かって投げ飛ばされる。

「───きゃう!」

 レイは目が見えないながらもかろうじて空中で手足を振り、姿勢を変えることで頭から石畳に激突することだけは避けられた。だが、それでも受け身をろくに取ることもできず、背中から硬い床石に激突し、レイは苦痛と横隔膜の痙攣に喘いだ。頭も大きく揺さぶられてしまい、前後の状況も忘れたレイはよろよろと立ち上がる。清浄の魔法が永久化されているドレスのすそで顔を拭き、毒混じりの唾液を拭い去ろうとする。
 それこそ少女の待ち望んでいた状態だった。

 一瞬できた完全な無防備な状態。

 少女のお下げの髪の毛が、再び手で触ってもいないのに踊るように逆立ち、シャーという呼吸音と共に中程から割れた。お下げの先端に牙を生やした口が生まれいで、同じく口を挟むようにしてガラス玉のような目が左右に浮き出た。そして少女の瞳が金色に光る。

「まさか!」

 アスカに治療用の再生苔をかぶせていたマユミが驚愕の声を漏らした。
 少女の正体に気がついて。
 そして目の見えないレイは気がついていない。

「綾波さん、目を開けちゃダメ!」
「うう……え?」

 マユミの警告は間に合わなかった。
 きちんと拭けたかどうかの確認として、レイは瞼を開き、そして少女を見てしまった。蛇の髪の毛を持つ美しくも恐ろしい蛇身の少女を。その顔を、目を。


「!」


 あっという間もなかった。
 完全に無防備になったところで、まともに見てしまったのだから。
 軟らかかった肉はひきつり、風に揺れた髪の毛は濡れたようにひとまとまりに固まる。そして着ていた服までも色を失った。

「ああ、綾波さん!」

 マユミの悲鳴に誰も答えない。
 レイという一人の少女は消え去り、かわりにレイに生き写しの石像が驚きに目を見開いた表情もそのままに存在していた。まるで過去からそうであったとでも言うように。

「一丁上がり♪
 どうなるかと思ったけど、洞木三姉妹がひとり、潔癖のヒカリの敵じゃなかったってことね」

 嬉しいのか、ジー…と軽快な音をたてて少女の尻尾の先にある、ドーナツを円錐状に重ねたような形状のラットルが揺れた。
 薄く笑いながら、少女…洞木ヒカリはレイだった石像にゆっくりと近づいていく。レイに絡みつくように身をもたせかけ、珍しいことに普通の石ではなく純白の石になった至高の芸術とも言うべきレイの石像を黄金の翼で撫でる。しばし表面を撫でさすっていたがやがて飽きたのか、ゆっくりとマユミ達の方に向き直る。その動きはどこか粘着質で爬虫類を喚起させる。

「さすがに私の正体は分かったみたいね」
「なんでこんなところにデビルマンレデ…」
「ストーップ! 気持ちは分かるけどそのネタは禁句よー!」

 意味不明のネタの後、改めてやり直し。

「は、はい。えっとなんでこんなところにメデューサなんて上級妖魔が(棒読み)」
「無機王のあなたに言われたくないわね」

 さすがにヒカリもマユミ達の正体にも気がついていた。
 冷静に考えれば、無機王、悪魔、スノーホワイトと大物揃い。確かに言い訳するだけ無駄って気もする。これで信じるのはよっぽどのお人好しだ。たとえばシンジとか。

「まあ、そんなことはどうでも良いわ。世界を滅びに導こうとたくらむあなた達邪悪な妖魔。生きて外に出られるとは思わないことね」
「じゃ、邪悪ってそんな、誤解です!」
「お黙りなさい! この迷宮に封じられた旧世界の遺産、世界を破滅に導いた力を求めたからこそここに来たんでしょう!」

 違います、違います。と首を激しく左右に振るマユミ。勢い良すぎて髪の毛は乱れて眼鏡が飛びそうだ。

「とぼけたって無駄よ!」

 聞く耳もたねえって感じにヒカリは言い捨てた。強い力を持った女妖魔が三体もいるのだ。これはもう、御子を宿す者確定だ。つまり、絶対殺す。殺しきる。

「待って、話を聞いて下さい!」
「問答無用。
 でも安心して。抵抗しなければ、石像にしてずっと飾っておいとくから」

 全っ然、嬉しくねぇ。

 言葉にせず、表情だけでマユミは言い放つ。
 嬉しくないの〜? とこれまた表情だけで言いながら、巨大な蛇のそれへと変わった下半身を引きずり、警告器官であるはずのラットルを歓喜に鳴らしつつ、ヒカリはマユミ達にゆっくりと近づいていった。
















