───鬱蒼と生い茂る木々の間を、奇妙な鳴き声の鳥がはばたいていく。
 セヴェリエは、夜明けが近いのを感じ取った。
 ここは東の荒野から遠く離れた、南の地のとある森だった。
 一晩かけて馬を走らせ、ゾルグとセヴェリエの二人は朝日が昇る頃南の地を踏み、そのまま休むことなく谷を目指したのだったが、目的地は思った以上に遠く、日が暮れる前に挫け、その場で野宿することになった。
 南の地とはいえ、季節は冬。テントはあったが、容赦のない寒さの中での野宿はこたえた。しかし疲労と眠気に散々鞭打たれた体を横たえると、それらがとたんに鉛のような重さになってのし掛かり、指一本動かすことさえ、躊躇わせた。
 セヴェリエとゾルグは、焚き火を挟んで、背中を向け合い、横になっていた。
 互いに、無言であった。
 疲労のせいでもあったが、東の荒野で起こったことの余波が、今になって二人の間に重々しいものをもたらしていた。
 もとよりセヴェリエの口は、沈黙の誓いによって言葉を禁じられていたが、一方のゾルグも、道中いっさい口を開くことはなかった。しかしそのうちにゾルグは眠りにつき、セヴェリエも、うとうとと眠気を感じはじめた。そこへ突然パチ、パチ、と焚き火が背後ではじけた。不意に、セヴェリエは眠気が醒めた。
『セヴェリエ』
 はっきりとした声が、背後で聞こえた。『セヴェリエ』
(ゾルグ?)
 セヴェリエは振り向いた。────しかし、ゾルグは相変わらず背を向けたまま、寝入っていた。
空耳か。そう疑ったとき、再度同じ声が、目の前で言った。
『セヴェリエ』
『────!!』
 セヴェリエは驚いた。声の主は、焚き火の────炎であった。
 そしてそれは見ている内にたちまちに───ゆらゆらと朱と金の色彩を渦巻きながら、人の姿を得ていった。
 それが大きく伸び上がり、天井にまで届く。そのころには、目が、鼻が、口がはっきりと人相をあらわしていた。
 その耳は先が鋭く尖り、毛髪は炎の形をそのまま残して燃えさかっている。
 セヴェリエは、恐怖で目を逸らすことも出来ずに硬直していた。
『お前は…何者だ?』
 震えながら、セヴェリエは言った。無意識に、言葉を発していた。
 すると炎の化身は、火の粉を纏いながら口を開いた。
『余はお前の新しい主だ。セヴェリエ』
 その声は、地底から響くようだった。
『あるじ…?────私の…私の主は神だけだ。おまえは』
『───悪魔。そう呼ぶ者もいる』
 血のように赤い目が、笑うように見開く。炎のせいで、あたりは朱色に染まっている。
 悪魔は、ゆっくりとセヴェリエに近づいてきた。
『去れ。私は神に仕える修道士だ』
 セヴェリエは叫び、後じさった。しかし悪魔は構わずセヴェリエの体に被さってきた。
『あああっ!』
 燃えるような熱が、全身を覆う。とてつもない重力がのし掛かり、手足の自由が奪われた。目の前に、悪魔の赤い目が迫っていた。
『ひぃ────ゾルグ!!助けてくれ、ゾルグ!!』
 セヴェリエは声を限りに叫んだ。
 しかし、隣のゾルグは、そこだけ空間が切り離されたかのように、静寂していた。セヴェリエは絶望した。
『無駄だ。…さあ、おとなしく身を渡せ。魂を余に捧げよ』
 火で体を炙られるような絶え間ない苦痛は、悪魔の愛撫であった。
『やめろ!やめろ!私は神の僕だ。悪魔などには決して屈しないぞ。私のすべては神の物だ!』
『ハハハ。お前が神の僕であるわけがない。…このように卑猥で淫らなお前に、信仰など許されるものか!…今までどれほどの淫行を重ねたというのだ?幾度、男根をその尻に銜え込んだ?体の中に、男の精を流し込まれたのは幾度だ?』
『やめろ!やめろ!やめろ、やめろ…』
 耳を塞ぎたくなるような悪魔の言葉で、セヴェリエを激しい羞恥が襲った。
『その度にお前の体は歓喜したのではないか?────脈打つ逞しい男根を銜え、その快楽に喜んで締め付けたのであろう?汁にまみれ、血に染まりながら収縮をくり返し…己の根元さえ勃たせ…突かれながら精を放つ感覚に、あられもない声をあげながら果てたのではないか?…厭らしい、汚らわしい、呪われたからだだ。お前は聖人ではない、淫魔だ。我々と同類だ』
『黙れ!黙れ!!…私は…私は────んっ!んく…ぅ』
 悪魔が、唇を重ねてきた。口腔に、長くぶあつい肉感が、熱とともに入り込んでくる。
 息苦しさにむせ返るが、同時に体の芯が震えるような快楽が巻き起こる。
『……あぁ』
 セヴェリエの唇から切なげな喘ぎが漏れると、悪魔は愉快そうに笑った。
『セヴェリエ。お前は可愛い余の僕だ。お前の浅ましい肉体と魂は、これからゆっくり味わっていくとしよう。…さあ、まずは受け取るがいい。余の精を』
『ぁああっ!!』
 セヴェリエの全身は一瞬にして紅蓮の炎に包まれた。熱と痛みが骨まで犯したかと思うと、両足が開かれ、片足が限界ま で持ち上げられた。そして、体が引き裂かれるような激痛が走った。泥のような熱塊が、下半身から体の芯を一気に流れ込み、セヴェリエは、絶叫しながら、気を失った。
樹海の魔