「あのさ」
 哀愁を込めて僕が言い終わると、御陵くんがやけに乾いた声で言いました。
「あと、もう一つ黙ってたんだけど」
「な、……何?」
「これ」
 と、腰の後ろに片手を回して、何かを取り上げます。
「それ…」
 まるでレーシングカーのように食玩シールその他を貼られ、花札と七福神の熊手に血涙を流す髑髏のストラップがついた、黒の携帯電話でした。流石、御陵くんのセンスはいつも抜群です。いや、そんなところに関心している場合ではありません。その携帯は、何故なら…
「お前の。オレが持ってたんだ。…返す」
「………」
「もしかして…気付いてた?」
 目の前に差し出された携帯を見ても、僕は手を出さずに茫然としていました。…僕の携帯を、御陵くんが持っていた。今まで、ずっと…?そうだったんだ……なんだか嬉しい……
 御陵くんと一緒に暮らし始めて、僕は自分の携帯電話を紛失しました。その時は丁度仕事が立て込んでいて、ろくに探さずに新しい携帯を購入したのでしたが…そこで番号まで変更するつもりはなかったんです。しかし、偶然入った携帯ショップの店員に、僕の番号と数秘学の因縁を突然説かれ、その番号は不吉だと、わけのわからぬまま、番号変更を余儀なくされたのでした。おかしな店員のせいで、紛失届けも忘れて今日まで来てしまいましたが、それを後悔することはなかったんだ、とたった今、気付きました。
「黒木?…」
 御陵くんの顔色が不安そうです。僕が怒っていると思ったのでしょう。僕は震えていました。これは本当に僕にとって思いがけない事実発覚でした。どんな障害も、僕達の邪魔はできない、という1つの証明ではないでしょうか?……やっぱり。やっぱり御陵くんは僕の運命の人なんです。
「御陵くん。やっぱり…」
 
 その時でした。
 僕の背後で、大きな音がして、御陵くんの視線がとっさに僕からその音の方へ移った───そう思った瞬間、御陵くんの顔色がみるみる変わっていきました。

「一夜」
 大河内はそう呻いたきり、その場に硬直したように動かなかった。その視線の先には、黒木と御陵がいたが、大河内が見ているのは明らかに御陵だった。
 一方の御陵の方は、大河内を凄まじい形相で睨みつけている。
 殺意さえ感じるほどだったが、一言も言葉を発しない。
「御陵くん?一体どうし……大河内さん」
 目の前の恋人の豹変に驚いて、こちらに背を向けていた黒木が振り返る。
「どうか…しましたか?」
 黒木はぼんやりした顔で、大河内に訊ねるが、答えはない。御陵と大河内は、一定の距離を保ったまま、互いを見ていた。両方とも、何とも形容のし難い表情だった。
「───こんなところで再会するなんてねえ。運命の悪戯ってやつかな?」
 いつの間にか、大河内の背後に周が立っていた。訳知りといった様子に、黒木がしまりのない顔なりに、不機嫌を醸し出す。どうやら睨んでいるらしいが、は・迫力ない…
 周はタバコを片手に、大河内の隣に歩み寄った。すると鈍重な動作で、大河内はそちらへ目を泳がせる。
「覚えてる?俺の事」
「お前……あの時の」
 大河内の声は震えていた。顔から血の気が失せている。
 御陵は相変わらず大河内を見据えたままだ。
 黒木は……御陵くん具合悪いの?どうしたの?としきりにオロオロしている。
 俺は、受付のカウンターに佇んで、考えていた。
 再会?
 大河内と周は、知り合いらしい──そして、御陵と大河内も。
 俺は、大河内と御陵を見比べた。怪しいマオカラーの中年変態映画監督と、超絶美青年。この関係は?監督と男優?じゃあ周は?───いや、そうじゃないだろう。その前に、俺はもっと確信的な話を聞いていた。
 昔、息子を手放した大河内。その息子を連れ去っていった青年。連れ去られた息子は、宗教団体に入った。
 そしてさっき、御陵達が現れた時の、周と黒木の会話。公判だとか何とか…
「あ!!」
 思わず、俺は大声を上げた。
 そのせいで、その場の全員の目が俺に集中する。
「何ですかキフネさん。藪から棒に」
 黒木が言った。
 俺は思い出した。去年、ワイドショーで話題になった事件だ。カルト宗教が信者の家族に訴えられて、ついには誘拐事件に発展したとかいう…そうだ、天使の王国だったっけ。テレビに出るまでは誰も知らなかった宗教団体だったが、後日の報道で怪しげな内部が暴露され、余罪が次々に出てきて、最後には確か団体は解体され、施設も閉鎖されたとか…当時は相当騒がれていたから、あらゆる情報が流出していたはずだ。
 だから、大河内の雇った興信所も、息子の居場所を突き止められたんだ。でも、施設が閉鎖された以降、行方が掴めなかったのは────その息子が黒木の傍に居たから。と、いうわけか…