「ちょっと、ちょっと冗談でしょぉ〜〜〜!?」
「っ! 私達、別に私達あなたと敵対するつもりはないですよ〜〜〜!!」

 どうにか回復したアスカと半泣きのマユミの悲鳴を無視し、本性をさらけ出したヒカリは、注射針のように鋭く長い牙を剥き出しにして叫んだ。しかし今の姿と言い、さっきの毒の息(ポイズンブレス)と言い、なんかヌード写真集を出版した元アイドル並に何か大切な物を捨てた感じがするのは気のせいだろうか。
 黙れと言うように腕を振り、ヒカリは絶叫する。

「だから淫魔と無機王が何言ってるのよ!」
「「うっ…」」

 まあ、確かに説得力が欠片もないか。どちらも邪悪の代名詞、悪魔族と不死者の一員だし。
 思わず顔を見合わせるアスカとマユミ。認めたくないがヒカリの言い分には納得できる。自分達も同じ様な状況に陥ったとき、どう行動するかわからないことがよりいっそう説得力を持つ。ましてヒカリは種族こそメデューサだが神官だ。なんの神の神官かはわからないが、どうも光の神らしい。


最悪


 基本的に光の神、いわゆる秩序の神は融通が利かず、邪悪な行いをしていなくとも、ただそう生まれついたと言うだけで他者を害する狭量な存在が大半だ。しかもなんかもの凄〜く偏った価値観の持ち主でもある。とにかく自分達の理解できないこと、存在、価値観、年若い弟の主張する権利などを一切合切認めようとしないんである。言葉や呼び名が違うだけで同じ存在であったとしても、それだけでそれは殲滅対象となりうるのだ。まだヒカリの信仰してる神は多神教で一神教のそれよりはずっとまともだが、その狭量さ独善具合は爆竹と水爆くらいの違いしかない。って結構あるな。ま、天罰と称した虐殺を行うという点ではどっちもどっちだ。
 ほとんど(検閲削除)(大人の良識)して(千葉県)でなおかつ(自主規制)なわけで。
 メデューサのヒカリがどうしてその手の神の神官になってるかはわからないが、いずれにしてもヒカリがアスカ達の言い分を聞き歩み寄る可能性は無に等しい。水を編んでセーターを作る作業の方がよっぽど上手くいくだろう。

「石になるのがイヤなら、聖なる雷を浴びて消滅してしまいなさーい!」
「「どっちもイヤよ!」」
「わがままな子達ねぇ。石になるのもイヤ、消滅するのもイヤなら、どうすれば良いって言うのよ!!」


「「どっちもやめて、穏便に話を聞け──!!」」


「なんで妖魔の言い分を聞かないといけないのよ!」


 は、話にならねぇ。

 自分の考えが正しいと心の底から信じ切っている。自分が間違ってるとは夢にも思わない相手とは、話し合いになるわけがなかった。うんざりした顔を見合わせつつ、アスカ達は遂に覚悟を決めた。
 なんとか穏便に済ませたかったが、事ここに及んでそうは言ってられない。
 倒すのみ!

「でぃりゃ───!!」

 気合い一閃、アスカの右腕が唸りをあげて床を殴りつけた。炎の閃きと力を宿したそれは、石畳を粉々に砕き、その下の土や石の土台もえぐりとばして人間が数人隠れられそうなくらいの大穴を生んだ。飛び散る瓦礫と粉塵にまぎれながら素早くアスカはその中に潜り込む。とりあえず、ヒカリの放つ聖なる光から隠れ場所を作ったのだ。
 ターゲットを見失い、ヒカリは悔しそうに顔をしかめた。

「くっ、淫魔は逃がしちゃった。でもそっちの無機王は確実に成敗よ!
 光明神エース! 私の祈りを聞き届け、その神聖なる武器を遣わしたまえ!
 聖なる断頭台を」

 町中で叫んだらお巡りさんに捕まっても文句の言えないような物騒なことを言いつつ、ヒカリは顔の前で両手の掌を合わせた。僅かな放電がヒカリの身体を光らせる。そして、ヒカリは意識を集中しながらゆっくりと手を左右に開いていく。

 バチバチバチッ

 両手の平の間に不気味に放電を繰り返す雷が走る。ヒカリが腕を広げていくのに比例するように雷の橋は大きく、長くなり、よりいっそう不気味に輝きをます。ヒカリが一杯に腕を開ききったとき、それは大きな三日月状の光の刃となっていた。
 マユミの細首を見つめ、にんまりとヒカリは笑みを浮かべる。

「ウルトラギロチン!」


 ヒカリが腕を振った瞬間、光の刃は一直線にマユミに向かって放たれた。その無慈悲なる一撃でマユミの首を刈らんと、途中にあった瓦礫を試し切りでもするようにチュインとやな音をたてて切り飛ばし、死神の鎌のようにマユミの細首に襲いかかる。
 マユミの細首は正に風前の灯火!
 しかし、マユミとて伊達に魔法使いをやってるわけではない!

