非難の目を向けるセヴェリエをよそに、再びセヴェリエを背後から抱え、馬を走らせた。
 馬は今度は素直に前に進んだ。
『…ぅ!』
 鋭い痛みにセヴェリエは悲鳴を上げた。
 気が付くと、セヴェリエの上着の襟の袷からゾルグの手が侵入して裸の胸を撫で、右の乳首をひねり上げていた。慌てて引き剥がそうとその手首を掴む。が、その前にゾルグの指は、さらに強く乳首を抓った。
『あああああっ』
 堪えきれない痛みに、大きく叫びながらセヴェリエは前屈みに身を捩った。しかし、ゾルグの手は容赦ない。今度は指の腹で潰すように押さえつける。全身がひきつる思いで、セヴェリエは背後に目を向けた。
 ゾルグは、無表情だった。
 前を向いたまま、セヴェリエの反応など目に入らないようだった。
『…、め───ひ、ああぁっ!』
 もう片方の乳首も捻られた。そして同時に両方の乳首を、ちぎれんばかりに捻られる。声にならない悲鳴がセヴェリエの喉を上げた。そして、意識の底で馬が手放しで走らされていることに気が付く。
『お前が手綱を取れ』
 耳元で、ゾルグが囁いた。低く、絡みつくような声色。
『馬の視界を乱すと落ちるぞ』
 セヴェリエは足下を見て、息を呑んだ。地面は広々とした丘陵だったが、ところどころ崖のように切り立っている。進路が少しでも逸れれば、馬ごと落下するだろう。崖の高さは低いが、大けがは免れない。セヴェリエは身がすくんだが、手綱を取った。が、それでゾルグの行為がとどまるわけではなかった。乳首の先端を爪で引っ掻く。そして、摘み上げて限界まで引っ張る。次々と襲いかかる激痛に、セヴェリエは涙を流し、しゃくり上げ始めた。
 体が、熱い。快感によってではなく、痛みによって全身の血流が沸き立っているためだった。ゾルグの体が後ろからのし掛かってくる。そして、セヴェリエの耳たぶに歯を立てた。熱い息が、セヴェリエの首筋にかかる。怖気が背筋に走った。
────どうして…
 ふと、気が抜けた。手綱が緩んだ瞬間、馬の足が迷うように地を蹴った。馬上の二人の体が大きく揺らいだ。セヴェリエは手綱から両手を離し、体が傾いた。
 するとゾルグの両手が伸び、手綱を素早く引いた。
 反動でセヴェリエの体は再び馬上に戻った。それをゾルグの手が押さえる。馬が足を止めた。セヴェリエの背中から、ゾルグの体が離れた。恐る恐る、セヴェリエは振り返った。青ざめ、しかし額から滝のように汗を流すゾルグが、セヴェリエを見ていた。両腕は手綱を辛うじて握ったまま、だらりと下げられ、心なしか震えているように見えた。
 セヴェリエは、思わず目を伏せた。
『────────…すまん』
 後ろから、呻くようにゾルグが言った。セヴェリエは、前を見上げた。
…まるで城門の柱のような柳の大木の群れが、二人を見下ろしていた。
暗くなりかけた辺りを、薄い絹のような霧が漂っている。そこが、柳森の入り口だった。

 そこは、セヴェリエは勿論、ゾルグすら初めて見る森の姿だった。
森の中は柳の木だけではなかったが、ところどころに───森全体を建造物と見立てれば、その屋根を支える支柱のように、柳の巨木がそびえていた。その様は、セヴェリエが育った北の山のセコイアの姿を連想させた。森全体が、荘厳な雰囲気を醸し出していた。二人は馬から降り、徒歩で森をまっすぐ進んだ。というよりは、柳の大木の列が、まっすぐ先を導いていたのである。その先に、城があるのは明白だった。しばらく進むと、正面に瀟洒な館が見えてきた。
 南の地の民は、原始的な生活を営む特別な種族である────これが、国内の南の地に対する大方の見解だった。かつて南を治めていたオエセル家が急激な近代化を嫌い、深い思慮と知の探求に傾倒するあまりに他の土地を倦厭したため、他の土地との交流がほとんど少なかったせいである。
 実際は、独特の体系の文化が根付き、魔術の研究が専門的に行われた地であった。そしてこの柳森は、南の地に点在していた数ある城の中でも、魔術に長けた一族が棲むと言われ、ひそかに恐れられていた。
…ここに、ロボスの仲間がいるのか。ロボスは一介の民兵でありながら、王家の人間と通じていたのだろうか。
 疑問が残ったが、かくしてセヴェリエとゾルグは館の扉の前に立った。
 すると、扉は内側からひとりでに開いた。中から、柔らかい光が出迎えた。その光に導かれるように、ゾルグが先に進む。
 中へ進んだ途端、溜息が漏れた。広々とした室内の壁一面に書物がびっしりと並び、それが天井まで続いていた。さらによく見回せば、吹き抜けの館内は三階建てであり、ところどころに上り下りの為の通路や螺旋階段が設けられていた。
そして、それらは思わず見とれてしまうほどの見事な彫刻が施されていた。
 二人は暫しの間、周囲に見とれていた。
樹海の魔