「それがこの作品群というわけですか」
 数枚のDVDのジャケットを手に取っていた黒木が言った。ひととおり説明を読んだらしく、俺の前に寄越す。
 俺はあの後すぐに縄を解かれ、大河内の弁明を聞くためにペンションの和室に移動していた。
 取り上げられていた服と所持品は返してもらい、俺も黒木も浴衣を脱いで着替えていた。
 並んで座っている俺達の目の前には、大河内を先頭に、むさくるしいオヤジ達がずらっと萎縮して正座している。
 目の前に置かれたDVDには、笑いしか出ないようなタイトルが並んでいた。

・男根療法
・馬と男と馬と男
・世界に繋げよう、アナルSEXの輪
・あなたの彼氏、抱かせてください
・24泡ズ

 などなど。あと二三枚あったが、これ以上はもう見たくなかった。
「そのね、24泡ズっていうのは24時間耐久でやるっていう企画ものでしてね。男優さんの引退作として人気なんですよ〜。うちの目玉商品です」
「はぁ…そうですか……」
 俺はDVD群を積み上げ、視界から思いっきり遠ざけた。
「ウチの会社のこと、お二方はご存知なかった?」
「知りません!!」
 俺は思いきり大河内を睨みつけて言った。
「でしょうね…ただでさえ特殊なゲイ向けAVの世界で、ウチは特にマイナーですもんね。一部の愛好家の方にしか評価されていない、というのは否定できません……だからこそ、今回の企画は起死回生の会心作になる予定だったんですけど……」
 チラ、とサングラスから視線が送られてくるのを俺は苦渋の表情で返した。
「人を騙してそれがバレた後なのに、まだ食い下がるんですかアンタ?」
「お願いしますよ〜〜〜〜」
 大河内は急に身を乗りだして、縋り付いて来た。その手元には、白い表紙の脚本と企画書があった。ゲイ脳大河内組、という社印の下に、『素人出演!!アナル全開秘湯の旅、天狗と3Pのくんずほぐれつ』とある。
 なんちゅうタイトルだ…悪寒がする。
 ちなみにストーリーは、ホモのカップルが秘湯の宿に迷い込み、実は天狗の巣窟だったその宿で、天狗達によってたかって犯られ、最後は搾り出した精液の混じった酒の中でカップルが69する、という内容だそうだ。…まんまだな、何だかな。
 聞けば大河内は、この企画をアポなし・ゲリラ撮影にこだわり、一年以上も前からこの村に撮影隊を配置し、セットを整え、アリ地獄のように出演者を待っていたんだそうだ。それが、つまり、俺達というわけだが……この大河内をはじめ、この会社全体に俺は狂気を感じた。
 俺達が現れなかったら、この先何年でもここに居座るつもりだったんだろうか?
「いや〜、おかげで暇で暇で。つい露天風呂工事したりしちゃいました。あげくスタッフは異常に料理が上達するし。今年の冬はちゃっかりペンション経営してお客さんも入ったりして?」
「だったらいっそこっちでやってけばいいじゃないっすか…?」
「えーえー。ですから今年は露天を盗撮して随分儲け…」
「おいーーーーーーーー!!何やってんの!犯罪じゃねーか!!」
「大丈夫ですよ。バレてませんから」
「そういう問題じゃない!大人かあんたホントに」
「じゃあキフネさんなら撮ってもいい?!」
「ふざけんな!!」
 なんだそのすり替えは!ああもう、この人頭おかしいよ。まともな論理が一切通じない…
「…どうしてそんなに、必死なんですか?」
 出し抜けに、横から黒木が訊ねた。
「………」
 大河内は急に押し黙った。
「理由があるなら、話してください。大河内さん。もしかするとその理由次第でキフネさんの心も変わるかもしれませんよ」
「変わんねーよ!」
「まあまあ。ね?話すだけ話してみてください」
 黒木が促すと、大河内は暫しの沈黙の後、おもむろに語り始めた。
「…今から10年くらい前になりますかねぇ。あたしは映像作家とは名ばかりで、仕事もなく、毎日ギャンブルに明け暮れて、借金の取立てに追われて…ろくでもない暮らしをしてたんですよ。女房はとっくに愛想を尽かして、子供ひとり残して出て行っちまって…押し付けられたあたしも、家に居つかずで結局持て余してしまって……そしたらなんか、家出しちゃったんですよね、息子が」
「………」
「あ、悪いなー、と思った時にはもう手遅れでした」
「亡くなった?」
「黒木さん」俺は黒木を肘で小突いた。
「………」
「それでどうなったんですか、お子さん」
「その後…家出して4日後くらいだったか、突然見知らぬ青年がウチを訪ねてきたんです。そして言われました。あたしには親としての能力がない。かわいそうな息子は我々で大切に保護して、然るべき施設に入れて今後は生活させると…驚きましたけど、息子があたしの所に居て幸せに育つ保障は皆無でしたから、従うほかなかった。…その後、もう二度と子供に会わないよう念書を書かされて…お金を渡されました……あたしは当時取立て屋に追いつめられてましてねぇ…本当に、臓器を売るか目玉を抜くか、鉄砲玉になるかという瀬戸際で。
 だからそれがどんな意味か考えてる余地はなかったんです。金を返せるなら、何でも良かった。だから素直に受け取ってしまったんです。その末路が、実の子との生き別れになるとどこかで気付きながらも……後悔しても後の祭でした。金を受け取った以上、警察には相談できない。でも失って気付いた子供への思いは強まる一方。だから…あたしはせめて、自力で会うことが出来ないなら、同じ世界に父親が存在しているということを息子に知らせようと思い立って…その二年後、映像会社を立ち上げたんです」