「こなたよりかなたへ、我と我が身を空間の橋に滑り込ませる。私はここに、私はそこに、私はここにいてそこにいない。私はそこにいてここにいない。……魔幻転身(サータンテレポート)」

 だがウルトラギロチンが命中する寸前、マユミの姿がその進路上からかき消すように消え去った。まるで雲か霞に溶け込みでもしたかのように。

「消えっ!? どこに!?」

 きょろきょろとヒカリは周囲を見回して警戒する。魔法使いはこういう変則的な戦い方をするから苦手だと思いつつ、ぐるりぐるりと首を左右に振って周囲をねめ回す。だがマユミの姿はどこにも見受けられない。蛇になったお下げの髪も一緒になって周囲を見回すがマユミの姿は見つからない。

(テレポートができるなんて。甘く見すぎていたわ)

 それも非常に戦闘的な短距離テレポート。当然、連続して行うことができるのだろう。
 ヒカリのように体が大きく、しかも下半身の形ゆえに方向を変えるのに時間がかかる魔物は、この魔法を使って攻撃されるのは大の苦手なのだ。

 どこから出てくるだろう。後? それとも上、意表をついて正面から?
 イライラばかりが募り、まるで遅効性の毒のようにヒカリの精神を浸食していく。尾の一振りで手近にあった瓦礫を吹き飛ばし、内心の苛立ちを隠そうともせずヒカリは叫んだ。

「どこ!? 出てきなさいよ!」











「……なんか凄くあんたを捜してるみたいよ。顔見せてあげたら?」
「イヤですよ。一瞬とはいっても、石になんてなりたくありませんから」

 虹色の蛇の下半身をうねらせてマユミを捜すヒカリを、アスカがどこか他人事のように見てすぐに顔をひっこめる。そして隣に座って一息つくマユミに向き直った。超短距離テレポーテーションを行い、どこに消えたかと思われたマユミだったが、実のところアスカのすぐ横に姿を現していた。灯台もと暗し…なんだろうかこの場合も。

「石にねぇ。でも私達って、石になるのかしら?」
「さぁ? 試してみる気にもなりませんし」

 尻尾を振りながら非常に興味深いことを尋ねるアスカ。だがヒカリをどう対処するか考え中だったため、マユミはちょっと素っ気ない返事をする。その態度がどうにもアスカの気にいらない。

(私の質問を無視するなんて、マユミのくせに生意気だわ)

 さてもどうしてくれようか。

(いぢめてやる)

 こんな時にも関わらず、アスカの口元がにやっと歪んだ。いや、こんな時だからだろうか。
 考えこんでいたマユミの襟を掴み、猫みたいに軽々と持ち上げてクルリと一回転させてヒカリの方を向ける。そしてマユミが抗議の声を上げる前に、耳元に口を近づけ、ふぅっと息を吹きかけた。母親の必要以上な薫陶のおかげでかゾクゾクするような桃色吐息である。


「ひぃぃぃぃぃっ!?
 な、なにするんですかアスカさんっ!? あ…」


「そこにいたのねぇ!」


 アスカほどではないが、髪も性感態とシンジに評されたくらいに敏感なマユミである。悲鳴をあげつつ、思わずじたばた暴れながら、自分の状況を忘れてつい目を見開いてしまった。レベルの高い魔物であるマユミ達は、相手がメデューサであっても顔を見た程度では石にならず、直接目を合わせさえしなければ石になることはない。だからこそ、目を完全に開けない薄目状態だったのだが…。

「んきゃ!?
 あ、アスカさぁ…ん…」


 まともにヒカリの目を見てしまった。
 恨みがましい視線でアスカを振り返りながら、マユミの体は服も含めて黒色に変色し、そしてすべすべした手触りの石になってしまった。レイは大理石だったが、マユミは玄武岩になるようだ。急に重くなった右腕によろけつつ、それでもマユミの身体を保持したままアスカは感嘆の声を漏らす。
 ってアスカさんアスカさん?

「おおっ、凄いわ! 無機王のマユミが石に!
 ってことは私も石になるって事ね。なにかしら。カンラン石かしら?」

 いや、アスカなら爆裂石かもしれない。

「…えっと。
 いくらなんでもそれは酷すぎると私思うんだけど」

 彼女の行動にはヒカリも二の句が継げない。継げないだろうなぁ。
 必死に自分の行動を止めようとする内なる声まで一緒に絶句してるくらいだし、その衝撃の度合も知れるという物である。敵が勝手に減って絶好のチャンスだというのに攻撃の手を休めて思わずツッコミ。今まで、非道という言葉で収まりがつかないような相手と戦ったことはないではないが、これほどまでコメントに困る相手と戦ったことはなかった。わざわざ自分の知的興味を満たすためだけに、自分が不利になることも構わず、仲間を石にする相手とは。
 天然とかではない。何と言うか…自爆系?
 勝つためには何でもする…と言うより自分のためには何でもするタイプ。
 敵に回しても味方にしても恐ろしい。

