「湯あたりですかぁ?」
 黒木が寄ってきて、俺の腕をとった。その手はやけに冷たかった。
 火照りが和らいで、思わず俺は黒木にもたれかかった。
「あ、なんか…そうみたい……」
 脳の中まで茹った気がする。しかし、黒木の肌に触れていると、その冷たさで幾分、いやだいぶ、体が楽になった。
「ちょっと、ちょっとキフネさん」
「ほあ…」
「そんなにひっつかないでくださいよ」
 なんだよ、冷たいな。いや、体は冷たいけど。というかこいつも一緒に温泉入っててなんでこんなに体温低いんだ?───蛇か?蛇なのか?
「俺の体は好きにするくせに…」
 俺は嫌がらせに、黒木の肩に腕をまわして体重をかけてやった。が、それがいけなかった。
「欲情するじゃないですか…」
「へ…?」
 黒木の表情が変わった。と、思ったら上半身を抱えあげられ、下半身は湯に浸かったまま、岩場に押し倒された。
 両手首を上から押さえつけられて、真上から黒木の顔が見下ろす。
 夕焼けが逆光になって、表情はよくわからない。…けど、何故か俺は嫌じゃなかった。
 体はあいかわらず火照りっぱなしで、酔った時みたいに力が入らない。
 抵抗しない俺に黒木は調子が外れたような顔をして、あれ、と呟いた。
「なんか、暑い…」
 黒木は怪訝そうな顔のまま、俺の手首から手を離し、自分の首辺りをさすった。
「熱い…?」そして、その手を俺の方へ伸ばし、俺の肩に触れた。「?…冷たい」
「え…」
 黒木の手が、俺の肩を撫でるようにさすり、何かを確かめるように俺の体の上を次々に撫でる。
 火照った俺の熱が、触れられるたびに冷まされていく。思わず俺は吐息を漏らした。
「なんか…」黒木の体が俺の上に徐々に覆いかぶさってくる。「キフネさんの体、冷たいです…」
 いや、俺はあんたの体の方が冷たく感じるけど…?
 俺は黒木の体重を感じながら、全身を包まれる涼しさに、
「あぁ…」
 つい、情けない声を出してしまった。
 黒木が俺の肩に顔を寄せると同時に、自然と両腕をまわしてしまう。黒木は黒木で、俺の首と腰にまんべんなく手を這わせる。ふいに首筋に、柔らかく冷たい感触が触れて、黒木の唇だとわかっていても、俺は止めなかった。柔らかい氷のようなそれが首筋を通って顎を這い上がり、やがて俺の唇に重なっても、俺は黒木の首にまわした手をほどかなかった。
 唇の間から、黒木の舌がするりと潜り込んできた。
 いっしょに流れてくる唾液は、やっぱり冷たくて、蜜のように甘くて───飲み込むと、喉の奥が潤い、俺は自分がひどく喉が渇いていたことを知った。
 目を閉じ、俺は黒木の舌に自分の舌を絡め、垂れてくる唾液を喉に落とした。
 黒木も同じように上から俺の口の中を掻き回し、俺の唾液を吸い上げていた。
 二人とも無言で、荒い鼻息と、涎と舌の動きが立てるクチャクチャした肉の音だけが聞こえていた。───ああ、やっぱこいつ、キス巧い…
 俺はだんだん冷たさより、キスの快感にとりつかれていった。
 前した場所は女子トイレだったから、他人が気になったけど、ここは個室の露天風呂だ。
 男同士でどれだけ乱れようが、誰の目も気にする必要はない。そう思ったら俺はなんだか大胆な気になった。口の周りを涎でベラベラにされながら、俺は以前黒木に自分がされたように、黒木の唇を甘噛みして、黒木の首の後ろを掴んでキスしてやった。
 チュ、と軽く吸い付いてから、深く、深く舌を絡める。何度も繰り返して、ふと唇を解放してやると、黒木の唇から涎の筋とともに深い溜息が吐き出された。寝ぼけ眼がうっすら開いて、俺を見た。
「参ったか」
 俺は言った。といいながらも、俺も肩で息をしてたりするのだが。
 黒木はぼんやりした表情で、
「キフネさん……なんだかアイスクリームみたいです……」 
 謎の発言をすると、俺の耳の裏に口付けした。
「ぅあっ…!」
 ぞく、と電流が走った。
 黒木はそのまま俺の体の上に唇を這わせながら、俺の腰を抱き、持ち上げて岩場に腰を下ろさせた。ざばーっと白い湯が流れ、あがった俺の下半身は、あろうことか天を向き、見たことないような逞しい筋が走っている。
「え、ええええ?!」
 俺は我に返った。な、なんだこれ?どうなってんの?!
「凄い…キフネさん……」
 黒木が寝ぼけ眼をうるうるさせて言った。いや違うから。何かの間違いだから。
 俺はとりあえず前を隠そうと手で覆ってみた。が、異常事態となっているそこは、手の平なんかで隠れる筈がない。
 混乱をきたす俺の頭をよそに、俺の股間は痒いくらいに猛烈に疼きだした。