『全員で待ちかまえて、俺達をボルカスもろとも殺す気だ。そうに違いない』
 トロスの言葉に、全員が同意の表情だった。が、そこでハザが口を開く。
『連中にその気があれば、とっくの昔にやっている。…よくわからんが、風向きが変わったのだろう。しかし念のため、こちらも準備していこう───おい、あんた』
 ハザはゾルグの方を向いた。
『最初と趣向は変わったが、ボルカスに会わせてやる。ただ、俺達もあんたのことをゆっくり紹介できないかもしれん。それでもいいか』
 ゾルグは、頷いた。体の隅で、血が沸き立ってくる気がした。ハザはちらりと、ゾルグの出で立ちを見た。
『それでは心細いな。あんた、武器は使えるんだろう。剣でも弓でも、俺達の武器を貸してやる。何が欲しい』
 ハザの仲間達は、既に動き出していた。それを見送りながら、ゾルグは言った。
『何でもあるのか』
『望みのままに』
『では、槍を』
 ハザの顔が、にやりと歪んだ。

 南の樹海の中に、王家の墓地があることは知られていた。この国の、歴代の王だけが眠る巨大な墓である。
 ゾルグはハザ達について、その“王の墓”を目指して樹海を歩いた。
 その道中、ボルカスのことを尋ねた。
 ボルカスは東軍の騎士だったが、大戦中は都に居た。その最中にリラダンの反乱が起こり、彼は他の騎士らと混乱から王族たちを率いて都を離れ、南の地へ向かった。
 内戦にて東軍の敗戦後は、同じように戦場に留まった兵士達と、身動きのたやすくない女子供・老人らの難民を保護し避難させ、その後、南の地と和平の交渉に踏み込み、ようやく、例の──────苔穴での滞在を認めさせた。
 しかし、あのような環境で生活がいつまでも成り立つはずはなく、今もなお南の地に、自分たちが安住できる生活環境を求めて、交渉しているのだという。
 そして。その交渉を続ける一方、ボルカスは密かに、南の樹海を越えた外つ国、隣国ダーイェンと通じていた。
『どういうことだ』
 鬱蒼と繁る腐れ木の森を抜けながら、ゾルグは声を上げた。
 ハザが大きな背中越しに振り返り、その声を咎めるように睨む。
『反乱だ。リラダンから、俺達のドリゴンを奪い返す』
 ゾルグの隣を歩くヨルンが答えた。背には大剣を背負っている。
驚くべき事にボルカスは、国の方々に散った東の軍の有志を集め反乱軍を結成、隣国ダーイェンを経由し、海から東の都を攻めようとしていた。その数、千人を超えるという。ハザ達のような少年兵も多いようだが、それでも、今の時世では立派な軍隊だといえた。
 現在はすでに兵の半数以上がダーイェンに渡っており、残りの兵士も続々と集まっている、ということだった。ハザに言わせれば、あとはボルカスが合流するだけで、計画は実行段階だという。
『なんと…信じられん』
 ゾルグは呻いた。
『それにしても…ダーイェンがよく、応じたものだ』
 ダーイェンといえば、列国の中では最も大国で単一民族のアルヴァロンとは違い、他民族国家であった。
 その気になれば、アルヴァロンなど一日足らずで征服してしまうほどの勢力である。
 アルヴァロンとの関係は、これまで特に友好的でも、攻撃的でもなかったが、アルヴァロンの統治国家が崩壊した今は、状況が変わったのかもしれない。
『難民の中に、知識階級が居てな。そいつらとボルカスが行ってダーイェンにドリゴンの港を全面開放することを条件に出した。───ダーイェンの奴等はすぐ乗ってきたようだ。俺達が都を取り戻せば、奴等はひとつ港を手に入れられる。一刻も早く、王都奪還できるようにと俺達に船も貸すと進言してきた。だが…』
 そこで、思いも寄らない事態が起きた。
 ダーイェンとの会合の後、苔穴へ戻る途中、ボルカスが何者かによって身柄を拉致されたのだ。同行していたハザ、グレイ、ヨルンも拘束された。
『…連合軍の残党か』
『いいや。そいつらは───樹海のエルフだった』
『エルフ?』
『知らんのか?』
『…いるとは知っているが、会ったことはない。しかし、なぜ』
『わからん。奴等は人とは違うからな。…ボルカスを解放するのと引き替えに、俺達にこう言ったよ。───海市館のエルフ、エンデニール・リンクを陵辱してくれ、とね』
 ゾルグは眼を見開いた。エンデニールの正体がエルフ族であったことはもとより、その内容は、すさまじい衝撃に値するものだった。ハザ達を捕らえたエルフ達は、ハザ達が了承すると、魔法を無効にするミスリル銀の防具を授け、さらに拷問のためのミスリル縄を授けた。
 “できるだけ、酷く、無惨に、傷つけるのだ。情けはかけるな。四肢が無事なら、多少の傷も構わぬ。…肉体ではなく、心を引き裂くように。くれぐれも、決して殺さぬように”
 代表らしいエルフは、そう言ったという。
苔穴の山賊たち