 ヒカリの背筋に冷たい汗が流れた。

 と、その時。
 まだぶら下げられていたマユミの石像に変化があった。ギシッと古い家が軋むような、家小人が暴れたときのような音をたてて、マユミの石像がブルブルと震えた。

「おっ、やっぱり」
「?」

 アスカは何か納得した声を上げているが、ヒカリは先の衝撃の強さと、初めて見る現象にとまどいを隠せない。まさかという嫌な予感はある。だが、石になったマユミがまさか復活するはずがない。
 そう信じたかった。

 ヒカリ達が見守る中、マユミの石像の背後に半透明をしたマユミの姿が浮かび上がった。さながらゴーストのように見えるそれは、間違いなくマユミの霊魂だ。どう見ても不機嫌に怒ってる顔をしたマユミの霊魂はアスカを恨みがましく睨んだ後、石化した自分の体を見下ろしながら、何事かをブツブツと唱えた。直後、マユミの石像は眩い光を発する。
 淡い紫色の光が油を塗るように全身を包み、竜亀の甲羅のように硬かった体に柔らかさが戻っていく。そして光が収まった後には、長い髪の毛や柔らかい肌、もちろん服も持っていた荷物も、なにもかもが元に戻ったマユミがこめかみの血管をピクピクさせながらアスカを睨んでいたのだった。

「な、な、なんてコトするのアスカさぁん!」
「いいじゃない、元に戻れたんだし」
「良いわけないわ! どうして今この状況でそうゆうことを!」

 ねえ、どうして!? 私、そんなアスカさんに嫌われる事しましたかっ!?

 本気で泣いてるのか、目を赤くしてマユミはアスカに詰め寄る。つきあい短いとは言え、さっきみたいな行動をとられた日には泣くことしかできないみたいに。なんてーか情けなくって涙がでてくらぁ。
 ちょっと怯みながらもアスカはあっけらかんと応えた。

「ん〜、ちょっと興味があったのよ。私達でも石になるのか、そして石になった後、元に戻れるのか」
「だからって、だからって…」
「レイみたいに肉体と魂の結びつきが強いとどうにもこうにも無理だけど、私やあんたみたいに魂単独で存在できると、石になった後でも解呪ってできるのねぇ」

 まるで茶飲み話みたいにあっさりとアスカは言う。
 彼女の目はこう言っていた。

 良いじゃない。元に戻れたんだし。

 本気でそう思ってる。
 その悪びれた様子のない態度と物言いに、マユミは怒る気力も失せてしまった。たぶん、アスカのそんな態度も、マユミの怒りを反らすことを計算に入れてしている物なんだろうけれど。

(あとで絶対仕返ししてやるんだから!)

 と考えつつ、マユミはひとまず怒りを静めた。今はそれよりもヒカリに対処しなければならない。黄金の翼を出し、下半身を巨大な蛇へと変えたヒカリは、言ってみればボスキャラとなっている。しかもアンデッドであるマユミと悪魔であるアスカが最も苦手とする光明神の司祭である。マユミ単独で勝つのは難しいし、勝てても相当な痛手をこうむるだろう。すっごいわだかまりはあるが、ここはアスカと協力しなければ。
 一度ヒカリに目を向け、それからアスカと目を合わせるマユミ。
 勿体ぶったポーズを付けて、アスカは髪の毛をかき上げて横目でヒカリを見た。おふざけはここまでだと、強い決意を秘めた目をする。鋭い瞳をしたマユミの手の中に、奇妙な形状をした杖…というより刃のない鉄剣が実体化し、彼女の全身を闇が実体化した漆黒の鎧が覆う。

「その話は後で良いです。今はそれより、彼女の対処をしないと」
「……そうね。さっき黒こげにされそうになったお礼をしないと…ね!」

 そう言うと同時に、アスカとマユミは隠れていた場所から飛び出した。
 ヒカリから向かってアスカは右に、マユミは左に。待ちかまえていたヒカリであったが、どっちを攻撃しようかと、ほんの僅かに迎撃が遅れる。そしてアスカ達には僅かな時間であっても充分だ。

「…フレイムアーマー」
「…夢幻分身(フリップミラーイメージ)」


 アスカが意識を集中した途端、彼女の全身を赤い光が覆い、マユミが何事か呟いた瞬間、彼女の姿がほんの僅かずつ場所をずらして幾つもあらわれた。炎を実体化させて鎧として身に纏う暗黒魔法と、偽の鏡像を作りだし攻撃をかわす幻影魔法だ。

