───ゾルグ!!
 その声で、ゾルグは一気に目を覚ました。眼を開け、見回すと、寝室のドアが開け放たれ、そこにハザが立っていた。
 ゾルグは、俯せに横たわっていた寝台から起き上がった。
『よう』
 ハザは三白眼を細めて言った。
『ロボスの事を教えてやる。…ついて来な』

 ゾルグがハザに連れられ海市館を出ると、そこには館の食堂で会った山賊達が待っていた。───トロス、ブレイム、シンディエ、そしてカイエスとジヴラールの双子の兄弟。簡単に紹介されると、一行は徒歩で森を進みだした。
『セヴェリエは』
 ゾルグが見回して声を掛けると、傍らを歩くシンディエが答えた。
『エンデニールが相手してるから、大丈夫さ』
 好奇心の強そうな眼で、ゾルグを見上げる。先頭を歩くハザを見れば、背を向けたままこちらには一切関知しない様子だった。他の連中も松明を片手に、周囲を警戒しながら歩みを進めており、誰も口を開く者はいなかった。
『どこへ向かっているんだ?』
 柳森を南東へ抜け、さらに深い森の獣道へ入りながらゾルグは小声でシンディエに尋ねた。南の谷であることは間違いなかったが、海市館からはだいぶ離れた場所である。原始的な植物の、ねじくれた枝が行く手を阻み、それを剣で薙ぎ払いながら進む。
『苔穴さ』
 シンディエは答えた。
『苔穴?』
『行けば、わかるよ』
 道は次第に下りに代わり、草木に変わってごろごろした岩の転がる地面が姿を現した。
『足下に気をつけな』
  シンディエが声をかけた。
 一行はやがて、岩肌に、巨大な洞穴が口を開けている前に辿り着いた。入り口の両側に巨大な松明が建っており、岩肌に生えた樹木や蔓草を不気味に照らしている。近づくと、その内部は、柔らかな深緑の苔に覆われていた。
『…ここか』
 ゾルグは呟き、一行の後に続いた。
 洞穴の中は細い通路になっていた。壁面には点々と、松明が灯されている。
 突き当たりにはやはり巨大な閂の扉があり、その前で門番が待ちかまえていた。
 錆び付いた鉄兜を被った、初老の男だった。
『───なんじゃ?お前達。…そいつは』
 あからさまな眼を向けられ、ゾルグは身構えた。
『エンデニールの客人だ。ボルカスに会わせる』
 ハザは言うと、老人を押しのけ、扉を開けた。老人は敵意のこもった眼を向けていたが、ゾルグはハザ達の後に続いた。
一歩、中に踏み入れる。最初に出迎えたのは、室内の明るさと、人のざわめき、それから異臭の混じった空気だった。
『なんだ、ここは…』
 呻きながら、その光景を見渡す。天井は驚くほど高く、また広さも途方もない。
 どうやら太古につくられた、聖オリビエの隠された礼拝堂のようだった。聖オリビエが救世主に出会い、改心し、やがて世界にその教えを伝えていく伝導の様子が、天井一面に描かれている。至る所に、虫食い穴のような穴が点在しているのは、外気をとりいれる通風口なのだろう。 そして───壁の隅や支柱の陰に、沢山の人々が蠢いていた。
 座り込み、あるいはうずくまり、横たわっている。殆どが老人や女子供、病人・けが人のようだった。
『…皆、リラダンの反乱で都を追われた難民達だ。いまだに東の地へ帰れず、南の土地にも受け入れられず、ここに留まっている』
 ハザが苦々しい表情で告げた。
そして一行は難民の群れの中を通り、彼らの詰め所らしい小部屋に入った。苔穴の壁面に、同様の扉が並んでいる所を見ると、案外昔は修道士や尼僧たちの寝所であったのかもしれない。 岩壁の狭い室内に入ると暖炉が燃えており、大きなテーブルの上には武器や食器などが散乱していた。ハザは、暖炉の火にかけていた鉄瓶を取り上げ、テーブルの上のポットへ熱湯を注いだ。熱い湯気と、薬草の香りが立ちのぼる。それを、かたわらの素焼きのタンブラーに満たすと、ゾルグに差し出した。
苔穴の山賊たち