「なるほど……奇抜な作品に拘る理由はつまり、手放してしまった息子さんに対するアピールのため、というわけですか」
 黒木が感心したように言った。
……もし俺が息子の立場なら、親がゲイビデオの監督と知ったら黙殺するけどな。
「会社が出来てからは、こっそり興信所も雇って、息子の行方を捜し続けてたんです。勿論、妨害され続けました。でも、諦めなかった。そうしたら今年に入って初めて、新しく雇った興信所が、
息子の消息を掴んだんです」
「ほう」
「息子はあたしの元から連れ去られた後、このうらすぎ村の山奥の宗教団体に匿われていました。でも、その宗教もちょうど一年前に無くなって、それ以降の消息がわからないのですけど」
「ほ。………う」
 なんだ、今の変な間は?俺は黒木の顔を見た。
 何か思い当たる節でもあったのかと思ったが、表情に変哲はなかった。
「だけどあたしは思ったんです。今まで全く掴めなかった息子の消息がようやくわかったのが、この場所。なら、ここであたしが待っていれば、あの子がいつかここに戻ってくる可能性に当たることに掛けてみよう。もしあの子が近くを通りかかって、あたしがここにいることに気がつけるように、あたしはできるだけ目立つことをしようって。それで───ここを新作のロケ地に決めたんです」
 大河内の声色は、今までの冗談みたいな調子をすっかり失っていた。
「話はわかりましたけど……」
 俺がぼそりと言うと、大河内の顔が途端にぱっと華やいだ。
「じゃあ、撮らせてくれるんですね?!」
「そんな訳ないでしょ!絶対イヤですよそんな。大体、今じゃなくてもいいんじゃないですか?そんな、息子さんを待つためだけの目的なら」
「今じゃないとダメなんです!!!」
 物凄い剣幕で大河内は言った。
「今じゃないと…う、ごふぉっ」
 急にくの字に身体を曲げ、大河内はうずくまった。うわ、血、吐いてる!
 大河内の背後に居た褌男が心配そうに大河内の背を抱え、擦っている。
 荒い息をつきながら、大河内は顔を上げた。
「この通り……あたしの命は……もう残りわずかなんですよ」
 ニッと笑う口元に、血の筋が走っている。えーーーー。というか、こわ〜〜。
「そ、それなら余計に…AVなんか作らないで、ペンションやってたらいいじゃないですか。そっちの方が養生でき…」
「なめとんのかぁ!!」
ガタン!!
「うわっ」
 吐血しながら、大河内は俺に向かって怒鳴りつけた。
「アダルトはワイの命なんや!ワイの死に場所はディレクターズチェアの上と決めとるんじゃ!!それを何が悲しくてペンション管理人で死ななあかんねん糞ボケコラ!!!」
 人が変わったように怒鳴り散らす大河内に、俺はただ圧倒されてしまった。
 しかしだ。このまま押し切られたら俺はハイ、と答えるしかなくなる。それだけはイヤだ。それだけは。でも…怖い。
 俺は横目で黒木を見た。のほほん、という感じで見返してくる。完全に他人事だと思ってる顔だ。
「黒木さん……」
 俺はそれでも、声に出した。助けてくれ、というか、あんたも無関係じゃないんだぞ?多分俺がOKすれば、あんたも出演させられるんだぞ。
 長いこと目で訴え、黒木の鈍感もどうやらそこに気がついたらしい。しかしのんびりした動作だった。「大河内さん。せっかくですけど、キフネさんは堅気の社会人ですから、そういうのに出演するのは無理じゃないでしょうか」
「モザイク入れます!!」
「あ」
 即答され、黒木は反論の言葉を早くも失った。あ〜〜〜もう、しっかりしてくれよ…
「…あ、それにあれですよ。いくら素人でも、ノーギャラというわけにもいきませんよ」
「承知!」
 大河内は懐から素早く電卓を抜き取ると、黒木だけに数字を弾き出して見せた。
「ほう」
「いかがです」
「これは、二人分で?」
「いえ。ひとり分です」
「なるほど…」
「何、そこで納得してるんだよ!!!!」
 俺は思わず立ち上がった。
「俺はAVなんか絶対に、絶対に出ないからな!!モザイクかけられても、金積まれてもだ!!もう、頭きた。付き合ってらんねえ。帰るぜ俺は」
「あ、キフネさん」
 黒木が呼び止めようとしたその時だった。

♪ ♪ ♪

…トルコ行進曲。
黒木の携帯が鳴り出した。
「御陵くん」
 黒木が呟く。俺はつい足を止め、黒木を見守った。