「くっ、小細工を!」

 蛇の胴体が地面を揺らし、攻撃が襲いかかるがいずれも魔法の鎧に弾かれ、あるいは偽物の鏡像を虚しく砕いていくのみ。アスカ達には何ら被害を及ぼすことができない。

「…ならあなた達の泣き所、神聖魔法の奥義で!
 ガイアよ! 光明神の一員よ!…」

 両手を胸の前で組み、精神を集中させて光明神への祈りを唱え始める。法術であるにもかかわらず、呪文を、もとい長い祈りが必要となるのだから相当の大技だ。
 鉄の壁でも易々と砕き、そして術者の意志で攻撃方向をある程度自在に変えることが出来る攻撃型法術。
 その名もクァンタンストリーム。もし使われればアスカ達はひとたまりもない。
 だが、それこそアスカ達の狙っていたチャンスだ。大技であるが故に、使用までの時間と光の粒子を集める必要があるのだ。

「マユミ!」
「任せて下さい! ブラックスターの力よ、今ここに集え!
 闇の中の闇の力よ、光を吸い込み世界を包み込め!!我は闇の愛し子なり!
 …宙蛾暗黒奔流(ダークフラッド・オブ・ムルロア)!」

 ヒカリの祈りの言葉に重ねるように、マユミが呪文を唱える。そしてヒカリの手から純白の光が溢れ出るのと同時に、いや後から唱えだしたにもかかわらず若干早くマユミの影からもまた、怒濤の津波のように闇が溢れ出てきた。ヒカリの手からあふれ出した光と、マユミの影から生じた闇は激しくぶつかり合い、そして互いにうち消し合う。
 その勢いは全くの互角。
 いや、わずかだが闇の勢いが光の勢いを上回っている。
 徐々に光の帯は闇の奔流に押されるように後退していく。

「そんな、不死者の邪悪な魔法に聖なる光が!?
 はっ!?」

 そしてヒカリの意識がそれた一瞬の隙をつき、アスカがヒカリの背後に迫っていた。
 迎撃せんと電信柱より太いヒカリの尾がアスカに叩きつけられるが、ヒラリとアスカは軽く跳躍し、翼を広げて空に舞うとその一撃をかわした。空を飛ぶアスカにとってヒカリの攻撃は止まっているも同然なのだ。

「かわした!?」
「おっそーい。今度はこっちの番よ!」

 ヒカリの尾を蹴って前に飛び出し、アスカの全身が光って唸る。敵を倒せと輝き叫ぶ!
 炎の力を集中させた必殺の!

「まだよ、フェザーショット!」

 すかさずヒカリの背中の黄金の翼が大きくはためき、金色に光る無数の羽毛がアスカめがけて発射された。これは法術ではなく、ヒカリの持つ特殊能力である。故にこそ特に詠唱とかその手の準備は必要ない。
 しかし!

「甘い!」

 羽毛が突き刺さる寸前、大きく広げられたアスカの翼が、さながら朝顔のつぼみか蝙蝠傘のように螺旋状に彼女の全身を包んだ。どういう原理なのかわからないが、その状態のままアスカの体は突き進む。勢いが弱まるどころかかえって勢いよく高速回転しながら、一直線にヒカリへと迫る。ヒカリの羽毛を全てはじき飛ばす、これぞアスカのもつ特殊能力!

「必殺、ドリルウイング!」


「な、なんて非常識な」

 非常識って意味ではどっちも良い勝負です。
 ヒカリもアスカと同じように翼で自分の体を包んで防御しようとする。その名もブロンズウィングといい、青銅の盾とほぼ同等の防御能力がある。
 が───、

 ブチブチブチ…ッ!

 恐竜の牙のような蝙蝠の鈎爪が黄金の翼に食い込み…翼は砕かれ、巻き込まれ、引きちぎられる。鈍い肉が裂かれ骨が砕かれる音が響き、鮮血を飛び散らせながらヒカリの翼はミキサーに放り込んだように引き裂かれた。青銅の固さを持つ翼とは言え、鋼鉄に穴を穿つドリルウィングの敵ではない。一瞬の静寂の直後、ヒカリの悲鳴が響き渡った。

「ヒィッ……きゃぁぁああああっっ!!」

 苦痛に身もだえるヒカリ。激しく上半身を仰け反らせ、遂に撃ち負けたマユミの闇から逃げるように地面を転がりまわる。仰け反ったヒカリの脇をすり抜け、弾丸となったアスカが飛びすぎていく。天井近くまで飛んで行った後、アスカは翼を開いて空中に停止し、血をまき散らしながら暴れるヒカリを見下ろした。

「ちっ、外した!」

 予定なら心臓をぶち抜いていた。

 必殺の一撃をかわされたことが悔しいのか、ハンターの目をしてアスカは憤慨する。
 もっとも、ヒカリはアスカの攻撃をかわそうと思ってかわしたのではない。マユミの闇に押され、のけぞったことが幸いしてアスカの攻撃をかろうじてかわすことができたのだ。だが、脇腹をかすめられたときに派手に肉を抉られてしまって出血が酷い。翼も中程から先が完全に千切れ飛んでいる。出血が酷く、彼女が纏っていた純白の巻頭衣は赤が7、白が3のまだらとなっていた。
 一見して、勝負がついたようにも見える。だが、アスカ達は緊張を解かずヒカリを前後から挟み込んだ。

