なんで俺まで行かなきゃならないんだよ!
 冗談じゃない、まったく。
 俺はサラリーマンだ。しかも広告代理店勤務だ。○通や○○堂みたいに大手じゃないが、忙しい仕事してんだよ!
そんで大体俺みたいに大学一浪して今年25歳で入社二年目の奴っていうのはな、フレックスが常識の広告代理店
でも朝九時に出勤して翌日の朝まで会議してまたその数時間後に出勤するモンなんだよ。勿論、泊り込みも当たり前。
 生き馬の目を抜くっていうの?てか、死して屍、拾うものなし?
……だから、てめえみたいな変態霊媒師と旅行する時間なんて、はっきり言って、ないの!!!
「ふぁ」
 とかなんとか頭の中で毒づくものの、俺の腰は痙攣を始め、声を抑えられなくなっていた。
「ああ、明日から連休ですねえ」
 黒木は相変わらず俺のアレを握ったまま、オーダーミスのアスパラバターをぽりぽり齧っている。
 店内の喧騒もさっきと変わりないが、いい加減、俺達の異様ぶりに気づく奴もいるはずだ。
 俺のアレは黒木の手の中でパンパンに膨張しているのだ。ちょっと身動きしただけで、もぞもぞした痺れが下腹に来る。
そのたびに俺は喘ぎを噛み締め、仰け反りそうになる体を支える。
 顔は下を向きっぱなし。で、酒にも食い物にも手をつけずに無言状態が続いている。
 いずれお節介な店員が寄ってくるとも限らなかった。
「も……堪忍してよ………っ」
 俺は押し殺した声で黒木を窺った。
 すると黒木は俺の顔を横目で見て、ニターッと笑った。
「我慢の限界ですか?」
「…………」
 図星なのが恥ずかしくなって、俺は顔を逸らした。
「……ああ、もう…ぬるっぬる。キフネさんのここ」
「ひあッ!」
 先端をぐりぐり指で舐られ、俺は椅子から飛び上がりそうになった。
「ばっ、馬鹿野郎…、やめ」
「いやらしいキフネさんのために、店員さんにおしぼり持ってきてもらいましょうか。すいま」
「やめろ〜!!」
「なんちゃって」
…いっそ殺せ……。

 
 俺はサラリーマンだ。超多忙な広告代理店勤務だ。
 職場には、仕事のために私生活を顧みない男達が今日も血と汗を流している。
「…キフネ。おまえ、帰ってこれると思うなよ」
 明日休むことを上司に電話すると、言われた。
 ゴールデンウィークは俺の会社も休みになるが、俺の部署は期間中も“誰かしら”が会社に出てくることになっていた。
 その誰かしらっていうのがつまり、俺みたいな下っ端だ。
 休暇は休暇であって、休暇ではない。このニュアンスを理解できないと、後悔することになる。
 休暇を休むことに断りは必要ないが、用心していないと、休んでいるうちに自分が除かれた仕事がどんどん進む。
 上司のセリフは、そういう意味だった。
 置いてけぼりになった奴の末路は……考えたくなかった。

 あの後やっと解放された俺はトイレに駆け込み、どうにか事なきを得た。

 それから居酒屋を出て、駅に向かった俺と黒木はそのまま×県の×××行きの夜行に乗り込んだ。
 俺はどうせ行くなら着替え位したかったのに、黒木が時間の無駄を主張してきやがったからだ。
 おかげで俺は会社帰りのスーツのまんま。
 会社の物が入った鞄はコインロッカーに放り込んで、財布と携帯だけ持って出発した。

「しっかし、手ぶらで夜行に乗るなんてなぁ…」
 ゴトゴト揺れる、真っ暗な車窓に映る黒木の顔にぼやいてみる。
「旅行じゃないって言えばそうだけど…」
 黒木は俺の向かいで携帯のモニターに無言で見入っている。
 その寝ぼけ面に俺は溜息をつくと、目的地まで眠ることにした。
「言っとくけどな。一緒に行くのは駅までだからな。それ以上は付き合えないからな」
 相変わらず携帯に没頭している黒木に吐き捨てた。
「……ああ、そういえば」
 黒木が突然顔を上げた。
「なんだよ」
「除霊のお代。貰ってませんでした」
 やっぱり覚えてやがったか。俺は心の中で舌打ちした。勿論、俺だって忘れてきていない。
 しかしだ。しかしだ黒木。
「ください」
 俺の煩悶を他所に無邪気に言い放つ。俺は胸ポケットからしぶしぶ封筒を取り出した。くそ。
 十五万ってなあ、めちゃくちゃ痛いんだぞ?
 封筒の角がのぞいた途端、黒木の手が素早く伸びて俺の手からかっさらった。