Nebel ―霧―

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  1-3  

 ふと浮かんだ疑問だった。
 イカルガ連邦はこの者達を量産しなければいけない事情でもあったのだろうか? ジンが物思いに耽っていると、師団の衛士が小さな悲鳴を上げ立ち尽くしていた。後ろから数名の衛士がこちらへやってくる。衛士の一人が呆然としたまま言葉を口にする。
「まさかとは思っていたが……本当に奴らは実験を行っていたというのか……?」
「しかし、戦闘にまで参加していたなんて聞いていないぞ」
 一人の衛士が青い顔しながら詰め寄ると、一人が唸るようにして声を紡ぐ。
「戦闘にも特化した、次元境界接触用素体という事になるのか……」
 彼が呟いた台詞が異様に頭の中で共鳴する。次元境界接触用素体。話で聞いた事があった。クローンから創り出された存在で、人が入ることの出来ない【境界】と呼ばれる次元の狭間に行くことが出来るという人形だ。
【境界】は神の領域に達することの出来る入り口だと言われている。そのため、その先へ進むための研究が統制機構・第七機関の両者で行われているという。
(……馬鹿馬鹿しい。何が境界だ)
 境界に関して、ジンはあまり良い気分はしない。ただ単語《ワード》を聞く度に苛立ちが募るのだ。
(何故僕はそういう感情を持ち合わせているのだろうか?)
 自分で体験したこともないのに、その手の話を聞くと妙なデジャヴを覚える。また目眩がジンを襲う。一体今日だけで何回起こしているだろうか?
 そうこうしている内に、統制機構内の研究者が砂地へと到着したのと同時に息を呑み、言葉を失った。
「何だ、これは……!? これら全て第七機関が創り出したと言うのか!」
 吐き出された言葉には、苛立ちと微量の恐怖心が混じっていた。
「しかも街一つない。吹き飛ばされたかのようだ……」
「イカルガ連邦では、少なくとも数度にわたって謎の爆発事故があった模様です。博士」
「……まるで、タケミカヅチが放たれたかのようだな……」

 ――タケミカヅチ。

 その言葉にジンは固まった。
 脳裏に幻影が映し出される。巨人が現れ、人々の魂と引き替えに動くアークエネミー。誰かが泣いていた、『――――を助けてあげて!』と。時代遅れな服装をまとい、気の強そうな面影がある女性が涙をこぼして救出を乞うていた。俊敏な速さで白い人が駆けだして、――――を救出に向かっていった。あれは、誰だ……? とても懐かしい。


「キサラギ中尉?」
「っ! す、すみません。ぼうっとしてしまって……」
 突然声をかけられ、ジンは慌てた様子で頭を下げた。
「いや……。この光景を見てしまえば、誰だって言葉を失うさ。俺もどう表現したらいいのか判らない」
 同じ師団の人が困惑したように吐き捨てる。
 忌々しい現場に居続けている事などない。ジンは他の衛士と共に廃墟の街を立ち去った。
 もう一度振り返り砂地に目をやると、妹にそっくりな人形の感情のない双眸がこちらを向いていた。
「お前はまた、邪魔をするのか……」
 苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、二度と振り返る事はなかった。




