俺と兄と婚約者の秘め事
婚約者との夜
四.
三人の間で密談が成立した夜、司馬昭と王元姫は同じ室《へや》で同じ寝台に腰をかけていた。
赤い炎だけが室の中を照らし、二人の表情を曖昧にさせていた。
昭は元姫の手を探り当てると、そっと包むように握る。ピクリと細い指が反応し、どこかぎこちない様子で握り返してくれる。それが今の昭にとって非常に嬉しく、暖かいものだった。
「なあ、元姫」
「何? 子上殿」
「そろそろ俺も元姫を抱きたくなってきたんですけど」
「っ!?」
一瞬握っていた元姫の指がこわばる。
拒絶されるだろうか…?
一番恐れていた事を昭は巡らせていた。……しかし、断られたら仕方ない。大人しく寝ておくかとも考えていた刹那、思いもよらない言葉が昭の耳に轟いた。
「……子上殿が、望むなら……」
元姫の手の平に力がこもる。
昭は上半身を元姫の方へ向き、そのまま互いの唇を重ね合わせた。
柔らかく壊れそうなくらい繊細な元姫の唇を堪能するのは久し振りだった。そのまま彼女の肩を抱き、深い口づけへと変化させていく。歯列をなぞり、唾液を絡ませ淫猥な音を立てて吸い上げると、僅かに元姫が喘いだ。
「し……、子上殿」
「今晩だけは、俺だけの元姫でいて」
そう言うと頬を伝わり、首筋へと唇を落としていく。
兄上にも触れられたのだろうと考えると、胸の奥に暗い影が覆っていくのを感じた。昭は負けじと白い柔肌を吸い上げ、赤い華を散らしていった。
肩から徐々に元姫の上着を脱がせていくと、豊満な彼女の乳房が昭の目の前に露わとなった。
「あっ……!」
乳房にはまだ師が残したと思われる赤い華が薄く残った状態で、昭は知らず内に歯がみをしていた。
居場所悪そうに元姫は視線を逸らしたまま、視姦に耐えていた。
ゆっくりと元姫の乳房を持ち上げ、ほぐすように揉みしだき始め、逃さないと言わんばかりに低く冷たい声を昭は上げる。
「今晩、この赤いのを全て消してやる。兄上に見せつけるんだ」
「子上殿……」
赤ん坊のように乳房の間に顔を埋め、わざと音を立てて皮膚を吸い上げていく。その間にも指先で薄桃色の頂に刺激を与えることは忘れず、元姫を責め立てていく。
与えられる刺激に元姫もまた声を殺しながらも、小さく悶え昭から与えられる悦楽に浸っていた。
「や……っ、そんなに、弄らないで……っ」
「弄らないと可愛い声出してくれないだろ?」
二つの柔肉の合間から顔を上げた昭は、悪戯っぽく笑みながら言うと、元姫はかぁっと頬を赤くし目を泳がせた。
「だ、だからって」
「……それとも、俺の前では声上げてくれなくて、兄上の前では聞かせられるのか?」
「ち、ちがっ……!」
大きめの双眸に涙を溜め、元姫は小さく首を横へ振る。その声はどこか弱々しく頼りなく聞こえ、昭の内側にこもっている情念が重くのしかかり、そのまま元姫の唇を己の唇でふさいだ。
それほど兄上の行為の方が上なのかと考えるだけで、渦を巻いた仄暗い何かは肥大していく。彼女は悪くないと判っていても、力がこもり白く肌理《きめ》の整った皮膚を傷つけてしまっていた。そのことに気が付いたのは、僅かに耳に届いた元姫の悲鳴だった。――そこで昭は我に返り、彼女と目を合わせると、どこか怯えたようにこちらを見ていた。
「げ、元姫ごめん!! 俺っ……」
「……ごめんなさい、子上殿。私のせいであなたまで動揺している……」
唇を離した昭の頬に触れ、震える声で元姫は呟いた。
そして彼を挑発するように上着を全て脱ぎ捨てると、寝台の上に横になり誘うように囁く。
「子上殿の……好きにして?」
「元姫」
「私は将来、あなたの妻になる人よ? 夫の誘いにのらないなんて、奥方失格だわ」
そう弁じる元姫の表情は、どこか悲しげに映ったように見える。
昭は覆い被さるように元姫の上に跨がると、先程とは程遠いほどたわやかな愛撫で双丘に触れる。同時に空いた手で双丘の頂を指で摘んだり弾いたりして刺激を与えると、元姫の切ない声が漏れた。
なだらかな躯《からだ》のラインを指先で確認しながら下へ降りていくと、行き着いた場所は程よい筋肉のついた脚部だった。
