「ああっ、恥ずかしい恥ずかしいっ。それ以上言わないでっ」
「上のお口は嘘つきでも、下の息子さんは正直ですよ」
「あああああっ、いやっ。やめてっ。ひいいっ」
 俺はだんだん、黒木の悪ノリについていけなくなってきた。というか…どうやらこの大河内も黒木と似た趣味なのか、顔を見ればまんざら嫌でもない様子だ。 縛られて、股間をいじくられて喜ぶって…立派に、ホモで変態でSMじゃないっすか…。さっきまでの途方もない性的興奮がすっかり醒めていた俺は、素っ裸で屋外にいることを今更ながら思い出した。
 体はすっかり冷えて、寒い。夏じゃあるまいし、このままだと風邪をひく。
 俺はバカ二人を置いて、露天風呂の隅にある藁葺小屋の脱衣場に引き返すことにした。
「あ。キフネさん。どこへ行くんですか?これからが面白いのに─────」
「寒いから服着てくるんだよ!」この変態男、と最後は心の中で続けた。
「……そういえば。じゃあ、僕も着替えます。そういうことで大河内さん。暫くそのままで待っててくださいね」
「えぇぇ〜〜」
 黒木は冷酷にも大河内を亀甲縛りで勃起させたまま放置して、俺の後を追ってきた。
 不満気というよりは切羽詰ったような大河内の非難の声がその後に続いたが、俺も黒木も振り返らなかった。そして。

「ない」
 俺は、割と普通のトーンで驚きを表現した。
 脱衣場に戻ってみると、俺達の服はなかった。代わりに、濃紺の絣の浴衣が帯と揃えて置いてあった。
「どうなってんだ…俺の…眼鏡まで……」
 しばし呆然となる。盗まれた…と思えばいいの…か?
 ところが黒木は平然と、バスタオルで体を拭くと、さっさと浴衣に袖を通しはじめた。
「つまりこれを着ていろってことでしょう」
 と、袷をととのえ、帯を締める。
「んっとにあんた、動じないな。パンツもないんだぞ。フルチンで浴衣なんて───変態じゃねえか?!」
「大丈夫でしょう。財布と携帯はフロントに預けてあるし、きっと洗濯してくれているんですよ。パンツ位なくったって─────今日は僕達以外、お客さんはいないようですし。従業員の方も見かけないし。大河内さんの方で了解しているはずですよ。それとも何ですか、僕を意識しているとか?」
「違うわっ!!」
「おお。くわばらくわばら…」
 
 黒木の言うとおり、俺たちがこのペンションに着いたのは夕方でもそう遅い時間ではなかったのに、ペンションのロビー兼広間には従業員は一人も見当たらなかった。
 いくら個人経営だと言っても、部屋数も6つある、立派な施設だ。
 人手を削るほど、寂れている様子でもない。
 せめて大河内以外あと一人くらい、常駐していてもいい気はする。
「なんかさ…やっぱり、おかしいよ」
 俺は結局、素っ裸の上に浴衣を羽織ることにした。
「オーナーは変態だし。それを差し置いたって、どうも何か、裏がある気がする……早めに立ち去った方がいいような─────黒木さん」
 すると黒木は下目遣いに俺を見た。無言。
 俺がいつまでもウダウダ言っていることに対して、あきれ返ってるのか?
 ちょっと腹が立った。
「つーかさぁ!こんな怪しい場所に無関係の俺を連れて来て、あんた今の今まで詫びの言葉ひとつないよな?!“行きましょう”って勝手に人を振り回して!ろくに説明もしないで!ふざけんなっつの!!────大体恋人…御陵って言ったっけ?そいつがここに来たって確証、本当にあるのかよ?どうもあんた─────ぶっちゃけ、真面目に探してるように見えないんだよ。……疑うって訳じゃないけど、さっきのあんたとオッサン見てたら、俺、あんたにからかわれてるだけのような気がして、しょうがないんですけど!!」
 どうだ!と俺は威勢良く前に出た。
 黒木は下目遣いからいつもの寝ぼけ眼に戻り、俺が言い終えたのを見計らうと、表情を変えた。俺が初めて見る黒木の顔だった。
 その指先が俺の肩に置かれ、顔を近づけられても、俺は身動きできなかった。
 黒木の唇が動くのを俺はじっと見守った。
「御陵君は─────ここに居ます。この土地のどこかに、必ずね」
「ほ…本当に…?」
 黒木は頷いた。

「間違いないです。感じますから」

「かん…?」
 コラ待て。俺は拍子抜けた。感じるって…んなアバウトな。
 感、すなわち勘ですか?!ちょっと待て。ちょーっと待て。黒木。
 黒木は、煮えくり返る俺の肩をぽんと叩いて離すと、くるっと踵を返した。
「キフネさん、きっと腹ペコなんですよ。おなかがすくと人はイライラしますから。─────大河内さん起こしてきますから、晩ご飯、いただきましょう?ね?」
 まるで蝶々のように浴衣の袖をひらひらさせながら脱衣場を出て行く黒木を、俺は見守るしかもう、出来なかった…。