「う、ううっ、よくも…」

 呻きながらヒカリが脇腹に手を当て、一言二言何事か呟くと、その掌に光の弾が現れ出た。その光は傷口に触れると、優しくその表面を覆っていく。

「くっ…う…ううっ」

 たちまちの内に脇腹にできた傷が塞がり、闇を浴びて色を失った肌に生気が戻り始めた。きっと見上げた顔には先ほど以上に強い敵意が浮かんでいる。そして、僅かばかりにあった侮りと油断は欠片もなくなっていた。

「凄い…。これが癒しの力」
「やっぱり厄介ね。あの癒しの技は。それに強力な防御法術だわ。
 キリがない…!?」

 突然翼に激しい痛みを感じ、アスカは痙攣しながら糸の切れた凧のように地面へと落下した。激しく地面と激突したアスカを横目で睨み、まだ残る苦痛に呻きながらもヒカリはにやりと口元を歪める。

「ふふふ、馬鹿ね。私の血は金属さえも腐食させる猛毒なのよ。それを頭からかぶれば…悪魔だってただではすまないわ」

 手をついて上半身を起こしつつ、自分の翼の爪の部分 ─── ドリルウイングの先端 ─── を見てアスカは呻いた。爪は割れ、傷口から煙が立ち上っている。
 いとも容易くヒカリの翼を引き裂いたようにも見えたが、その直前に打ち抜いたヒカリの防御障壁により、アスカの翼もまた、爪は割れ、潰れ見るも無惨な有様になっていた。そこに猛毒の血液を浴びたのだ。その結果は想像に難くない。釘でも撃ち込まれてるような痛みが激しくアスカの全身を駆けまわる。常人だったら痛みで気絶しただろう。
 翼本体は毒に対して耐性が有るのか見た目はダメージはないようだが、もうドリルウイングは使えそうにない。

 苦痛に唇を噛み締め、真っ青な顔色のアスカを見やり、ヒカリは少しフラフラしながらも笑みを浮かべた。

「どうしたの? 痛そうね?ふふふふ、いいざまよ。
 私の力を神聖力だけと思わないことね! もう一つの力、毒魔法の力をとくと見せてあげるわ!!」

 なんて凄い組み合わせで魔法を覚えてるかね、この人は。
 アスカとマユミの無言の抗議は勿論無視。
 何事か呪文の詠唱を唱えながらヒカリが頭上に掲げた両手の間に、緑色に輝く光の玉が生まれた。それはまるで緑の地獄と呼ばれるジャングルの色。輝く霧でできてでもいるかのように渦を巻く。なんにしろ、ろくでもない魔法であることにはかわりはない。

「アスカさん、避けて!」
「りょうーかい!」

 マユミの警告に従い、素早くアスカはヒカリの正面から逃れようとする。それを追ってヒカリは上半身を捻るが、脇腹に残る鈍痛の所為でその動きが遅れてしまう。

「くぅ、ちょこまかと!
 ってまあ、この魔法は四方八方に広がるんだけどもね」
「「え?」」
「というわけで、引き裂かれしエビ人間、ヴィラの怨念よ、空気を汝が内蔵が腐って生じた緑の死で満たせ!
 毒の爆は…」

 そう叫びつつヒカリが光玉を地面に叩きつけようとした瞬間、物陰に隠れて成り行きを見守っていたマユミが飛び出した。この場にいるのは自分達だけでなく、意識を失ったままのシンジ、そして忘れていたけどトウジ達もいる。何があろうと無差別広範囲対称魔法を使わせるわけには行かないのだ!
 自分に側面を向けたヒカリの側頭部を指さし、素早く呪文を唱える。

「彼方より此方へ。帰りなさい、優しさの源へ。もう一度生まれるために! 解呪(ディスペル)!」


 青色の澄みきった泉のような色をした光の玉が指先に現れ、投手の投げるボールのようにヒカリめがけて発射された。

「シャー!」 「な、なに!?」

 髪の毛の蛇のあげる警告に大慌てでヒカリは玉を避けようと身を捩り、ついうっかり持っていた光の玉を眼前にかざしてしまった。当然、緑の玉と青い玉双方がぶつかり合い………両者は線香花火のように瞬いたかと思うと共に消えてしまった。

「今のは…解呪」

 狐につままれたような顔をするヒカリだったが、すぐに何が起こったか気がついたのか悔しそうに牙を噛み鳴らした。調子にのって神聖術でなく、魔法である毒魔法を使ったが、それ故にマユミにうち消されてしまった。

「くっ、油断? この私が慢心するなんて!
 でももうそうは行かないわよ!」

 2人並んで立つアスカとマユミを睨みながら、ヒカリはシャ〜と蛇の呼吸音のようなうなり声をあげた。今の彼女の心を占めているのはただ一つのことだけ。
 正体を晒すことも、汚れることもどうでもいい。なにがなんでもアスカ達を倒し、あの方の期待に応えなくては!













