エンデニールがゾルグとセヴェリエに向き直って囁いた。
『…受け入れられたようだ。良かったな』
…セヴェリエとゾルグの二人が旅を始め、ひと月が過ぎようとしていたが、こんな奇妙な環境は初めてだった。
ハザという少年は、ここにいる山賊の首領だということはわかったが、極端な無口で、粗野な性分のようだった。手下の少年達はハザに服従し、いくら大騒ぎしようと、ハザが口を開くときだけは静まった。
セヴェリエ達はエンデニールと共に、彼らと同じ食卓を囲み、干した果物やパン、巨大なチーズのかたまりと、ウサギ肉と野鳥の肉を茸とごった煮にした大鍋からめいめいの手でよそう食事を摂った。
酒は葡萄酒であり、海市館の地下倉庫に保管されてきたものらしい。ゾルグ達二人は、ゾルグだけが口をつけたが、それは今まで味わったことがないような芳醇な味わいと複雑な酸味をもった逸品だった。
エンデニールはその隣で静かに葡萄酒を飲んでいたが、ふと杯を置くと、パイプを取り出した。立ち上がり、暖炉のそばに寄って火を点けようとしたその時、ハザが声を上げた。
『エンデニール』
食卓が静まりかえる。
『パイプはよせ。臭くてたまらん』
エンデニールは、口元に笑いを浮かべ、パイプをしまった。
『では書斎に戻る。客人のベッドを頼んだぞ』
エンデニールは食堂から姿を消した。途端に、馬鹿騒ぎが再開した。
セヴェリエとゾルグは、ハザの手下から別々の寝室を用意された。案内の少年はすぐにまた食堂に戻っていき、セヴェリエとゾルグは部屋の前に取り残された。
ゾルグの目は、セヴェリエを見ていた。
しかしセヴェリエは顔を逸らしたまま、自分の寝室へ入った。───ゾルグの顔を見るのが、恐ろしかった。
中へはいると広々とした部屋の中は、既に暖炉が燃えていた。大きな寝台があり、近づいていくと、その傍らにあるテーブルの上に、羊皮紙が置いてあるのに気づいた。そこには、短い文章が書いてあった。
“過去が知りたければ、三階の書斎へ” ──────エンデニール・リンク
セヴェリエは、音を立てないようにそっと部屋の戸を開けた。ゾルグの姿はなかった。部屋に入ったらしい。そして、やはり静かに廊下へ出ると、食堂の前を横切った。
山賊達はどうやら去ったらしく、しんと静まりかえっている。そして中央の階段を昇り、二階、三階へと昇った。
三階に本棚はなく、ただの壁が拡がっていたが、階段を上がってすぐ目に入った正面の扉を開けると、そこは大判の図鑑の類が山のように積み上げられ、足の踏み場もないほどになっていた。
───ここが書斎だろうか?
セヴェリエは、本の山を崩さないよう、慎重に奥へ進んだ。天井近くに点在する燭台の、朧気な灯りだけが頼りだった。壁際までくると、本で死角となっていた奥のほうに、灯りがもれているのが目に入った。どうやら、別に部屋があるらしい。セヴェリエは壁伝いに移動した。途中から、本の巨大な山に阻まれ、それを避けるため、腰を屈め、這いずるように移動した。
部屋に近づくに連れ、そこから人の声が聞こえてきた。エンデニールのようだったが、もう1人、だれか居る気配だった。
────ガタン!!
突然、大きな音がして、セヴェリエは驚愕した。咄嗟に身を縮め、息を止める。音に紛れ、悲鳴が聞こえた。
セヴェリエは、おそるおそる体を移動させ、壁に身をはりつけたまま、隣の部屋への入り口から中を覗き込んだ。
『…っ、────…あ、…!』
目に飛び込んできたのは、書斎の机の上で男に抱かれる、エンデニールの姿だった。
先程の音は、そのはずみで椅子が倒れたものだったようだ。
エンデニールは、机の上に腰を乗せられ抱えられるように相手の男から突き上げられている。
長い髪が顔を覆い、表情はわからないが、唇を噛み締めているのか、必死で声を堪えているようだった。相手の男は、赤い髪を振り乱し、エンデニールの腿を持ち上げ、速い調子で突き上げている。
あの山賊の首領であることはすぐに気付いた。
『声を出せ』
そう命じ、エンデニールの両足を抱え机の上に倒し、抱えた足をその肩に乗せて、責める。
『…ん、あ、あああっ!』
弾けるような悲鳴。先ほど接した、無気力な風貌からは想像もつかない姿だった。
指で口を閉じないようにされているのか、声がくぐもっている。ハザの腰の動きが、徐々にエンデニールの中の弱点を刺激して、持ち上げられた裸足の足のつま先が、不自然なほどに開いて痙攣する。
組み敷かれた呻きの中に、深い溜息が混ざる。
ハザの動きは、鋭く攻撃的だったが、次第に快楽を掻き回すような動きに変わっていった。しかしエンデニールの動きが緩慢になるやいなや、とっさに深い突きを入れられる。
エンデニールが高い悲鳴を上げると、それが合図のようにまだ激しく腰を振り出した。
『は、ぁ、…も、もう……───あ、あ!あ、…は、ハザ!止せ。やめろ』
喘ぎながら、エンデニールは抵抗した。足がハザの肩からずり落ちる。が、すかさず腰を掴まれ、さらに密着は深まった。
ハザの動きは痙攣したように早まる。エンデニールの抵抗など目に入らない様子だった。そして───
『やっ…めろ……だすな……っ、─────』
最後は両手首をハザに掴まれ、エンデニールは精を流し込まれた。
ハザの筋肉で盛り上がった肩が大きく上下に揺れ、荒い呼吸が続く。
セヴェリエはその信じがたい光景から、目を離すことができなかった。
白濁を体内に受けながら小刻みにわななき続けるエンデニールの白い脚。
それをハザの浅黒い手が撫でていく。尻から腿、そして脛。足先まで撫でると今度は逆に、上へと指先を滑らせる。
さっきまでの凶暴とは違い、愛でるような手つきだった。
見ている内、セヴェリエは己の呼吸とエンデニールの吐息とが、重なっていくような気がしてきた。
ハザは愛撫を続けながら、ふたたびエンデニールの上に覆い被さる。
しばらくの間じっとしていたが、体をひく。
肉の擦れあう音にひきずられ、呻き声があがった。
そのとたん、セヴェリエは我に返った。
握りしめた拳の内に、汗が滲んでいる。頬は紅潮し、目は潤んでいた。
この上なくおぞましい、男同士の激しい交わりを目にしながら、セヴェリエは興奮に煽られていた。
ふと気配がして、慌てて壁に身を隠した。
するとハザのものらしい足音が遠ざかり、やがて扉の閉まる音がした。
─────そっと逃げようとして身じろいだ時、足先にあった本の山が崩れたのは、油断であった。