Nebel ―霧―

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  1-2  

 イカルガの内部までやってきたのだろうか。随分と雰囲気が変わった気がする。
 その間に何人ものイカルガ兵士が襲撃してきて、その時ジンは初めて人間を斬り捨てた。
 筋肉を斬り裂き、骨を砕く独特の感触。そして目の前に血飛沫が上がり、イカルガの人間は絶命した。他の師団の人たちは何ら抵抗もなく斬って、斬って、捨てていく。一つも感情を漏らさず、屍の上を歩いて行く様はジンから見れば異様な光景だった。
「キサラギ中尉、大丈夫か?」
「……っ、はい!」
 師団の一人に声をかけられ、ようやく我に返る。そうだ、ここでは油断が命取りになりかねない【戦場】なのだ。
 震える手を隠しながら、ジンは師団の後を追っていく。



「ここがイカルガ連邦の当主がいると言われている城だ」
 師団長があごで指した先は、摩訶不思議な形をした建物だった。言うなれば昔資料集で見かけた日本の城、のような形をしているとジンは感じた。一つ違うといえば、建物全体が朱色に塗りつぶされていた事くらいか。この辺りは中国の建物と似ている部分はあるのかも知れない。
 再び脳に鈍痛が響く。
 額を抱えるようにして俯くと、団長が肩に手を当て心配そうに声をかける。
「行きたくなければ無理して付いてこなくてもよい。お前に与えられた使命は、生きて帰る事だからな」
 団長の言葉に、ジンは少なからず苛立ちを覚えた。
 何も出来ない訳ではない。人を斬ることが出来る、それ相応の力だってあるのだから。
「いえ。私は士官学校を出て間もないといえ、武人です。この刃を統制機構の為、そして帝の為に捧げることを前提にしてここに立っています」
「キサラギ中尉……」
「団長殿のお気遣い、身に余る光栄です。ですが、私は何もせずにこの戦地から逃れる訳にはまいりません!」
 ユキアネサの言うとおり、この階層都市に【悪】が潜んでいるのだとしたら、それを断ち切らなければならない。
 しかし違和感も残っている。【線】が見えないのだ。ジンは昔から不穏なものを感じると、不思議な【線】が見える体質を持っている。今回もぼやけてはいるが、不安定ながらも【線】は見える。だが、あの朱色の城には気配が感じられないのだ。一抹の疑心が生まれる。
 ジンが上の空でいると、突如低い笑い声が響いた。慌てて振り返ると、団長が大きく笑っていた。
 不思議な顔をしながらジンは訪ねる。
「団長殿……?」
 すまないすまない、と謝りながら、団長は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら話す。
「十二宗家から出た人間だとは聞いていたが、想像以上に立派な考えを持っている武人だ。これなら安心して後ろを任せられるな」
「そ、そんなに珍しかったのでしょうか……?」
「いや。そうじゃない。士官学校出たからといって、そうそう覚悟を決められる人は少ない。だが、君は良い目をしている。戦いを覚悟した目だ」
「戦いを、覚悟した……」
 そう呟き、ユキアネサに視線を向ける。だが何も反応は示さなかった。
「……この先、自分は修羅の道へと突き進むことになるでしょう。だからこそ、現場をこの目で見ていきたいのです」
 そして見えざる先にあるのは、見え隠れするジンの野望だろう。いずれはこの腐敗しきった統制機構をこの手で破壊し、新しい機関を作り上げたいと漠然的に思っている。実現するかしないかは自分の能力次第だが、行けるところまで行ってみたい。それが正直な心情でもあった。



 団長に断りを入れて、ジンは一人イカルガの廃墟へと足を運んだ。
 諜報部からの情報によれば、ここには統制機構と相反する組織・第七機関という施設が管理する研究所があったという。現在は謎の爆発により無残な姿だけが残されているに留まっている。
 辺りを調査していると、不思議な感触が足に伝わった。
「……?」
 前へ向けていた視線を下へ下げたとき、ジンの呼吸は止まりそうになり、思わず後ずさりしてしまう。
 彼の足下にあったのは、紛れもなく腕だった。形から見て女性だろう。そして距離を置かずにもう片方の腕が転がり落ちていた。
「な、何だ、これは……!?」
 砂地からうっすらと肌色が見え、ジンは狼狽しつつも砂をかき分けた。その下から出てきたのは女性の上半身だった。
「っ!?」
 独特の腐敗した臭気はしない。情報通りならばこれは、量産型のアンドロイドだ。
 しかも綺麗な状態で保存されている訳ではなかった。無数の傷がついており、戦闘用に重宝されていたものだと推測される。
「何が、起こっていたんだ……」
 ここは統制機構とイカルガ連邦が内部紛争が始まって、最初の戦地になった場所だったはず。
 一体、何が行われていたのだろうか? 沈思黙考し砂を掘っていると、思いがけないものが目に飛び込んできた。
「なっ!? 何だこれは!!」
 反射的にジンは【それ】を遠くへ投げ出してしまう。恐ろしい、という感情が真っ先にやってくる程、不意打ちに現れた【それ】。


 ――サヤの、頭部だった。


 いや、性格に言えばサヤにそっくりな頭部、と言った方がいいだろう。目の色は違っていた。サヤは翡翠色をしていたが、【それ】は群青色の双眸を見開いたまま絶命している。まるでロボットのように、思考停止したという風に、静かに命を終えていた。
「何故、サヤがここに……っ!」
 ようやく忘れようとしていた時に現れたノエル=ヴァーミリオンといい、この頭部といい、ジンの古傷を抉《えぐ》るような事ばかりしてくる。忘れようと思っても、考えたくないと思っても、記憶の中のサヤが笑ったり泣いたりするではないか。ジンにとって【思い出】すら不快感の対象だった。
 虚ろな双眸を平坦な砂地全体へと向けた瞬間、息が詰まり言葉が消えた。
 機関銃やロケットランチャー、拳銃。無差別に転がり落ち、その傍には先程の少女と同じ顔をした人形が無数転がっていたのだ。破損した部分からは金属製のワイヤーや人工的に作られた筋肉と皮膚がめくり上がっている。血液の跡はない。
 砂地に足をとられているのか、この光景が衝撃的だったのか。ジンは覚束無い足取りでもう一人の少女の元まで歩いて行く。
 ……致命傷はおそらく、左胸部か脳に備え付けられていた生命装置を破壊された為であろう。人工的に作られた筋肉や皮膚は、人間用に作られない限り腐敗はせず、不燃ゴミと同じ扱いになる。おそらくここにいる少女全てがそうなのだろうと、ジンは結論づけた。
「酷い抉られ方だな……」
 苦痛の表情も見せず絶命した、アンドロイド。当然疑問も湧いてくる。


 ――なぜ、彼女らは同じなのだろうか?





【続く(2012/11/01 サイトへUP)】
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