「あ!」
「毎度」
「……有り得ね〜」
 黒木は俺の目の前で封筒を開いて、中身を確認する。
「ほお、ピン札」
 一枚、二枚、と指先で数えるのを、俺は恨めしげに見つめた。嗚呼、俺の貯金が…こんな男に陵辱されていく…。
「10…11…?………12、13、14、15」
 黒木がふと俺を見た。しかし一瞬のことで、すぐに金を封筒に収めて上着の四次元ポケットに仕舞う。
「なんなんですか?ちゃんとあったでしょ。十五万」
 黒木の様子が妙だ。
「……ありましたね。じゅうごまんえん」
 なぜか横を向いて答える。……変なやつ。すると黒木はすくっと立ち上がった。
「トイレ、行ってきます」
 なぜか口元をプルプル震わせながら黒木が立ち去るのを見届けてから、俺は気を取り直して寝に入った。



「キフネさん。起きてください。着きましたよ」
「んあ」
 黒木に肩を揺すられて、俺は目を覚ました。途端にガヤガヤした声と構内アナウンスが耳に飛び込んでくる。
「降りますよ、ほら」
 俺は黒木に促されて立ち上がると、電車を降りた。早朝の冷たい空気を浴びて、意識が明瞭になる。
「こっちですよ」
 俺の手をぞんざいに掴み、黒木がどこかへ連れて行く。
「ていうかあんた、なんでそんな元気なんすか…」
 たどり着いたのは、一番突き当たりにある○○線と表示されたホームだった。雑草が生い茂った線路に、赤茶けた一両電車が無人のまま、発車を待っている。状況を把握できない俺の手を掴んだまま、黒木はためらいなく乗り込む。
「ちょ、ちょ、ちょっと、黒木さんっ」
「はい?」
「これ、こんなの、に、乗るんすか?!」
「そうですよ」
 俺を座席に座らせると、黒木は電車の扉に手を掛け、両開きのそれを閉じた。
「手動?!」
 俺は驚愕した。
「や、俺、帰りますから」
 俺は立ち上がった。が、黒木に押さえつけられる。
「まあまあ」
「冗談じゃないですよ。こんな」
「せっかくですから」
「何がせっかく?!」
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
 突然、鳴り響く音。続けて、ゴトン、ゴトトン、と電車が動き出した。え、ちょっと待て?
 俺は黒木と掴みあいながら、運転席に人影を見つけた。
 発車のアナウンスなしって?どゆこと?
 俺の視線に気づいたのか、前を向いていた運転手が振り返った。やけに小柄だなーと思った。顔も小さくて、赤い。そして帽子の下にはみ出したモミアゲは茶色くて、フサフサしてて………

─────サルじゃん!!!!!!!!

 さる。猿。申。サルが電車を運転してる…。どうなってんだ。
 は気が遠のいた。なんかもう、異世界に迷い込んだ気分だ……
「はぁぁぁぁ…」
 俺はがっくりと項垂れてしまった。その隣に黒木が腰掛ける。
「賢いおさるさんですね〜」
 そんな、普通に感心するなよ…
「給料はバナナですかね」
 俺は黒木を無視して、窓の外を見た。白んでいるが、晴れ上がった空だ。
 建物や道路に混ざる緑は、都会と比べて明らかに多くて色が濃い気がする。
 あ、田圃だ。──────その時だった。
<次に止まります駅は、エロシマ〜エロシマ〜>