ペンションうらすぎは、見れば見るほど怪しさ爆発の内装だった。
 俺達はマオカラーに着替えた大河内の案内でロビーを突っ切り、中庭を横切る渡り廊下の向こう、和室が並ぶ棟に向かった。歩きながら注意を払ってみたが、相変わらず従業員の気配は微塵もない。
 それよりもだ。
 来た時は気がつかなかったが、無駄に派手なシャンデリアのついたロビーの暖炉の上には、水晶の髑髏が笑い。壁には角を生やした鹿の首が所狭しと掛けられ。五人掛けの大きなソファーの置かれたマットはどう見ても本物の虎の毛皮。
 ちょっと風変わりな足掛け椅子があるかと思えば、象の足首にシマウマの皮を張ったそれは本気でやばいだろうっていう一品。……俺は結局、自分の心臓をいたわるためにそれ以上は何も見なかった。

 そして今夜泊まる部屋にいよいよ通されたのだが、入ってみるとそこはそれまでの猟奇趣味な本館と違って、何ということはない、ちょっと高級感が感じられる程度の、純正な和室だった。綺麗な八畳間の中央に杉の座卓が置かれ、食事の膳が用意してあった。
「ささ。お二人とも寛いで。どうぞ遠慮なく召し上がってください」
 さっきの亀甲縛りの興奮が抜けないらしい大河内が頬を染めたまま、席をすすめる。けれども…
「なんか…凄すぎるんですけど」
 俺は木製の座椅子に腰を落ち着けたものの、目の前の料理に緊張してしまっていた。
 よくありがちな旅館の夕食────黒塗りの盆の上に刺身とか椀物、メロンなんかが載ってて、端に仲居さんが着火する小さい七輪なんかがあるようなの…とは、まるっきり違う。
 皿はすべて重厚感のある砂色や、光沢のある瑠璃色の焼き物。その個性豊かなひとつひとつに、削った氷の山に盛られたり、金箔に包まれていたり、季節の花に飾られていたりと、彩り豊かな創作料理が盛り付けられているわけだ。
 こんなの俺、生まれてこの方食べたことないよ…というか、肉眼で見たことすら……。
 差し向かいの黒木も、寝ぼけ眼でそれなりに驚いているようだった。
 というよりだ。ぶっちゃけ、こんなクソ高そうな料理に対して俺は金を持っていない。
 黒木は違うけどな。何せ、十五万円持ってるから。
「あの…ここまでして貰って何なんですけど……俺、そんなに持ち合わせが」
 俺は生唾を飲み込んで、大河内に言った。すると大河内はぶんぶん首を横に振った。
「そんなっ、とんでもない!勿論タダですよ!!これは私の気持ちですから。お二人をおもてなししたいというだけです。どうぞ遠慮なく────村の杜氏が作った吟醸もありますで」
 そう言って、傍らから一升瓶を取り出す。和紙に包まれた、これまた高そうな酒だ。
「素晴らしいですねえ」
「でしょう?!」
 黒木の言葉に大河内は過剰に喜び、早速、酒を冷やす準備をすると言って部屋からさがっていった。
「それでは、お先にいただいておきましょうか」
 漆塗りの箸を手にする黒木に対し、俺はまだ躊躇していた。
「ていうかさ。─────誰が作ったんだよ、これ。あのオッサンと俺達以外、誰も居ない場所で、ここまでの料理を作るなんて。絶対、他にも誰か居るはずだ。でも、何で姿を見せない?」
「はずかしがり屋のコックさんなんでしょう」
「それを言うなら板前だ!…はぁ。もう…」
 氷の山に盛られた刺身を嬉々として食らう黒木を見て、俺は深く考えるのをやめることにした。いいさ。何かあったら、守ってもらうさ。
「……頼んだからな」
 黒木は、何がですかぁ、と聞き返したが、俺は箸を取り何気に口に運んだ山菜のあまりの旨さについ意識が飛んでしまった。「うま…!」
 な、なんだこれ?こりこりとした食感に、山菜独特の野生味が面白く、味付けはまったりとしていながら、しつこくなく。どこかで聞いたフレーズだが、俺は字のごとくとりつかれたようにあらゆる皿に箸をのばし、珍味の感動ラッシュを浴びた。どれも旨い。マジで旨い。半端ない。

「お待たせしましたぁ〜〜」
 襖を開け、木桶に氷を入れ、一升瓶をボトルクーラーのように冷やしたのを持って、大河内が再び現れた。
「待ってました〜」
 見るなり大はしゃぎになった黒木は早速吟醸“うらすぎ”を大河内に注がせ、一杯目を飲み干した。
「─────たまりませんねぇ」
「でしょう?」
目を輝かせる大河内に、黒木は猪口がわりに出されたバカラのショットグラスを大河内に渡し、返杯する。
「おっとっと」
「ささ、ぐいっと」
「かたじけない。では────」