恐怖を感じたが、寝台の幕を開いた。
『う───』
 思わず喉から声が漏れた。柳が、エンデニールの身体に根をはり、天蓋にまで幹を伸ばして長い枝を降らせている。包帯の乱れたエンデニールの顔は蝋のように白く、傷は木の洞のように干からびている。その上に、金色の粉のような花が降り注いでいるのだった。
『エンデニール!』
 ハザは叫んだ。エンデニールの方へ手を伸ばす。すると恐ろしい速さで、何かが腕に巻きついた。柳の枝だった。枝は次々にハザの身体に巻きついてきた。まるでエンデニールに触れることを拒むように、枝は寝台からハザを引きずりはじめた。
『く…』
 ハザは短剣を握り締め、力を込めて振り下ろした。腕に巻きついた枝の束は簡単に切れた。しかし。
 切り口から勢い良く、赤い鮮血が迸った。血は床を濡らし、切られた枝は床にばさりと倒れた。
『!!』
 ハザが思わず身を引くと、全身の枝が離れる。床に落ちた枝を見た。しゃがみ込んで、手に取る。
 血は、人間の血そのものだった。
(これは───)
『───ハザ!!』
 その時扉が開いて、血相を変えたサラフィナスが駆け込んできた。
『サラフィナス。これは一体……エンデニールが』
『今すぐこの部屋を出ろ。柳に触れてはいかん』
『これは何なんだ?エンデニールはどうなった』
『恐れていたことが起こったのだ』
 サラフィナスは普段の態度とはまるで違う強引さでハザの腕を引き、部屋の外へ連れ出すと、エンデニールの部屋の扉を閉め切った。
『説明しろ』
 今度は逆転して、掴みかかる勢いでハザはサラフィナスに詰め寄った。
『………以前、エンデニール殿が話していた。柳森は、もとは柳の精霊のものだった。エンデニール殿が契約を交わし、精霊はエンデニール殿に仕え力を与え、そしてエンデニール殿は精霊に対して肉体を与えた。つまり、片方が滅びる時があれば、片方も滅びるのだと』
『どういうことだ』
『柳森はエンデニール殿の死を察したのだろう。そして共倒れを防ごうとして…エンデニール殿と物理的な同化をはかった』
『では……あの血は、俺が斬った枝は』
『既にエンデニール殿と一体化した組織だったのだ』
 ハザの血相が変わり、扉に向かった。しかしそれをサラフィナスが羽交い絞めにする。
『離せ!!』
『いかん!聞け。お前は今の行為で敵とみなされている可能性がある。近付けば、柳はお前に対し攻撃するだろう。しかしお前が刃を向ければ、傷付くのは、エンデニール殿だ』
『………』
 ハザは項垂れ、扉に両手を突いた。
『どうすればいい…』
『…少なくとも、エンデニール殿が死亡する可能性はこれでなくなった』
『だが、それでは……!』
 エンデニールはもうエルフとして生きられないではないか。植物と繋がって、命だけが続いていくのか。
 二度と、あの翡翠の瞳を見ることも、声を聞くことも、叶わないのか。
『畜生……』
 ハザは憤りを込めるように歯を噛み締めた。両の拳も固く握られ、震えていた。
(俺が望んだ結果は、これではない。────断じて)