昭は元姫の下衣をたくし上げ、下着をまとった下半身を露わにさせる。そこにも淡い赤い痕が点々と残っていたが、もう気にしないことにした。――そう、上書きをすればよいのだから。
内股を撫で上げると、大きく身体が反応を示し、ピクピクと震えているのが判った。
「へぇ、元姫って意外とここ、弱いのか?」
緩急をつけるように内股を、その反動で小ぶりな尻をも愛撫すると、元姫は声を大きく発し身を捩る。内股に顔を近づけ、強めに口吸をすれば、その愛くるしく性的な声色は大きくなるばかりだ。昭にとっては非常に嬉しく、もっとその声が聞きたくなり、何度も何度も責め続ける。
「っ……ぁ……! やぁ……っ!」
「元姫がここ弱かったなんて知らなかった」
ちゅう、と、音を立てて吸い上げれば吸い上げる程、敏感に反応を示し昭のいい知れない気持ちを昂ぶらせる。
一方元姫は師と身体を重ね合わせた時とは違う、熱い疼きに理性がのまれそうになっていた。必死に淵に掴まり留めようとしているのだが、昭に昂奮を与えられる度につなぎ止めていた淵から手を離しそうな自分がいる。
「下着に染み出来ている。結構その気じゃん」
眼を細めて下着に視線を向けると、元姫は慌てて開かれかけていた両脚を閉じて抵抗するが、それは一時的な【逃げ】だという事はわかっていた。脚はすぐ昭によって開かれ、まじまじと下半身を覗かれる。見られているという羞恥心によって、元姫の身体は全体にわたって朱色へ染まっていた。
「……スゲーぐっしょり。敏感すぎだろう」
「や、やぁっ……! 言わないで、子上殿…っ」
「いや……。可愛いよ。スッゲー可愛い」
布越しに中指をあてがうと、強い湿り気が直に伝わり、かなり濡れている事が判明した。
元姫は今にも泣きそうになりながらも、昭の行為をじっと見つめている。今彼女が思い描いているであろう言葉を、昭はぽつりと言い放つ。
「お前、『こんな淫乱な女でごめんなさい』だとか『嫌いにならないで』とか思っているだろ?」
図星だったのか、彼女は大きく丸い双眸を見開いた。フッと優しい笑みを浮かべながら、昭は答える。
「そんなんで嫌いになるわけないだろ。……むしろ、今以上に好きになる」
優しく優しく指先を上下に動かせば、元姫は腰を浮かしながら悦びを露わにする。その姿を見て嫌悪感を覚える男なんてこの世にいるのだろうか?
「俺は叱咤する元姫も、笑う元姫も、淫乱な元姫も全部好きだ。愛している」
偽りのない言葉だった。
だがしかし、やはり引っかかるのは兄である司馬師の存在だ。
おそらく元姫の思慕は師へ向けられているだろう。……それすらも呑み込んで、昭は彼女を愛したいと考えていた。自分へ想いが向いていないとしても、やはり一度好意をもってしまったら、そこから逃げることなんて出来ない。
――元姫の事が好きで好きで、どうしようも出来なかった。
「だから、例え俺に愛情が向いていないとしても、嫌いにはなれねぇよ……」
「……っふ、……不…甲斐ない…わ……。子上っ、殿……っ」
「いいよ、不甲斐なくても。俺は俺の気持ちを貫かせてもらうから、さ」
布越しに触れていたが、いつの間にか手際よく下着は外され、外陰部が外の空気に晒されていた。濡れているせいか、ひやりとした感覚におそわれる。
昭の中指が元姫の蜜壷へと侵入してくる。ごつごつとした彼の指が挿入され、一瞬呻く。
膣内《なか》は既に蕩《とろ》けきっており、粘着性がある体液が指に絡み、雄を受け入れる準備は整っていた。
挿入《いれ》る指を二本に増やし、更に膣壁を掻き乱すと敏感な部分に当たったようで、元姫の腰が浮かび上がり先程とは違う声色で喘ぐ。すでに入り口付近には愛液が溢れかえり、昭の右手を汚していった。
「もう、限界だ……。元姫」
そう宣言すると昭は、己の下衣と下着を乱雑に脱ぎ捨て、元姫の両脚を高く持ち上げて広げた。
いきり立った一物が元姫の眼前に露わとなり、逃げることも逸らすことも出来ず、ただ勃起した昭のものを見つめる。
「……兄上には劣りそうだけどな」
昭は自虐的に呟くが、遜色ないくらい昭も師も立派だと元姫は思った。
