いきなり車内放送が流れ出した。
「え?」
 俺は自分の耳を疑った。横でぼんやりしている黒木をつつく。
「今さ、何て…」
「どうかしました?」
 黒木の平然とした顔を見て、俺は思った。聞き間違いか?空耳アワーか?
 すると、電車は耳障りな音を立てて停止した。
<エロシマ〜エロシマ〜、お出口は前のほうからお降りください>
 エロ…!?
 俺は急いで駅の表示を見た。
 えろしま 
「マジかよ!!」
 なんちゅう名前だ。というか、ここの住民ってどんな気持ちで住んでるのか気になる…
 そんなことを思っていると、電車の扉がガタガタと立て付けの悪そうな音を立てて開いた。
「おはようございます」
 礼儀正しく挨拶しながら乗り込んできたのは、のどかな田舎の風景には馴染まないが、えろしまのインパクトにはピッタリな感じの男だった。
 年は四十がらみだろう。グレーのレンズのサングラス。そしてマオカラーの黒服。革靴。両手には白手袋。不審人物を百人並べてトップ10を発表したら、確実に上位にランクするな。
 そしてその上に、もっと驚くべき事が起こった。
「ああ、おはよう」
 なんと、サルの運転手がそれに応じたのだ。日本語で。
ていうか、限りなくサルに近い人間…だったのか?実は。俺はほっとしたような、ますます混乱するような気持ちになった。
 マオカラーの男は板張りの床に靴音を響かせながら俺達の目の前に座った。
 一両電車だから仕方ない部分はあるが、それにしてもわざわざまん前に…座るかなぁ。
いかにも俺達に構ってほしいみたいな。
そんな痛々しさをつい感じて、俺はマオカラーから目を逸らした。
黒木を見ると、
「言葉をしゃべるおさるさんなんて、珍しいですね〜」
………お前のほうが珍しいわ。
 俺は途方に暮れ、なるべくマオカラーを見ないように向かいの車窓を眺めることにした。
 しかし、マオカラーは執拗に、俺達、というか俺を見ているらしい。
 視線の威力に耐えられなくなった俺は、とうとう観念して振り向いた。
 マオカラーの男は、前屈みに座り、膝の上に肘をついて俺を見据えていた。あやしい…というより、気持ち悪い!!!!すごく、気持ち悪い!!!!
 俺は心底怯えた。
「いい…」
 しばらくして、マオカラーの男は呻くように呟いた。