「殿下。わたしの主君は、殿下だけです。たとえ、殿下がアルヴァロンの王とならずども、わたしは一生殿下についてまいります。必ず、生きて帰りましょう。先祖の霊が宿るラディエントの矢と、殿下への忠誠が、わたしを護ります。ですから、何卒、ここでわたしを待っていてください。…愛しております、殿下」
 そして、セロドアの手にキスをした。想いが一瞬の時を止めるようだった。
 やがてマキュージオは立ち上がり、兜をつけると、踵を返していった。>

『セロドアは、お前によく似ている』
『……』
 虚を突かれ、セヴェリエは狼狽した。
『なぜ…』
『髪の色も、瞳の色も違うが、似ている。その後お前に出会って、一目で執心したのも頷ける。…先程の、やつの口付け。やつは王子に懸想しているのだ。ああして忠誠を誓う裏で、やつがしている事といえば────まさに業星を持つ子に相応しい行為』
 背後で、アルスの含み笑いがした。セヴェリエは振り返った。そこには、新たな光景があった。

 先程の、宮殿とはまったく違う、粗末な室内。相当身分の低い、下働きの寝室らしい。
 
<今にも消え入りそうな蝋燭の灯りに、部屋の隅に積まれた干し草の山が見える。
 そこがどうやら、この部屋のあるじの寝床であるらしかった。
 干し草の中に埋もれるようにして、二人の人間が絡み合っていた。
 体格の大きい方が、痩せぎすの体を組み敷いて、体全体で踏み潰すように躍動している。
 マキュージオであるのは、やがて気が付いたが、犯されているのは、顔を見ても素性の窺い知れぬ少年であった。
 金髪の巻き毛は、セロドア王子を連想させるが、体格も顔立ちも、まったくの別人には違いなかった。
 少年は、全身を熱で紅く染めていた。長い時間突かれ続けたのか、揺さぶられながら時折、手足がほどける。が、その度に意識を取り戻してまたマキュージオの肩につかまる。
 それも、いつ気を失ってもおかしくないところまできているのは、明らかだった。喘ぎは掠れ、切れ切れになり、呼吸するだけで精一杯のようだった。
 一方のマキュージオはというと、一切の表情も浮かべず、淡々と、まるで機械のように少年の体を突き続けていた。闇に踊る少年の金髪を、青い瞳がただ恍惚と見詰めていた。>

『出陣の前の晩のマキュージオの姿だ。抱かれているのは、マキュージオの馬丁のユーリ……十二の時にマキュージオに買われた孤児だ。とはいえ、夜伽の相手までさせられるのでは、稚児か男妾と呼ぶのが相応しい。ユーリの巻き毛はセロドアにそっくりであろう?インガルドがセロドアの体を狙う以前から、やつはユーリを抱いていた。やつの頭の中は、常に妄想で渦巻いている。このユーリにしているように、セロドアの服を剥ぎ取り、その肌を蹂躙したいと願っている。…インガルドはこの男に殺されたが、王妃とマキシアヌはインガルドより危険な人物を生かしてしまった上、身近に住まわせているわけだ。ふふ…人間の所業にしては、まことに面白い、良くできた劇ではないか?賞賛に値する』
『賞賛?』
 セヴェリエは、激しい感情を剥き出した。
『これが、賞賛すべきものですか?…こんなものは人ではない。運命に背き、誘惑に負け、すべてを快楽と欲に任せている。こんなものは生ではない…業星だと?呪いだと?どのような宿業でも、それを受け入れ、打ち克つ努力をしなければ報われない。そんな弱者を報うために、神はあるのだ!…マキュージオは、マキュージオは臆病者だ。何もせず、逃げた挙げ句に、こんなに哀れで醜い行為に溺れては、いつまでも光りを見いだせない。…いずれ、神を忘れ、絶望しか信じなくなる……!』
 セヴェリエは、その場にうずくまった。そして、嘔吐した。腹の底から、悪寒がせり上がってくる。
 とめることは出来なかった。吐き続け、涙までもが流れた。
『逃げることと、立ち向かうことは違うと、誰が決めた?神か。聖オリビエか?───マキュージオが堕落者かどうか、セヴェリエ。では自分自身で確かめてみるが良い。ここからは、余の幻術ではない。マキュージオの心の内と、記憶のすべてだ。そこへ入って、覗くが良い。こやつが何を受け入れ、決意してきたかを』
 アルスの声がひときわ大きくなる。
 次の瞬間、セヴェリエは意識が遠退き、それを取り戻すと、自分が確かにマキュージオの意識にいるのを実感した。
 マキュージオの五感が、伝わってくる。それは、鮮やかに、自分の感覚と溶けた。
 そうして、セヴェリエはマキュージオそのものになっていった。

 腰から背筋に、痺れるような快感が貫く。
長い時間続けていた律動が終わる予兆。そこで、マキュージオははっと我に返った。
ユーリが、何事かしきりに口走っている。それが、ぼんやりとマキュージオの耳に言葉として形を取り戻した。
『あ……だ、旦那様っ…駄目です。俺…あっ』
 涙目で、体を震わせている。抱くときは毎回、自分より先に気をやってはならぬと念押ししている。だが、今宵はいつもより激しくやりすぎた。
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