<二週間後。ヌールの都は国中の人々を集め、王国史上でも類を見ぬ盛況に包まれた。
 四王家それぞれの紋章をつけた個性豊かな山車が領主たちを乗せ、盛装した騎馬隊と共に大通りを練り歩いた。その後には、音楽や踊り、曲芸の列が続いた。中でもとりわけ注目を浴びたのはオエセル家のエルフ族で編成された楽隊で、観衆はエルフ族の奏でる不思議な調に魅せられた。
 都中に屋台や見せ物が建ち並び、祭りは実に一週間もの間続いた。
 うかれた空気は、ヌールの宮殿内も同じだった。
 3人の領主が一度に会しただけでなく、一週間という長い間滞在するということは、未だかつてなかった。
これも、賢者フェルマールの提案だったのだが、そのお陰で、4人の王は互いをより深く理解し、絆をいっそう固めた。
…しかし。
 3人の王がそれぞれ自分たちの領地へ戻る日、その結束は綻びはじめた。

 東の領主・デラヒアスは、祭りの間、一人娘であるオズマリーナを連れてきていた。
 オズマリーナは今年15歳になる黒髪の美しい少女で、デラヒアスが溺愛していた。そして、生まれてまもない頃の口約束ではあったのだが、セロドア王子の許嫁と目されていた。
 そのオズマリーナ姫が、祭りの最後の日、パレードの千秋楽を侍女と見物に出掛けたまま、侍女と共に行方知れずとなってしまったのである。
 事態が発覚してすぐにデラヒアスをはじめ、ヌール家の総力をあげて、捜索が展開されたが、行方の手掛かりは一日たっても見つからず、ついに三日が過ぎていった。デラヒアスはすっかり憔悴し、もはや絶望しか抱くことができなくなった。フェルマールに説得されて捜索をヌール家に託すと、デラヒアスは幽霊のような佇まいのまま、ようやくドリゴンへと戻っていった。
 そして、時が流れた。一週間、ひと月、ふた月。オズマリーナが失踪して三ヶ月めになろうというある日、事件は解決した。
 オズマリーナ姫の無惨な亡骸という、結末によってであった。
 デラヒアスは、ドリゴンに戻ってからも、娘の捜索を独自に行っていた。ドリゴン家の騎士の精鋭たちが、昼夜を問わず国中を駆け回ったのである。そして三ヶ月めのある日、それまで幾度となく通り過ぎてきた東と北の領地の境に拡がる荒野のオアシス───その泉のほとりで、腐りながら立つ大木の枝に、オズマリーナの躯がぶらさげられているのが見つかった。
 熟年の騎士の目にも、それは凄絶な死に様であった。絹のドレスは引き裂かれ、泥に汚れていたほか、美しかった顔は殆ど腐りかけ、体中の裂傷から、蛆が這い出していた。
骨は砕け、辱めを受けたのも一度や二度ではないようだった。
 まもなくその知らせはドリゴンの騎士たちによって、ヌール家とドリゴン家の両方に伝えられた。

 デラヒアスはようやく対面できた娘の有り様に半狂乱になり、娘の亡骸を抱いて咽び泣いた。そして、哀れな娘の魂を鎮めるため、急いで葬儀をおこなった。
 ヌール家へ報告へ行った騎士たちが、まだ城へ戻ってきていない事にデラヒアスが気付いたのは、その直後であった。
 それからドリゴンの城に、ヌールからの使者がやって来た。
 ドリゴンの騎士たちは、ダミアロスにその身を拘束されていたのである。ダミアロスは錯乱していた。
 東の荒野のオアシスといえば、東と北の境界上でも、北寄りの場所であった。
 そこでオズマリーナの亡骸が発見されたという事実と、それを発見したのがドリゴンの騎士だという事実が、ダミアロスの心を一瞬にして混乱の底へ突き落としてしまったのである。
 彼の心は、ドリゴンからあらぬ疑いをかけられているという根拠のない不安と、もとより民の人気の高いデラヒアスに対する嫉妬と恐怖に染まり、ついに正気を失った。
 騎士の身柄を返還して欲しければ、投降するようにと気の触れた伝書をドリゴンに送り、デラヒアスが駆けつけたその目の前で、騎士たちの斬首刑を行った。
 娘の死の悲しみと怒りの癒えぬデラヒアスは、もう己を抑制する余力はなかった。
 こうして、北と東の戦役の火蓋が切って落とされたのである。>

『北と東の戦争は、やがて西と南を巻き込み、戦火を国中に散らしていった。もとは同じ一族の血をわけた者同士…末端の兵にいたるまで、それは同じことだった。親が子を殺し、子が親を殺す。兄弟でも、友人でも、敵と味方に別れて殺し合わなければならなかった』
────ふっと、闇があたりを包みこんだかと思うと、セヴェリエの目の前にアルスが姿を現した。
 セヴェリエは、アルスの真意をはかりかねていた。
『布教の際に、先住民たちは苦しみを味わったかもしれない。……しかし、その後世、列国の侵略から土地を防いできたのは、アルヴァロン王家と聖オリビエ教会の力です』
 アルスは、口元に笑いを浮かべた。
『しかし神の力は、この血の争いを止められなかった』

 そうしてまた、周囲の景色が変わる。

 <花崗岩の城壁の遙か向こうに、白い雪のベールを被った北の山脈を望む、ヌールの宮殿の一角らしい。青い芝の生えた中庭の四阿に、少年がひとり座っていた。まるで孤児のようにぼんやりとした眼差しで、遠くを見詰めている。
ヌール家の王子・セロドアだった。年齢は、今のセヴェリエと変わらないように見えた。金色の巻き毛が美しく、佇まいに気品を備えていたが、そのふたつの目は哀しみの闇に沈んでいた。
(母上…)
 唇が、かすかにうごめく。


 
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