─────────長老様!!
 炎の深紅に彩られた花崗岩の壁から、巨大なロザリオが燃え、崩れ落ちていった。その真下に、黒い僧服の人々が折り重なるように倒れ、少し離れた祭壇に寄りかかるように、修道院の長老が、倒れていた。その上に、天井が崩れ落ち、火の粉を降らせた。
『長老様!!!』
 セヴェリエは声に出して叫んだ。長老様が、皆が死んでいく。
(なぜだ)
 炎に包まれたその場所は、間違いなく刃の丘の修道院だった。しかし、この光景は真実なのか─────
 アルスの作り出した幻覚ではないのか?
 セヴェリエはアルスを見た。微笑を浮かべている。
『お前を逃がした後、長老はエーン・ソルフの民を匿ってきた罪を悔い、自害した。そしてその直後、他の修道士達も事実を知り、ジアコルド軍からの侵略を悲観して、後を追った。一切の秘密が外に漏れぬよう、石の扉を内側から閉ざし、体に香油を浴びて放火した』
 セヴェリエは絶望の涙を流した。聖オリビエ教では、自殺は大罪であった。
 彼等は地獄を自ら望んで、それを選んだのだった。
『セヴェリエ。お前が運命を決めなければ、この先お前に関わる者は同じ道を辿る』
 その言葉で、セヴェリエの脳裏にゾルグが浮かんだ。
 セヴェリエは兄弟のような感情を持っていた。───けれども、それはもはや崩れていた。アルスの言葉が真実ならば、それを誘引したのは、もしかしたらセヴェリエ自身の血のせいなのかもしれない。 
 アルヴァロンに滅ぼされた憎しみに満ちた血が。いくら信仰を唱えようと、拭うことの出来ない呪いが。
『余を受け入れよ。セヴェリエ』
 放心したセヴェリエに、アルスは再び杭を突き入れた。
『あ…っっ、はぁっ…っ』
 杭はセヴェリエの内部で小刻みに振動し、吐精を受けたような衝撃を与え始めた。それが何度も繰り返される。
 セヴェリエの視界は次第にぼやけ、アルスの表情が水面の波紋のように崩れて映った。
 アルスを受け止めている器官以外の、体の感覚が薄れていく。快楽だけが空間を占拠していく。
 最後の瞬間、セヴェリエは全身が砕かれるような衝撃と深い悲しみの底で、意識を失った。


 王の墓を目指すゾルグの一行は、無言で森の中を進んでいた。
 目的地が近くなったせいか、皆一様に緊張の面持ちである。ハザ、トロス、ヨルンの三人が先を歩き、その後をゾルグとグレイ、ブレイムが続く。彼等はこれから王の墓という、その名の通りアルヴァロン王家の祖先だけが眠る墓地に赴き、山賊達の頭目で現在は森のエルフの人質となっているボルカスの解放を迎えようとしていた。
『エルフ達は必ず攻撃を仕掛けてくる』
 確信を持ってヨルンは繰り返した。彼と相棒である弓使いのグレイは、エルフ達と対面した時の感触を振り返り、いつになく落ち着かない空気を読み取っていた。
『やりあえる相手なのか』
 ゾルグは思わずこぼした。エルフに対する知識は、ゾルグ自身皆無に近かったが、それでも彼らが魔法を使うことは知っていた。それを隣で聞いていたグレイが暢気な口調で、
『さあな。奴らは夜目がきくし、耳も鋭い。おまけに精霊を操る。得意の弓で先手を撃たれれば、勝ち目はないだろうが────』
 言いながら、ふと視線をゾルグを挟んだ反対側を歩くブレイムに向け、意味ありげに口元を歪めた。その時、ゾルグの靴底が道の枯れ木を踏み割った。ブレイムの手が素早くゾルグの手を掴む。
『───?!』
 思わずブレイムを見ると、静かに、というような仕草を送ってきた。
────がさっ
 先方で物音がした。空気が張り詰める。前方の三人は各自の武器に手を掛けていた。そして、ゾルグの右隣に居たグレイが、キリ…と弓弦を引く。ゾルグも携えた槍を握りなおした。しかし。
『待て』
 ハザの声が掛かり、全員の殺気が揺らいだ。
『どうした』
 グレイが弓を構えたまま、苛立たしそうに低い声で呟く。すると正面から藪を掻き分けて、人影が現れた。
『────あんたか』
 ハザの声色で、その人物が敵ではないと判断できた。全員の敵意が一斉に解かれる。
トロスが手にした松明で、その人の姿が初めて明らかになった。布と皮を縫い合わせたコートに丈夫な布の鞄を背負ったいでたちは、旅商のようでもあったが、手にした樫の杖からして、商人ではない。歳は中年にさしかかるくらいに見える。髪は短く刈り、口元に揃えた髭は気品があり、思慮深そうな眼をしていた。
 そこへトロスが口を挟む。
『サラフィナスだ。皆は隠者サラフィナスと呼んでいる』
エーン・ソルフ