「彼女を倒すためには、防御結界も障壁も何もかも打ち抜いて、そして回復魔法を使う余裕が無くなるくらいのダメージを一撃で与える必要があります」
「そうね。中途半端な攻撃を繰り返していても、彼女は倒せないわ。
 そして、長期戦は私達に不利」

 先ほどまで見つめるものやその他の魔物と戦い、あげく仲間同士でシンジをめぐって争った彼女達だ。喩え絶大な力を持つとは言っても充分な魔力は残っていない。この戦いは依然アスカ達が押されている。

「どうします?」

 上目遣いにアスカを見ながらマユミは尋ねた。彼女の考えはあるにはあるが、まずアスカの意見を聞くところに性格があらわれている。アスカの答は簡単だった。

「あまり気は進まないけど、本性を晒す?」

 そうすれば、少なくとも身体的にはヒカリと互角になる。まともにヒカリを見ることができないハンデもなくなるだろう。…だが、彼女達の背後には気絶したままだがシンジがいる。何かの拍子に目覚めないとも限らない。その時本性を晒していたら…!
 いつかは知られてしまうことだが、それでも本性をシンジには見られたくない。理屈では説明できない乙女心は複雑だ。できれば一生知られたくないくらいなのだ。
 それはアスカも、たぶんレイもまた同じだろう。だからマユミはちょっと俯いた後、とぎれとぎれに返事をした。

「それは…したくありません」
「やっぱりね。じゃあ、どうするつもり?」

 となれば…。
 思いつく方法は一つ。2人揃って残り少ない魔力と体力でできること───。強い決意を秘めた目で、マユミはアスカの目を見た。アスカもその目を見てマユミの考えていることを悟る。

「ぶっつけ本番で上手くいくとは思えないけど、それしかなさそうね」
「…しくじらないで下さいね」
「誰に言ってるのよ?」
「そうでした。ごめんなさい。…それじゃ、行きます!」

 マユミは杖の石突きを床に打ち付け、その豊かな胸を誇示でもするかのように両腕を頭上高くに差し上げる。アスカもまた空に浮かんだままマユミと同じく両手を頭上に高く掲げあげる。そして2人は同時に呪文を唱え始めた。

「「魔双衣着装(コスチュームチェンジ)」」

 なんの意味があるのかわからないが、ある意味お約束の現象が起こる。一瞬、マユミとアスカ、2人の着ていた衣服が空気に溶け込むように消え去り、次の瞬間には揃って眩い炎と影が生じたのだ。炎と影、各々はまるでそれ自体に意志が有るかのように2人の裸体にまとまりつき、その裸体を瞬く間に隠していく。
 そして炎と影は白地に赤と黒という、色とサイズ以外まったく同じ衣装にかわっていた。

「ったく、打ち合わせ無しだったとは言えめんどくさいわね」
「仕方ありませんよ。打ち合わせ無しに使う場合、お互いの意志とか色々同調させる必要があるんですから。  でもなんでこんな恥ずかしい格好に…」
「あ、それ私の趣味」

 とてもヒカリには恥ずかしくって履くことができない ─── でもちょっと興味有る ─── くらいのミニスカートで、やたら胸元を強調した、どこかのチアガールの衣装に、あるいは貴族に仕えるメイドの着る服にも似た、奇妙な衣装を2人は纏う。アスカは体の隠蔽率が増したのだが、かえって性を感じさせるのは何故だろう?
 一方、マユミが恥ずかしいのか強引に丈の短いスカートの裾を引っ張って、下手すれば見えそうな下着を隠そうと無駄な努力をしてるところも可愛らしい。頬なんか真っ赤だし。
 色んな意味で2人の様子が変わったことを感じてヒカリが叫ぶ。

「何を、何をたくらんでるのあなた達!
 やらせないわ!やらせないわよ!
 エースの拳よ、我に力を貸し与えたまえ!
 パンチ・サンダー!」

 ヒカリの額がまず光り、それから指先が輝く。長い爪の伸びた指先から発射された雷撃が、正面にいたマユミに襲いかかった。呪文詠唱中で満足に回避行動をとれないはずのマユミ。10万ボルトにも達する高電圧の雷!
 だが命中寸前、雷はマユミが先に作りだした奇妙な形状の杖に誘い込まれるように方向を変えた。眩いアークの放電が走るもマユミは全くの無傷だ。

「避雷針!? まさか、行動を読まれて…!」
「あなたが…光と雷撃系の術が得意なことは…今までの戦いから分かっていました」

 ヒカリが戸惑ってる隙に、2人は彼女を中心として時計回りに走り始めた。走りながら2人とも、奇妙によく似た抑揚でもって呪文を唱える。

「大地に宿りし力よ。黄金竜ゴルドンの心臓を供儀に我、山岸マユミの名において命令する。
 その力を解放せよ!」

「炎よ、熱よ、雷よ、闇よ! 暗黒の祝福を受けし不浄なる精霊達よ! 惣流アスカラングレーの名において命ず。いまここに集え! 4つの力を一つにまとめたビッグワン!
 その力を解放せよ!」

