くいっと飲み干す。そしてまた、いやいや、どうぞどうぞと黒木に杯を返す。
「おい。ちょっと待てよ。俺の存在を忘れてねえか?!」
俺は料理を貪る箸を置くと、居ても立ってもいられず立ち上がった。
「おやキフネさん。お酒、いける口なんですか?」
 酌を止め、黒木が言う。
「無論だ。飲ませろ」
 俺は自分の膳の上のグラスを取り上げ、黒木の方へ伸ばした。トクトクと清清しい水音を立てて、美酒が注がれる。俺は表面から香る酒気と冷気を、ぐっと飲み干した。キリッとした辛口。しかし、めちゃくちゃ飲み易い。まるで白ワインみたいな甘さと酸味が爽やかにすっと喉を降りていく。
「うめーーーー!!」
「でしょうっ?!」
 大河内は黒木の杯に酒を注ぎ、自分の分のグラスもいつのまにか用意して手酌すると、
「さあさ。出会ったご縁を祝して、乾杯しましょう」
 やんや、やんや、と黒木が手を叩く。

「あーもう。なんだか訳の分からないことだらけだけどもういいや!呑め!呑んじまえ!そして星になれ!!この変態どもーー!!」

 そして俺、黒木、大河内はその晩、三人で一升を二本空けた。
 
 喉の渇きと尿意という相反する衝動で、俺は目を覚ました。
「う〜〜〜〜〜ん」
 唸りながら布団をのけて、体を起こす。
 宴会が終わってぶったおれている間に、床の用意をしてくれたらしい…。
 薄暗い中、隣を見やると、やはり布団の上で黒木が寝息を立てていた。
 俺はまだ残っている酔いにふらつきながら部屋を出ると、廊下の突き当たりのトイレに向かった。
 板敷きの廊下はガラス張りで、この離れに来る時通った中庭が見渡せる。
 枯山水に石灯籠が灯り、幽玄の美を醸し出している…のだが、かなり怖いのも正直な気持ちだ。
 俺は心持ち早足でトイレに着くと、さっさと用を足すことにした。
 用を済ませて手を洗いながら、ふと小窓を見る。そこからも中庭の様子が見えるのだが、俺は次の瞬間、体が凍り付いてしまった。

…誰かいる?!

 庭の中央から少し離れた松と岩の陰になっているところに、ぼんやり人影が立っていた。
大河内か?
 俺は目を凝らした。
 下駄を履いている。それも、高下駄。そして格好はマオカラーでも浴衣でもない。白っぽい、時代劇の侍が着ているような古風な袴。視線を上に移していくと、真っ赤な顔面が石灯籠の灯りに浮かび上がった。
 その鼻は巨大で、真横に長い。艶々とした光沢まで放っている。

 なんだ、あれ…

 しかしその姿は、俺が逡巡している間にふっと消えてしまった。
 なんだろう。あいつ。どこかで見たことあるよな。知り合いとかじゃなくて。何だっけ。子供の頃、絵本で見たような……ああ、あれだ。

「天狗だ」

 俺は呟いた。その途端に、足元から怒涛のような震えが昇ってきた。
 やばい。やばい。……ここ、絶対にやばい!!!!
「わああああああああああ。黒木さーーーーーーん!!!!」
 俺は駆け出した。
 廊下を疾走し、部屋の襖を開く。
「くくくく、黒木さん。天狗!!天狗が居た!!!……って、あれ?」
 しかし、部屋はもぬけの空だった。布団も消えていた。
「黒木さん?」
 部屋、間違えた?俺は壁に手を伸ばし、灯りをつけようとした。スイッチに触れようとした手を誰かが背後から握る。
 振り返った。
「ひ……!!!」
 
そこには天狗の巨大な鼻面があった。

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 真夜中に、俺の絶叫が響き渡った…
 

※これは801小説です。