セヴェリエが寝かされている部屋には、ジヴラールが一人で残っていた。扉を閉めながら、サラフィナスは言った。
『カイエスはどこだ?』
 ジヴラールの双子の兄、カイエスの姿が消えていた。ハザとシンディエに連れて来られたサラフィナスは、瀕死の重傷者を二人も前にして混乱したが、まず最初により容態の重いエンデニールを手当てし、次にセヴェリエを手当てし、先に状態の落ち着いたセヴェリエを別室へ移し、眠らせてからエンデニールの集中的な治療に取り掛かった。夜明け前から今までおよそ5時間近く、隣同士の部屋を行ったり来たりしていた。片方の部屋の治療をしている間は、エンデニールにはハザ、そしてセヴェリエにはカイエスとジヴラールを付き添わせていたのだった。
 しかし今、ジヴラールは一人でセヴェリエのベッドの横に座っていた。
『外の様子を見に行ったよ。もうじきシンディエ達が戻ると言って───エンデニールは?』
 サラフィナスは無言で表情を曇らせた。ジヴラールも、それ以上問う事はなかった。
 大きな窓から入ってくる日差しで、部屋の中は明るかった。サラフィナスは天蓋のついた寝台の上で、寝息を立てているセヴェリエを確認した。サラフィナスは寝台の傍へ寄ると、セヴェリエの脈を取った。それから、額にも手を当てた。
『熱は下がったようだな。目を覚ましたら、薬を飲ませよう』
 胸の上にかけられた毛布をどけると、包帯を巻いた傷の具合を見た。その目に、驚愕が走る。しかし、サラフィナスは無言で、何事もなかったかのように毛布を再びかけてやった。そしてジヴラールに振り返った。
『お前のほうの傷を見てやろう』
 ジヴラールの体も、打撲や軽い裂傷を受けていた。既に手当ては済んでいたが、肩の打撲に施した湿布が乾燥しているのを見て、サラフィナスは新しく取り替えることにした。
『この客人だが───』
 何気ない素振りで、サラフィナスは言った。
『どちらから参られたのだ?』
『さあ…?』
『そうか』
 サラフィナスは頷くと、作業に戻った。

 苔穴から海市館への移動は、ゾルグの他、山賊のシンディエ、トロス、ヨルン、グレイ、ブレイム、そしてボルカシアが加わった。一睡もせず闘いに臨んだというのに、少年達には疲労の影もなかった。ボルカシアの顔にも、それは見当たらなかった。
 絆、なのか。
 それぞれの眼差しを見て、ゾルグは思った。一つの目的が彼らを繋いでいる。そして今、大きな困難を共に乗り越えた。それが一層、心を強くし、その影響は肉体にまで及ぼしているのだった。気がつくと、ボルカシアが隣を歩いていた。
『どうかしたか』
『いや…』
 間近で急に問われ、ゾルグは思わず目を逸らした。ボルカシアは膝下まである長い上着に、軽い武装を付けていた。栗色の髪は編みこまれ、背中に流れている。強い意志を秘めた眉とその下の大きな瞳は、見詰められると全てを見透かされるような迫力があった。美しい顔をしているが、ロクサネや薔薇の乙女の女達とは全く違う。
『ロクサネの事だが』
 先を歩く少年達へ目を送りながら、ボルカシアは切り出した。
『会ったのは、いつ?どこでだ』
『………三日前だ。東の荒野で』
『あんな所でか?一体何の目的で』
『東の都へ行こうとしていた。そして薔薇の乙女は、北の地でジアコルド軍と合流すると』
『ジアコルドが……』
 ボルカシアは呟くと、思いを巡らせるように暫く沈黙した。
『野武士の大将が何を企んでいるのやら……国土を荒らすことばかりに夢中になって、主君への忠誠も忘れたらしい……しかしなぜ、荒野へなど?』
『海市館に残っている俺の連れを、都へ送り届けるつもりだった。事情を知っていれば、近付く事もなかったが』
 国家が滅びて以来、かつてのアルヴァロンの地の情報網はあちこちで途絶えていた。
『何者なのだ』
『北の地の、修道士だ。ジアコルド軍の侵攻を避けるために連れ出した』
『………修道士。ヌールに聖オリビエの修道院がまだ残っていたとはな。───しかし残念だが、ドリゴンの大聖堂はリラダンに焼かれてしまった。数十あった修道院も全て、だ。何百人もの修道士を巻き添えにな』
 ゾルグは驚き、思わず立ち止まっていた。ボルカシアは悲痛な表情を浮かべていた。
『………そんな……』
『連れて行っても、そこに信仰の門は無い』
 ボルカシアは暗い声で言うと、歩き出した。
 ゾルグの中が揺らぐ。ボルカシア達と共に、明日、ダーイェンに行く。そればかりを決心し、セヴェリエのことを忘れていた。セヴェリエも、ダーイェンに連れて行くべきなのか。しかし東の都に辿り着いても、彼の将来は…
 セヴェリエ自身の意志は、どうなのだろうか。
 沈黙の誓いを立てた彼から、それを聞き出すにはどうすれば良いのか、考えあぐねた。
 ゾルグは再び歩き出した。
別離