『アルス…』
 暗闇に目を凝らす。耳を澄ます。けれども、何も感じなかった。冷や汗が、額を流れた。
 不安が襲ってくる。先程までののどかな風景が一転して、セヴェリエを闇の壁の中へ閉じ込めてしまった。
 するとふいに、セヴェリエの耳元に熱い吐息が吹きかけられた。
『─────!』
 身を翻したが、両手を掴まれ、そのまま椅子の上に押し倒される。
 胸と両膝の上に重圧がかけられ、息を詰まらせながら上を見上げた。アルスの顔が、闇に白く浮かんでいた。セヴェリエは息を呑んだ。
『……っ、でも、フェルマールは…死んだ……』
『そうだ。だがマキュージオの手によって、ではない。業星と言えどもあやつ一人の力ではフェルマールは倒せぬ。真にフェルマールを倒したのはリラダンだ。──────人間界に力を解放し、リラダンは己に驕った。より強い力の欲求に狂い、その心に人間の邪悪が吸い寄せられた。フェルマールを裏切った奴は強大な力を得、余の力までも凌駕していった。そして今なお、力を膨張させている……再生の為の破壊を必然とする、自然の摂理を歪める奴の支配がこの地をどこまで汚していくのか──────それはもはや余にもわからぬ』 
 セヴェリエの足の間に、凍るように冷たい指先が割り入ってきた。
『やめろ…』
布越しに触れているというのに、触れた部分の肌が熱を帯びる。その熱が体の芯まで届くいて、セヴェリエは首を仰け反らせた。頭の中が煮え立って、思考が絡まっていく。 セヴェリエは、縋るように祈った。
(神よ、私をお助けください。このままでは私は神を疑ってしまう……神よ、聖オリビエよ、どうか、私に踏みとどまる力をお授けください…!)
 しかしアルスの手はいつしかセヴェリエの衣服をはだけて、素肌をじかに撫で回した。闇の中でまさぐられると、無防備な体は異様なほどに反応を示す。抗う手は空気を掠め、セヴェリエは快感を暴かれてたちまち昇りつめていった。
『っ…!』
 引き攣る腿の内側を、不気味な汗が流れた。目を開けると、揺らぐ視界にアルスの顔があった。その唇が、セヴェリエの唇に近付くと、紙の薄さほどで静止した。
『お前に、余に残された力の全てを託そう。余と融合し、邪悪な力の氾濫を止めるのだ』
 そのまま降りてくる唇を、セヴェリエは恐怖と共に受け入れた。首の後ろに痺れるような快感が突き抜ける。中心を揺すりながら口づけられ、硬直していた肩の力が抜けていく。意識が、体のみだらな部分に底なし沼のように引き擦り込まれる。
『あぁ…っ、はぁ……っ』
 慟哭に似た喘ぎを吐いて、セヴェリエは精を放った。
 アルスの指先が杭の先端をなぞる。刺激を受け、迸りが繰り返される。
 セヴェリエは涙目で身を起こし、アルスの手を振り解こうとして、ふたたびその手を取られた。引き寄せられる力に抵抗しながら、言い放った。
『……お前の言いなりには…ならない。私を、ここから出せ』
『望まずとも、そうしてやろう。この幻の世界はいずれ滅びる。そして、余の存在はセヴェリエ、お前の限りある生命の中でゆらぎながら生き続ける』
 セヴェリエはアルスの腕の中に抱きしめられた。その瞬間、セヴェリエの目に閃光が走り、闇に包まれていた世界が照らされた。崩れ落ちた土壁。立ち枯れの木々。空は闇に包まれ、灰色の地面が虚無のようにどこまでも広がっている。
───これが、この世界の真実の姿。
『────ああああああああっ!!!』
 全身の感覚を遮断するように、中心に凄まじい衝撃が突き入れられた。粘膜が引き裂かれ、激痛がセヴェリエの半身を弓形に歪める。
『くっ…あ、あぁっ!あ、あああっ、あ!…は、あ、あ…ぁ』
 抜き差しが繰り返されるうち、下半身を緩やかな麻痺が覆った。体の内面が解かされて、擦り剥けた所から膿のような快楽が流れ出す。力の抜けたセヴェリエの体から、理性が消えていく。
 その潮流に溺れながら、セヴェリエは言葉を繰り出した。
『やめろ……めろ……私は、修道士として……神と、共に、生きていく…!』
『では神の名の下に、お前も殺戮と破壊の歴史に加担するか』
 深部にアルスの杭が突き刺さる。
『は…っ、く。───違う…っ』
『エーン・ソルフの血をひきながら、異教の神の僕となるか。欲に溺れ、自己の保存のために他の民族を冷酷に踏み躙る──アルヴァロンの民と同様に』
 違う、違う。セヴェリエは叫んだ。惑わされるな。これは、アルスの術だ。頭の奥で、繰り返し自分に言い聞かせる。
『私は……私は…』
 アルスの突きに骨が軋むほど体を揺さぶられながら、セヴェリエは必死で目を見開いた。
『ああっ────────!』
 信じ難い光景が拡がっていた。
 自分を抱いているアルスの背中越しに見える、赤い炎に照らされた世界。
 熱を感じないのは、それが幻である証拠だったが、その内容は、セヴェリエを混乱させた。 身を乗り出し、思わずその幻影に飛び込みたい衝動に駆られたが、アルスに組み敷かれ、体内に満ち溢れた快楽がセヴェリエの体を束縛した。
 そのために、セヴェリエは半狂乱になった。
エーン・ソルフ