一物を支えながら、昭は元姫の蜜壷にあてがい、挿入した。ビリッとした衝撃が伝わり、苦しげな彼女の声が漏れるが、それは一瞬で事が済む。膣内《なか》へ入ってしまえば、ただ享楽への道のりをたどるだけだ。
愛液の滑りを利用して奥へ奥へと進んでいくと、あっという間に最深部まで呑み込んでしまった。
「相変わらず元姫の膣内《なか》、きついな」
結合し終えたかと思うと、昭はすぐにゆっくりと腰を動かし始め、元姫に新たな悦楽を与える。
己の性技で愛しい女性が悦んでいる事に、少なからず昭は喜びを持った。……正直、師の性技でなければ感じなくなってしまったかと考えていたからだ。けれど現実は違う。昭の愛撫も一物も一心に受け入れている。
――このまま、自分の方へ向いてくれれば……。
そんな淡い期待さえ寄せてしまう。
腰の動きは次第に速くなり、元姫のたわわな乳房が上下に艶めかしく揺れ、室中に粘着質な水音と肉同士がぶつかり合う音が響き渡る。
「子上殿っ……! もう、だめぇ!」
子宮口付近まで届くくらい突き上げ、律動を更に速めた。
「元姫……っ、元姫!!」
「あっ――――!」
その瞬間、昭の腰が痙攣し、元姫の子宮内《なか》へ白濁とした精を放つ。
どくり、どくりと肉棒の熱と脈を、膣壁を通じて感じる瞬間が、元姫は好きだった。
最後の一滴まで精液を出し終えた昭は、蜜壷から一物を引き抜いた途端、太く硬い肉棒によって押し留まっていた精液がだらりと流れ落ち、寝台の上に敷いている布に垂れる。
「子上殿……。抱きしめてほしい、かも……」
「ああ……」
元姫の要望どおりに昭は寝台に横になり、彼女を抱きしめた。背中に回した掌《てのひら》に汗がひっつく。
着衣を乱した昭の上半身も汗で湿っていた。ああ、元姫も自分と同じなのだなと考えると、若干優越感に浸れた。
「ふふ、子上殿ってば戦場以外で息を切らしているのって珍しいかも」
昭の胸板に耳を当てて、元姫は甘えるようにじゃれる。
「俺だって性交すれば息ぐらい切らせるっての」
全く。俺を何だと思っているんだ、元姫のやつ! どうせ体力くらいしか自慢するものはねぇよ。と、自虐も込めて昭は言い放つ。しかし元姫は笑いもしない。真顔のままだった。
「……元姫?」
その姿に不安を覚え、昭は彼女の名前を呼ぶ。
真っ直ぐに向けられる、どんぐりのように丸い双眸。まるでその先の出来事まで見通すかのような、透き通った濁りのない眼球。その不思議な魅力に完全に呑み込まれる。
「子上殿。やはり、あなたには覇者になれる力がある」
「っ!?」
「だから……、褥《しとね》以外でも本気を出して欲しいって思うの」
「俺はっ」
――俺は父上や兄上のようにはなれない。
……そう言いかけたが、喉元で押し留め飲み込んだ。また『不甲斐ない』と言われるのが嫌だったから。せめて、この場では言われたくなかった。せっかく幸せな気持ちに浸れているのに……。
「でも、俺は次男坊だしさ! きっと、跡継ぎは兄上へいくと思うぜ……」
「もし仮に、子元殿が亡くなってしまったら……。権力はあなたへ受け継がれるわ」
「おいおい。元姫も物騒な事言うなぁ」
「……物騒かも知れない。けれど、」
――この先に対して、胸騒ぎがする。
そう告げようと思ったが、溜息と共に流した。
唐突に抱きしめられる力が増した。昭が元姫の長い髪の毛に顔を埋めている。
「元姫。愛している」
その言葉を聞いた瞬間、元姫の頬は炎が出そうなくらい熱くもえ、みるみるうちに赤く染め上げていく。
二人の男から愛されている。片方は婚約者であり、もう片方は初恋の相手。彼らの期待にどう応えていけばいいのだろう? 元姫は瞬時に胸を締め付けられる思いに達した。上目遣いで見上げれば、昭が不安そうに見つめている。小さく笑みを作り、優しく応答する。
「私もよ、子上殿」
――しかしこの台詞が、のちのち元姫と司馬師の間に波紋を呼ぶのであった。
【続く(2012/06/21)】
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