セヴェリエの心の中に、嫌悪に似た、馴染みのない感覚が拡がり始め、こらえようと唇を噛み締めた。
『しかし、もはや護ってやることはできなくなった。まもなく、大勢の軍隊がここを目指してやってくる。…あちこちの土地を滅ぼし、弱いものから平気で略奪する卑劣な連中だ。この刃の丘に、財宝が隠されていると信じ込んで、やって来る。』
セヴェリエは驚き、思わず顔を見上げた。
マキュージオの瞳に、深い悲しみが浮かんでいる。
『奴らにここが見つかれば、おそらく皆殺しに合うだろう。……今のわたしの力では、その前に、そなただけ連れて、遠くへ逃がしてやることしかできない』
『………』
いつのまにか、マキュージオの両手は、セヴェリエの肩に置かれていた。
『わたしは、そなたを死なせたくない。そなたが望めば、夜明けを待たずに旅立とう。』
両手が、肩から離れた。そこには先程の、脅威に満ちたマキュージオの姿はなかった。騎士としての誇りと礼節を重んじながら、セヴェリエに対する深い思いを、かたむけていた。
ところが一方のセヴェリエは、先程自分にふるわれた行為を忌々しく思い出し、その感情を持て余していた。
神に仕える修道士としての体面を汚されたと、思い込み始めていた。 蛮族が攻めてくるというマキュージオの話に、嘘いつわりは感じられなかったが、男に生まれた自分に、同じ男であるマキュージオが、なぜこんなことをするのか、セヴェリエにはどうしても理解できなかった。
マキュージオは、セヴェリエのそんな複雑な表情から答えを導き出そうと、セヴェリエの手をとろうとした。
『さあ、まいろう』
しかしセヴェリエは、マキュージオの手をはねのけた。あまりのことに、マキュージオは絶句し、セヴェリエを呆然と見た。
セヴェリエもまた、咄嗟に自分がしてしまったことに、動転していた。
『なんと…』
マキュージオは、地の底からうめくように呟いた。
『わざわざこのような屈辱を受けずとも、わたしとて分別はわきまえている。』
拒否されたおのれの手を、じっと見つめながらマキュージオは言った。
『…わたしと逃げるより、この牢獄のような修道院で、蛮族に嬲り殺されて死ぬ道を選ぶか。』
その手を下ろし、握りしめる。セヴェリエは目を伏せた。
『いいだろう。……では、蛮族にくれてやる前に、このわたしに嬲られるがいい。どちらが先であれ、そなたが味わうのは同じ事。』
危機を悟り、セヴェリエの体は動いた。しかし残念ながら、逃げ道はなかった。 マキュージオの体はその数倍素早く動き、セヴェリエの体を寝台の上に投げ倒してしまったからだ。起き上がる隙も、与えられなかった。馬乗りにされ、足を押さえつけられた。 れからマキュージオは懐から短刀を抜くと、セヴェリエの喉元に突きつけた。
『抵抗することは考えないことだ。』
シャッ!と一瞬音がしたかと思うと、セヴェリエの着ている灰色の修道服が喉の下から腹の下まで一気に裂けた。首にかけたロザリオが跳ね上がる。セヴェリエが息を呑む暇もなく、マキュージオは修道服をさらに両手で引き裂き、左右の布の両端を、寝台の両脇に並んだ細い鉄柱に結びつけ、セヴェリエは両腕を頭の上で拘束される格好となった。 恐怖のあまり、セヴェリエの体は硬直した。今まで人前で、裸を晒したことなどなかった。それは、修道士の生活では、許されないことだった。セヴェリエの心をみるみる屈辱がむしばんでいく。そうしている間に、マキュージオは自らの黒いマントを脱いで放り投げ、身につけた武器や武具をその場に脱ぎ捨てていく。重い金属が、石の床に当たり、がちゃがちゃと音をせわしなく立てる。 上半身をすべて脱ぎ捨ててしまうと、無数の傷跡に覆われた裸身があらわれた。 切り傷が主なようだったが、矢傷や火傷のような跡もあり、完全に治癒せず、いまだに血をにじませている傷も多くあった。
おそろしさで、セヴェリエは思わず身をよじる。
(いやだ…!)
ようやく、言葉が出そうになった。が、その言葉を待たずに、マキュージオの唇が塞いでしまった。まるで水に溺れるかのように、それは意味をなさず、声になることもできず、沈んでいった。
無意識のうちに、セヴェリエは目を開けていた。体の感覚は、まるでそこに体がないように、朦朧としていたが、意識の霞が晴れていくにつれ、おぞましい現実と変わっていった。部屋は明るかった。が、それは朝の光ではなく、燃え続ける暖炉の炎のせいだった。 セヴェリエの両手の戒めは解かれていたが、横たわる体の背後からマキュージオの体が包み込んで抱くように、折り重なっていた。
マキュージオは、眠っていた。
セヴェリエの耳元に、寝息がかかってくる。おそるおそる、視線を後ろへやると、汗でもつれた黒髪を額にはりつけた、マキュージオの顔があった。
あの後起きたことを、セヴェリエは思い出したくなかった。
マキュージオは残忍な笑いを浮かべながら、セヴェリエを陵辱した。