「団長! 大変な事実が判明いたしました!!」
 敵の本拠地付近で潜伏していた師団の方へ、研究者が駆け足で近付いてきた。
 団長は「もっと静かに動け」と叱咤すると、申し訳ありませんと研究者は頭を下げて腰を低くする。
「何を判明した?」
「どうやらイカルガ連邦側にも『シュオルの門』が存在していたようです」
「何だと!?」
 温和な団長の顔が引きつる。なおも研究者は言葉を続けた。
「噂では第七機関や他の研究機関が『窯』や『境界』へ近付く為に様々な模索を試みていたとありました。ですが今回の調査でその噂が事実だった、と断言します。なお、第七機関は接触を数度繰り返している模様。その為に『次元境界接触用素体』を創り出していたようです」
「馬鹿な! それは禁忌になり得る事だぞ!? それを試みていただと?」
「階層都市イブキドの爆発事故も、何らかの関連性はあると見ています」
 一通り話を聞き終えた団長は、細く長い息を吐き出し、頭を抱えた。
 もし実験が成功していれば、統制機構では抑えがきかない。そう理解していたからだ。それ程『窯』や『境界』から得られる情報というのは強固なものであり、まさしく『神』に等しい。
 ようやく頭を上げた団長の目つきは鋭く、同一人物かと思う程劇的に変貌を遂げていた。
「調査、ありがとう。早々に戻り、統制機構に伝えてくれ」
「了解いたしました」
 研究者は腰を低くしたまま、その場を去っていくのを見届けたのち、団長は衛士の方へ向き直り下知を下す。
「明日になれば他の師団の者達も到着する予定となっている。今晩は奴らの動向を監視し、明日へ備えることとする!」
「はっ!!」
「イカルガ連邦の当主であるテンジョウは籠城作戦を行っている。内部に入れば奇襲を受ける事もあろう。だが我らは絶対に負けぬ!」




 その晩、ジンはなかなか眠りに就くことが出来なかった。少しでも休まなければいけないというのは判っているのだが、神経の興奮が収まらないのだ。
「神になるなんて、愚かな事だ」
 人間が神の知識を全て取り入れる事など不可能だ。それなのに人間は延々と求め続ける。
 すぐ傍にはジンの愛刀・ユキアネサが冷気を放ちながら横たわっている。他の衛士はここにいると寒いからといって、仮設幕舎へと移動していった。ジンもまた別の幕舎へと移動すればよかったのだが、野外の方が落ち着くという理由でこの場に留まっていた。
 先程目にした団長の表情を思い出す。柔和だった顔が瞬時に鬼の形相へと変化を遂げた。これは何を意味するのか、判っていた。
「イカルガの連中は悪なんだ。だから……、殺していかなくてはならない。一人残らずに……」
 すると傍に置いていたユキアネサが強く反応し出した。
『そうだ! 奴らは悪、悪、悪の化身なのだ!! ジンよ、殺すがいい。一人も残らず殺せ殺せ殺し尽くせ!!』
「言われなくてもそうするさ。統制機構に仇なすものは皆、悪なのだから」
 一瞬だけジンとユキアネサを繋ぐ線が途切れ、別の意識が割り込んできた。「あれは悪ではない」とハウリングを起こしたように、深いに脳内へ響き渡る。
「ぐうっ……!?」
『おのれ……っ! 邪魔を、するな!!』
 謎の意識に対抗するため、ユキアネサも自身の意思を強くする。しかし意思と意思のぶつかり合いは、所有者であるジンの体と精神を大きく傷つけるものでもあった。のたうち回るほど体の痛みが全身を襲い、気がおかしくなりそうな程【ジン】という人格が押し潰されそうになり、みるみるうちに顔面蒼白に変わっていき、大量の脂汗を流し続けた。
「ぐあぁ……っ!! や、やめ……ろ……っ!」
 どのくらい悶え苦しんでいただろうか? ユキアネサが【何か】を抑えたのはいいが、ジンの心身は満身創痍で荒い呼吸を繰り返す。
 しかしあの『意識』は何だったのだろう? 知らないものではなく、むしろ懐かしさを覚えた。
「そんな事はどうでもいい……」
 今は想定外に体力を消耗させてしまったのだから、十分に休まなければならない。
 ユキアネサから意識を感じない。刀もまた、力を使い果たしてしまったのか? 大きく深呼吸を繰り返し、無数の星が浮かぶ夜空を眺め、ジンは双眸を閉じようとしていた。




 師団が休息をとっている場所から大分離れた場所で、一つの影がニタリと笑う。黒の諜報服をまとい、帽子を深々と被った人物。
 統制機構の諜報部に所属している、ハザマ大尉だった。
「クククッ……! 順調にいっているようですねぇ。安心しましたよ、キサラギ中尉」
 意味深な呟きを残し、ハザマはその場から消えるように去っていった。




【続く(2012/11/01)】
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