 きちんと静止してる状態で見れば、2人の動きが完全に対象になっていることがわかっただろう。アスカが右手を伸ばせば、マユミは左手を伸ばし、マユミが右足を踏み出せばアスカも左足を踏み出す。
 2人の呪文の詠唱が進むと共に、ヒカリの立っているところ…その真下に異様に大きな魔力が集中し始める。しかし、その力は遥か下…地面の奥底に集中している。あまりにも今彼女が居る場所から遠く、彼女に影響を与えられるとは思えない。だが、不気味なことにはかわりがない。さすがに不安になったヒカリは不安そうに身じろぎした。彼女の動きが止まる。アスカとマユミ、2人の踊ってでもいるかのような動きに魅了されたのか。

「なに私ぼ〜っとして!?」

 はっと気がついたときには2人の呪文の詠唱は佳境に入っていた。
 走り回ることをやめ、互いにピッタリと背中を合わせて、完全に対称な動きで印を結びながら、まったく同じ呪文を唱える。

「「夜を越えて昼を越えて。幾年も幾年も循環せし大地の血潮を」」

 ヒカリとてただ黙ってみていたわけではない。アスカ達を攻撃するべきか、それとも襲い来る彼女達の攻撃に対処するためここは待ちに転ずるか考えていた。だが、どうにも2人の動きを見ているとこのままじっと待たないといけないような気分になってくる。

「「目を焼く鮮やかな奇跡の力をかき混ぜて。炎の涙と大地の骨を運命の印に。闇の底に消えた世界より螺旋で穿たれ現れ来たれ。炎と大地の力、2つの力を1つにあわせ、今ここにその力を解放せん…」」

 そこまで唱えると、2人ともスッとアスカは右腕を、マユミは左腕を天に向けて伸ばし、それからゆっくりと指先を揃えてヒカリに向けた。

 よくはわからない。
 わからないがわからないなりに、ヒカリは自分が絶体絶命の状況に陥ったことを悟った。これを回避するためには、急いで逃げるかアスカ達を倒すしかない。だが、もう遅かった。

 マユミとアスカ、2人の目が互いを見つめ合い軽く頷く。そして最後の呪文がその口から紡ぎ出された。


「「轟炎土竜螺旋昇(マグマライザー)」」


 瞬間、ヒカリの足下の石畳が割れ、砕け、その破片を押しのけながら天駆けるドラゴンのような勢いで、高熱で液体状になった岩石、すなわち溶岩が噴き上がった。

「溶岩ですって〜!?」

 ヒカリは攻撃を予想し、幾重にも防御結界、障壁を張っていた。しかし、2000℃を越える超高熱の前には全くの無力だった。一撃でそれらを濡れた紙を破くようにいとも容易くうち破り、マグマの奔流は恐怖に顔を引きつらせるヒカリに襲いかかる。
 螺旋の塔のように伸び上がった溶岩がヒカリの全身に絡みついた。その先端が蛇のように不気味な鎌首をもたげて、顎を開く。
 ヒカリの目が恐怖に見開かれ、溶岩で全身を焼かれる苦痛と恐怖の絶叫が溶岩の噴出する轟音を聾して室内に響き渡った。


「キィヤァァ───!!」


 蒸気と轟音、そして溶岩に呑み込まれて消える好敵手の姿に、アスカはぐっと拳を握りしめ、マユミはわずかに目を伏せ、哀悼の言葉を向ける。

「強かったわよ、誇張でなく。さらば、強敵(トモ)よ」
「ごめんなさい、戦いたくなかった…。これは本当です」



 そして2人揃って表情を凍らせる。
 アスカの顎がガクンと音を立てて外れ、マユミのメガネと服の肩がずれる。

「なんなのよあれぇ!?」
「……溶岩こっちにまで!」

 溢れかえった溶岩はヒカリを呑み込むだけに止まらず、勝利のガッツポーズを決めるアスカ達の所にまで流れ込んできた。いかに炎属性を持つアスカといえど、魔法の力を帯びた溶岩をかぶれば重傷とかそう言った言葉ですむはずがない。骨まで焼け付く死あるのみ。
 とどつまり勢い良すぎ。

「マユミが魔力をふりしぼるからよ!」
「そ、そっちこそ! これでもかとばかりに魔力を集中させてたじゃないっ!」

 言い合いする2人めがけて溶岩が迫る。









はたしてヒカリの運命は!?
そしてアスカ達は!?
あとシンジ達はどうなったのか!?





続く








初出2002/07/07 更新2004/12/26

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